一撃少女   作:ラキア

6 / 21
6撃目

 

 

 

 管理局に協力してから数日が経った。

 なのはは管理局の情報操作によって、現在は留学している事になっている。リンディはその際に高町家の家族に納得して貰えるよう、嘘半分、真実半分を混ぜた話をし、説得を成功させている。その為現在なのははアースラに泊り込みで探索活動に勤しんでいた。

 だがここ数日で、著しくジュエルシードの探索が難を示しだした。反応が大分薄くなって来たのである。それをクロノに相談したところ、恐らくは自然環境でも深いところに落ちてしまったのではないかと推測する。既に残りのジュエルシードが散らばる世界は判明しているが、反応が薄いジュエルシードの場所を特定するのは困難である。そして極めつけが、その世界が海に覆われた世界であるからだ。

 なのははユーノと共にアースラの艦橋まで赴き、中央のモニターで海の世界の様子を窺う。天候も雷雨が多い世界であり、迂闊に飛行すれば稲妻に撃たれる危険性もある。ゆっくりと探索できる状況ではなかった。艦長席にリンディが腰掛け、その斜め後ろにクロノが背筋を伸ばして立つ。因みにオペレーターであるエイミィはまた別に通信室がある為、そこでオペレーティングしている。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 クロノが呟いて、腕を組んで思考する。同じくリンディも顎に手を当てて思考の素振りを見せていた。ただでさえ広大な海の中で、発動前のジュエルシードの捜索は困難だ。それはなのはでも分かる。せめてこの悪天候さえ晴れれば、まだ探索は出来るのだが。

 

「でもそれは、あの子も同じだよね」

 

 なのははフェイトの事を考え、呟く。クロノやリンディも同じ事を思考していた。彼女もジュエルシードを集めるものとして、この最後の世界には必ず訪れる。そうなれば衝突は免れない。しかし状況故に向こうが仕掛けてくるとは考えにくい。

 可能性があるとすれば、こちらがジュエルシードを見つけた瞬間に奪いに掛かるのが合理的だ。

 

 ───だが。

 

『魔力反応あり! これは……』

 

 艦橋に響くアラームと共に、エイミィの声が聞こえる。それは驚きに満ちた声色をしており、クルー全員がモニターに映された状況を確認する。するとそこに映っていたのは、巨大な魔力を放出し、海中に眠るジュエルシードを暴走を誘発しているフェイトの様子があった。

 余程追い詰められた状況だったのかは知らないが、こんな事をすればただでは済まない。この海域に眠るジュエルシードは一つではないのだ。それが同時に暴走してしまえば手に負えない状況になるのは明白である。

 

「……馬鹿な。自滅するだけだ」

 

 クロノは目を細め、そのフェイトの様子を哀れんだ表情で見つめる。リンディも厳しい表情で様子を窺い、なのはの隣に立つユーノは心配そうに見ていた。モニターの中の映像は変わっていき、やがて魔力放出によって暴走誘発されたジュエルシードが海域と融合し、巨大な化け物としてフェイト、アルフに襲い掛かる。しかもそれは一つではない。海域に眠る全てのジュエルシードが暴走してしまった為、フェイトとアルフは八方塞の状況になっている。

 

「助けなくていいの?」

 

 なのははクロノやリンディに訊ねる。

 

「その必要は無い。この状況では彼女たちの自滅が目に見えている。ならばこのまま様子を見て、消耗したところでジュエルシードを回収し、彼女たちも捕縛する。ここで下手に助けるより、そのほうが此方は危険を冒さずに済むし、合理的だ。もちろん見殺しにはしない」

 

 つまりはこのまま漁夫の利を得ようとするのが、クロノやリンディを含め、アースラの考えである。確かにそれが効率的で、尚且つ最初に手を出したのはフェイトたちの方だ。これは彼女たちの自滅である。このままジュエルシードの暴走に押し潰され、力尽きるだろう。ユーノのように割り切れないような人物にとっては見ていて苦痛である。

 ジュエルシードの暴走体は海水をまるで柱のように形成し、その海水から伸びるように枝分かれした部位でアルフの動きを抑えた。それに気を取られたフェイトが背後の暴走体に攻撃されてダメージを受ける。流石に数が不利である故、思っていたよりも早く倒れそうである。

 

 なのははその様子を見て、いつも通りの無気力な表情であったが、静かに拳を握った。

 

「……! どこへ行く」

 

 踵を返したなのはに対して、気付いたクロノが問いかける。なのはは立ち止まり、背は向けずに答えた。

 

「……確かにここで何もしないほうが、一番良い方法だってのは分かってるの。でも私はね、困っている人間がいるなら助けたいと思うんだ。たとえそれが間違いだと言われてもね」

 

