豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ   作:章介

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 また随分間隔があいてしまい申し訳ないです。頭ではすでに構想が出来ているのになかなか手が動かないorz。


第三十八話《深海の魔女》 VS 《騎士殺し》 ③

 

 

 

「(……まだ、勝ち名乗りは置きませんか。気持ちは分かりますが早くしてほしいです)」

 

 

 会場の中心に咲いた永久凍土の華、それを神妙な表情で見つめる審判に対し肩で息をしながら珠雫は心中で毒づいた。彼女にとってこの一手がまさしく乾坤一擲であり、これを破られたらもうどうしようもないので早く決着としてほしいのだ。

 

 

 ついでに言えば、万が一だが彼岸に脱出手段が無いのなら自分にも手が無いので早く助けないと死んでしまう。彼の命がどうというより、大会に支障が出れば兄の進退に関わるからと言う彼女らしい理由ではあるが心配になってくる。

 

 

 この氷の華はもはや珠雫の制御下にはない。正確に言えば『永遠に咲く氷の華であれ』という術式を埋め込んだ途端、濁流の様に荒れ狂い自発的にああなった。今や氷の表面に接触する大気をテラフォーミングしマイナス300度に書き換えるという、何を言っているのかわからない方法で珠雫のオーダーを遂行している。彼女自身、理事長に時間を巻き戻してもらう以外に解体手段が思い浮かばない有様だ。

 

 

 しかし、審判の反応を贔屓だの優柔不断だのというのは早計である。彼はあの月影総理が全幅の信頼をおく切り札であり、事実今大会で死者蘇生という不可能を可能にしている。加えてFランク騎士が世界最強の剣を振ったり、ヴァーミリオンの皇女が埒外の膂力を発揮したりと、想定外や規格外のケースが余りにも多く審判自身が自分の経験や勘に頼れなくなってしまっているのだ。もし自分の所為で本来の勝者を敗者にしてしまえば、自分の今後に関わるしそれ以上に一人の騎士として許せない結果となる。

 

 

 そういった理由で宣言に踏み切れなかった審判だったが、何の変化も見られない状況を見てようやく行動に出る。手を天へと振り上げ、大番狂わせを見事決めた素晴らしい選手である珠雫へと視線を向けようとして――――――身体がピクリとも動かないことにようやく気付いた。まるで蛇に睨まれた蛙の如く、圧倒的な()()に何もかも竦んでしまったかのように。

 

 

「……?雨……いえ、これは――――ッ!?」

 

 

 ふと、視界に上からそれは落ちてきた。珠雫はてっきり《白亜の(きざはし)》の名残かと思ったが、水滴のようなそれが通った軌跡が()()()()()()()()()()ことでそれが間違いだと気付く。

 

 慌てて空へと視線を向けるが、そこには何の変化もない。しかしそれが逆に不安を掻き立てる。何の変哲もない空から、どこから落ちているのかもわからない滴のようなナニカがポツリ、ポツリと降り注ぎ、絵画を汚す様に視界を“黒”へと染めていく。地面や床に落ちても何の音も出さないそれらは、ある一点――――未だ変化を起こさない氷結に触れた時だけ弾かれたような音を響かせる。そして氷の表面がほぼ黒に染まってきた頃、ようやく変化が起きた。

 

 

 

 

「――――ああ、びっくりした。『内側に居る人』相手に殺されかけるなんて本当に驚きだ。うん、やっぱり蘇芳さんの言うとおりだ。人間は人のままで十分に凄い、化物や伐刀絶技なんて必要ないくらいに」

 

 

 あっけらかんと放たれたその言葉と同時に、黒に染まった氷華はどろりと溶けた。その中から全くの無傷の姿で現れた人物を見て、珠雫は驚きを通り越して呆れた表情になる。

 

 

「死んではいないと思いましたが、氷漬けにしたはずの脳天まで無傷とは。しかし『死想凍華』をどうやって……」

 

「うん、あれは本当に死ぬかと思ったよ。全力の相手から一瞬でも意識を奪えば最後、卓越した操作能力で自身の魔力を上乗することで理論上、相手からは()()()()()()()()()()()()()()()。サシの決闘方式である剣武祭ではまさしく最強の切り札という訳だ。だけど君に切札があるというのなら、僕にだって存在していてもおかしくないよね?」

 

「切り札……けど意識すら凍りついていたあの状況でそんなことは―――ッ!?あの揺れ、あの時既に準備していたのですか!」

 

「ご明察!なんせ霧が開ければ突然妙齢の女性が現れた挙句、感じるプレッシャーは観客席の先生並ときた。久しぶりに本気出したついでに『保険』を掛けておいたのさ」

 

 

