―――――――Let Go Ahead!!
その号令と共に駆け出したのは意外にも天音の方だったが、観客はその誰もが彼の行動を無謀だと感じた。相手は世界最強と同じ術理で剣を振う侍であり、クロスレンジで前七星剣王を下したことからもその実力がうかがい知れる。にもかかわらず間合いに飛び込めばどうなるかは火を見るより明らかだった。
しかし、その考えは直後覆される。『やー、とぉーう!』などという気の抜ける台詞に反して彼の剣閃は見事としか言いようがなかった。力の入れ方、抜き方、そのどれもが理想的でしかも一輝が最も対処に困る角度で迫ってくる。如何に《比翼》の剣が0から100の極限静動と言えど、マイナスから万全の剣は放てない。なまじストップアンドゴーが効かないだけに安易に振えないことから、下手に下がって様子見するよりむしろ飛び込んだ方が却って同じ土俵に立てるのだ。
「第二秘剣―――《裂甲》」
「―――えっ?うわあッ!?」
とはいえ、その程度で《無冠の剣王》は止められない。彼の剣は《比翼》の模倣品に在らず、その術理を完全に己のものにしてみせた鬼才の剣に生やかな攻めなど通じない。咄嗟に後ろに引いたお陰で鼻先を掠める程度で済んだが、右手の
両手に携えた霊装でようやっと均衡へと持ち込んでいた以上、片腕だけでは一輝の連撃は止められない。一輝が攻め手に意識を割いた一瞬にも満たない空白の間に、僅かに警戒が緩んだ
「くッ!……意外と食わせ者だね君は!」
「あはは、伊達にハル君達の友人してないよっ!」
間一髪やり過ごした一輝は、紫乃宮の右手に握られた『アズール』を見て苦笑する。霊装とは通常一人につきひとつであり、二刀一対であったり途中で形状が変わることはあれど同じ物を複数携えている例はほぼ存在しない。そういった常識の裏を掻いた奇襲がどれほど脅威だったかは、一輝の頬に残った掠り傷が証明している。
『す、すばらしい紫乃宮選手!少女と見紛う矮躯で、あの《無冠の剣王》にクロスレンジで喰らい付いています!!しかし西京先生、どうして黒鉄選手は今一つ攻めきれないのでしょうか?彼の最大の武器である観察眼なら状況の打開は可能だと思うのですが』
『いんや、これはアマちゃんを誉めるべきだね。今見ただけで分かったと思うけど、あの子は相当武術を練り上げてる。どれだけ見事な不意討ちでも、あの黒坊に当てるには相当骨だぜ。それに、視線の動きを見るにアマちゃんはインスピレーションだけで剣を振ってんな。これは黒坊もやり辛いだろうねえ、いくら相手の思考を見切ってもその当の本人が何も考えてないんだからさ。先読みも何もあったもんじゃない』
天音も因果干渉系の欠点は良く分かっている。『因果の外に居る存在または100%起こりえない事には無力である』、自分を救ってくれた人に幸運を届けられなかったことで嫌でも身に染みている。だからこそ自分の可能性を増やすことに励んだ、武術の修練もその一つである。しかも教導者はあの世界最強の剣士、強くなれない筈がない。
「ふわぁ、やっぱり強いやイッキ君は。このままじゃそのうち捕まっちゃうだろうし、ここはリズムを上げていくよ~ッ!」
微笑みながらも、身に纏う空気が狩人のそれに代わった。すると突然、季節外れの突風が会場に吹き荒れる。といっても王馬のそれに比べればそよ風程度のそれに怯みなどしないが、曇り空で陰っていた景色が一段と
そして視界に入った光景に絶句する。先ほどカラスが飛んで行った方向、そこから風に流されてくる
けれど一輝はずば抜けた観察眼で弾道予測を行い、自分に当たる物を他の霊装も巻き込む様に完璧に弾き返す。例え全ての幸運があちらの味方でも、完璧な角度と力で弾き返してしまえば偶然が介入する余地はなく、一本たりとも一輝を傷つけることは出来なかった。しかし一輝の表情は苦い。何故なら意識を僅かに遣っていた間に、天音がリングの上から
『な、なな何と紫乃宮選手、空から真っ直ぐ縦に落ちてきた四本の霊装に乗りあがった!?さながらトーテムポールの様に縦に連なっておりますが安定感など皆無。にも拘わらず揺らぎすらしていない体幹、それにあの高さを一息で飛ぶ跳躍は雑技団顔負けです!!』