 言ってなのはは歩みを再開。その言葉を聞いたユーノが艦橋にある転送装置を操作し、起動させる。クロノは待つように声を上げるが、なのはが待つことは無い。転送装置に入ったなのはは海域へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシードが暴走する海域の傍に転移するのは危険な為、地点から遥か上空に転移させてくれた。重力に引かれて急降下する身体だが、なのはは冷静に首から下げているレイジングハートに起動の声をかける。それに反応し、レイジングハートが身体にバリアジャケットを展開してくれる。いつもと同様に杖は構成せずに、靴に羽のようなデザインがされた飛行魔法だけを展開してくれる。レイジングハートのAIの高さに感謝しつつ、なのはは空中で立つように体勢を整えて、雲から下に降下する。

 するとバリアジャケット装着時に発生した光に気付いたフェイトとアルフが此方を向く。アルフは早速こちらが邪魔しに来たと思い、暴走体の拘束を破ると襲い掛かってくる。だがそんなアルフをなのはの前に現れたユーノがプロテクトを展開して抑えた。

 

「違う! 僕達は君達の邪魔をしに来た訳ではない!」

「何ッ!?」

 

 ユーノの言葉を聞いたアルフが信じられないような表情でこちらを睨む。フェイトはというと、暴走体から距離を取りつつ此方に耳を貸している状態だった。なのはは人差し指をユーノに見せて、それを上に上げるジェスチャーをする。それを理解したユーノが声を上げた。

 

「二人とも! 今すぐ上に飛んで! なるべく海面から離れて!!」

「「───ッ!?」」

 

 ユーノの言葉を聞いた瞬間の二人は理解不能といった様子だったが、次の瞬間にはフェイトが気がついたようで、アルフに上に飛ぶことを伝える。三人は上空に向かって一気に飛び、雲よりも遥か上に向かった。それを確認したなのはが、さてと声を上げて暴走する海域に目を向ける。

 

 そして急降下───。

 

 

「───普通のパンチ」

 

 なのはは海面に向けてワンパンする。と、次の瞬間には猛威を振るっていた海域が一瞬で吹き飛び、まるで隕石でも衝突したように海面が抉れて僅かに海底が丸裸になった。それは次第に広がり、やがてはこの次元世界全体から見て、その中心から円を描いて地形が変わる様子が窺えた。

 当然水飛沫もとてつもない量で、まるで雨のように降り注ぎ、衝撃で覆っていた雲も消滅する。上空に避難していたユーノ。そして驚愕するフェイトとアルフ。二人からすれば信じられない光景であり、それはモニターで窺う管理局もそうである。なのはは一切の魔法を使わずに、この海域ごと暴走体を消滅させたのだ。その影響で暴走が収まったジュエルシードが海面の上を浮遊している。

 なのはは呆然とするフェイトの前にまで飛び、相対するように傍に寄った。そんななのはにフェイトは戸惑いを隠せず、目を丸くする。

 

「ねえ、フェイトちゃんだっけ? 何であなた達がジュエルシードを集めているのか、良かったら聞かせてくれないかな? 必死なのは伝わってくるし、仕方のない理由があるのは薄々分かる。だから、出来ることなら助けてあげたい。どうかな?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 手を指し伸ばし、なのははフェイトに訊ねる。なのはの表情はいつもの無気力なものではなく、笑顔であり、善意しかない事を伝えてくる。フェイトはそんななのはに対し、どうするかと心が揺らいでいた。最初に助けて貰い、そして次にもジュエルシードを譲ったなのはに、フェイトはそれほど敵意を向けていなかった。だからこそフェイトは戸惑い、指し伸ばされた手に対し、握るか握らないかを迷っていた。

 

 ───その時。

 

 

『───次元干渉!? ……別次元から本艦及び戦闘空域に魔力攻撃来ますッ! あと六秒ッ!』

「な……ッ!?」

 

 エイミィからの通信に驚愕するユーノは慌ててジュエルシードの確保に向かった。しかし隣にいたアルフにより突き飛ばされ、ジュエルシードの元へアルフが先にたどり着く。しかし、手に入れたのはたったの二つ。少なくともまだあった筈だと、辺りを見渡すと、気付けばそこにはバリアジャケットを装備したクロノがジュエルシードを先に三つ回収していた。

 激昂したアルフがクロノに襲い掛かるが、クロノは自身のデバイスであるS2Uにてアルフを簡単に屠った。しかしアルフも意地があり、無理やりな体勢からクロノに食い下がり、追撃を仕掛ける。これにはクロノも一瞬驚いたが、態勢を直し、アルフの追撃を受け流し、回避する。

 

 一方、なのはと対峙していたフェイトは天空を見上げ、呟く。

 

「母さん……」

 

 そしてエイミィからの予測があった六秒後───海域に紫の魔力光が襲い掛かる。

 フェイトと同じく、雷属性であるこの巨大な範囲魔法に、流石のクロノも身動きが取れない。アルフはこの隙にフェイトと共に海域を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 気がつけばアルフたちは薄暗い空間の中心に転移させられていた。ここには見覚えがある。フェイトの母───プレシアの拠点である【時の庭園】だ。今居る場所は巨大な魔方陣の中心であり。四方には魔法石で構築された柱が立つ。この薄暗い部屋の唯一の明かりは壁にかけられた松明である。その松明も純粋な火ではなく、魔力によって構成された消えない炎であるが。

