ー眠い
少年、羽沢いつきはそんなことを考えながら授業を受けていた。
「ーーで、あるからして、ここはこういう風になる。わかったか?それじゃ、ここの問題を、そうだな……羽沢。答えろ」
「我が名いつき!羽沢珈琲店の長男にして、ゲームをこよなく愛するもの!我が知恵を求めるものよ、我と契約しーーー」
「ふざけている暇があるなら、さっさと問題を解け」
「ふっ、我と契約を果たさずして、我の知恵を借り受けようなどーーー」
「ご家族に連絡を入れるぞ」
「すんません。すぐ解きます」
クスクスと笑う声を聞きながら、いつきは問題を解いていく。
「終わりましたよ」
「あぁ、正解だ。本当なんで、こいつはこうなんだ」
「いやぁ、それが俺の実力って事で」
「ほぅ、テスト中に眠って毎回0点とることが実力なのか」
「そうそう。仕方ないことですよ。学校は眠るためにあるんですから」
「……勉強するところだからな。ほら、席に戻りなさい」
へいへーい、と気怠そうに返すと、いつきは席に戻り腕を枕にして惰眠をむさぼり始める。
「はぁ、優秀なのになんで、こうなんだ。こいつは……」
「せんせー!そんなことより授業続けてください」
そんなこんなで、時はたち、昼休み。いつきは配膳された給食に手を着けることなく、ぐっすりと眠ったままだった。
「おーい、今日の羽沢当番誰だ?」
「あ、わたしだ。誰か変わってくんない?」
「先生としては、そんな当番が決まっていることが悲しいぞ。気持ちは分かるけどな」
「言い出しっぺがなに言ってるんすか」
「ハハハ、そうだな。それじゃ、羽沢にノート写させとけよ」
「はーい」
このやりとりは、生徒と教師のやりとりなのだろうか?
だが、そのことを気にする生徒はいなかった。
なぜなら、この私立羽丘中学校は、クラス替えが存在せず、よっぽどの事がない限り担任も変わらないのだ。それ故に、毎日のように惰眠をむさぼっているいつきに、ノートを写させる当番が出来たのだ。それも日替わりで。
だが、この効果は非常に大きく、誰かのためにノートをとると言うことは、必要以上に気をつかうため、字がきれいになり、自然と読みやすいノートが完成し、後々見返す時の復習に役立っていたりする。
結果、クラス全体の成績が上がり、教師も生徒もそして惰眠をむさぼるだけのいつきにも、益のあるものへと進化してしまっていたのだ。
「ほら、起きな、羽沢」
「ん?うぅん。あと三匹」
「なに言ってんの。さっさとしないと昼休み終わるよ」
「別に構わん」
「わたし、あんたのせいで居残りさせられるのは勘弁なんだけど?」
「ん」
いつきはむくりと起きあがると、人間業とは思えない速度でノートを写していく。
摩擦熱でノートが燃えないのか心配なレベルである。
「毎回思ってたけど、あんたのそれ、人間やめてるよね?」
「いやだな。これぐらい普通だろ」
「いや、絶対違うと思う」
「そうなのか?あ、ノート、サンキュー」
「別に、当番だからやってやってるんだし」
「はいはい、テンプレートなツンデレ乙ー。リアルじゃ需要無いから、そのまま永久に心の奥底にしまっといてくれ」
「あんたねぇ……!」
「すまん。寝起きだから少し機嫌が悪いんだ」
それは、授業中に寝ていたいつきが悪い。謂われのない罵倒を受けた、クラスメイトの少女Aさんは怒りの余り顔を真っ赤に染めている。
決してこれはツンデレがどうとかではない。リアルに、ガチでキレているのだ。
だが、すぐさまフォローになっているのかわからないが、怒らせた自覚のあるいつきは謝るも、寝起きのためか全く持って心がこもっていない。
オブラートに包んで言ったとしても、クズ野郎である。
そんなやりとりがありながらも、一日の授業は全て終わった。
怒りを覚えながら、一回も殴っていないクラスメートの女子Aさんもとい、青木さんにクラス1のクズ野郎、羽沢いつきは、心の奥では感謝している。表に出して感謝しろクズ野郎とでも言っておこう。
「家まで送って貰わなくてもよかったんだけど……?」
「なに言ってんの、あんたの学校での態度を、家族の人に伝えるために行ってんだから、ついて行かないと、わたしがわかんないじゃない」
「すぐに回れ右して帰ってくんない?」