『考えたな。黒坊の遠距離攻撃は精々剣を投げるくらい、そんな博打を百中で決められるほどアマちゃんの腕は未熟じゃない。場外に霊装を突き立てるのも足を付けずに空に居座るのも、少ないが前例はあるし反則でもない。勿論何もしなけりゃ遅延行為だが飛び剣が獲物ならその心配もねえ。さて、態々あんな面倒な事して何を狙ってんのかね?』
剣が突き刺さっている位置はリングの端から遠過ぎず近過ぎずの絶妙な場所であり、一輝から仕掛ける場合は剣を投げるかリングアウト覚悟で飛びかかるかのどちらか。前者は当然『幸運』に遮られるし、後者にしても相手の居場所までの滞空時間があり過ぎて辿り着く前にハリネズミにされるのがオチだ。『抜き足』でギリギリまで察知されずに接近するのもありだが、
「…なるほど、確かに僕が打って出る手段は『今の所』存在していない。けど、逆に君はどうなのかな?」
「もっちろん!じゃなきゃこんな足腰にクる運動なんてしない――よっとッ!!」
およそ不安定な足場で放ったとは思えない強い溜めと共に霊装を二本、
しかも天音が繰り返し霊装を投擲して増やしていく上、飛び込んでくる霊装まで時折分身したかのように剣の影から増殖しそれが他の霊装に弾かれてさらに襲い掛かってくるから堪らない。それでもやられるばかりじゃないと一輝も突き立った霊装を斬り裂くことで起点を潰していく。しかし――――。
「あははッ!今更起点を潰しても無駄さ!これだけ数が増えれば宙に舞う霊装同士でぶつかり合える。ほらほら、早く対処しないと手遅れになるよ!!」
囃し立てる天音をよそにリングの上の剣戟は増していくばかりだ。その数は優に三十を超えており、そろそろ剣術で処理できる限界を超えてくる。しかし一輝は極めて冷静に、状況の分析と打破のタイミングを計っていた。
「(どれだけ加減を加えても減らないか。弾くのが駄目でも、他にも対処法はある!)」
「(―――目に映る光は消えてない。そうだよね、この程度で君を倒せるなんて考えちゃいないさ。でもね、ステラちゃんや王馬さんみたいに薙ぎ払えない君の取る選択肢は限られてくる。なら、もうすぐ
そして剣の乱舞は終息する。止めとばかりに360度から飛来する銀剣に対し、一輝は制服の上着を脱ぎ捨てさながら闘牛士のマントの様に絡め取った。発想の転換に会場が湧きたちかけたその瞬間――――上着の隙間から見えた天音の笑みに悪寒が全身へと駆け巡った。
―――――『ドゴンッ!!』
『なんとぉッ!?吸い込む様に霊装を絡め取った黒鉄選手の上着が、突然重力が増したかのように地面に叩き付けられた!!こ、これは一体……!?』
『…してやられたな。あのアホみたいな絨毯爆撃も、縦横無尽の飛び剣も全部ああやって防がせるための布石だったのさ。黒坊じゃ霊装を消し飛ばしたり、彼方へ放り飛ばしたりは出来ないから対処法は絞られる。だから絡め取られた瞬間、霊装の傍で爆発的に銀剣を増やしたのさ』
『な、なるほど。天音選手は本来一本か一対が原則なのに大量展開が出来るとても珍しい霊装ですからね。しかもある程度遠隔地でも顕現できるという特徴を生かした奇襲の成果が、
『そういうことさね。咄嗟に指だけでなく関節まで外したのは流石黒坊だけど、
一輝は様々な技術や業を駆使して闘う、まさに千科百般の騎士だが突き詰めてしまえばその技能は全て刀に集約している。よって一輝にとっては眼球を抉られるより指を切り落とされる方が損失としては大きくなるのだ。況してや、小指というのは物をしっかりと握るうえで不可欠な代物であり、とてもではないが先程の様な飛び剣を防ぐ事は出来ない。
全ての試合を加味しても、間違いなく最大の大手を一輝に決めた天音は即座に必勝の一手に移る。しかしその動作の間に割り込んだ、勝利への手応えが生んだ一瞬の隙に――――――今度は一輝がリングから姿を消した。
「――――――え?」
そして次の瞬間、
「~~~~~ッ!!?」
「―――ようやく、君を捕まえた!!」
混乱する頭をよそに、体に染みついた動きが場外判定に逃げようとする。しかし飛んで逃げるより一瞬早く一輝が追い付き、『抜き足』の間で拾った
チェックメイトまで追い込んでおきながら、一転して窮地に追いやられた事実に天音は真っ青になる。既に一輝はリングの上で万全の態勢に整えており、一刀修羅が切れるまでまだ時間がある。
対して自分は足を負傷してしまった所為で歩くことすら困難であり、通常の一輝ですら喰らい付くのがやっとの腕では次の一閃を凌ぐのは不可能だ。