 アルフは辺りを見渡し、眉根を寄せる。何故自分達がここに居るかなんてことは安易に理解出来る。そう思っていた矢先に、奥の暗闇から一人の女性が姿を現した。黒い衣服に身を包み、古代の魔女を髣髴とさせる女性───プレシア・テスタロッサ。フェイトの母にして、この時の庭園の主。

 そしてアルフにとっての、この事件の元凶である。

 

「───貴女は退きなさい」

 

 プレシアが酷く冷たい声色で言い放つ。本当ならば睨み、その喉元を噛み千切りたいと思うが、感情を抑えてアルフは先ほど自分が回収したジュエルシードをプレシアに渡し、その魔方陣の中心から身を引く。フェイトは先ほどのプレシアの範囲魔法に巻き込まれた事で、ぐったりと魔方陣に倒れ込んでいる。そんなフェイトに向け、プレシアは目線を見下し、その手にデバイスで構築させた鞭を握る。

 腕を上げ、鞭で思い切り叩く。

 

「があ───ッ!!」

 

 悲痛にフェイトが声を上げるが、プレシアは更に叩きつけていく。何発か叩いた頃にプレシアは一度腕を下げると、空いている手をすっと上げた。すると四方の柱から拘束魔法が展開され、フェイトの身体は無理やり宙に浮かされる。

 そして再び鞭で叩く。先ほどよりも悲痛な叫びが、この広い空間に響き渡る。それも煩いと言わんばかりにプレシアは更に強く鞭で叩いた。とても見ていられるものではない。アルフはフェイトの使い魔で、それ以上に家族と同様だ。今すぐにでも助けたい。だが、これはフェイトから止められているが故に、顔を俯かせているくらいしか出来ない。

 

 それから数十分経った頃。プレシアはフェイトからジュエルシードを預かり、それらを浮遊させた。

 

「───たった、これだけ」

 

「……ッ!!」

 

 流石にアルフは怒気に包んだ視線をプレシアに向けた。この女は、フェイトがどれだけ苦労してジュエルシードを集めていたのか、知りもしないくせにと、その思いを喉から出るのを必死に我慢する。そしてプレシアはジュエルシードを収め、部屋の奥へと消えて行った。

 

「フェイト!!」

 

 慌ててフェイトの元へ行く。今までもこうした暴行はあったのだが、先ほどのダメージもあって、今回のフェイトは虫の息も良いところ。アルフは治癒魔法は得意ではないが、出来る限りの治癒を試みる。だが、その傷ついた身体と、みみず腫れの跡を見て、流石に我慢の限界が訪れた。

 気を失ったフェイトを寝室まで連れて行き、アルフはプレシアの居る部屋へと向かう。

 扉があるが、アルフはそれを普通には開かず、その拳で破壊して部屋へと侵入する。プレシアはそんなアルフの行動に対し、驚きもせずに椅子にもたれ掛りながら、哀れんだ視線を向けるのみ。そんなプレシアに更に怒りが湧き上がったアルフは地面を蹴り、プレシアの元まで一気に跳躍した。

 

「あんたは……あの子の母親だろう!! 何でこんな事が出来るんだよッッ!!」

 

 今まで我慢してきた感情を爆発させ、プレシアの胸倉を掴んで怒号を浴びせる。しかしプレシアは特に反応は見せずに、魔力の放出でアルフを吹き飛ばした。

 

「───使い魔の躾も出来ないのね、あの子は。もう良いわ、貴女は消えなさい」

 

 プレシアは言うと、アルフの居る位置に範囲魔法を食らわせた。威力は凄まじく、それはアルフの身体ごと時の庭園から吹き飛ばすくらいに。

 

「……ここはもう、駄目ね」

 

 自ら破壊してしまった部屋を見て、プレシアは部屋を移動する。広い廊下を歩き、薄暗い空間を進んでいく。美しく装飾されている筈の館の内部だが、手入れする者がいない為か、酷く荒んでいる。だがそれを気にすることもなく、プレシアはとある部屋の前までたどり着く。

 扉を開けると、そこは今までの西洋な装飾とはかけ離れた、近未来のデザインが施された空間が広がっていた。例えるならば、研究所の内部といった所であり、その室内にはポッドのようなものが乱立していた。その多くの中には人間らしき形をしたものがある。上半身だけ出来上がっている者がいれば、皮膚のない者、骨と内臓のみの者と、延々と続いている。

 プレシアはその中のポッドの一つを見て、更に近づいて、そのポッドを愛しく思うように張り付く。

 

「もうすぐ……もうすぐ貴女に会えるわ───アリシア」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。