一撃少女   作:ラキア

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5撃目

 

 

 海鳴市の住宅街で突如発生した廃墟化は、結界の影響により一般には竜巻の影響という事になった。そんな騒ぎになった数日後。住宅街の修復もある程度終わり、騒ぎはほんの数日で収まりつつあった。街の中心部では休日だという事もあり、賑やかな光景が広がっている。

 そんな街の中心で、フェイトは食材の調達の為に買い物に赴いていた。私服である黒いワンピースを着用し、なるべく目立たぬように街を歩く。あえて街の中心にあるデパートやスーパーに買い物に行くのには、管理局の目から逃れたいという理由がある。

 先日の管理局の執務官の乱入により、自分たちが管理局に目を付けられたと思ったからだ。恐らく間違いないだろう。故にジュエルシードの回収も地球から離れ、別次元にある世界で捜索を行っている。地球にあるジュエルシードは既に管理局側で回収されてしまったであろうが、まだ別世界にもジュエルシードは散らばっている。管理局が地球の捜索を行っている隙に、今のうちに別世界で隠密に行動しておく事にした。

 だが拠点は地球にしている。オフィス街の高層マンションの一室を隠れ屋にしていたフェイトは、この地球の生活環境の良さを思って、なるべく身体を休める際にはこの世界にしようと決めている。魔力を放出しなければ反応に気付いて管理局が突入してくることも無いだろう。

 だが念の為である。街の人混みに紛れて買い物するのが一番良いだろう。都会のスーパーとあって品揃えや価格も良いことから、利用する客も多い。都合が良い事だ。

 横断歩道を渡るため、歩道信号が青に点灯するまで待つ。まだ赤の点灯時間が半分以上残っている為、フェイトは暇つぶしに向こう側で待つ人々を観察した。するとその手前にいた小さな子供の両脇にその両親が立ち、楽しそうに会話する様子が見える。

 左手は母親が手を繋ぎ、右手は父親が手を繋ぐ。そして時折足を地面から離して宙に擬似的に浮いたりしてはしゃいでいる様子がある。休日になればどこにでもいる円満な家族の様子だ。

 信号が青になり、親子とすれ違う。その際にデパートに行くことなどを楽しそうに会話するのを聞き、フェイトは若干寂しそうに顔を俯かせた。

 かつて自分も、母親にあのように優しくして貰ったことがある。物心ついた時から父親はいなかったが、それを気にすることも無く、母が休みの際には絵本を読んでくれたりした。美味しいものを食べさせてくれた。一緒に添い寝もしてくれた。先ほどの子供の時のように、幼少の頃は同じように優しくして貰えていた。

 しかし自分がある程度大きくなった為か、母はフェイトに冷たく接するようになった。いつまでも子供ではないという母からの思いなのだと自分に言い聞かせていたが、それでも寂しさは募るばかりだ。母がフェイトに構わなくなってからは、自分の世話は母の使い魔がしてくれた。魔法の教育、戦闘の訓練なども使い魔が全部してくれた。ある意味使い魔はフェイトにとっての育ての親だった。

 だが使い魔はフェイトが魔導師として成長した時に、役目を果たして消滅した。次には母からジュエルシードの捜索、回収の命が言い渡された。少しでも母の仕事に役に立つのならと、フェイトは全力でジュエルシードを回収しなければならない。

 立ち止まってはいけない。たとえ管理局から追われる身となっても。そう思い、フェイトは買い物を済ませ、自宅へと帰ると直ぐにアルフと共に捜索に向かった。

 

 

 

 

 

 

 転移魔法を利用して次元世界を行き来することが出来る。フェイトは魔力を探知されないように魔力放出を抑えながらデバイスを起動し、バリアジャケットを装備する。次に魔法術式を展開し、ヘリポートの白枠を沿う様に描き、屋上から転移して別世界へと転移する。個人で作った術式での転移の為、負荷が多少かかるが致し方ない。

 着いた場所は一面ジャングルの原生世界。管理外世界にはこういった世界が幾つも存在する。ある世界は氷に包まれた世界であったり、海の世界であったり等。今回のこの原生林もその一つだ。地球の南米密林のように、凶暴な原生生物が沢山生息する為、気を引き締めなければならない。なるべく刺激しないように魔力は抑えて行動する。