 タイミングはちょうど観客が自身の震えを地震と錯覚していたあの時。強すぎる魔力が圧力となって浸透し、変身した珠雫の魔力感知にすら前兆を悟らせなかったのだ。加えて、彼岸の霊装『《偽・創世神器(ホツマツタヱ)》』は変幻自在の銀の霧、音もなく空という死角へ術式を用意するなど造作もない。

 

 

「この黒い雨は、世界を構成するあらゆる物質を『原初の一』へと溶かし、好き勝手に再構築する術式さ。構築の過程で頭が持たないから人間には干渉しない様に設計してあるけど、唯の氷ならこの通り魔力も密度もお構いなしだよ。永久氷結を溶かす以外にも、空気の割合や酸素の空気抵抗を弄って相手が生きていけなくする、なんて使い方も出来る。これが僕の司る『神話』の伐刀絶技《神話疑似再演》が禁技『創世記』だ」

 

「……」

 

「ん?解せない、と言いたげな表情だね。何故この後も大舞台が待ってるのに種明かしをしたんだってところかな。なに、簡単なことだよ。兄さんとの戦い、そして決勝戦には使()()()()()()()

 

「どういうことですか?」

 

「考えてもみなよ。いくら僕でも、こんな大それたマネをそう何度も出来るわけないだろう?平気そうにしてるけど魔力は7割以上持ってかれたし、君のお兄さんの十八番(一刀修羅)と同じでカプセルに入ったくらいじゃどうにもならない。量が規格外だからって回復力まで比例するとは限らないんだよねえ」

 

 

 おどけたように話し頭を抱える彼岸であるが、嘘を言っているような雰囲気ではない。良く見れば呼吸が僅かに乱れているし、先程まで視界を染め上げていた雨も黒も消えてしまっている。より詳細な話を聞こうと一歩踏み出す珠雫だったが、しかしその瞬間目前に無数の武器が煙の中から現れ彼女の動きを封じる。

 

 

「さて、名残惜しい所だけど先に幕を下ろそう。出来ればこのまま穏便に済ませたいところだが、まだ続けるかい?」

 

「……いいえ、私にはもう打てる手はありません。奥の手を展開している貴方が相手では例え抵抗しても試合が一秒ほど長くなる程度でしかありません。

――――――――――降参します」

 

 

 『降参』、たった一言を口にするのに随分時間が掛った。当然である、周囲にとっては順当な結末だったかもしれないが彼女は最初から最後まで本気で勝ちにきていた。一輝の妹としてではなく、一人の伐刀者(好敵手)として彼と恋敵の土俵に立つべく死に物狂いで努力してきた。そのために凡そ学生大会においては反則ともいうべき切札を編み出してみせた。それでもなお勝利と言う栄光は儚く両手から零れ落ちた。

 

 

 悔しくないわけがない、認めたい筈がない。

 

 

 

『―――――け、決着~~~~~~ッ!!!手に汗握る怒涛の展開、とても学生同士と思えない素晴らしい戦いでした!!これがまだ準々決勝だというのが信じられません!!皆様、この若くも偉大な学生騎士二人に、盛大な拍手をお願いします!』

 

 

 審判が珠雫の降参を受諾し終了の合図を送る、と同時に爆発したかのように喝采が響き渡る。途中肝を冷やした観客も多かったが、ほぼすべての人々が二人の激戦を称えていた。《世界時計》と《夜叉姫》の伝説の決勝を彷彿とさせるようだったと、よく没収試合にならなかったなどと口々に言い合っていた。あれほどの脅威を見せつけられながらもそんな呑気な考えが出る平和ボケした彼らを肯定すべきかどうかは意見が分かれるところだが。

 

 

「―――――試合は僕の勝ちだが、()()()()()()()()()()()()。君は僕から必勝の秘策を食い取った。もし兄さんが、もしくは決勝で相見える誰かが僕を打倒するというのなら、その立役者は間違いなく君だ」

 

 

 喝采に応えることなく舞台を去ろうとした珠雫の後ろから、彼岸がそう声をかける。振り返った時には既に彼岸はリングを降りており、珠雫は表情を顰めながら『兄弟揃って性格が悪い』とこぼすと今度こそ舞台を去った。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 ―――――その後、選手控室へと戻った珠雫を出迎えたのは一輝、ステラ、アリスといういつもの面々であった。以前東堂と闘った後のことを考えればそっとしておくべきかもしれないが、《青色輪廻・極式 観骨雨迦》、《白亜の階》、《死想凍華(スノードロップ)》など明らかに学生の域を超えた業の反動を危惧し、とある人物から伝言も受けたため駆け付けることとなった。しかし現在、彼らの想定から大分外れた事態に直面していた。

 

 

「えっと、あの……シズク……?」

 

「……………何ですか、ステラさん。心配しなくてもあの時のような醜態はありませんよ」

 

「うん、それは分かってるし安心したわ。けど………ものすごく不機嫌よね?」

 

 

