一撃少女   作:ラキア

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10撃目

 

 

 

 日本の夜は、世界中の中でも眩しいと言われるほど明るいとされている。どんな暗い場所や、住宅街でも街灯があり、暖かい光が常に道を照らしてくれる。一方で都会の街中は、眩しいくらいの光と、交差する車のライト。ビル郡に付けられたLEDやネオンの光。それらが夜の闇を消している。

 そんな光に当てられながら、車椅子に乗った少女はバスの中で読書をし、降車停までの時間を潰していた。読んでいるのは、図書館で借りた本。そして少女の膝元には、もう一つ本がある。辞書のように大きく、厚い本。表紙には十字の装飾がされている。そして鎖が巻きつけられ、開くことが出来ない本だった。

 

 読むことが出来ないのに、少女はその本を常に持ち歩いている。何故かその本は、少女から離れることはないのだ。小さい頃から不思議と思っていたが、常に傍にあっても、その本には見た目ほどの重さは全く無い。その為気にはならなかった。

 

 バスが何度目かの停車前の名前をアナウンスする。バスは普通のものとは違い、ノンステップバスといわれる車両で、バリアフリーの観点から低床構造とし、高齢者や障害者でも乗降がしやすいよう考慮されている。少女は足が不自由な為、遠出の際にはこういったバスを利用するしかない。

 すると、少女の持つ携帯電話に着信が入った。マナーモードにしていた為、バイブレーションの振るえとディスプレイの光で少女は気付き、小型ディスプレイに表示されている発信先を確認する。そこにあった名前は、彼女が通っている病院の主治医の先生だった。本当ならば今すぐ出たいが、今はバスに乗っている為に、申し訳ない気持ちを抑えながら電話が切れるのを待つ。

 やがて家の近くにあるバス停まで着き、少女が料金を払うと、運転手の方が「ニーリング機能」で車高を下げて、歩道との段差を少なくしてくれる。さらに運転手の方が降り、スロープを出してくれて、車椅子を押してくれた。ゆっくりと歩道へ降ろしてくれる。

 

「おおきに」

 

 少女は運転手の方にお礼を言って、運転手は笑みを浮かべてからスロープを戻し、バスに戻る。車高を元に戻し、そのままバスは発車して少女の視界から遠ざかっていく。街灯に照らされる歩道を、少女は車椅子を押して進む。途中で横断歩道を渡らなければならないので、少女は信号を待つ。辺りには、遅い時間のためか人が全然居ない。車が通る気配も無い。自分の身体が普通の状態だったら、このまま信号を無視して渡っていたのだろうかと考えるが、首を振ってから考えるのを放棄する。信号無視はいけないことだ。

 時間が経ち、信号が青になった為、少女は僅かな段差を降りて横断歩道を進む。丁度中心まで来た頃だろうか、遠くから光が接近する。大型のトラックだ。

 様子がおかしい。車道の信号は赤だというのに、トラックは止まる気配が無い。更に大きくふらついて蛇行運転の話ではなかった。明らかに運転手に異常が出ている。

 少女は目を見開く。緊急回避することは出来ない。接触する寸前に、ぐっと目を閉じた。

 

 だが、いつまで経ってもぶつかる感覚はない。衝撃が無い。

 

 まさか、痛みや衝撃を感じずに死んでしまったのかと思ったが、それは違った。

 少女が目を開くと、視界に映ったのは───上空から見える夜の街並みだった。自分の住む住宅街が視界いっぱいに広がり、街灯の明かりが暖かく照らしている。

 何故、自分はこんな所にいるのか。なぜ自分は空に浮いているのか。恐る恐る視線を下に向ける。すると自分の足場になっていたものは、白い光の文様だった。俗に言う魔法陣と言うべきものが、少女の身体を支えている。

 おかしい、こんなはずじゃない。少女はあまりにもの非現実な光景に思考が追いつかなくなる。

 すると、少女が常に持っていた十字の本が、何故か自分の目の前で浮遊し始めた。その本からは淡い光が漏れており、この魔方陣のようなものはこの本のせいなのかと思考する。本は少女から聞いても訳が分からない単語を良い始める。頭の中に直接言われている感覚で、その言葉は英語だ。だが自然とその言葉が理解出来る。だがその翻訳された言葉すら、少女に取っては訳が分からないもの。

 そして本が一段と光を放つと、その巻きつかれた鎖を、破った。

 