「(突き立ってた霊装を砕いていたのは起点潰しじゃなくてこのためかッ!)」
この事態に陥った原因は『
しかし天音はその業を知らない。そして女神の声を聞けない彼と幸運の認識のズレが致命傷となり、一輝の狙いや自身の伐刀絶技の配慮を見抜けなかったのだ。
「……仕方ないか、これはあんまり使いたくなかったけど。旗色が悪くなったからってすぐ諦めるほど、僕は行儀の良い子じゃないんだ。いくよ、イッキ君」
痛む足を引きずりながらリングへと戻る天音の体から灰色の魔力光が立ち上り、たちまち幾本もの『腕』へと形状を変えると天音を抱きしめるように包み込んだ。新たな状況に眉を顰める一輝だが、灰色の中に迷い込んだ虫が突然墜落しもがき苦しむ姿を見て大凡の予測を立てた。
「―――視覚化するほどの能力の圧縮、それに伴う強制力の強化か」
「その通り、『過程を無視して病に侵された結果』を押しつけるんだ。死んだり後遺症が残ったりしない様気を付けてるけどね」
そう言いながら右腕に霊装を顕現させると、間髪入れずに
「な、何を――――ッ!」
「つぅ~~~ッ!!な、何でも何も、こうでもしないとイッキ君の斬撃なんて受けて立ってられないでしょ?」
灰色の繭の間合いは一輝の間合いより僅かだが広い。しかしこの伐刀絶技は相手の実力次第では効果が出るのに時間差が生じるという欠点がある。それは即ち、動かない
「ほら、無駄口を叩いてる暇があるの?僕はとっくの昔に覚悟が出来てるんだから、ビビってないで早くおいで」
震える足を隠しながらも、一切の迷いなく啖呵を切った天音に一輝も覚悟を決める。元より一刀修羅の持続時間は30秒を切っており、手をこまねいていては取り返しがつかなくなる。それになにより、不退転の決意を見せる相手に背を向けるなど一輝の騎士道においては有り得ない。
「――――わかった。僕の
一切の迷いを振り捨てて、一輝は仁王立つ天音へと渾身の『犀撃』を放つ。当然ながら身動きの取れない天音の霊装を易々と打ち砕き、当たり前の様に彼の胸を掻っ捌いた。
対する一輝も、『末期の筋ジストロフィーになった結果』を受けた右腕がその衝撃に耐えきれず捥げ、全体重を乗せて踏み込んだ右足も『末期の骨粗しょう症になった結果』を受けて骨折。崩れ落ちた時の衝撃でひざを起点に右半身の骨が粉砕され、夥しいほどの出血を起こしている。
「げ、は…あぁッ!!
「~~~ッ!!うぐぅ……ッ!!」
切り裂かれた胸から鮮血が噴き出る天音だが、灰色の領域から可能な限り体を逃がそうとした一輝の踏込が半歩甘かったこと、そしてこっそり服の中へと仕込んでおいた銀剣のお陰で辛うじて致命傷を免れていた。それでも瀕死の重傷には違いなく、足に突き刺さった霊装の痛みが無ければ即座に気絶していただろう。
対して一輝は、意識こそはっきりしているが右半身が完全に崩壊してしまい霊装を杖代わりにしなければ立つこともままならない。例え左側が無事でも戦うことはおろか、剣を振る事すら叶わないだろう。
「…諦める、もんか。君に切り伏せられて負けるのは良い。けど、自分自身になんて負けるもんかあああァアッ!!!」
既に灰色の魔力光は消え去り、足から引き抜いた霊装一本を手に近づいてくる天音。その歩みはたどたどしいと言えるほど弱く、しかしどれだけ血を流そうが壊れた右足が悲鳴を上げようが決して止まることなく踏み出し続ける。そしてとうとう一輝の眼前へと辿り着き、しっかりと握りしめた右腕を振りかぶる。
―――――カツンッ。
「――――――あ……ッ」
……もし天音があと少し待つことが出来れば結果は変わっていたかもしれない。一刀修羅が切れるより僅かに早く間合いに入ってしまったが故に、彼の全身へと振動が叩き込まれた。
第六秘剣――《毒蛾の太刀》。地面を流れる様に走った浸透剄は疲労度と怪我の深さ故に本来の威力とは比べ物にならないが、満身創痍の相手に引導を渡すには十分な一撃となった。
「……悔しい、なあ。でも…僕、最後まで諦めなかったよ……マツ君………ハル―――――」
『し、試合終了―――――ッ!!息をも吐かせぬ接戦、お互いに全身を朱に染めながらもこの闘いを制したのは『無冠の剣王』、黒鉄一輝選手!!』
崩れ落ちた天音の感慨に満ちた独白を最後に、第三試合は幕を下ろした……。
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