豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ   作:章介

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第三十三話

 

 

 

 

 ―――草木も眠る丑三つ時、都会と言えど人通りも激減する時間に一人の青年が佇んでいた。場所は公園、七星剣武祭の会場が近い事と()()()()()()()()()()()()()()何の変哲もない筈だが、今日この日だけは異常事態が発生していた。

 

 

 ヒラリ、桜の木から落ち葉が一枚落ちてくる。どこにでもあるその葉っぱは()()吹いてきた突風が絶妙な角度で煽り、()()重心が保たれたことでほんの一瞬達人の脱力もかくやという切れ味を帯びる。もし青年が咄嗟に躱していなければ頸動脈を断ち切られていただろう。

 

 

 突然の窮地を難なく退けた青年――――黒鉄一輝は、紫乃宮が心の底から嫌悪している《凶運》の凄まじさに舌を巻いていた。たかが運如きに左右されるような軟な鍛え方はしていないという自信に揺るぎはないが、なるほど先人たちが『運も実力のうち』と持ち上げ伐刀者評価項目に並べられる理由が良く分かる。こんな理不尽が特定少数の人間にだけ味方するのだ、心を折るなと言う方が難しいだろう。

 

 

 あの後紫乃宮は一輝の要望通り、《過剰なる女神の寵愛》を全力解放し『完全無欠の勝利』を願った。そして彼の願いを聞き届けた悪辣な女神はその手練手管を存分に発揮した。

 

 

始まりはブラッドリリーの私服探しの時、突然能力を発現させた赤ん坊が『テレポート』を誤作動させてしまったこと。()()()10階建てのビルよりも高い位置に転移した赤子は当然の様に自由落下を始め、一輝達の活躍で何とか怪我一つなく済んだ。けれども、もし一輝一人だった場合、嘗ての綾辻先輩の様に《一刀修羅》を使わされていたかもしれず危ない所だった。

 

 

その後も突然排水管が破裂し、避けた先ではずぶ濡れになった女性がパニックを起こした挙句記憶の錯乱でいつの間にかセクハラ呼ばわりされ、しかもやってきた警官が超が付くほどの伐刀者に偏見を持った人物だったため危うく問答無用で逮捕されるところだった。

 

 

そんな一歩間違えれば失格処分になりかねない様なトラブルおよそ一年分が半日に凝縮されて発生し続けた。しかもそんな慌ただしい騒動の中、先程の落ち葉の様な偶然によって凶器に変わり果てた自然物の対処までしなければならず、一輝ほど精神力に長けた人物でなければとても試合まで保たないと断言できる。

 

 

「(……薬師さんが『邪神の類』と評していたけどまさしくその通りだな。価値基準が人間と異なるのはまだ納得できるけど、とにかくこの女神は()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなものの渦中に居続けた紫乃宮君がどれほどの憎悪や畏怖に苛まれてきたのか、想像するだけで胸が痛む)」

 

 

 もしあの場に自分達がいなければ間違いなくあの赤ん坊は死んでいた。自惚れじゃないが昨日今日喝采を浴びていた自分を、証拠不十分なまま処罰しようとした女性や警官は、下手をすれば周囲から白眼視され苦しい立場に立たされるかもしれない。その他に起きた事例を鑑みても、人間を操り人形か何かの様に弄んでいるようで心底不快だった。そしてこれらの発生要因を知る側からすれば、まるで『自分(女神)に逆らうからこうなるんだ、お前の所為でどんどん人が不幸になっていくぞ』と嘲笑っている様で自然と表情が険しくなった。

 

 

「…いや、怒ってちゃだめだ。居もしない存在(幸運の女神)に苛ついてもどうしようもないし、況してや紫乃宮君は何も悪くない」

 

 

「――――そうか、君はアレに曝されてもそう言ってくれるのか。流石は竜馬さんのお孫さんだ」

 

 

 突然聞こえてきた独り言への返答に一輝は目を見開く。それは正面にいる人物の正体についてもだが、それ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()自分の疲労に対する驚愕だ。そこで初めて自分の感覚や勘すらも支配下に置かれているのだと気付き、一層気を引き締め直す。