 一輝達が待ち構えていた彼女は、怒りの感情を瞳に宿し肩をいからせながら戻ってきた。万雷の喝采で最後の会話が聞こえなかったため、原因不明の憤怒にどう対応したらよいかわからずにいた。

 

 

「勝者が敗者に賭ける言葉は何であれ辱めにしかなりません。にもかかわらずあの男は澄まし顔で『戦いにおいては君の勝ち』などと……く、ステラさんの駄肉以上に不愉快なものがこの世にあるなんて!この屈辱は兆倍にして返します。最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけてやりますとも、ええ」

 

「あ、あんまり過激なこと言わないでよ。ていうかさりげなくアタシをディスってんじゃないわよッ!?」

 

「あ、あはは……。なんというか、取り越し苦労だったかな?けどその代わり彼岸君への敵意が凄い事になってるけど」

 

「まあ良いんじゃないかしら?変に落ち込んだり拗らせたりするよりは、次は絶対負けないって気勢を上げる方が伐刀者として寧ろ健全だと思うわ」

 

 

 とりあえずは問題なさそうだと判断した一輝達は、それぞれ安堵の表情を浮かべた後本題を切り出した。

 

 

「――――そうですか、薬師さんが私に……」

 

「ああ、この前お好み焼き屋で会った時に連絡先を交換しただろう?どうやら病院はとっくの昔に落ち着いてたらしくて、テレビで試合を見てたそうだ。それで、もし良ければ診察を受けてほしいって」

 

「でしょうね、我ながら無茶をしましたから。大して肉体の知識もないまま再構成なんかすれば医者としては放っておけませんよね。ああ、安心してくださいお兄様!春雪さんが施してくれた『応急処置』のお陰で万一にも危険はありませんでしたから」

 

 準々決勝では、修行中に取ったデータを基に演算の補助をしてくれる霊装を肉体に仕込んでいた。それらの手助けもあり激戦の後もこうして悪化することなく元通りとなった。とはいえ、《青色輪廻・極式 観骨雨迦》の反動に耐え切れず壊れてしまい、もう無茶は出来ないのだが。

 

 

 それはともかく、元々大会が終われば薬師キリコの元を訪れる予定であった。春雪も珠雫も初めて《青色輪廻》を使った時の負荷はどうすることも出来なかったからだ。そういう意味ではこの話は正しく渡りに船である。

 

 

「それでは夏休み中に伺えるようアポイントを取ることにします。私からも後ほど連絡しますが、もしよろしければお兄様からも一言添えて頂ければ、と。では念のため医務室の方に向かいますね。それからアリス、一休みしたらまた付き合ってね。あの男程厄介な相手の不意を突くならプロの意見は必須だから」

 

「お手柔らかにね。ああいうタイプは四つに組んだらとんでもない事になるから念入りに打ち合わせしましょ」

 

 

 

 そう笑顔で別れた珠雫は、宣言通り医務室へ―――――――向かう前に、一人更衣室へと立ち寄った。

 

 

「――――ふう、何とか()()()()()()。ああもう、見透かされてるようで本当に腹立たしいです。……ですが、一応後でお礼を言っておきましょう。感情のやり場を貰えたお陰で、今度はアリスにも気付かれなかったから………ッ」

 

 

 ポツリ、と滴が零れ落ちる。そこからはもう歯止めが効かず瞼から次々と涙が零れ始めた。珠雫は確かにすべてを出し切った。これ以上はない位完璧に立ち回り、これで負けたならもうどうしようもない、と自他ともに認める全身全霊の結果だった。だが、そんなもので満足できるほど彼女は志の低い騎士ではない。

 

 唯ひたすら彼女は悔しかった。一度ならず二度までも、自分が真っ先に脱落してしまった。相手が悪い?十分健闘した?そんなお為ごかしではこの悔しさは少しも薄まらない。何故なら彼女は兄と同じく、筋金入りの負けず嫌いの頑固者なのだから。

 

 

 だが、それでも今回兄たちの前では意地を張りとおした。あの時は初めての完敗に取り乱し醜態を晒してしまった。あの時アリスは『自分は意地を張らなくて良い相手だから』と言ってくれたが、それでもこれだけは譲れない。ただの少女としてならいくらでも甘えるしみっともない姿も見せられる。だが騎士として闘った自分は絶対にそうしてはならない。何故なら彼女は彼らに守られるのではなく対等に肩を並べたいのだから。

 

 

 そこまで見透かされてあの言葉を掛けてきたのだろう。お陰で怒りという矛先と言い訳を得られ、兄たちに悟られずに済んだ。そのことについては感謝しているし、要らぬ世話を焼く程度には自分に価値を見出しているのだと素直に受け取っておこう。

 

 

この分のお礼も含めて、利子と熨斗をたっぷり付けて返してやろう。そう改めて決意を固めながら、珠雫は一人静かに泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 




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