―――突然の没収試合という形で幕を閉じ、その上一切のアナウンスがされなかったため生徒の間では無責任な噂が飛び交うこととなる。これは単に春雪が自身の霊装の種明かしを嫌ったことと周囲の評価を(二つ名以外は)気にしないからという理由で理事長に頼んだためである。
人のうわさも七十五日、そもそもこの戦い以外は全て正面から叩き伏せていることからも今更春雪の実力に疑う余地はない。数日もすれば他の代表決定戦に興味が映るだろうと考えていたのだが、彼は少々面倒な事態に直面していた。
というのも、審判を務めていた教師―――『不動厳助』が春雪の不正(疑惑)に対して処罰すべきではと理事長に直談判してきたのである。既に前例として綾辻選手が処罰されていることからも、戦績を理由に特赦をすべきではないと語気荒く理事長室へ乗り込んだのだ。
ここで断っておくが、この教師は決して春雪に対して含む所は無い。この教師は理事長が直々にスカウトしてきた元KOKの審判を務めていたBランク騎士であり、特に探知や観察に秀でている。その彼が既に実戦を経験している『雷切』東堂や『紅の淑女』貴徳原ならいざ知らず、未だ騎士勲章を授与していないヒヨッコに欺かれるなど有り得ないと考えるのは無理もないと言える。
頭を抱えることになったのは春雪だけでなく理事長もである。信頼できるスタッフとして招いたが想像以上に実直だったのは本来は喜ぶべきことなのだが…。
没収試合の詳細を伏せたのは春雪からの希望以上に余計なトラブルの火種を生まない為という事情の方が大きい。彼の能力の詳細が知られれば間違いなく厄介な事態になる、特に問題なのは『悪魔の証明』だ。
『ラウンズ』によって一部には仮設立てされているだろうが、春雪は霊装だけでなく伐刀絶技を『創る』ことが出来る。勿論どんなものでも意のままに、等と都合の良い話ではないがそんなもの他人は知ったことではない。
聞こえの良い部分しか耳に入れない連中がこの事実を知れば、事あるごとに春雪を第一容疑者にリストアップするに違いない。『出来る』ことと『実際に行った』ことには大きな隔たりがあるなど彼らの認識には存在しない。そうなれば春雪は冤罪を掛けられるたびに自ら無実を証明する羽目になる。出来るという証明は偶然以外であれば可能であるが、不可能の証明など出来るはずがないのだから。度の過ぎた被害妄想だと一笑に出来ればよかったのだが、昨今の魔導騎士社会を取り巻く倫理観を考えれば杞憂だと思えないのがとても悲しい所である。
…断言する、間違いなくそんな事態になれば春雪は暴走する。そうなった後の責任などとてもではないが見切れないと新宮寺は心中で溜め息する。
「すまないが落合、彼に君の『霊装』及び伐刀絶技について説明してやってくれないか?彼は信用に値する人物であることは私が保障する」
「審判を仰せつかっておきながら難癖染みた行為を行う無礼、幾重にもお詫びいたします。お恥ずかしながら私の節穴では何時落合君が入れ替わっていたか全く察知することが出来ませんでした。証拠もないうえで不正だなどと騒ぐのは侮辱以外の何物でもありません。ですが…」
「……何があった?」
20年間公正公平を務めとしてきた男の生真面目かと思っていた新宮寺であったが、不動らしからぬ歯切れの悪さに嫌なものを感じた。まるで自身がこの学園に来て直ぐ感じた不快感のようだと言う彼女の予感は的中することとなる。
「―――何処から情報を嗅ぎ付けてきたのか、連盟の連中があの試合の仔細を伺いたいと。勿論彼の個人情報については決して洩らしません。しかし今の私の理解では連中にいらぬ介入を許す口実を与えかねません」
「……ほう、トップである私を差し置いて現場職員を問い詰めるとは良い度胸だな。黒鉄の事といい、連中はハイエナほどの礼節すら持ち合わせていないらしいな」
――きっかけはたしかにこの不動の義務感だった。しかしそれが阿呆の呼び水となってしまった。誤審であったとアナウンスがあれば彼は春雪への土下座も厭わなかっただろう。しかし一週間が過ぎた今になっても理事長は何の回答も寄越さない。新宮寺と長い付き合いということで不正などは疑っていなかったが、かと言って黙っている理由にはならない。
