翌日の朝。いつもならスクールバスに乗って学校に行くのだが、フェイトと共に登校する事に決めた為、公園の入り口を待ち合わせ場所にしていた。
本来ならば、学校の事や、アリサやすずか達と一緒に遊んだりなどをする予定であったが、昨日の一件でそれが随分と予定が狂ってしまった。フェイトの身体は問題無い為、本人の希望もあって翌日からは地球に戻ってきている。
しばらく待つと、金色のツインテールを靡かせてこちらに寄って来るフェイトの姿があった。片手を上げておはようと挨拶しつつ、並んで歩き始める。フェイトの表情は何でもないようにしているつもりなのだろうが、その顔には複雑な心境が窺える。それは無理もない。フェイトの実力はなのはも知っているし、並の魔導師より群を抜いて強いことを知っている。そんな彼女が敗北し、デバイスをも半壊にさせてしまったのだ。その気持ちは容易に察せる。
「フェイトちゃん、身体はもう平気?」
「うん、大丈夫。身体には特に異常はないし、折角学校に通えたんだから、休みたくも無い」
「そっか」
体調の事を訊ねると、フェイトは視線を此方に向けて平気だと答えてくれる。笑みを浮かべるが、それは空笑いである。気持ちを切り変えたいと思っているのだろうが、フェイトの年齢は九歳。外見年齢だとしても世の九歳と差は無いはずである。故にいきなり気持ちを切り替えられるほど、彼女には経験が足りない。相手に心境が伝わってしまうし、精神も脆い。
「昨日の人たち、結構強かったみたいだね」
「え……あ、うん。そう、だね」
目を丸くし、慌てたように周囲を見回してから、フェイトは視線をなのはに向き直し、肯定してくる。周りには同じく通学中の子供が歩いている為、恐らくは公の場で話して大丈夫なのかと不安に思ったのだろう。だが、一般の人からしてみれば、魔法だのと話をしていても現実の話だとは思わない。それが小学生の言う事であれば、アニメかゲームの内容かと思うだろう。故になのはは気にせず会話を続ける。
「私に襲い掛かってきた子も、スピードはフェイトちゃんに劣るけど、かなりパワーがあった。防御もそれなりに硬かった。遠距離からの攻撃も厄介みたいだったし、総合的なステータスからみれば、フェイトちゃんと互角。もしくはそれ以上かも」
「うん……私と戦った人も、強かった。速さも、技の切れも、そして力も、私より強かった」
言うと、フェイトは俯いて真剣な眼差しを足元に向けた。
「私が……もっと強ければ……バルディッシュも……!」
立ち止まり、フェイトが溢れんばかりの哀しみの感情を露にする。自分を責めている。自分を責めるのは別に悪いことではない。人間成長していくには、時に自分を責めて、改善していかなくてはならない。それが一つの経験として積み重なっていくのだ。だがフェイトの今の状況は少し違う。
なのははフェイトの傍に寄ってから、その肩をトントンっと叩く。フェイトが顔を此方に向けた瞬間───。
頬に人差し指が当たる。
「……へ?」
目を丸くするフェイトは、頬を指で突かれたまま固まっている。それに笑みを浮かべつつ指を頬から離してなのはは数歩後ろに下がる。
「フェイトちゃんは自分のせいにし過ぎ。私だってレイジングハートが壊れたんだから。多分デバイスの性能もあっちが上だったし、少なくとも壊れた原因はフェイトちゃんではないの」
一旦呼吸を整えつつ、言葉を続ける。
「フェイトちゃんはもっと強ければと言った。だったら強くなればいいの。昨日の自分より強くなって、相手より強くなって、ぶっ飛ばせばいいの。そしたら全部解決」
ドヤ顔でサムズアップをフェイトに向ける。ぽかーんと口を開けていたフェイトは、徐々に表情が緩みだして笑い始める。
「あはは、なのは、それは極端すぎるよ」
涙が出るほど笑ったフェイトは、指で涙を拭いて、なのはに顔を向ける。そこには先ほどのネガティブな雰囲気を身に纏った彼女の姿は無かった。なのははほっと胸を撫で下ろし、笑みを浮かべてから再びフェイトと歩き出す。
「放課後、デバイスの様子を見に行こうか?」
「うん、いいよ」
◇
本局にあるオペレーティングルームの一つ。そこにはクロノとその部隊が、クロノに向かって整列して話を聞いていた。それはクロノがレティと話した魔導師の襲撃事件の事である。一度整列した後に、全員がクロノに向かって起立し、クロノが挨拶を済ませて休めと指示し、全員が半歩足を開かせて手を後ろで組む態勢となる。
クロノはディスプレイをバックに話を始める。
「先日からは、皆に調べて貰っている連続襲撃事件の件だが、皆も知っている通り、高町なのはとフェイト・テスタロッサがその被害者となった。高町なのはに関しては言わずもがな、相手を返り討ちにしたが、デバイスを破壊されている。フェイト・テスタロッサは残念だが打ち負かされた。こちらも同様にデバイスを破壊されている。つまり相手の実力は結構高いと分かる」
