一撃少女   作:ラキア

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19撃目

 気付いた時には、周りは何も無い空間が広がっている。しかし不安は無く、むしろこの感じが心地よく感じる。

 自分は今、夢を見ているのかと考える。しかし、自分は今車椅子に乗り、背もたれに寄りかかるようにして寝ている。夢のような現実。現実のような夢。どちらが本当か分からない。夢では無いのなら、何故自分はここにいるのか。それが分からない。

 

「───ここは……?」

 

 声を出してみる。意識が朧気であるが、しっかりと声が響いているのが分かる。視線をさ迷わせ、空間を確認する。と、目の前に一人の女性が現れる。銀色の長髪が美しく、その体躯も実に美しいと思える女性。以前に見たことがあるような感覚がする。

 思い出そうにも、どうにも意識が朦朧とする。瞼が重く、眠気に狩られる。

 

「どうかゆっくり……お眠りを」

 

 銀髪の女性がはやての目線に合わせるように、膝を抱えて視線を合わせる。

 

「───そうすれば、痛みも苦悩も無い、素晴らしい世界へと旅立つことが出来るでしょう」

「……ああ。そんな所あったら……ええ……なぁ……」

 

 言って、はやては意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 強大な結界に包まれた海鳴市全域。陸も海も包まれたその強大な結界の中心に位置する所に、とてつも無い魔力が放出する。銀髪が特徴の美しい女性であり、その風貌はヴォルケンリッター達の騎士甲冑に似た物を身に纏い、背には黒翼が生えている。顔と腕、足に赤い紋様が刻まれており、左腕には蛇のような触手が蠢いている。女性が何か言葉を零すと、腕に巻きついた触手が吸い込まれるように消失し、そこにガントレットのようなものが装備される。

 

 彼女こそが、闇の書の管制融合騎。闇の書が完成すると同時に、主と融合して現界する強大な存在である。彼女が現界し、暴れれば最後、その次元世界は滅ぶとまでされている。

 

 彼女が腕を上げると同時に、大地から異形の柱がいくつも出現し、同時に炎が辺りに広がって柱から柱へ炎が行き来する。まるで火山の噴火口にでもいるかのような空間に変わってしまった。そんな結界の外側から、地獄絵図と化した内部に突入してくる存在がいる。

 フェイトを抱えたなのはである。

 

「ありがとう、なのは」

 

 フェイトはなのはに礼を言うと、なのはは笑みを浮かべて大丈夫と答える。先ほどナハトヴァールによって強制転移を受けて、海鳴市よりも遥かに遠い場所に移動させられたのだが、幸いなのはとフェイトが同じ場所に転移した為に、なのはの一直線の速さによって短時間でここまで戻ってこれた。

 なのはとフェイトは上空で浮遊する管制融合騎に視線を向ける。短時間の間に事態はかなり深刻化していた。ナハトヴァールが起動してヴォルケンリッター達が捕まったところまでは分かるが、恐らくその後にヴォルケンリッターを取り込むことで闇の書が完成してしまったのだろう。

 以前ユーノに聞いた話では、闇の書が完成した場合には、その主と融合してユニゾンデバイスが力を開放するとの事。しかし直ぐ様防衛プログラムナハトヴァールが起動し、主の意思関係無しに、その命が尽きるまで暴れ続けると。

 つまり、現在管制融合騎ははやてと同じであるが故に、下手に手出し出来ない状況なのである。最悪の場合ははやてを犠牲にと考えもあるらしいのだが、そんなのは誰も望んでいないのは確かだ。だとすれば───。

 

「───話してみるしか、無いよね」

「───うん」

 

 管制融合騎に切り替わったとしても、はやての意識が完全に呑まれているとは限らない。少しでも可能性があるのなら、それを試してみたいと思い、なのはとフェイトは互いに顔を見合わせた後に、管制融合騎のもとへ行く。

 結界内だから良いものの、これが現実で起こった事ならば大災害となっていただろう。あたりのビル群は全て岩の壁と成り果てており、もうここが都会の街並みだったのが嘘みたいに思える。アスファルトの地面の殆どがひび割れ、その隙間から溶岩があふれ出している。空にも炎の柱と、歪められた黒い雲が展開されている。とてもこの世のものとは思えない。そんな中を二人は突き進み、管制融合騎のもとへたどり着く。