 岩山の上に着地し、辺りの様子を伺いつつ下に降りて森の中へ入る。アルフもいつ原生生物に襲われても大丈夫な様に人の姿から本来の狼の姿へと戻っている。フェイトはその横を歩き、ジュエルシードの反応があった地点へと向かう。

 だがその際に異変に気付く。いくら魔力や気配を抑えて行動しているからといっても、通常ならば原生生物と遭遇してもおかしくは無い。緑が生い茂るジャングルには、それこそ地球の白亜時代のように肉食の生物が多数いるはずだが、今はその生物達の気配がしない。静か過ぎるのだ。肉食の生物の反応は愚か、鳥すらも鳴き声をあげていない。まるで嵐が来たかのように、原生世界は静かだった。

 一体なにがあったのかと思考し、様子を見ながら歩みを進めると、道中に生物の亡骸が転がっていた。破裂したように散らばる肉片があり、同じような死体が無数転がっていた。訝しげに思いながらもフェイトとアルフは奥へ進む。

 そして目的の場所に来て見れば、そこにはジュエルシードと融合したかと思える原生生物が、その巨体の胴部に大きな穴を空けて絶命していた。まるで何かに圧殺されたような跡と、既に無くなっているジュエルシード。更にその背後にあった光景───中央が刳り貫かれた岩山だったもの。

 

「(……まさか)」

 

 フェイトはそれらの光景を見て、地球で会った少女、なのはの事を思い出していた。確かにあの少女はフェイトが苦戦した化け物を二度も簡単に倒していた。彼女の仕業だとすればこの光景にも納得できる。だが彼女もあの時に管理局に目を付けられた筈だ。だとすれば、彼女も自分と同じように管理局の目を逃れて捜索活動しているか、彼女自身が管理局側の魔導師だった事になる。

 いずれにせよ、早急にジュエルシードを回収しなければならない。管理局や、なのはよりも先に回収しなければならない。

 

 ───母の為にも。

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 管理外世界の一つである場所にて、なのはとユーノはジュエルシードの捜索を行っていた。今までは人が生息しない世界であったが、今回の世界には人類が存在し、発展を遂げている。地球ほど世界を覆うように発展はしていないが、それでも人里には街があり、ビル群などの建物が存在していた。

 しかし地球と同じように魔法技術は発展していない為、なるべく騒ぎにならないように魔法は使わずに行動する。なのはからしたら空を飛べないという事以外は問題ないため、走って目的の地点へと向かう。格好としては短距離走を走る運動選手のようだが、そのスピードは桁違いだ。時速何キロ出ているか分からないが、少なくとも車の全速力より速い事は分かる。魔法を使わないようにと言われたユーノだが、この時はフェレットもどきの姿でなのはの肩に乗り、自分の周りに一切の負荷が掛からないようにプロテクトをかける。

 やがてたどり着いた場所は、街から離れ、周囲が密林に囲まれた建物である。見た目を表すのなら、そこは映画などでよく見る研究所といった所であろうか。その建物を指差し、なのはは通信でエイミィに訊ねる。

 

「ここであってるの?」

『うん。反応はそこからするよ』

 

 エイミィからの確認も取れた為、なのはは早速建物の中へ入ろうとする。

 だがその直前、地震のような震えがあたりに響くと、直後に建物が崩壊を始める。何事かと慌てるユーノに対し、なのはは呆然とその様子を窺う。瓦礫がなのはへと襲い掛かり、その下敷きになってしまう。粉塵があたりを舞い、遠くから見た光景は、まるで何か爆発したかの様に見える。

 

「───つ、ついに最強の生物を生み出したぞ! 素晴らしいッ!!」

 

 興奮した男性の声が辺りに響いた瞬間、建物があった場所から巨体が現れる。例えるならばSFなどに登場するジャンアントと呼ばれる生物だろうか。二足歩行と、人と同じ姿であるが、その関節部位や頭部は骨が突き出していたり、筋肉がむき出しになっていたりする。

 その足元に、先ほどの声を発したであろう男の姿がある。白衣を着ている、いかにもな科学者である。男は興奮気味に言葉を放った。

 

