「ねぇ叢雲」
「なによ司令官」
「そろそろかなぁ」
「さっき連絡があったばかりじゃない。もうちょっとかかるわよ」
「そっかぁ」
「そんなに気になるの?」
「あの娘がはしゃぎすぎて何かやらかしてないか心配でねぇ」
「あのおバカ一人なら駄目だけどあいつが付いてるもの。大丈夫よきっと」
「たんこぶ幾つ作ってくるかな」
「3つで済めばいいものね。賭ける?」
「止めておくよ。この手の賭けで君に勝てた試しが無いし」
「あら残念」
2つの人影が港にあった。
その内の1つ__この鎮守府に於いて『提督』だとか『司令官』だとか『クソ提督』と呼ばれる__がとりとめもない言葉を投げ掛け、もう片方__自身の『初期艦』である『叢雲』__がそれを受けて言葉を返しながら、仲間の帰投を待っていた。
「にしてもあの娘が来てくれて本当に助かったわ。あの娘が来てから出撃での皆の負担が減ったしご飯も美味しくなったし」
「苦労も増えたけどね。こないだも鳳翔さんのとこで浜風が愚痴ってたわ」
「なんて?」
「『彼女を止めようとすると必ず巻き込まれてとても疲れます』『最近は皆彼女と私をセットに扱ってるみたいで誰も助けてくれない』『姉妹に比べると影が薄くて辛い』『最近提督と添い寝が出来なくてストレスが溜まってる』とかなんとか」
「わーお切実。あと最後に関してはこちらの言い分を聞いて貰おう」
「私は何も言ってないわよ」
「確かに私は彼女を愛らしいと思っているし彼女の身体に魅力を感じたことは一度や二度ではない。だがこれは決して劣情などによるものではなく古今東西森羅万象あまねく凡てのものに共通する感情つまり愛そう愛ゆえのものでありその感情に支配された私に彼女を拒むことなど出来ずそもそもその夜は眠る以上のことは何も起こっておらずつまり私は__」
「いいから黙りなさい」
叢雲が提督の両目に右手中指と人差し指を突き刺す。目がああ目がああ等と喚きながらゴロゴロ転がる提督。この二人にとって珍しくない光景が繰り広げられていた。
ついでに言うと浜風は決して特徴のない艦娘ではない。ただ、個性のW杯が常時開催されている陽炎型においては身体的特徴だけで目立つことが難しいというだけの話である。
『てーーーーーーーとくーーーーーーーー!!!!』
「あら、思ったより早かったわね」
「だねぇ、もうちょっと掛かると思ってたよ」
「身だしなみは整えておきなさいよ。さっき散々転がってたんだし」
「はいはい了解しましたよっと」
港から広がる海の上にかすかに複数の人影が浮かんでいるのが見えた。最初は米粒程の大きさだったそれは近づくにつれて徐々に大きくなり、先程の声が聞こえた辺りからその速度を上げていった。
その内の一つがこちらを認めるや否や複数の人影を離れて猛スピードで近づいてきた。
『てーーーーいーーーーとーーーーーくーーーーー!!!!』
「ねぇ叢雲」
「なによ司令官」
「これはいつものパターンかなぁ」
「いつものパターンでしょうね」
「たまには穏便に済まないものかねぇ」
「無理ね、諦めなさい」
「見捨てた上に私から離れるとは秘書艦の風上にも置けないやつだ」
「災害を前に職務を優先出来るほど出来た艦娘じゃないのよ私」
「提督ーーーーーー!!!!!!」
叢雲に反論しようとした提督は、しかし猛スピードで自分に抱き着いてきた艦娘への対処でそれどころでは無くなってしまう。
「提督提督聞いてください!今日の出撃も凄かったんですよ!道中は空母の皆さんがワーッって凄くて!海域奥地まで行ったら皆私に向かって砲撃してきて私も負けじとバンバン撃って!私が引き付けてる隙に皆がドゴーンって!!夜戦に持ち込んでからはもう水雷戦隊がもうシャッシャッシュバッドーンって!!!すんごいスリリングで迫力があってもう最高で!!!」
提督に抱きつきながら語彙力を何処かに棄ててきた様な報告めいたことを行う艦娘。ちなみに彼女は駆逐艦でも巡洋艦でもましてや空母でもなく、立派な
そして彼女につよーく抱きつかれついでにクルクル振り回されてる提督は意識が大破し轟沈寸前であった。