しかしそれを嗅ぎ付けた連盟が露骨に干渉しようと動いてきた。彼らの目論見など透けて見える。春雪の試合などとっかかりに過ぎず、新宮寺の失脚および今度こそ一輝を潰そうという魂胆なのだろう。
「流石にこの状況で秘密主義、という訳にはいきませんか。分かりました、能力の概要とあの試合のギミックであれば開示しましょう」
そう言って前回の実演を兼ねながら解説する。とりあえずポーン、ビショップ、ラウンズの3機を呼び出していく春雪。
「ご覧の通り俺のウリは様々な駒ですが、お気づきだと思いますがこれらは俺自身の『霊装』ではなく派生物でしかありません。そもそも形を変える『霊装』はともかく、増える『霊装』なんて前代未聞ですし。――――俺の本当の『霊装』がある場所は
「……頭、ですか?」
自身の米神を突きながら説明するが、ピンと来ないのか疑問形になりながら相槌を打つ不動教諭。それに僅かにうなずきを返しながら説明を継ぎ足していく。
「正確に言えば、脳、ですね。脳機能を補助する機械、と言えば仰々しいですがまあマイクロチップの様なものとお考え頂ければよろしいかと。こいつは脳だけでは処理しきれない部分を全面的にバックアップし、本来オーバーヒート防止に放棄している認識も余さず拾いきる―――――ですが、これも当然ながら本来の機能の副産物です。
脳が全ての情報を処理できるようになったことで役割が激減した『覚醒の無意識』、放棄した情報をイメージで補う機構を工房の様なものに改造する。そこでポーン等の駒や武器を精製・修復、並びに想像という二次元から創造という三次元へ昇華する。これこそが俺の伐刀絶技『
「―――なるほど、多種多様に見えたあの軍勢はそれぞれが独立した『霊装』などでは無く、全てたった一つの伐刀絶技から派生していたものなのですか。ですが、『ラウンズ』とやらが行使していたあの伐刀絶技はいったい…?」
「理事長はご存知ですが俺の伐刀絶技は費やした魔力量と技術や細工によってその能力が決定します。そしてその集大成は駒に伐刀絶技すら齎します。まあ、最低でも『ラウンズ』クラスの傑作でなければ不可能ですが。
あと、誤解してほしくないのですが意のままに好きな伐刀絶技を付与できる、なんて都合の良い話ではありません。伐刀絶技は駒が完成、起動してからでないと詳細が掴めません。なのでせっかく完成させても望んだ能力でないというのはザラです、作成段階で構想が練られていれば多少候補を絞ることは出来ますが。
それから、この能力のデメリットについても3点触れておきます。まず一つは、ある程度慣れで軽減できますがとにかく良いものを創ろうとすれば大量の時間が掛るということ。俺自身の魔力量は大したこと無いですし、ルーク以上となれば修復にも創造にも数か月単位で掛ることも珍しくありません。二つ目は俺が知らない機構や内容については作成できません。ポーンであれだけの練度を得られ、『ラウンズ』を完成させられたのは黒鉄一輝から技術提供を受けたおかげです。そして最後が、どれだけ工房として優秀でも脳の要領という限界故にストックに限りがあり、なおかつ『ラウンズ』以上は例外を除いて大破してしまえば修復は出来ません。よって格上との消耗戦は俺にとって最大級の鬼門となります」
――最初は神妙に話を聞いていた二人は、徐々に顔色を悪くし聞き終わる頃には真っ青になっていた。正直不正していたと言われた方がまだマシだった、伐刀絶技を創れるなどこの目で見ていなければ絶対信じられない内容で、しかもデメリットが時間以外存在していない。逆に言えば時間さえあれば『私の考えた最強の軍勢』が出来てしまうのだ、性質が悪いにも程がある。
魔導騎士唯一にして最大の欠点、それが数の少なさである。千人に一人ということは億単位の人口を抱える大国でも精々十万人ほどしかいないという計算で、しかも素質はピンキリときている。対して彼は一人で集団を内包している。普段は数十のポーンを手抜きで操作している、となれば本気ならどれだけの数を率いることが出来るのか?