 

 

「……まさか貴方がこんな所に現れるなんて。偶然、ではありませんよね月影総理?」

 

 

 そう、もうすぐ午前3時になろうかという時間に姿を現したのは一輝にとって仇敵の長でもある月影だった。声や仕草から本物だろうと判断した一輝は顔を引き攣らせる。月影に対する恐怖など無い、無いが先程も述べたが今の一輝は他者を巻き込みたがる疫病神に取りつかれているため、可能な限り早急に姿を消してほしいと思っているのだ。もしこの場で倒れでもされたら本気で洒落にならないことになる。

 

 

「そう警戒する必要はないさ。私一人なら君の危惧する状況に陥ったかもしれないが、今ここにはとびっきりのボディガードを連れてきてある」

 

 

「――――ッ!?……なるほど、確かにこの人がいるなら何も心配はないでしょうね。さしもの幸運の邪神も正真正銘の()()相手には尻尾を巻きますか」

 

 

 総理が右手を挙げた瞬間、一瞬だけ途轍もない覇気を感じたかと思えば先程まで自身を執拗に狙っていた偶然がピタリと止んだ。あれほどの因果干渉能力をこうも容易く蹴散らせる人物など一人しかいない。何故姿を現さないかは不明だが。

 

 

「その通り、今この瞬間だけは気を張らずおしゃべりに興じて構わないわけだ。なに、5分と時間を取らせんよ。君達の約束にケチをつけるわけにもいかないしね」

 

 

「……分かりました、それでご用件とはなんでしょうか?」

 

 

 一輝はトラブルに巻き込まずに済むことにはホッとするが状況はあまりよくなっていない。何の用かは知らないが向こうには最凶のジョーカーがおり、こちらとしては向こうの要求通りに動くしかない。力尽くで来られたら間違いなく明日の試合に響いてしまう。

 

 

「……なに、君の様子を見に来ただけだよ。天音君は『イッキ君ならきっと大丈夫だよ!』と言っていたがかなり心配していてね。不安で寝不足などお互い不幸なだけだし私と待雪君で少しお節介を焼きに来た、という訳だ。……あの子は《比翼》から預かった大切なゲストだ、それに5年も付き合いがあれば私個人としても情が湧くものだからね」

 

 

「5年……?紫乃宮君は《解放軍》のメンバーじゃないんですか」

 

 

「ああ、小学生の頃に《比翼》に保護され、ある程度自身の能力をコントロールできるようになった彼に新しい戸籍と住まいを提供したのが知り合うきっかけだった。今でもそれを恩義に思ってくれていて、恩返しと言って『暁』に参加してくれたのだよ。…親友を貶めた連中への報復も理由に入ってはいるだろうがね」

 

 

 最後の一言に一輝は何とも言えない表情を浮かべる。ステラほど表に出していないとはいえ、彼にも学友や学び舎に手を出されたことに思うところはある。しかし紫乃宮にとって春雪は何物にも替え難い無二の親友、それを害した連中など殺してやりたいほど憎い相手であろう。

 

 

理事長に聞いた話だが、あの破軍襲撃事件には妙な法則性があったらしい。一年生は全員屋外で気絶していたため無傷であり、それどころか()()()()不意討ちが見事過ぎて痛みすら感じることなく気付いたらベッドの上に居た、とのこと。在学生で春雪とは殆どかかわりが無かった人間―――言葉を悪くすれば春雪や一輝のことを見殺しにしてきた連中――――は重傷を負っていたらしい。崩落した校舎や火災に巻き込まれはしたが、まだカプセルでどうとでもなるレベルだった。

 

 

しかしそれ以外の人間は…10に満たない少数ではあったが悲惨としか言いようのない状態だった。彼らは今も病院から出られないでいる、肉体の損壊もそうだが何より精神の方がやられてしまっている。ただし、一輝の隔意の要因に彼等は含まれていない。やり過ぎだと思いはすれどそれは彼らも同罪、自分に置き換えれば珠雫やアリスをくだらない理由で()()()()()人間に同情できるほど一輝は博愛主義者ではない。

