一撃少女   作:ラキア

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 スーパーでお得な商品を見つけると、とても気分が良い。別段食費に困っているわけではないのだが、それでも平均値段よりも安いというのは、他と違って特別という気分がするからなのだろう。リンディはそう思いつつ、安売りしていたトマトを買い物籠に入れていく。

 

『───どうやら、一度魔力を奪われた者からは、二度魔力を奪うことは出来ないようです』

『そう。じゃあフェイトやアルフがもう一度襲われることは無いわけね。なのはさんなら平気だろうし』

『ええ。ですが、艦長。今度は貴女の身が狙われることが』

『大丈夫よ。自分の身くらい自分で守れるわ』

 

 買い物をしながら、念話でクロノと通信を行う。クロノから調べて判明した情報を教えて貰い、現状の様子を把握していた。リンディはたまねぎも安売りしていたので、それも籠に入れつつ、今日はハヤシライスでも作ろうかと考えて、足を精肉コーナーへと運ぶ。

 クロノが調べて分かったことは、魔力の蒐集は同じ人物には一度だけしか行えないという事。これでフェイトやアルフが狙われることが無くなったが、リンディ自身も魔力はかなり高い為、もしかすると狙われるかもしれないということだが、リンディもそれなりの実力者だ。言った様に自分の身くらいは守れる。

 精肉コーナーへと着き、そこにあった肉を見てどれか良いかを判断する。

 

『捜査は順調のようね。もしあれだったら、私も休暇返上してもいいけど?』

『…………いえ、艦長は引き続き休暇を取っていて下さい。この件はこちらで対処しますので』

『……そう。なら、お言葉に甘えさせて貰うわ』

 

 通信を切る。ばら肉を買い物籠に入れ、調味料とルーを買って、会計を済ませる。籠から商品をマイバッグに詰めていき、スーパーを出る。リンディは再び念話を利用し、ある人物に通信を試みる。数秒のコールの後、相手が通信に出る。レティであった。

 

『はーい、レティ、元気にしてる?』

『それは此方の台詞よ。貴女も休暇満喫してる?』

『お陰様でね。地球での生活も悪くないわ』

『そう、良かったわ。……で、一体どうしたのよ?』

 

 世間話を挟んだ後、レティが本題を訊ねる。

 

『それなんだけど……レティ、私たち、もう随分と長い付き合いよね?』

『え、ええ……どうしたのよ、急に』

 

『クロノたちが捜査している事件って───闇の書関係だったりする?』

 

 その言葉に、レティは表情を険しくした。レティには当然クロノから状況を確認している。襲撃者が闇の書の守護騎士で、彼等の目的がページを埋める為の魔力蒐集だという事。休暇中であるが故、現在の上官はレティであるが、クロノの上官はあくまでもリンディである。アースラクルーもリンディの部下であることから、彼女に事件の事を報告して当然だが、今回の事件───闇の書は、ハラオウン家にとっては因縁深いものである。

 レティはそこまで察したリンディに、これ以上隠し通せないと分かった為、素直に白状する事にする。レティは全てを話し、リンディは納得した後にありがとうと礼を言ってから通信を切る。そのまま帰路につき、マンションに到着する。エレベーターで階を上がった後、自分達の家へと戻る。

 手洗いを済ませてから、買ったものを冷蔵庫へと入れていく。バッグを畳んでしまった後、自分の部屋に向かう。畳みが敷き詰められた和室。その一角にある箪笥の引き出しを、リンディは引いた。そこには、カードという形で携帯されている、一つのデバイスがあった。

 デバイス───デュランダル。これはクライド・ハラオウンが使用していたデバイスである。

 

 クライド・ハラオウン。かつて回収した闇の書の暴走に巻き込まれ、死亡した。リンディの旦那であり、クロノの父親。

 

 目を瞑れば、今でも鮮明に思い出せる。かつて活動停止した闇の書を封印し、回収しようとした際に、突如闇の書が封印を解き、暴走を始めた事。補完室から溢れる暴走体の侵食に、当時乗っていた時空船が沈もうとしていた。

 クライドは、そんな闇の書を持って小型艇にて離れ、自らを犠牲にして時空船を守ったのだ。その時、自分にどうしようもなく涙を溢れさせていたことを覚えている。当時幼かったクロノも、当然悲しかったに違いない。

 しかし、クロノは父が死んだと知ったときも、葬式の時も、一切泣かなかったのだ。後にエイミィから聞いた話では、クロノはこう言っていたという。

 

