「フェイトー! 準備できたよー!」
「あ、うん! アルフ!」
晩御飯も食べ、フェイトとリンディはリビングにてソファに座ってテレビを観ていた。その時、アルフの呼ぶ声に反応したフェイトがそちらに向かい、駆け寄る。先ほど食事の際に、夜に散歩に出かけるという話は聞いていた。普通の子供ならば夜に出歩かせるのは危ないが、フェイトとアルフなら大抵の事は問題ない。それ故、アルフがフェイトを呼んだのはその件だと思い、リンディはアルフの方へ視線を向けると、そこには小さな犬のような姿になったアルフの姿があった。思わず手で口を隠して訊ねる。
「あらあら、どうしたのアルフ?」
「アルフが、私への魔力負担を少なくするためって」
「工夫してみた!」
実のところ、使い魔の存在は少なからずその主の魔力を消費する。フェイトの魔力の高さからいえば特に問題は無いのだが、少しでも負担を軽くしてあげたいと思ったアルフの意思である。小さな身体になった故、アルフの声はいつもより高い。恐らく小さな身体になった為に、声帯も小さくなってしまったからだろう。その愛くるしい姿にリンディとフェイトは微笑む。アルフの首輪にリールを付け、フェイトはリンディへと向き直った。
「じゃあ、お散歩、行って来ます!」
「ええ、行ってらっしゃい」
◇
食事を取った後に、自室にてアリサとすずかと電話して、明日フェイトに学校の事をもっと知ってもらおうと考え、話をしていた。大体の流れが決まったので、あまり長電話にならない様自重したい為、おやすみと言ってから通話を切る。折りたたみの携帯をしまい、今日はもう使用しない為、ベッドから腰を上げ、机の上に置いてある充電器へと差し込んだ。型にはめてカチッと押し込むと、小型ディスプレイが表示されて充電中と出る。
少しベッドでくつろいでから風呂に入ろうかなと考え、踵を返し、ベッドの方へと向き直った。
その瞬間───。
空間が切り替わった感覚が全身を包み込む。
「───これって」
気付き、窓のほうへ目を向ける。窓から見える外の光景は、いつもの夜の景色とは異なり、全体的に変色されているのが分かる。魔力の光で、空間そのものが染まっているように思える。続いてレイジングハートがエマージェンシーと知らせる。この状況には覚えがある。間違いなく結界だ。半年前に管理局やユーノが使った魔法の一種である。これが発生したという事は、間違いなく魔導師が近くに居る。
直ぐに管理局やフェイトに連絡を取ろうと、レイジングハートから通信を試みるが、一切の通信が遮断されている為叶わない。
偶然誰かが張った結界に巻き込まれた、という訳ではないだろう。恐らく相手の魔導師は、少なくとも此方に目的があると思われる。ならば行動は迅速に行う。階段を駆け下り、玄関で靴を履いた後に扉を開けて大急ぎで家を出る。なるべく自分の家から離れた所に向かいたいのが本音だ。相手の結界の種類など、なのはには分からないが、地形のバックアップが取れていないタイプの結界だとしたら、自分の家が壊されてしまう可能性がある。
走りながらレイジングハートを起動し、バリアジャケットを装備する。杖は構成しない、いつものスタイルだ。飛行魔法で飛び、一気に都会の方へ向かう。街のビルの屋上の一つに着地し、相手が来るのを待つ。
夜の闇夜が変色し、街の明るさも、都会の眩しさも魔力によって歪められている。風が吹き、音が鳴った頃である。
───遠くで赤い光が輝き、その方向から魔力弾【バレットシェル】らしきものが放たれて、それら二つが襲い掛かってくる。