 

 

「さて、では私もお暇するとしよう。君の方は問題なさそうだし天音君には問題なさそうだと伝えておくよ。君達が思う存分戦えるよう心から祈っているよ」

 

 

 そういって本当に5分きっかりで去っていく月影の背を、一輝は黙って見続けていた。形振り構わず暁学園の勝利を求めるなら、ここで紫乃宮の意向に反してでも不戦勝へ導こうとするはず。しかし彼から感じたのは自分に対する敬意だけだった。あれだけの横暴を働いた人物の行動としてはちぐはぐ過ぎる。

 

 

 事実、月影は一輝のことを一人の人間として尊敬していた。紫乃宮の能力を知っても全く変わらない優しさ、そして幸運、または運命とも言い換えられるほどの理不尽に対し迷わず挑める強さ。例えこの大会の結果がどうなろうと、そんな若人が次代に育まれていることが何より嬉しかったのだ。

 

 

「……本当にわからないな、何であれほどの人物がこんな暴挙に出たのか。紫乃宮君の幸運を味方につけるために《解放軍》を雇ったのならともかく、王馬兄さんと彼岸君と彼を味方につけられるなら、テロリストを囲うなんてリスク負う必要はないだろうに。……また思考がずれたな、気を付けないと」

 

 

 また再び自身に襲い掛かり始めた凶運を前に、一度気持ちをリセットする。何でもかんでも『幸運』の所為にしては疑心暗鬼になってしまい、邪神の思うツボ。一旦ポジティブ思考に切り替えて落ち着こう。彼が前向きになれる事柄と言えば―――――。

 

 

「…おっとッ!肉体や神経へのエラーは基より、魔力すら通っていない落ち葉や砂塵、隣りを歩く一般人にまで細心の注意を払わないといけない。まるで戦場の真っただ中だな。

 ――――けど、諸々の事情で兄さんみたいに海外に飛び出せなかった僕には新鮮で()()()()()()()。こんな経験は世界基準で言えばまだ平和な部類にある日本では得難いからな」

 

 

 流石は友人に『自身の痛みを正しく認識できない男』と評された修練の鬼、ひとたび訓練だと思い込めば瞬く間にいつも通りの姿勢を取り戻した。何せ彼が今まで『修行』で通してきたものの中で()()()()()()()()()()()()()()()。黒鉄家での生活、道場破り、学園でふいにした一年間、あの生活を思えば理不尽何てとうの昔に馴れてしまっている。

 

 

 このあと一輝は朝を迎えるまで、この姿勢が揺らぐことは無かった。

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

『さあ観客の皆さん、いよいよ本日から剣武祭も後半戦に突入します!第一回戦にて前大会のベスト3が全員姿を消すという大番狂わせから始まり、ベスト8に残ったメンバーは王馬選手を除いた全員が第一学年、しかも半数は飛び入りの暁学園という驚きの結果となりました。先人たちを悉く蹴散らした新進気鋭のダークホースたちの活躍に目が離せません!本日は解説席に現在世界ランキング第三位の魔導騎士、《夜叉姫》こと西京寧音先生をお招きしております。西京先生、本日はよろしくお願いします!』

 

 

『ん~、よろしく~ぅ』

 

 

『西京先生、ずばり今日最も注目している一戦はどの試合でしょうか?』

 

 

『ん~ウチの立場的にはやっぱりステラちゃんの試合になるかなぁ、何たって一応師匠だしねえ。ただ、本音で言えば()()だな。どれもこれもベスト8でやる勝負じゃないからね』

 

 

『なるほど。西京先生ですらずばりこれ、と言えない程ハイレベルな戦いだらけということですね。これは期待が高まります!