 父さんは大勢の命を救ったんだ。素晴らしい事をしたんだ。だから、僕も父さんみたいな立派な管理局員になるんだ、と。

 

 自分の息子の成長には、確かに父の思いが宿っていると思い、リンディは自分だけが悲しんではいけないとその時に思ったのだ。

 そして今回の闇の書事件。レティによると、最初はクロノを担当から外すようにしたらしい。過去の被害者が関わってしまうと、どうしても私情が出てしまうからだ。だがクロノは聞かず、この事件の担当を申し出たのだ。その話を聞いた際には納得してしまった。クロノの性格からして、自分の手でケリを付けたいのだろう。

 

 そう思うのは、クロノだけではない。

 

 リンディは、デュランダルを手にとって、それを胸元に仕舞う。

 

「……さて、晩御飯の支度しなくちゃね」

 

 

 

 

 

 

 事件が闇の書と分かって捜査が始まってから、三日が過ぎた。

 

 リンカーコアが奪われる事件は、次元世界各地で起こり、転々としている為足取りが掴み難い。それに守護騎士もどうやら狙いを魔導師から原生生物に変えたようで、事件発生から遅れる。もしくは気付かない事が増えた。その一方では現在、ユーノが闇の書に関する情報を、本局の【無限書庫】にて資料を調べ上げている。そのお陰で、過去の闇の書事件から共通するものが判明し、徐々に情報が揃いつつある。

 元々は旅をする魔道書で、次元世界各地の優れた魔導師や魔法を記録して半永久的に残す為に造られた高性能魔法記録装置である。無限再生機能や転生機能は記録の劣化や喪失を防ぐ為の単なる復元機能でしかなかった。

 しかし歴代の所有者の誰かが行った改変の末に暴走を起こし、防御プログラムを始めとする各種機能が破損・変質した結果、魔法の記録と保存という本来の目的も歪み、リンカーコア蒐集を所有者に強要、最後にはその命をも奪ってしまう悪辣な存在へと成り果ててしまった。そのせいで防衛プログラムが暴走を起こし、この際に必ず融合事故を引き起こすため、所有者は暴走の後に死亡。闇の書は初期状態に戻り次の所有者の下へと転移する。

 

 調べていた際に、一度だけユニゾンデバイスが表に姿を現した映像が残っている。闇の書が完成すれば、彼女が主人格となって力を振るう。実質の管理者だ。その姿は美しい女性であり、銀髪赤眼の姿を取っている。闇の書の全機能は彼女の管理下にあるため、守護騎士達の精神ともリンクしている。闇の書そのものであると同時に第五の騎士と言うべき存在だ。

 こうなってしまう前に、なんとしてでも主を特定し、対処したいところである。

 

 その一方。なのはとフェイトは本局に来ていた。レイジングハートとバルディッシュの修理が終わったのである。

 

 メンテナンスルームを訪ねると、そこには目に隈が出来ており、明らかに寝不足と疲労が表れているマリエルの姿があった。この間のテンションとは大違いであるが故に、二人も苦笑いしか返せない。室内にあるポッドに視線を向けるが、そこにはデバイスは浮いていない。

 

「あ、二基のデバイスならそこに置いてあるよー」

 

 その視線に気付いたのか、マリエルは手前の台の上に置いてあることを伝え、指を指した。なのはとフェイトは台に駆け寄って、置かれた二基のデバイスを見る。二つとも携帯状態の姿であるが、その形は以前とは違うものになっていた。

 レイジングハートの場合、以前はネックレスの形であり、赤い宝石のようなものだったが、その宝石と隣接して金色の装飾が施されている。一方バルディッシュも、以前は三角のアクセサリーのようなものだったが、それが角の部位に鋭利に尖っているものになっている。

 

「レイジングハート。改修お疲れ様」

 

 レイジングハートの改修の件は聞いていたので、形の変化については納得できる。レイジングハートも挨拶を返した。デバイス特有の音声の声色が変わるはずが無いが、なんとなく今までより安堵しているようなものに聞こえたのは気のせいだとしておく。

 

 疑問に思うのはバルディッシュだ。こちらは特に改修の話は無かった為に、フェイトも目を丸くして戸惑ってしまう。

 

「ああ、バルディッシュもね、本人の希望で改修することになったんだ。───ベルカ式カートリッジシステムの搭載」

 

 マリエルが説明すると、フェイトはバルディッシュに確認をする。バルディッシュは肯定し、貴女の力に少しでもお役に立ちたいとと言葉を伝える。

 