もし1000体操れるならば、日本にいる騎士の実に1%以上を個人戦力として所有していることと同意だ。しかも技量は『黒鉄一輝より数枚劣る』程度の質が千体。
新宮寺は内心で魔導騎士連盟を激しく罵倒した。黒鉄に引き続きよくもこれだけの逸材を手放してくれたな、と。しかも最悪の情報操作を行ったことですべてを失った彼に、愛国心や容赦は欠片も存在していない。奴らはたかが学生と高を括っているのかもしれんが、もう既に五人以上躊躇なく
「…なるほど、良く話してくれた落合。ここで話してくれたことは決して口外しないし、この件はこれで必ず終わらせる。不動先生、君もそれで構わないな?」
「も、勿論です!落合君、私の無能ゆえに君に不利益をもたらしてしまい本当に申し訳ない」
学生相手でも深々と頭を下げ謝罪する。そんな彼に対しては特段負の感情を催さなかった春雪は、話は終わったとばかりに退室した。残された二人はとりあえず今回の件の後始末に動く。不幸中の幸いか、何処かの阿呆共の動向を知れたのは収穫といえる。
七星剣武祭までいよいよ日が短くなった。その事実が連中の『焦れ』を加速させているのだろう、少なくとも手段を択ばない段階が秒読みなのは確かだ。彼らが大馬鹿をやらかした時、因縁深い春雪が果たして動かないという保証がどこにあろうか。新宮寺にしてみれば、春雪が『
―――――――そんな彼女達の努力を嘲笑うような『凶報』が齎されるのは、この話し合いが終わってすぐの事であった……。
―――――自室に辿り着いた春雪は、ようやく溜りに溜まっていた溜息を吐きだしていた。本当に今回の呼出には冷や汗をかかされた。なぜなら、彼は自身にとって最悪の流れに陥った時は『
「…気付いていて黙認した、は有り得ないな。多分阿呆共への対策に思考が割かれたのと、
彼らがしてしまった致命的な見落とし、それは春雪の伐刀絶技の本質は『物を生み出す』などでは無いということだ。昨今の伐刀者の扱いが軍事力である以上仕方がないのだが、本来『霊装』とは武器などでは無く『≒魂』であるのだ。であるのならば、彼の伐刀絶技『
そしてその回答はイエスである。もし人の肉体を完璧に生み出せる機械又は伐刀絶技の持ち主が居れば、彼は『ヒトガタ』を生み出すことさえ可能だろう。そして自身が創った『
それこそが彼のもう一つの伐刀絶技『
この伐刀絶技を受け入れたら最後、取り込んだ魂に込められた『呪い』に魂を侵食・掌握され、その人物は彼の所有物になり果てる。人格や感情を操作することなど出来ないが、魂を掌握されてしまえば、当人がどれだけ拒否しようが肉体は春雪を傷つけることが出来ずその命令を反することも不可能である。
…尤も、彼がこの能力を行使したのは世界でただ一人だけだ。そもそもこの伐刀絶技は相手が彼の『霊装』を望み、受け入れなければ使うことが出来ず、春雪にとっては面倒な人間より忠実な駒の方が余程有用だからだ。それにその唯一の人間も、彼にとって『落とし前』と『借りを返す』ために行使したこともあり『呪い』を施してなどいない。
とはいえ、もしこの能力が知られれば間違いなく禁呪指定の後一生監視付となるか、将又危険人物として排除されるかのどちらかである。非伐刀者を伐刀者に造り替える能力など世界のパワーバランスを崩すには十分過ぎる代物であり、『居るよりは居ない方が良い人間』に分類されてもおかしくはない。―――――彼の最高傑作『エンプレス』が完成するまでは、そんな面倒事は御免だというのが春雪の心境である。
『せ、センパイッ!緊急事態、とんでもない緊急事態ですよ!!早く開けてくださいーッ!!』
ベッドの上で横たわっていた春雪であったが、突然凄まじいノック音と共に、ドア越しに聞こえてきた大声に驚きながらも応対する。自分(とそれから一輝)に先輩などと宣う人間は一人しかいない。『日下部加々美』、一年ながら新聞部を立ち上げた非常に行動的な女性であり春雪が結構苦手としている人物だ。
一年生なので在校生のように毛嫌いこそしていないが、彼女の『ヒトの懐に自然と入り込める気質』と『情報収集力』が手馴れているとすら錯覚するほど異様である点からつい距離を置きたくなってしまうのだ。しかし折木先生との初対面&喀血すら平静でいた彼女が取り乱していることから、本当に緊急事態だと判断して部屋に招き入れる。
「男一人だから茶も出せずすまんな。それで、一体何があった?」
「……落合先輩は、黒鉄先輩がステラさんと生徒会の用事を手伝っているのは知っていますよね?」
質問に質問で返す日下部を不思議に思いながらも頷いて返事をする。確か奥多摩の合宿所に不審人物が出たとかでその確認を生徒会と出かけていることも。何故知っているかといえば春雪にもこの話は来ていたからだ。…秒で断ったが。
「新聞部立ち上げにかなり協力していただいた御祓副会長からのオフレコなんですが、現地に現れた不審者の伐刀絶技と思われる巨人を退けた黒鉄先輩を、突然現れた連盟の人が半ば強制的に連行していったらしいんです。それと、今日の朝こんな記事が…」
日下部が持ってきた情報と雑誌、それらの内容は春雪を絶句させるには十分過ぎるものであった……。
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