「こんの………」
そんな彼女の元に近づく一人の艦娘。艤装を装備しながらも身体の所々に傷が出来ており、出撃から帰投したことが伺える。
その艦娘は水面を滑りながら勢いよくこちらに近づくと勢いを殺すことなくジャンプし__
「大馬鹿がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
提督に抱きついていた艦娘に、惚れ惚れする程見事なキックをかました。
提督に抱きついていた艦娘は提督を離して崩れ落ち、キックを決めた艦娘はこれまた見事に着地して振り返り、憤懣遣る方ないといった表情を浮かべながら、蹴られた箇所を押さえて蹲る艦娘の元へ向かう。
「うぅ……痛いです『霞』……。ツッコミは厳しくも仄かに優しさが感じられる加減でやってくれっていつも言ってるじゃないですかぁ」
「こっちもいつも言ってるけど、いい加減帰って来て早々司令官に抱きつくの止めなさい!ボロボロの格好で抱き着くなんてはしたないったら!それにあんた今日の__」
そのまま『霞』と呼ばれた艦娘は説教を始めた。年端も行かない子供の見た目をした駆逐艦が成熟した女性の見た目をした戦艦に説教をするという一見奇妙な光景は、この鎮守府ではもはや当たり前のものになっている。現に遅れて到着した他の出撃メンバーは特に気にすることなく言葉を交わしながら鎮守府に戻っていく。ついでに意識が怪しい提督が気にかけられないのもいつもの光景だ。
「大丈夫?」
「なんとかね。いつものことながらしんどいものだ」
「あの娘に言えばいいのに」
「そう思うなら叢雲も私を守ってくれればいいのに」
「駆逐艦が戦艦に夜戦以外で勝てるわけないじゃない」
「私の目がまともならあそこに昼間から戦艦を圧倒してる駆逐艦が見えるんだが」
「アイツは戦艦相手になるとエリートになる特別艦よ」
「そっかぁ」
「にしても惜しいことをしたわ。やっぱり賭けとくんだったわ」
「5つだったかな。恐れ入ったよ」
「さっき出来たのを含めれば6つね。よくもまあ一回の出撃でこんだけアイツを怒らせられるもんだわ」
言葉を交わしながら叢雲は提督の手を引いて立たせる。まだ執務は残っている。出迎えが終わった以上港にずっといるわけにもいかない。
提督は鎮守府に戻る直前に、まだ港に残っている二人に声を掛けた。
「二人ともお疲れ様。報告は後でいいからしっかり休んでね」
提督の言葉に、霞は説教を中断してそっぽを向き、もう一方は目を輝かせて反応した。
「ありがとうございますー!よかったらお昼は食堂で食べていってくださいねー!私、腕によりをかけて作りますのでー!!」
大きな声で返ってきた返事に、提督も少し大きな声で応える。
「君の料理は絶品だからね。ぜひ食べさせてほしいよ___大和」
提督の言葉に彼女__『大和』は大きく手を振って応えた。
なお、大和が霞の説教から解放されたのは二時間後だったという。
『提督』
一応この鎮守府の長。でも結構雑な扱いを受けることもしばしば。
艦娘からは『提督』『司令官』『クソ提督』『ご主人様』など色々呼ばれている。
美味しい美味しいと大和の料理を食べまくった結果急激に増えた体重が最近の悩み。でも大和の料理は食べる。
『叢雲』
提督の初期艦。付き合いが長い分提督のことを良くも悪くもわかっている。
初代鎮守府ツッコミ代表。現在は霞にその座を譲り渡している。
『霞』
現鎮守府ツッコミ代表。たとえ相手が戦艦であっても容赦なく突っ込んでいく。
実はかなり面倒見が良く、密かにオカンだとか霞ママだとか言われていることを本人は知らない。
戦艦キラー。また説教が長い。
『大和』
言わずと知れた戦艦大和。通常の艦娘大和とは少し性格が異なっている。理由は後程。
思い立ったらすぐ行動に移る性格で時々やらかす。その際止めに入った浜風や霞を巻き込んでやらかすので彼女らは気苦労が絶えない。
料理全般が得意でよく食堂でみんなに料理を振る舞う。その度に乙女たちは歓喜し、夜風呂場で絶望する。
興奮すると語彙力が著しく低下する。