一から説明するように、クロノはデータ化した事件の詳細を説明し、皆もクロノの話を聞きながら後ろに映されるデータを注視している。そこにレイジングハートとバルディッシュが残した映像が流れ始める。
「これはその時に二つのデバイスが残してくれた貴重なデータだが、ここに相手の正体について分かるものが映っている」
その言葉に皆が若干の戸惑いを露にし、流れる映像を凝視していく。映像が進み、シグナムがフェイトを打ち負かした後、傍に寄って手を上げて、掌を上に向けた瞬間。そこでクロノが映像を止めると、次には映像に十字の装飾がされた本が表示される。
「ロストロギア───闇の書。今回の犯人は間違いなく、この闇の書に搭載されている守護騎士システムで間違いないだろう。主がページを蒐集するために、各世界から魔力を蒐集していると見られる。その為狙われるのは比較的魔力の高い者になるだろう」
闇の書に関する資料がディスプレイに映され、皆が息を飲んでそれを注視した。ロストロギアの回収、管理を目的として活動していたアースラのクルーならば、当然このロストロギアのことを知っていた。故に皆がついにこのロストロギアと対峙する事になったのかと思考する。
「これより、この事件を闇の書事件とする。一刻も早く事件を解決する為に皆、力を貸してくれ!」
「「了解」」
◇
月村すずかは習い事が終わった後、迎えが来るまで近くの図書館で時間を潰している。読書が好きな彼女にとっては最適な場所だった。家の図書室にも本が沢山あるのだが、ここの図書館には海鳴市についての本も沢山ある。要はここでしか読めない本が沢山あるのだ。
本棚を見て、何を読もうかと悩みながら通路を進んで行く。すると目の前に車椅子に乗った女の子が、本棚に入った少し高い位置に置かれた本を取ろうと腕を伸ばしている。良く見かける女の子である。この図書館はバリアフリーが施されているところなので、段差も極力少なく、それでもある場所には緩やかな傾斜の通路を作っている。本来こういった高い位置の本を取りたい時は、館内の人に頼めば取ってくれるのだが、恐らくぎりぎり頑張れば取れる位置にあるので、頼らずに頑張っているというところだろうか。
気付いてしまっては見てみぬ振りは出来ないので、すずかはその子の傍により、手を伸ばしていた場所にあった本を取って、その子に手渡す。
「これでいいですか?」
「はい、おおきに!」
そこからは流れで一緒に読書をする事になった。この図書館に来るようになってから、この子とは時折目があったりしていて、気にはなっていたのだ。こうして声をかけられたのも良い機会だと思い、互いに邪魔にならない程度に会話をする。
「そう、じゃあ同い年なんだー」
「うん、良く見かけるから気になってたんよ」
互いに思っていることも同じで気が合う。読む本のジャンルも結構同じな為、その事に関しても話が進む。本というものは不思議なもので、読み手によっては随分と違う話、解釈になる。なので二人は互いに読んでいる本について、そう言った会話をしていた。
「───それで、私はこう思うんだけど……あ、えーと……」
話を振ろうとしたが、そこで言葉が止まってしまう。あなたはどう思うかを聞きたかったのだが、すずかはそこで、女の子の名前を知らないことに気付いた。その為、それを訊ねようとするが、それを察した女の子が口を開く。
「あ、そういえばまだ自己紹介もまだやったね。私───八神はやてと言います」
「月村すずかです。宜しくね、はやてちゃん」
◇
本局にあるデバイスのメンテナンスルーム。そこにレイジングハートとバルディッシュがある。
クロノに許可を貰ってから本局に着き、メンテナンスルームへと向かう。一度クロノに場所を聞いたこともあり、部屋に行くこと自体は難しくなかった。廊下を歩き、それらしき部屋の扉を見ると、そこにはメンテナンスと表示されている。間違いないと思い、インターフォンから室内に入る許可を貰う。すると比較的高い声をした女性が許可をくれた。
室内に入ると、そこには眼鏡をかけた白衣を纏った女性が出迎えてくれた。なのはは昨日に会ったことがある為、フェイトが初めましてとなる。
「初めまして、マリエル・アテンザと言います。エイミィさんの後輩に当たります。宜しくお願いね。気軽にマリーと呼んで」
「フェイト・テスタロッサです。宜しくお願いします」
マリエルに対して丁寧にお辞儀を返すフェイト。マリエルは慌ててそんな丁寧にしなくて良いよと言う。