フェイトの直線速度重視のプラズマランサーとは違い、今回の魔力弾【バレットシェル】は、かなり湾曲して襲い掛かかってくる。その見たこともない不思議な動きに興味が注がれるが、いずれにせよ回避することには問題ない。先ずは上体を捻り、一つ目を回避した後に、足を動かし、半歩ほど横にずれるようにして、二つの魔力弾【バレットシェル】を避ける。射撃されたであろう、赤い光が輝いた方へ視線を戻す。だがそこには既に気配が無い。
レイジングハートが警告した。避けたはずの魔力弾【バレットシェル】が、方向を変えて再び襲い掛かって来たのだ。振り返り、弾が過ぎたビルの斜め下の方へ視線を向けると、そこには独りでに曲がって、こちらに向き直して襲いかかる。良く見れば、その攻撃は魔力弾【バレットシェル】ではなく、鉄球のような弾丸であった。レイジングハートによれば誘導弾だという。通常の魔力弾【バレットシェル】よりも防御が聞かず、さらに誘導性能がある為、非常に回避し辛い攻撃といえる。
なのははまた襲われても面倒なので、今度は拳で粉砕して木っ端微塵にする。
次の瞬間。背後から気配がする。屋上の内側の方だ。上空に気を取られている間に、気配を殺して接近していたのだろう。振り返れば、そこにはなのは達と同い年くらいに見える少女の姿があった。赤い髪に赤いバリアジャケット。頭に帽子を被っており、両手に持つデバイスらしきハンマーを装備している。
「うぉおおおおおらぁあああああーーーーーーッッ!!」
魔導師の少女が、手に持つハンマーを此方に振りかぶって来る。常人では、とても動きを目で追えない速さである。
しかし、凄まじい速度ではあるが、フェイトの速さに比べれば充分劣っている為、なのはは落ち着いてから回避行動に入る。重心を前に傾けてから地面を蹴り、背後へと跳躍して回避する。赤い魔導師はハンマーヘッドを地面に叩きつけ、ヘリポートを粉砕させる。
「……んのヤロウぉぉーーーッッ!!」
衝撃で舞った煙が風によって消され、魔導師の姿が見える。別のビルの屋上に退避したなのはの姿を捉え、直情的な性格なのか、怒気を込めた視線を向けてくる。此方が回避したことに憤慨したのか、魔導師は表情を激しく怒りに歪ませ、ハンマーを天に掲げてから叫ぶ。
「───グラーフアイゼン! ロードカートリッジ!!」
デバイス───グラーフアイゼンが反応すると、ハンマーヘッドが一度両外側に外れ、また内側へと差し込まれる動作を行う。まるで何かを装填するように。一瞬後、熱を放射したような煙が漏れ、何らかの力が発動したのかが分かる。
魔導師は再びハンマーを構える。するとハンマーヘッドが変形し、片方が鋭利に尖り、後方が噴射口に変形し、そこから魔力が放出される。
まるでジェット噴射のように勢いは増し、魔導師はそれ目一杯まで踏ん張って溜めて、解放する。
抑える力を解いた瞬間に見せる、凄まじい動きだ。ロケットの如く、凄まじい勢いだが、魔導師の小柄な体躯故にグラーフアイゼンに振り回される形になっている。魔導師は空中に浮いて、宙をぐるぐる回るが、相手はその勢いをコントロールして、二、三回の回転を挟んでから此方に振りかざして来る。回転していた時に比べ、こちらに迫る時は凄まじい速度だ。
「───ラケェーーテン……ハンマァァアアアーーーーッッ!!!」
全力で技名を叫び、振り抜き、その一撃はなのはの身体を芯で捉え、命中させた。さらに直撃した瞬間に爆破が起こる。標的に命中させ、衝撃で爆破効果を追加する事によって、文字通りに爆発的な力で塵殺する。これが魔導師の戦闘スタイルだった。
爆煙が辺りに充満し、視界が悪い。無風の為に中々霧散しない。だが直撃した為、確実に仕留めたと思った為、気持ちを落ち着かせる。怒りに満ち、瞳孔が開いた瞳を元に戻す。魔導師は酸素を求めて激しく深呼吸をする。同時にグラーフアイゼンも頭部の柄の接続部が開き、熱を放出した。同時に薬莢のようなものが三つ地面に転がる。先ほどグラーフアイゼンが何か充填したものはこれである。