 

 

 

 

 

 もう十一月というのもあり、朝の気温はかなり寒くなっている。コートを着て、マフラーをつけて、なのはは目的地へと向かう。昔のようにランニングをしていれば、走っていて自然と身体が温かくなっていたもので、その頃は冬も関係なくジャージでランニングをして、公園にて腕立て伏せ、上体起こし、スクワットをしていた。故に帰るときは何時も汗だくな状態だった。だが今はどうだ。いくら走っても、運動しても全然息が切れることは無く、もう上限関係なくトレーニングをしても何の苦労も無くなってしまった。だから現在はトレーニングを辞め、街をランニングがてらに駆けて事件や事故なりと解決に励んでいる。

 だが今日はそれとは別件だ。目的地はかつてトレーニングを行っていた公園は別の公園。そこに向かっている。走らなくとも充分時間には余裕があるので、自分の息が白くなる様子でも見ながら歩いていく。そしてようやく公園が見えてきた辺りで、敷地外から公園の様子が見える。

 公園の中央には、待ち合わせした人物が立っている。近くにベンチがあるのに座らないのは、少女が立った今来たからか、それともドが付くまじめだからか。明らかに後者だろう。下げ鞄を持ち、腕時計で時間を確認する人物を見ながら、なのはは敷地内に入る。するとなのはに気付いた人物がこちらに気付き、笑顔を向けてくる。

 

「久しぶり、フェイトちゃん」

「久しぶり……なのは!」

 

 フェイトは此方に手を振って挨拶してくる。こうして会うのも半年ぶりになる。格好はこの寒さだというのに随分と薄着だった。寒がっていたのは鞄を握る手をこすっていた様子が分かっていたので、なのははコートを脱いでフェイトにかけてあげる。

 

「え、いや、でもなのはが……」

「大丈夫。私は別に寒くは無いから」

 

 悪いと思っているフェイトになのはは手をぶらつかせながら言った。なのはは寒いと感じても、それは余程の寒さだ。しかも感じても、辛くはない。それが凍てつくものでも。その為、コートが無くてもなのはには全く問題だいのだ。せいぜい周りの目に合わせる程度である。

 

「うん、分かった。……ありがとう、なのは」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そんななのはにフェイトはぎこちない笑みで礼を言った。いつまでもここで話すのも悪いため、一度高町家へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

「今頃は、なのはちゃんとフェイトちゃんが感動の再会をしている頃かなぁ」

「フェイトはともかく、なのはの反応が軽いことが想像できるけどな」

 

 管理局本局。次元の狭間に存在する、管理局の本部の片方だ。

 その施設の一部。廊下を歩いて会話するのはエイミィとクロノだ。エイミィは上を見てなのはとフェイトの再開の場面を想像し、クロノは苦笑いしながらそれに突っ込みを入れる。

 

 ジュエルシードの事件後。容疑者であるプレシア・テスタロッサは拘束されたが、病に侵されているという事で、現在治療中である。しかし末期の病故に、せいぜい延命の治療しか出来ないとされていた。プレシアは事件の事について、自分が全ての原因と話した。フェイトやアルフの事も、先日に言ったように、脅し、強要していたに過ぎないと証言した。その為フェイトとアルフの罪状は比較的軽いものになり、クロノやリンディを始めとしたアースラクルーの尽力によって、何とか裁判で良い方向に導くことが出来た。

 フェイトとアルフは保護観察処分となり、観察役はリンディ・ハラオウンとなった。リンディもフェイトとアルフの世話をするのに喜んでおり、二人からすればとてもありがたいものになった。そして現在、リンディと共に、地球へと引越しの日である。これはリンディの計らいであり、フェイトもそれを聞いた時はすごく喜んでいた。

 リンディはこれを期に、長期の休みに入り、その間はクロノが部隊の指揮を担う。アースラは現在本局のドッグへと入り、整備中だ。もとより長い旅と大きな任務があった為、今回の整備に至る。その為クロノとエイミィは本局で仕事を行っていた。

 現在廊下を歩いているのも、その仕事が関係する。扉の前に着き、インターフォンで入室許可を頂いてから室内へと入る。そこにいたのは淡い紫の長髪を一つに結った女性である。クロノとエイミィは敬礼し、挨拶する。

 