「残念だけど、わたしの家、こっちの方なのよ」
「どうぞ、さっさと帰ってくださいませ」
「その変な敬語やめてくんない?腹立つ」
子供のケンカみたいなやりとりをする二人は、端から見ると痴話喧嘩をしているようだった。
「いっ……くん?」
「ん?あ、ひま姉」
唐突に声をかけられ、いつきと青山(青木)は後ろを振り返る。
そこには、わなわなと震えているピンク色の髪の少女、上原ひまりがいた。
「い、いっくんが、あのいっくんに」
「俺が、なに?」
「彼女ができたあぁぁぁぁぁぁ!!」
「なに言ってんの!?」
「だって、あのいっくんだよ!?私たち以外の女の子といっさい接点のないいっくんが女の子と一緒にいるんだよ!?これはもう彼女しか考えられないよ!!」
「ひま姉は取りあえずその少女マンガのような思考をどうにかしようか!!」
「いや、その前にわたしとあんたが付き合ってるってとこを訂正しろよ!!」
そんな三人のやりとりを、後方で眺める四つの陰はひそひそと声を殺して話していた。
「なぁ、ほんとにあの二人付き合ってないと思うか?」
「少なくとも私はいっくんに彼女はいないと思う。っていうか、私が認めないよ。面接してないもん」
「つぐ~?」
「どうしたの、モカちゃん?」
「ううん。何でもない~。ただ、つぐも相当めんどくさいな~って思っただけ~」
「そう?普通じゃないかな?巴ちゃんもそう思うでしょ?」
「あぁ、私もあこに彼氏が出来たなんて聞いたら……うん、面接しないとな。あこにふさわしいかあたしが見定めないと」
「巴まで……」
それは、姉バカが炸裂しただけの会話だった。
世界はシスコンとブラコンで満ちているのか……そんな疑問が浮かび上がってきそうな具合だ。
「あ、姉ちゃん。とも姉と蘭姉?モカ姉までなにしてんの?」
「お姉ちゃん、いっくんにはまだ、恋愛は早いと思うの」
いきなりなんだ?と疑問を抱くいつきに、掻い摘まんで事情を説明する蘭。
「こんな感じでつぐが暴走してるから、いつき、とめてくれない?」
「暴走特急状態の姉ちゃんを、俺が止めれるわけ無いだろ?」
「あんたの姉でしょ?何とかしてよ」
「それを言うなら、蘭姉だって姉ちゃんのバンドメンバーじゃん」
「はいはい、蘭もいっくんもそんな不毛な争いしないでさ~、止めることだけに意識向けようよ~。ひーちゃんとつぐのケンカー」
「「はぁ?」」
モカの一言によりつぐみの方に意識を向けると、そこにはなぜか、言い争っているつぐみとひまりの姿があった。
そして、そこにはすでに当事者だったはずの、いつきのクラスメイトの少女Aこと青木(青木)はいなかった。
「あっ、あいついつの間に……。まぁ、さっさと帰ってほしかったからいいけど」
「いっくん、女の子は繊細なんだよ!ちゃんと送ってあげないとだめじゃん!」
「そうだよ、いっくん!女の子を蔑ろにするのはよくないよ!」
「あー、もう!何でこうなるかなぁ!!」
そんな混沌としたまとめ役不在の状況は、羽沢珈琲店……つまり、つぐみといつきの家につくまで続いた。
そして、そこにつくと、見覚えのある紫色の髪をツインテールにした女の子、宇田川あこがそこにいた。
「あー!!やっと帰ってきた!!」
「あこ!?何でおまえがここに!?」
「ほら!早く行くよ!!りんりんも待ってるんだから!」
「ちょっ、おま、待て、待てって!えっ?なに?なんか用事あったっけ?」
「もしかして昨日のこともう忘れたの?」
「昨日……?」
あこに問われ、昨日のことをうっすらと思い出す。
「あっ、言ってたわ。俺、昨日夜遅くまでゲームに付きあわせたから、なんか好きなもの買うって、あこたちと約束してたわ」
「思い出した?それじゃ、行くよ。あっ!お姉ちゃん!!」
「よっ、あこ。いつきの財布空っぽにする勢いで奢って貰えよ」
「うん!!」
「いや、ちょっと、それひどくないですかねぇ宇田川姉妹!?」
そんなこんなでいつきは一日中あことりんりんというゲーマーに財布がからになるまで奢らされ、小遣い稼ぎのために実家の珈琲店の手伝い、また夜遅くまであことりんりんを引き連れNeoFantasyOnlineをプレイし、また奢らされるという無限ループ(笑)を繰り返していたそうだ。