 管制融合騎は目線を下に、なのはとフェイトと視線を交じ合わせる。

 

 

 

 

 

 

 まどろみの中で、自分の記憶に無いものが映し出される。自分が住む世界とは明らかに違う世界で、例えるなら昔の西洋の町と言うべきだろうか。そのような光景をバックに、一人の女性が映し出されている。銀髪の女性───闇の書の管制融合騎だ。彼女は寂しげな表情を浮かべ、闇の書を抱えている。

 相対するは、プレートアーマーのような騎士甲冑に身を包むヴォルケンリッター達である。皆暗い表情をしており、シグナムは管制融合騎と視線を重ね、シャマルとヴィータは顔を俯き、ザフィーラは目を閉じて腕を組んでいる。彼等がそんな状態になっているのも、この背景にある。

 街は燃え、幾人もの死体が転がっている惨状。戦争でもあった光景であるが、ここに居るのはもはや管制融合騎とヴォルケンリッターだけである。人間は全て死んだ。

 闇の書が完成した主がナハトヴァールに取り込まれ、全てを滅ぼしたのだ。

 

『……お前達には、すまないと思っている』

 

 主の命が尽きる間際に、管制融合騎はヴォルケンリッターたちに謝る。左腕を上げ、そこに付けられたガントレットを見せる。

 

『誰が、このようにしたか分からないが、ナハトヴァールが暴れれば、運命は変えられない』

 

 管制融合騎がそう言葉を残し、再び謝る。だがヴォルケンリッター達は何も言わずに、顔を俯かせている。管制融合騎の思いは、ヴォルケンリッター達に充分伝わっている。管制融合騎が悪いわけでもない。そしてどうすることも出来ない事を知っているのだ。

 望むものがあるとすれば、このような悲劇を生まぬように、壊れてしまいたいと願う。

 その瞬間に、まるで歪んだように場面が変わる。昔の時代から次々と遡るようにして闇の書の記憶が次々と頭に流れ込んでくる。すると自然とその知識までもが頭に記憶され、最初は理解出来なかったものまでをも理解出来るようになっていく。

 その記憶の中身はどれも悲劇ばかりであったが、現代の記憶になっていくと、その内容が一変する。映るのは自分の姿だ。まだ幼少の頃であり、段々とそれが現在の自分の姿に近づいていく。そして映る自分は此方に向かって闇の書と呼ぶ。

 

 ───管制融合騎が微笑みを浮かべた。

 

 やがて記憶はヴォルケンリッターがはやての病気の正体が分かった時が流れ、その後に皆が必死で蒐集するのが分かる。

 見えるのはヴィータの姿だった。赤い騎士甲冑を身に纏い、帽子にはのろいウサギが付けられている。はやてが玩具屋で買ってあげたものだ。その姿から、先ほどとは違って現代になっているのが理解出来る。しかし場所は地球ではない。

 天は暗く、酷い豪雨だ。その影響で足元の土が泥となり、安定しない。ヴィータは怪我をしてふらついていたのもあって、歪んだ土に足を滑らせて前から転倒する。すると背中にも大きな傷があり、流血している。だがヴィータは手に力を入れ、立ち上がる。

 

『……痛く、ねぇ……』

 

 激しい雨の影響で泥は直ぐに取れるが、頭からの出血も頬を伝って流れる。歩き、目の前に大きな沼が広がっていた。

 

『……早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ。はやてと……皆で。その為だったら、こんな痛み、全然大した事無い。……はやてが死んじゃったら、嫌だ。……はやてが死んじゃったら───嫌なんだッ!!』

 

 涙を流し、叫んでからグラーフアイゼンを構える。ヴィータの思いに答えるようにグラーフアイゼンはカートリッジを消費し、薬莢を射出すると同時に、近くで雷が落ちる。その轟音に呼応するようにして、沼から巨大な原生生物が何匹と現れて、激しい咆哮をあげる。ヴィータはその原生生物に向かって、突撃した。

 次にシグナムが、そしてシャマル、ザフィーラ。同じように傷付きながら、必死に蒐集を行っていったのが分かった。

 

 ───はやては、全て理解した。

 