「お久しぶりです、レティ提督」

「久しぶり、クロノ執務官。それにエイミィも。リンディは今日から休暇だっけ。元気にしているかしら?」

「ええ」

 

 時空管理局本局運用部の提督───レティ・ロウラン。リンディとは友人同士であり、クロノとも面識がある。管理局の装備・人事・運用の責任者であり、フェイトの嘱託魔導師試験の際は採点官でもあった。現在もフェイトの事について色々と助けて貰っている人物である。レティは座ってと良い、ティーセットを持ってくる。失礼しますと声を挟んでから、下手のソファにエイミィと共に座る。テーブルにティーセットを置き、レティは上手のソファに座ってから、紅茶をカップに注ぎ、クロノとエイミィの前に出してくれる。それに礼を言い、レティもカップを手にとって、紅茶を一口飲む。そして一息ついたところで、レティは口を開いた。

 

「それで、今回の用件なんだけど」

「はい───これです」

 

 レティとクロノの言葉を合図に、部屋が暗くなり、天井からスクリーンが下りてくる。画面には事件の詳細と思しき文書と、その写真が写された。どれも魔導師や管理局員が倒れている光景が並んでいる。

 

「手口は同じ。急に襲われて、皆いずれも奪われていました。───リンカーコアを」

 

 リンカーコアとは、大気中の魔力素を吸収して、体内に魔力を取り込む魔法機関。魔法を扱う者は皆、体内にこれを持つ。いまだに謎が多い機関で、研究が続けられている。今回奪われたのはこのリンカーコアだ。だが、皆致命傷には至らず、リンカーコアも徐々に再生している。

 犯人は何故、このような事をしているのか。なぜ魔力を集めているのか。疑問点はそこである。レティが指を口に触れさせて思考する中、クロノが言葉を続ける。

 

「いずれにせよ、早急に対処する必要があります」

「そうね。───では、今回のこの一件を、クロノ執務官に任せます」

「了解」

 

 クロノはレティに敬礼をし、エイミィも同様に敬礼した。

 

 

 

 

 

 

 マンションの上階で、引越しの作業が行われていた。引越し業者が大きな荷物を担いで部屋の中へ運んでくれている。その中、部屋に置く荷物の位置を指示したりをアルフが行っていた。机やベッドなどはフェイトの部屋になる場所へ運んでもらい、箪笥や置物といったリンディの私物は和室へと運んで貰う。その様子をリンディは作業をしながら見やると、視線に気付いたアルフが恥ずかしそうに顔を赤らめた。作業は順調に進み、夕方頃には掃除も終わらせて一息できた。

 リビングにあるソファに腰を下ろし、対角線上に並べられてあるソファに向かい合うよう座る。正面にはテレビが設置され、奥には大きな窓があり、そこから見える景色はとても良いものである。リンディは急須に緑茶の葉を入れて、ポットでお湯を入れてから、茶葉が開いたタイミングで湯呑みに注ぐ。二つの湯呑みに注ぎ終わった後、アルフの前にそれを置く。アルフは礼を言ってから、手に持ち、一口飲む。リンディも続いて飲み、一度湯呑みをテーブルに置いてから、今度は砂糖とミルクを入れて飲む。リンディはやはりこれといった笑顔を見せた。

 

「ねえ、リンディ提督」

「うん、どうしたのかしら?」

 

 アルフはリンディにぎこちなさそうに声をかけ、リンディは視線をアルフへと向ける。するとアルフは頬を赤らませ、口を開いた。

 

「ありがとうね、いろいろと。フェイトの事、あたりの事。本当に良くしてくれて───ありがとう」

「あらあら、どうしたのよもう、改まって」

 

 リンディは手を振りながら笑みを浮かべ、アルフは続いて頭を下げる。そんなアルフにリンディは微笑みながら、その手を彼女の頭に当てて撫でる。

 

「保護責任者として、当然のことをしたまでよ。それに、貴女とフェイトちゃん本当に良い子だから、こちらとしても色々と助かるわ」

 

 リンディが保護責任者として当然というが、ここまでしてくれるのはリンディだから、リンディという人物がとても優しく、面倒見の良い人物だからである事を、アルフは分かっていた、だからフェイト同様に、感謝の言葉を全て表せない程である。

 しばらくそうしていると、リンディは、さてと言って立ち上がる。

 

