「改めて説明する。僕は時空管理局・執務官のクロノ・ハラオウンだ。先に説明したとおり、君たちには管理外世界での無断魔法使用、並びにロストロギアに関与している疑いがある」
「僕はユーノ・スクライア。こちらが高町なのは。僕達は……いや、僕は自分が原因でこの世界に落ちてしまったジュエルシードを回収しようとしていただけなんだ。彼女はただ、力のない僕に力を貸してくれただけで……」
ユーノが戻ってきてクロノに対し、抵抗する気はないと伝え、最初になのはに詳しく話した内容をクロノに説明する。クロノはこちらに対して攻撃するのを中断して改めて説明を始める。その際に内股になってはいたが、気にしないでおくとする。ユーノは遠くから先ほどの様子を見ていたようで、彼も男である以上クロノの気持ちを察し、同情するように苦笑いを浮かべる。
「では、船のほうで詳しい話を聞かせてもらう」
此方の事情を一先ず理解してくれたクロノはそう言うと、立体のディスプレイを開いて通信を行う。すると辺りの景色が一度暗転し、一瞬で別の空間へと移動を完了していた。例えるのなら、そこは科学の塊といった方がいいのか。
無機物なものが重ねられて、科学の結晶だと言わんばかりに主張するその空間は、まるでSF映画などに出てくる研究所、または軍基地。それとも戦艦の内装とでもいうのだろうか。なのはの知る情報から例えを上げたらそれらが一番、この空間を現すのに適している。
クロノは一度デバイスを解除してから、此方の元から一歩二歩歩いて出入り口へと向かう。
「さあ、行くぞ」
「あ、うん」
クロノが先に部屋の出口から出て行くため、なのはとユーノはそれに続いて後を追うように部屋を出る。廊下に出てみれば、こちらも未来的なデザインをされた空間が広がっていた。無機物であるが綺麗であり、通路の至るところには光が流れている。そして広い。
ユーノにここはどこかを訊ねると、ここは時空管理局という組織の次元航行艦の内部だそうだ。時空管理局が役人のような職であることは何となく理解出来ていたが、次元航行艦というのは恐らく別次元の世界を行き来する船で間違いは無さそうだ。
クロノの後を付いて行くが、ふと何かに気付いたクロノが歩みを止めて此方に振り返る。
「と、言い忘れたがバリアジャケットは解除してくれ。ここから先はセキュリティが高いから」
「あ、そっか」
なのはは言われて自分がまだバリアジャケット装備なのに気付き、デバイスを解除しようとするが、自分の姿が寝巻きだったことに気付いてクロノに対し着替えは無いかと訊ねる。クロノは苦笑いを浮かべてから溜息を吐き、こちらだと指示して更衣室へと連れて行かれる。
男女別れた入り口から、なのはは説明された女性更衣室へと入る。そこで名前のプレートが書かれていないロッカーを見つけ、そこにあった予備らしき女性用の軍服を見つける。サイズもまあまあ合っている為問題なく着用できたが、なぜ子供用の服があるのかが疑問だった。
「ん、サイズは問題なかったみたいだね」
「うん。でも何で都合よく子供用の軍服があったのかな? 子供の船員でも乗せているの?」
「まあね。でも最近成長期を迎えてから、すっかり体躯も変わってね。それは以前に彼女が着ていたものだ。あ、勿論洗濯されているから安心して」
更衣室から出て思ったことをクロノに訊ねると応えてくれる。クロノといい、この船には子供が結構乗っているようだ。さてとと言い、クロノは下を向いてユーノへと顔を向ける。
「君もだ」
「え?」
突然の振りにユーノは目を丸くして疑問の声を口にするが。
「それが本当の姿では無いんだろう?」
「あ、そうですね」
言うと、ユーノは理解したように頷くと、彼の身体は光に包まれる。その姿は小動物のものからどんどん大きくなり、直ぐに人の形へと変化する。そしてなのはと同じくらいの体躯になってようやく光が収まると、そこにはなのはと同年代頃の少年の姿があった。
パーカーのような服と短パンを着用し、髪は肩に届かない程度に伸ばしてある少年である。ユーノと思しき少年が瞼を開けると、なのはの方へ向いた。
「なのはにこの姿を見せるのは二回目になるのかな?」
「いや見てないよ、聞いてないよそんな話?」
「え?」