 一体何が起こったのか、何故こうなってしまったのか。断片的にだが、記憶と経験を得た今なら理解が出来る。

 

 故に、こんな時に眠ってなどいられない。

 

 

「───思い、出した。全部思い出した」

 

 意識を覚まさせ、背もたれに預けていた身体を起こさせる。すると、はやての膝に手を当てる管制融合騎の姿があった。

 

「……どうか、お眠りを」

 

 管制融合騎は此方を案ずるように言って来るが、それに頷いて眠る訳にはいかない。今こうして自分が眠っている間にも、世界は危険な状態にあるのだ。故に首を横に振って、完全に意識を覚まさせる。すると、膝に手を置く管制融合騎が震えだす。

 その表情を見ると、管制融合騎は涙を流していた。懇願するように眉根を歪ませ、再度言葉をかけてくる。

 

「どうか……眠って、下さい……! 我が主……ッ!」

 

 管制融合騎の懇願に対し、はやては優しく微笑みを浮かべてから管制融合騎の頬に手を伸ばした。

 

「私は闇の書の主……いや、夜天の魔導書の主や。ここで寝てなんていられへん。何とかせなあかんからな」

「しかし……しかし! ナハトが……ナハトヴァールが止まりません……ッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 涙を流して、管制融合騎は思いを吐きだすようにしてその言葉を吐く。はやては管制融合騎の頬を撫でて落ち着かせてから、大丈夫と答える。今までの闇の書の記憶には前例の無い、主の意識が残っているのだ。確実とは言えないが、まだチャンスはあると考える。

 その可能性があるなら、はやてはそれに賭ける。

 

「貴女も、もう闇の書なんて呼ばせへん。私が、貴女に名前を与える」

 

 はやては管制融合騎に真っ直ぐ視線を向けて、その名を伝える。

 

「───祝福の風・リインフォース。私と共に、運命を変えよう」

 

 はやては頬から手を離して、代わりに管制融合騎───リインフォースに手を伸ばす。リインフォースは涙で歪んだ表情から、はやての言葉に答えるように、真っ直ぐと視線を合わせてから、態勢を直して、その手を取った。

 

「───はい、我が主!」

 

 

 

 

 

 

 管制融合騎に向かって、必死に声をかけようとも反応は無く、代わりにとてつもない量の魔力を此方に繰り出してくる。それを回避しつつ何度も繰り返しに、管制融合騎、又ははやてに声をかける。すると変化が現れた。

 頭に伝わるように、声が聞こえる。念話であるが、これは確かにはやての声だった。

 

『外にいる方、聞いてください! 今ここで暴れている子を、助けてあげて!』

「ッ! はやて! 聞こえるッ!?」

 

 フェイトがそれに返事をかけるが、どうやら此方の声は聞こえていないようで返事は無い。はやての言葉はそこで途切れるが、これではやてが完全に闇の書に取り込まれていないのが分かる。一先ず安心したが、未だに有効手段が分かっていない。

 するとデバイスに通信が入り、立体ディスプレイが表示される。相手はユーノからであり、どうやらアースラから連絡を取っているようだ。

 

『なのは、フェイト! 聞こえる!?』

「聞こえるよ、ユーノくん!」

『こちらでも状況は確認出来た! 幸運な事に、主が意識を保っている。この状況なら、現在起動している防衛プログラムを切り離せるかもしれない!』

 

 その言葉を聞いて、一度フェイトと顔を見合わせる。防衛プログラムが切り離せるのなら、この闇の書事件を一気に解決できる。その方法を訊ねるとユーノはなのはの方へ向かって、拳を突き出す構えを行う。そして口元をニッと笑い、答える。

 

『なのは、君がやるのは一つ。その管制融合騎を───思い切りぶっ飛ばす!』

 

 ユーノの言葉に一度呆気に取られた二人だったが、直ぐに笑みを浮かべてからなのはは腕を慣らすように回した。

 

「さすがユーノ君……分かりやすい!」

 

 悩みの種が解決したのと、その方法が自分のもっとも得意なものであった為、なのはは軽く身体を伸ばしてからよしっと声を上げ、フェイトのほうへ向く。

 

「フェイトちゃんはここから離れて」

「でも、なのは」

 