「フェイトちゃんが帰ってくるまでに、晩御飯の支度をしましょうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 翌日。いつもの様にバスに乗ってから登校し、HRが始まるまでアリサとすずかと駄弁りながら過ごす。それはいつも通りの日常の一ページなのだが、今日だけは少し違う。HRの開始を知らせる鐘が鳴り、クラスの皆が席に着く。

 先生が教卓の前に立ち、いつものHRが始まるわけだが、先生が転入生が来ると皆に言ったのだ。盛り上がるクラスの中、なのはとアリサ、すずかは既に誰が転入してくるのかを知っていた為、アリサはにやりと笑みを浮かべる。そして先生に呼ばれる、フェイトという名前。フェイトは恥ずかしそうに小声で失礼しますと言って、教室の扉を開き、先生の隣に立ってクラスの皆に向いて自己紹介を始める。

 

「ふぇ……フェイト・テスタロッサです。宜しく、お願いします」

 

 すっかり顔を赤らめて紹介するフェイトに、クラスの皆が拍手をして迎い入れた。フェイトもそれに安心したのか、落ち着いて笑みを浮かべた。

 HRが終わってからは、当然のようにフェイトはクラスの皆から質問攻めに遭う。その様子をなのはとアリサ、すずかが見守る。フェイトが本局にいた時も、なのはとメールや通話をしていた為、なのはの友達であるアリサとすずかとも友達になったのである。そして今日から転入してくる事も、三人とは既に話をしていたのだ。

 フェイトは皆に囲まれつつも、とても楽しそうに話をしていた。それも当然である。フェイトは今まで学校に通ったことは無かったので、今のこの瞬間はフェイトが望んだものの一つなのだ。それを知っているからこそ、なのはは心の中で、良かったねと思った。

 

 放課後。アリサとすずかは校門を出たところで迎えの車がある。なのはとフェイトとはここでお別れだ。挨拶をして、車に乗ったアリサとすずかに向けて手を振る。車が視界から居なくなってから、二人は帰路を歩いた。

 海岸沿いの道を歩く。冬という事もあって、日が傾くのも早い。鮮やかな夕日に照らされながら、二人は手を繋いで歩く。

 

「学校はどう? 大丈夫そう?」

「うん! 皆とっても優しいし、楽しいよ。……でも、アリサたちに隠し事をしていると思うと、心苦しいけど」

「まあ、話したら面倒なことになるかもだし、仕方ないよね」

 

 苦笑いを浮かべる。アリサとすずかに魔法のことについて話をしていないのには、きちんと理由がある。それは彼女たちがまだ一般人の枠組みに居るからだ。なのはとフェイトは、この地球という世界では一般人という分類ではない。魔法という非現実的な力を有する存在なのだ。まあ、なのはは魔法を使わずとも、一般とはかけ離れているのだが。

 少なくとも、話すとしたらもう少し互いに大きくなってからにしようと考えている。

 

 しばらく歩いたところだろうか、フェイトが思い出したように声を上げる。

 

「そういえば、ユーノからトレーニングメニューとかを預かっているんだ。こっちにいながらも、きちんと訓練をしようと思っている」

「そっか。嘱託魔導師だもんね、フェイトちゃん」

 

 フェイトは罪を償うために、嘱託魔導師として奉仕活動することになった。その為、現在は仕事は休みだが、しばらく経てば学校に通いながらも、これからは管理局の仕事も行っていくことになる。その為に、フェイトは訓練は欠かせないと意気込んでいる。

 

「なのはみたいに……強くならないとね!」

「うん! そうだね!」

「今朝もちゃんとトレーニングしたんだ。腕立て伏せ一○○回、上体起こし一○○回、スクワット一○○回、そしてランニング一○キロ。これからも毎日やるつもり」

 

 フェイトはなのはが言ったトレーニングメニューをしっかりこなしていた。これだけではなのはのように強くなれるとは思ってはいないが、フェイトはこれを続けていくつもりでいる。

 

「それで、なんだけど。今度の休みの日、ちょっと訓練に付き合って貰えるかなって」

「うん! いいよ!」

 

 フェイトの言葉に、なのはは笑顔で了承した。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 すっかり暗くなった街の様子が見える。ビルの屋上にある、角のところに座り、その景色を半目で眺める。様々な光が交錯して、とても明るく、幻想的にも見える。少女は一つ呼吸する。

 

「───近くに反応がある。いくぞ、アイゼン」


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