第一試合は試合巧者の黒鉄一輝選手と、棄権試合があったために未だ能力の殆どが謎に包まれたままの紫乃宮選手の対決。第二試合は西京先生と新宮寺理事長以来となるAランク同士のぶつかり合い。第三試合はその規格外ぶりを大いに見せつけ、紫乃宮選手と同じく第二試合を不戦勝で勝ち上がった彼岸選手と類稀な魔力制御能力を誇る黒鉄珠雫選手の対決、そして注目のダークホースに名乗り出たブラッドリリー選手と落合選手の軍勢対決が期待される第四試合が予定されております』

 

 

アナウンサーの言葉に会場のボルテージも上昇していく。一輝はジャイアントキリングや判官贔屓を好む観客の受けがよく、Aランク対決は格付けや一番を決めたがる人間にとっては興味深い組み合わせ。春雪達に至っては完全に別の競技だろと言いたくなるような合戦が出来る上に戦局をひっくり返せる切札を持っている。まあ良くもこれだけ需要のある試合が揃ったものだと観客席の誰もが興奮していた。

 

 

『それでは第一試合の選手入場です!まずは赤ゲート、ベスト8に残った暁学園四人の内の一人。可愛らしいとも形容できる華奢で整った顔立ちですが、一回戦で見せた目の覚めるような飛剣からも相当な実力なのが分かります。今の所派手な活躍こそしておりませんが、同級生のブラッドリリー選手の例もありますから七星剣王を破った黒鉄選手と言えど油断はできません!

 ―――暁学園1年生、《凶運(バッドラック)》紫乃宮天音選手ッ!!』

 

 

 呼び出しと同時に現れた紫乃宮に、結構な数の声援が降り注ぐ。可愛い顔して小さな体なのに強いと言うギャップが女性陣と一部の男性から好評なようだ。

 

 

『続きまして青コーナー!歴代の剣武祭でも唯一のFランク騎士、しかしもうこの日本で彼を侮る人間は居ない事でしょう。一回戦にて神業としか言いようのない剣戟を以て《七星剣王》諸星雄大選手に黒星を叩き付けたMrジャイアントキリング!

 ――――破軍学園一年生、《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝選手ッ!!』

 

 

 続いて登場した一輝にはそれ以上の声援が降り注いだが、その幾つかには困惑や驚いたような響きが混ざる。剣武祭は如何せん血腥く、怪我だけでなく衣服の損壊も日常茶飯事。それ故に予備の制服は大量の用意されているし、また新宮寺の様な特殊な伐刀者による修復も随時無料で受け付けている。だというのに試合開始前から煤けた姿での登場となれば周囲が訝しむのも当然だろう。

 

 

「――――はあ良かった。何とか無事舞台に辿り着けたようね」

 

 

「本当に無茶ばかりするんだからイッキは。まあらしいといえばそうなんだけど」

 

 

 観客席にいたステラたちは皆一様に安堵の溜息を吐いた。彼女達は昨日の時点で一輝から詳しい話を聞かされている。彼の真剣勝負に対する並々ならぬ拘りと頑固さを知っているので反対は無駄だと受け入れたが、それでも今この瞬間まで生きた心地がしなかった。しかも此処に来るまでの道中でガス爆発が4回、電車事故による渋滞といったニュースが立て続けに流れたのだから不安は高まるばかりだった。

 

 

 しかし、それでも彼は辿り着いた。不眠不休と絶え間ない襲撃による疲弊を僅かしか匂わせない凛とした佇まいは、ステラたちに勝利を確信させている。

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 一方、リングに集った二人に会話は無い。紫乃宮は約束通り全霊を以て一輝の敗北を願い、そして一輝も約束通りその全てを退け此処へ辿り着いた。であるならば今更会話など不要、後はただ約束の続きを、決着をつけるだけ。試合が始まれば掛け合いも発生するだろうが、会話は全てが終わってからで良い。二人はお互いに真剣な表情で、しかし何処か子供が精一杯遊ぼうとするときの様な雰囲気を纏ったまま合図が降りる時を待つ。

 

 

『それでは三回戦第一試合を始めます。

 

 

 

 

 

 ―――――Let Go Ahead!!』

 

 

 

 




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