 フェイトは自分にも何か出来ないかと訊ねようとしたが、なのはにそう言われてから顔を見るが、なのはの表情は先ほどまでの明るい顔から一変し、真剣に向き直って視線を向けている。それだけでフェイトは理解する。自分ではなのはの足を引っ張ることになるという事を。

 こくりと頷いてから、フェイトは直ちにこの場から去っていき、なのははさてとと良いながら管制融合騎のほうへ身体を向ける。ご丁寧に此方を見下したままでいる管制融合騎は、こちらの話が終わったと分かった瞬間に、言葉を放って来る。

 

「───話は済んだか?」

「うん、オッケー。もう面倒くさいのは無さそうだから、気軽に動けるよ」

 

 まるで状況に見合わないなのはの態度に、管制融合騎はピクリと眉を反応させる。片腕をなのはの方へ向かって突き出し、その掌に魔力を集中させながら口を開く。

 

「……先ほどの会話は聞こえていたが、私を倒せると思っているのか? ……不可能だ。忠告する。仲間と同様にここから去れ」

「ご忠告どうも。でも大丈夫なんで、はい」

 

 冗談混じりに答えると同時に、管制融合騎の片腕に集中した魔力が放出されて、その巨大な魔力砲がなのはへと襲い掛かる。今までの経験の中でも比が無い砲撃であり、その射線上に並ぶビル群が刳り貫かれるように消滅する。そのど真ん中にいたなのははゆっくりと片腕を構えて、パンチを繰り出す。

 それだけで、魔力砲はなのはの直前で霧散するように消滅した。それを見た管制融合騎は思わず目を丸くする。

 

 ───それを合図に、戦闘が始まる。

 

 両者一瞬後に姿が消え、常人の目には捉えることの出来ない速さでの動き。なのはが一旦後ろに下がってからビルの屋上へと移動すると同時、管制融合騎は凄まじい勢いで一直線になのはへと突撃し、肉薄すると同時に振り下ろすように拳を繰り出す。それを片腕を上げてガードし、衝撃で足場のコンクリートが砕け散る。崩落する建物の中で、重力に従い落ちる中、管制融合騎は距離を開けずにそのまま次の攻撃へと移行する。

 一度腕を引き、再び殴るのを合図にして、次に左腕、そして右腕と拳を連続で繰り出す。その動作すら見えない速度で拳が離れ、それぞれなのはの身体の至るところを狙って放たれるが、それらを全て腕や足、又はダッキングで回避しつつ捌いていく。

 連打の最後に、管制融合騎は一瞬後には体勢を変えて、身体を捻って腕を引く。そして思い切りの力を入れた拳をなのはにぶち込んだ。狙うは心臓部であり、胴の中心目掛けて拳が来るが、それを腕をクロスしてガードする事により、後方へと吹き飛ばされることによって衝撃を受け流す。

 地面に着地しつつ、余った勢いを利用して後方へと足を動かして距離を取ろうとする。しかし体勢を整えることを管制融合騎は許さない。直ぐ様接近し、魔力を帯びた拳をなのはの頭部目掛けて振るうが、腕で防がれたことにより直撃には至らない。

 なのはは地面を跳躍し、飛行魔法で上方へと飛び、同じく管制融合騎も距離を空けずに飛んでから蹴りを繰り出す。が、なのはは合わせるようにして管制融合騎の脚を蹴り、威力を衝突させることによって防いだ。だが体勢が崩れて逆さになってしまい、管制融合騎は脚を振り子の役目として、腕を突き出して拳を振るう。しかし逆さでも冷静に腕でガードして攻撃を通さない。

 互いに間合いを詰めたところで、両者は一度身体を捻り、腕を引く。そして肉薄した瞬間に、同時に拳をぶつけた。

 衝撃であたり一面が吹き飛ばされて、その周辺にクレーターが出来上がる。その地面に着地したのは、無傷のなのは。

 

 同時に着地した管制融合騎もまた───無傷だった。

 

 

「まさか……完成された闇の書の力に対し、ここまでやるとは……」

 

 互いに背を向けた状態で言葉を発し、管制融合騎はなのはの方へと振り向く。するとなのはも管制融合騎の方へ向き、衝突して煙が上がった拳を前に出しながら言う。

 

 

「うん───強いよ、貴女は」

 


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