改めて、レイジングハートとバルディッシュの様子を見る。そこにはポッドに入ったレイジングハートとバルディッシュが修復されている様子が伺え、その場に来たなのはとフェイトが興味深そうにそれを覗く。修復中の為、いつものように会話は出来ない為、見るだけだ。マリエルはシステムを弄って、レイジングハートとバルディッシュの状態を示したデータをディスプレイに表示させた。
「聞いているとは思うけど、この二つのデバイスなら心配はいらないよ。しばらく修理すれば元通りになるから」
「そうですか……」
マリエルの声に、フェイトは安心したように胸を撫で下ろす。視線をポッドに向けると、バルディッシュに向かって早く治ってねと声をかける。返事は無いが、その声は届いていると信じたい。
「そういえば、なのはちゃん。レイジングハートの件だけど、クロノくんから何か話は聞いた?」
「いえ、まだ何も……」
するとそっかとマリエルは声を零し、ディスプレイにレイジングハートについてのデータを表示させる。
「私がクロノくんに言われたのがデバイス単体の耐久性の極限向上。それを聞くと防御が高いというイメージになるけど、それは違うかな。あくまでデバイスが壊れないようにする改良で、なのはちゃんに対するステータスが変わるわけじゃないんだよ」
一呼吸を入れて、
「私もなのはちゃんの戦闘能力を聞いた時は思わずびっくりしたよ。それなのにそれに耐えられるように改良してっていう無茶難題が立ち塞がった訳だけど。私は閃いたんだ。今まではバリアジャケットが攻撃を通さないように防いでいたけど、改良後は一切の攻撃を受けずに、衝撃をそのまま使用者に通せばいいんじゃねって? するとあら不思議! デバイスにかかるダメージが少なくなる訳! もはや唯の透けない立体映像そのものだよ! これによってバリアジャケットの破損も無くなる! 素晴らしい! 当然なのはちゃんにダメージがそのまま通ることになっちゃうわけだけどね」
途中からのテンションの変わり様に、フェイトが引きつった笑みを浮かべる。マリエルは気にせず溜息を吐き、
「……私もね。バリアジャケットの存在意義がそんなんで良いのかなぁ? 何もバリアしないものにしちゃっていいのかなぁ? っていう葛藤が常にあったけど、結果面倒になったので考えるのを放棄しました! なのはちゃんなら問題ないって聞いたし、大丈夫大丈夫!」
「うん! むしろ服が壊れないほうが助かりますのでオッケーです!」
最初こそ研究者らしく説明したマリエルだったが、後半につれてテンション上げてグッドサイン。言葉通りに何か吹っ切れた様子だった。なのはも希望通りの改良結果を聞いてグッドサインを返す。
視線を変え、なのはは興味ありげにレイジングハートの方を見る。普段自分が使うことが無い杖の姿。初期の設定が砲撃型故、このような姿になったらしい。自分の魔力資質は砲撃型なのかと今更ながらに知った。魔力資質は別段その人間の身体能力に合うかと言われれば、そう言う訳ではない。なのはのように格闘が得意な人間だからと言って、格闘型の魔力資質という訳ではないのだ。レイジングハートはなのはの砲撃型の魔力資質に反応して砲撃型の杖の姿になったという事になる。
普通の魔導師ならば、最初に自分の魔力がどのように向いているのかを知り、そこからその得意分野を伸ばすように身体を鍛えていくらしい。だから魔力資質と身体能力がかみ合わないという例は稀である。
しかし、だからと言って今から砲撃向けにトレーニングするかと問われれば、答えはノーだ。
なのはにとって魔法とは別段どうしても必要と思いはしない。せいぜい通信手段や移動手段としか考えていない。使いこなせば戦術も増えるとクロノやユーノに言われたこともあるが、興味は沸かなかった。なのはにとっては近付いて殴る。それだけで充分すぎるのだ。
フェイトがそれならばとマリエルに訊ねる。
「マリーさん。格闘タイプに変更とかでは駄目なんですか?」
「それは私も思ったけど、クロノくんから聞いた話、格闘タイプにデバイスを変えたらそれこそデバイスが壊れるんじゃないかって。結局はパワー、スピードに能力を合わせているから。なのはちゃんの場合はパワーもスピードもそのままで大丈夫だしね。そうするならステータスに関しては一切のサポートを放棄させたほうが、デバイスを壊さずに済むんじゃないかって」
「ああ、なるほど……」
フェイトは苦笑いを浮かべつつ納得する。確かになのはの拳にアームデバイスを装備させたりなんかしたら、それこそ一発でデバイスが壊れる恐れがある。それならば、本当に通信機としての役割と、飛行魔法と転移魔法などの移動手段として携帯させる形が一番良い。
そこまでするなら、バリアジャケット不要なのではないのかと思うが、クロノの話だと戦闘の記録については残るものらしく、それが魔法を一切使わずに圧勝───とは残せない。せめてもの見た目での誤魔化しは必要で、それが抑制になるとの事である。