ユーノはなのはの言葉を聞いて数瞬、驚いたように目を丸くして声も上げる。どうやら本当に姿を見せていたと勘違いをしていたようだ。とりあえずなのはは今までの暮らしを振り返る。そこにあるのは純粋にフェレットもどきとして過ごしていた自分の記憶であり、その中には家族で温泉に行って、ユーノも女湯側に連れて行った記憶が鮮明に残っている。
「クロノくーん。ここのフェレットもどきだった方に覗きの疑いがあるんですがー」
「ギルティだな」
「いや、ちょっと!? 違うんだよなのは! あれは───」
クロノに確認を取り、処刑の判決が出た為、ユーノの弁明になど耳を貸さずにアッパーを決めた。ユーノの身体は宙を舞うどころか、まるでロケットが直上するようにして高い天井へと衝突し、天井から首から下がぶら下がる形となった。
「……生きてるよな?」
「加減したから大丈夫なの」
さずがに心配そうに訊ねてくるクロノに対し、なのははそう返す。事実アッパーの威力はいつも今朝に兄に対して繰り出しているパンチの何十分の一である。せいぜい気絶する程度である。だがこれから事情を説明しに行かねばならない状況なので、直ぐにユーノを天井から引き抜いて、クロノが治癒魔法をかけてユーノの目を覚まさせる。
天井の修復はどうと言う事はないという為、気にせずにしておく。引き続きクロノの後を歩いていると、前方の十字路から一人の女性が姿を現し、此方のほうを確認すると、笑顔を向けて駆け寄ってきた。
「その子たちが今回の関係者だね」
「ああ。これから艦長のところへ向かい、詳しい話をする」
「そっか! ……お?」
クロノと話していた女性はなのはへ視線を向けると、なのはの姿を見て目を丸くした。正確には、なのはの首からしたを重点的に見ていてだが。その視線を訝しげに思ったなのはは無気力な表情を若干浮かべると、女性は眉を八の字に歪めて、手を合わせて申し訳無さそうに笑う。
「おっと、ごめんごめん! 私はエイミィ・リミエッタ。この船のオペレーターをやっているんだ。一応クロノくんの部下に当たるのかな」
「だったら少し態度を変えたらどうなんだ?」
「でも年齢は私の方が上だよ? 地球では年長者を敬えって言うじゃない?」
「管理局の体制は実力主義だ」
軽口を叩くエイミィに対し、クロノは本気で言葉を返すのでは無くて半ば呆れたような態度で言葉を返す。どうやらこの二人ではいつも通りのやり取りなのだろう。満足したように笑うと、エイミィは忘れそうになっていた用件を思い出し、あっと声をあげてからクロノに伝える。どうやら艦長室ではなく、休憩室に来て欲しいという艦長からの伝言だそうだ。要件を伝えるとエイミィは片手を上げてその場から去って行く。
「用件がそれなら、通信で伝えればいいものの……」
そう呟いていたクロノだが、エイミィからしたらなのは達の姿を一目見ようとした理由があるように見える。溜息を吐いてから、此方だと指示する方向は先ほど向かおうとした正面の道から変えて左への道になった。
そして歩くこと数分。目的の部屋の前までやって来た三人。クロノは扉の前に設置されたインターフォンと思しき装置のボタンを押して、連れて来ましたと言うと、中からどうぞと返事が聞こえる。クロノは扉を開け、失礼しますと一声言ってから室内へと入る。後に続きユーノがクロノと同様に丁寧にお辞儀をして室内へ入る。最後になのはが室内へ入るが───。
「し、失礼します……」
緊張のあまりか、丁寧か元気良くか頭の中で混乱し、結果ぎこちない様子で室内へと入ってしまう。なのははまだ幼い少女なので、そこまで礼儀を気にする必要もないのし、そもそもまともに礼儀を示すという事を経験してないだろうから仕方ないのだが。すると室内にいた女性はそんななのはの態度に気にする素振りを見せず、優しい笑みを浮かべる。
しかしなのはが気にしたのはその部屋の仕様であった。まるで海外の映画が日本のイメージを間違って取り入れたようなアンバランスな和が装飾された部屋であった。彼女が上手の位置に座布団に正座していた為、クロノはその隣に、なのはとユーノはその向かいに座った。
皆が正座で座布団に座る。それから数分後には皆にお茶が用意され、さてと声をあげて上手の女性が話を始める。