「……さて、さっさと蒐集すっか」
呼吸も大分落ち着き、煙も霧散しつつある。魔導師は蒐集という言葉を零し、なにかを出すように手を広げようとした。だが、次の瞬間に魔導師の動きが止まる。煙が霧散し、目の前の視界がようやく見えるようになったタイミング。魔導師の立つ正面の位置。至近距離。
その場所には、平然と立ってこちらを無気力な表情で見る、なのはの姿があった。
「(───あれ? あたし今殴ったよな、こいつ……)」
その信じられない光景に、魔導師は何かの間違いかと思って、目を見開いて、瞬きを二回行う。しかしいくら確認しても視界に映されるものが変わることは無く、なのははそんな魔導師の様子に対して右手の人差し指で頬をぽりぽりとかいた。
「……がっかりだなぁ。なんだか見たことも無い面白そうなデバイスだったのに、結局は一発パワーが高いだけの突進なの」
なのはは無気力な表情で呟く。それも仕方の無いことである。なのはからしてみれば速度はフェイトの方が高いと感じ、力量で言っても黒騎士の方が大きいと感じる。故に特殊な技能を駆使したといっても、なのはの経験からしてどれも劣っている。さらに酷な事を言えば、なのはからしてみれば、黒騎士と同等の力量だったとしてもダメージを負う事はない。
魔導師はその言葉を一瞬理解出来なかったが、直ぐに理解したのだろう、わなわなと身体を震わせる。
「……あたしとアイゼンの一撃を……馬鹿にするなぁぁあああああーーーーーッッ!!」
憤慨し、ハンマーを振りかぶるが、なのははもう食らってあげる気は無いので、魔導師がハンマーを下ろす前に、その速度を上回って身体を捻り、その身体にワンパンを叩き込んだ。勿論、死なないように手加減はしたが、その影響で魔導師のバリアジャケットが破壊され、少女の身体が一瞬にして露になる。
「───なッ!!?」
バリアジャケットが大破したことで、手に持つハンマーも、グラーフアイゼンが強制終了したことによって消滅する。魔導師は一瞬気付かず、既に無いハンマーの柄を握るように両腕を上に掲げて止まる。傍から見れば、裸の少女が架空の剣を振っているようにしか見えない。
魔導師は自分の姿に気付き、一瞬で顔を真っ赤にし、腕や足で身体を隠しつつ、なのはへ向けて怒号を浴びせる。
「お前、ふざけんな! あたしに何の恨みがあるんだよぉ!!」
「いや、襲い掛かってきたのはそっちじゃ……」
なのはは冷静に言い返すが、魔導師は聞く耳を持たない。
「次ぎ会ったら覚えてろ! このやろぉぉーーッ!!!」
恥ずかしい気持ちで泣きそうな魔導師だったが、それを怒りに隠して怒号を浴びせ、此方に指を指してからその場から去って行く。その姿は一瞬で消え、同時に結界が解除される。街の景色も元に戻り、先ほど破壊されたビルなどは、何も無かったように直っている。地形のバックアップを取っていることに感謝しつつ、結界を張った魔導師は優秀だろうなと思考しておく。
本当ならば今ここで捕まえて、管理局に身柄を渡すのが良いのだが、流石に彼女も裸で捕まりたくはないだろうと思い、今回は見逃した。
結界も解除された所で、いつまでもバリアジャケットを装備している訳にはいかない。そう思った瞬間にバリアジャケットが解ける。レイジングハートが気を使ったのだろうと思ったのだが、今回の解除の仕方がいつもと違うと感じる。なのははレイジングハートに声をかけるが、返事は無かった。いつものように、携帯状態になったレイジングハートが掌に落ちてくるのだが───。
レイジングハートは、ヒビが割れてボロボロの状態になっていた。