「フェイトちゃんには、カートリッジシステムの事について教えてあげないとね、大体の事はバルディッシュが教えてくれると思うから、大丈夫だとは思うけど」

「はい、宜しくお願いします」

 

 フェイトがお辞儀をして、マリエルがディスプレイにカートリッジシステムについて書かれた資料を元に、説明を始めようとした瞬間───。

 

 マリエルのディスプレイに緊急通信が着信する。

 

 相手はクロノであった為、マリエルは驚きつつも通話ボタンを押して、クロノと通信を繋げる。そこにはバリアジャケットを装備したクロノの姿が映り、慌しい様子が背景から伝わる。

 

 

『マリー、そこになのはとフェイトはいるか!?』

「え、うん。いるけど……」

『悪いが、直ぐにこちらに来るように言って貰えるか───守護騎士が現れた!』

 

 その言葉に、なのはとフェイトは顔を見合わせ、急いでクロノの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の街中。そこは都会と住宅街の間に位置する街であり、それなりに人口が多い場所でもある。その街が現在、ベルカ式の結界にて封鎖されていた、三角形の形をしており、外から管理局の魔導師が必死に攻撃を加えても壊れる様子はない。

 そんな結界の内側には、一人の女性がいる。リンディ・ハラオウン。予想通りに、魔力が高いリンディを狙い、襲い掛かって来たのだ。ビルの一角に身を潜めたが、直ぐに見つかるだろうと判断し、屋上へと姿を表す。そんなリンディの目の前にやって来たのは、桃色の騎士、シグナムだった。

 

「───あなたたちが、闇の書の守護騎士システム・ヴォルケンリッターね。貴女がリーダーで間違いないのかしら」

「リーダーかはともかく、私がヴォルケンリッターが一人で間違いない」

 

 シグナムはリンディの質問に答える。相手が戦う準備が出来るまで攻撃を開始しないのは、彼女の中にある騎士としての誇りなのだろう。故に剣を引かず、構えだけを取る。リンディはそんなシグナムに感謝しつつ、言葉を続ける。

 

「少し、聞きたいことがあるわ」

「悪いが、ゆっくりと話している訳にはいかないのでな。それは出来かねん」

 

 シグナムが言うと、リンディは深く瞼を閉じて、ゆっくりと開いて言葉を放つ。

 

「───私が、過去の闇の書の被害者だと言っても?」

 

「……!?」

 

 その言葉に、シグナムが反応する。シグナムには、過去の闇の書については良く覚えていないものが存在する。特に記憶が無いのが、闇の書が完成し、主がどうなったのか。それが分からなかった故に、リンディの言葉には少なからず興味が沸いた。

 その為に、話に付き合うかとも考えた瞬間───。

 

 上空から魔力を帯びた鉄球が迫り、それがリンディのいた場所に襲い掛かる。

 

 爆煙が待って姿が見えなくなり、シグナムははっと気がついたように現場を見ると、上空から声が聞こえる。

 

「シグナム!! 何ボーっとしてんだッッ!!」

「あ、ああ。すまない」

 

 上空にいたのは、グラーフアイゼンを握っているヴィータであり、シグナムがさっさと攻撃しなかったことに憤りを感じたのか、怒号を浴びせてくる。リンディには悪いが、最初に言ったように話をしている暇はない。できることならばこのまま蒐集を行いたいが、煙が晴れたその場には、デュランダルを構えたリンディの姿があった。その身体は無傷であり、先ほどの攻撃を回避したことが分かる。

 ヴィータは舌打ちを鳴らすが、焦りはしない。現在ヴィータ、シグナム、そしてザフィーラがこの場に居て、外にはシャマルが結界を張り、ジャミングを行っている。短時間では絶対に脱出は出来ないし、外から結界が破壊されることは無い。

 次の一撃で仕留めればいい。ヴィータとシグナムがそれぞれ武器を構える。

 

「……これはちょっと、厳しいかしら」

 

 リンディが表情を険しくし、弱音を吐いた瞬間───。

 

 結界の上部が、突如破壊された。

 

 シャマルによって結界は一瞬で修復されるが、その際に二人の魔導師と、使い魔一体が結界内へと侵入してしまう。

 

 ザフィーラの前に、アルフが現る。

 

 シグナムの前に、フェイトが現れる。

 

【挿絵表示】

 

 そしてヴィータの前に、なのはが現れた。


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