「初めまして。私は時空管理局提督、リンディ・ハラオウンよ。この巡航艦【アースラ】の艦長を勤めているわ。宜しくね」
「こ、こちらこそ! 僕はユーノ・スクライアです!」
「高町なのはです」
リンディの紹介に対し、緊張気味に返すユーノ、そしてなのは。この場にいた三人が苦笑いを浮かべたのは言うまでもない。
それからは先ほどのクロノの話を事細かくした内容を話し、ユーノも事情を細かく丁寧に話す。
「あの黒い魔導師は何か分かるか?」
クロノがこちらに訊ねてくるのはフェイトの事だ。しかしなのは達は彼女の事について名前と、同じくジュエルシードを目的としていることしか知らない為、その事を伝えるとクロノはそうかと呟いて腕を組んだ。リンディは緑茶に砂糖とミルクを入れたものをすすり、一息つくとなのは達に向けて説明をする。
「およその事情は分かりました。では、後の事は私たち時空管理局が引き継ぎます。あなた達はこの一件から手を引いて構いません」
事情を聞いて、リンディは言う。それは一般人から事情聴取を終えた役人のように、しかし裏表ない笑顔で言う。しかしそれに対して声をあげたのはユーノだ。ユーノは思わず立ち上がり、リンディに頼むように言葉を話す。
「今回の事は、僕の責任でもあって───!」
「───君の手には余る一件だ。この件は管理局が請け負う。君たちは元の生活に戻れ」
ユーノの言葉をクロノがばっさりと切る。確かにジュエルシードが今までのような町を破壊する。下手したら世界をも破壊する力を持っているとすれば、それは個人の力で解決できる事ではない。管理局のような取締り組織に任せるのが一番だろう。クロノは何なら記憶を処理しても構わないというが、ユーノは俯いて言葉を失うだけだ。
「ねえ、リンディさん。管理局がこの事件を請け負うことに関しては問題ないけど、その場合、わたし達を雇うことって出来ます?」
「何を……」
なのはは手を上げてリンディに質問する。クロノは何を言っているのか理解出来ない様子だったが、リンディはその言葉を待っていたかのように笑みを浮かべた。
「そうねぇ。雇うというより、協力なら是非と思うわね。今まで関わっていた人から情報を聞けるのは此方としても助かることだし」
「な!? かあさ───艦長!!」
リンディの言葉に、クロノは驚いたような表情で声をあげる。一瞬母さんと言いそうになったのを見て、やはり血縁関係なのだなと理解するなのは。しかしリンディは気にする事なく言葉を続ける。
「───でも、協力関係を結んだら当然、あなた達の身に危険が及ぶ可能性があるわ。もしかしたら、私たちがあなた達の命を保障してくれる訳でもない。更にあなた達を捨て駒にする可能性もある。……それでもあなた達は私たちに雇われたいと?」
リンディの言葉に対し、なのはの返す言葉は決まっている。
「はい、大丈夫です。問題ありません!」
そう淡々と応えた。リンディの言葉に驚いたクロノであったが、なのはの即答にも驚くクロノである。隣で座るユーノは何をしているか分からない様子であったが、自分がこの事件に関わるには、これしかないと察したのか、ユーノも頭を下げてリンディにお願いする。
「───うん、ならこちらこそお願いできるかしら?」
すると先ほどまでの張り詰めた空気がガラリと変わり、リンディは笑みを浮かべて言ってくる。ユーノはほっとしたように笑顔を浮かべていた。
「でも、悪いことしちゃったわね、脅すようなことをして……」
「あ、でも───大丈夫です。なんとなくですけど、本気で脅している訳ではないって分かりましたから」
リンディの言葉に返したなのはに、リンディはあら、と驚いて口元に指を当てる。
なのははリンディがこちらを試しているのに直ぐに気がついた。始めに感じたとおり、リンディは裏表が無く、優しい人物だ。もし協力して事件に関わっていったら、少なからず命の危険になる可能性はある。管理局という職務故この人は恐らく子供を危険にさせる事は極力させない人だと、なのはは理解できたのだ。だから先ほどの問いに即答で返事をできたのである。
そのなのはの物言いに、精神年齢を見抜いたリンディは笑みを浮かべ、改めて宜しくと挨拶をしてきた。