「まさか、あの石のお陰でここまで出来るとは……私は偉大なる研究を成功させた……させたのだッ!! さあ、私の素晴らしき我が子よ! 共に世界を支配しようではないか───!!」

 

 男が両手を掲げ、狂ったように声をあげた、その瞬間である。ジャイアントは足でその男性を踏み潰した。断末魔をあげる暇も無く、哀れな男性はこの世から絶命する。

 ジャイアントは雄叫びを上げる。するとその辺りにあった密林と岩山が衝撃で吹き飛ばされた。それだけで、ジャイアントを中心として巨大なクレーターが出来上がった。

 

「……こ、これは……ッ!?」

 

 先ほどの瓦礫から何とか脱出したユーノは、その身の小ささから何とか衝撃をプロテクトを張って耐えることが出来た。しかしユーノはこの恐ろしい生物に、言葉を失う。恐らく先ほどの男の研究によって生み出されたものに、ジュエルシードを融合させたのだろう。

 人である領域には決して届かない。そんな恐ろしい生物が完成してしまったのだ。ユーノは人の姿に戻り、ジャイアントに向かって魔力弾【バレットシェル】を放つ。巨体すぎる故、頭部に命中はするが、全く効果が無いように見える。ジャンアントはまるで蚊にさされかの様に右手で頭をかいている。

 

『ユーノくん、危険だ! 早くそこから逃げてッ!』

「でも、このままこれを放っておいたら、街に被害がッ!!」

 

 エイミィがユーノに逃げるように言うが、ユーノとしてはここで逃げ出すわけには行かない。もしここでこのジャイアントを放ってしまえば、この密林から出たところにある街に被害が出てしまう。そうなるのだけは避けなくてはならない。

 だが自分ではこのジャイアントを倒すことは出来ない。それは知っている。だからあくまで時間稼ぎだ。今どこかに吹き飛ばされているだろう少女が来るまで。

 

 ───と、その時である。

 

 ジャイアントの直ぐ足元の地面から何かが出てくる。

 

「……土の中ってひんやりしつつ、暖かさもあって気持ちいいんだね。なんだか眠くなってたの」

 

 それは先ほど瓦礫に埋もれたなのはだった。首から上だけを出して、眠たそうに欠伸をしながら言って来る。

 どうやら咆哮で辺りがクレーターになった際に、地面の中へ生き埋めになっていたようである。その姿をみてユーノは安堵し、同時に警戒する必要も無くなったと確信した。張り詰めていた空気が一転し、ユーノは魔法術式を解除して、攻撃からプロテクトに切り替える。

 ジャイアントは足元にいるなのはに気付き、何だと言わんばかりに睨むが、なのはは気にする様子もなく、首から下が生き埋めになっていたのにも関わらずに、よいしょっと簡単に脱出する。そしてジャイアントを見上げ───。

 

「……パンツ穿いたら?」

 

 場違いにも程がある能天気な言葉を放つ。それに対し、ジャイアントはなのはを踏み潰し、さらにその地面に拳を連打する。衝撃で地震が発生する。やがて息切れをおこしたジャイアントは身体を起き上がらせ、呼吸する。普通の人間であればこれで死ぬ。

 

 ───だが。

 

 

「……気は済んだ?」

 

 声が聞こえたと同時、ジャイアントの拳で崩壊した地面から何かが飛び出してくる。それはなのはの姿だ。ジャイアントはそれに反応し、下方へと視線を向けるが、気付いた瞬間には既に頬に衝撃が入り、頭部が破裂する。

 

「───普通のパンチ」

 

【挿絵表示】

 

 なのはが放ったパンチで、ジャイアントは呆気なく絶命し、胴から下がそのまま重力に引かれて後ろへと倒れる。砕け散った頭部の肉片から、ユーノがジュエルシードを見つけ、それを回収し、封印した。

 またしても拳一発で大災害レベルの相手を倒してしまったなのはに、様子を見ていた管理局のクルーは絶句していた。なのはがジャイアントを倒す寸前までは緊急に応援を送る態勢になっていたが、それも直ちに中止となる。クロノはその光景を見て、胃が痛くなるのを感じた。

 

 一方、なのはは呆気なく倒してしまったジャイアントの亡骸と、自分の拳を見て、虚しい気分になった。


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