一撃少女   作:ラキア

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7撃目

 

 

 

 

 空を見上げる。雲がまばらに散らばった晴天だ。約一ヶ月くらい経ったからであろうか、暖かい風が身体を包んでくれる。先日まではまだ冬の寒さが残っていたため、防寒着を着込まなくても平気と感じてきたのは春が本格的に訪れたということだろう。だが最近は季節の変わり目が急変している傾向がある為、暖かいと感じた数日後には暑いと感じるかもしれない。過去の穏やかな季節は一体何処に行ってしまったのだろうかと考えつつ、見上げた視線を下に戻す。

 視線を正面に向ければ、そこには広大な敷地と、その中央に聳える屋敷が視界に飛び込む。なのはの数歩先には私服姿のアリサとすずかが居り、立ち止まっているなのはを呼ぶアリサの声が聞こえる。現在久しぶりに地球へと戻り、アリサの家にお邪魔している所だ。

 ジュエルシード回収後。あの範囲魔法の攻撃や、フェイトの母さんという言葉から推測した結果、管理局はデータベースから今回の容疑者を推測していた。

 プレシア・テスタロッサ。クロノやリンディたちといったアースラクルーと同じ【ミッドチルダ】という世界の出身者らしい。かつて研究者として有名だったが、実験失敗後に行方が分からなくなった人物である。魔導師としても条件付だがSSというランクに位置するらしい。確かにあの範囲魔法からその実力も納得がいく。

 

 プレシアには娘がいたということだが、その詳細は───。

 

「なのはー」

「あ、うん。ごめんごめん」

 

 アリサに呼ばれた為、後に付いていく。

 容疑者が判明し、介入した際に逆探知した結果、拠点を現在追跡中ということだ。その為、なのは達は休暇という形で今日は地球に戻ってきている。アリサとすずかと世間話をしていると、アリサが珍しい犬を拾ったという事で、今バニングス邸にお邪魔している。

 犬は結構な大型で、外にある檻に入れてあるそうだ。別に凶暴という訳ではないらしく、怪我を負ってることもあるのか大人しいという事だ。その話を聞いて特に興味は沸かなかったのだが、アリサが最後に言った犬の特徴───。

 

 額に宝石のようなものが付いているという事だ。

 

 その特徴から、なのはとユーノの頭にはアルフの姿が想像できた。その確認にアリサの家に来た訳で、その檻に入る犬の姿を見る。

 

『やっぱり、あなただったの』

『……あんたたちか』

 

 檻に入っていたのは、予想通りに獣の姿のアルフだった。怪我した箇所をアリサの家の者によって包帯を巻かれ、応急処置をされている。恐らく自身でも治癒を行っているのだろう。アリサとすずかに悟られないように念話で会話をする。

 

『どうしたのその怪我? あの時の怪我ではないよね。フェイトちゃんは?』

 

 アルフは常にフェイトと行動しているイメージがあり、なぜアルフだけがこんな所にいるのかを訊ねる。するとアルフは顔を俯いて答え辛そうになっていた。今すぐ話を聞ける状況では無さそうだったので、なのはの肩に乗っていたユーノが飛び降り、檻の中へ入っていく。アリサが危ないよと注意するが、心配ない事を伝え、そのままユーノに任せてアリサたちと共に屋敷の中へと入る。

 その後、テレビゲームなどをして遊んでいたが、頭に念話でユーノから話しかけられる。アルフから聞いた事を聞いて、なのははこの事件の重さを改めて思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 明け方のため、日がまだ昇っていない為に辺りはまだ闇夜に包まれている。辺りを見れば、遺跡のような建造物が乱立しており、ほとんどの物は海面に沈んでいるが、それがまた幻想的な光景に見える。なのははその建造物の屋上で、静かに波の音に耳を傾けていた。

 背後に気配がする。その正体は見なくても分かる。フェイト・テスタロッサだ。

 

「フェイト、もう止めよう? あんな女の言うこともう聞いちゃだめだよ。このままじゃ……不幸になるばっかりじゃないかッ! だから───!!」

 

 なのはの居る場所から離れた場所にある廃ビルの屋上に人の形態になったアルフ。そして隣にユーノがいる。アルフはフェイトに向けて説得を試みるが、フェイトはそれに首を振って拒否を示した。決してアルフを無下に扱っている訳ではない。

 

「───それでも私は、あの人の娘だから」

 

 そう、きっとそれが今の彼女の正義だろう。誰もがそうやって割り切れる訳ではない。それが子供なら尚更だ。だからなのははフェイトのほうに向き、視線を合わせる。フェイトの表情は、初めて会った時と同様に寂しい瞳をしていた。その理由が今なら分かる。それ故に、なのはは言葉を言い放つ。 

 

「───ただ捨てればいいってわけじゃないよね。逃げればいいって訳じゃ、もっとない。きっかけは、きっとジュエルシード。だから賭けよう、お互いが持ってる全部のジュエルシードを」 

 

 言って、なのはは自分達が所有するジュエルシードを出現させ、それらを周囲に浮遊させる。それに呼応する様にフェイトも自身の持つジュエルシードを出現させる。アルフとユーノはその光景を最後に、この空間から転移し、姿を消した。

 既にフェイトはバリアジャケットを装着している。なのはもレイジングハートに命じ、装着する。いつも通りに杖は構成しないので、なのはは自身の唯一にして絶対の武器である拳をフェイトに向けて宣言した。

 

「それからだよ、全部それから。───フェイトちゃん……君の全てはまだ、始まってすらいない。だから始めよう。この戦いで君の全てを始めるんだ。だから、今の全てを───私にぶつけて!!」

 

 それが始まりの合図だった。瞬間、フェイトは踏み出しと同時に呼吸を止め、飛行魔法を利用し、足場であった廃墟の残骸を粉砕して瞬発。直上に飛び、重心を前へと落として下方へ視線を向け、デバイス【バルディッシュ】に合図する。

 フォトンランサー。フェイトが使う遠距離魔法。元より雷変換資質を以って生まれたフェイトは変換工程を無視して魔力を変換できる。それ故に瞬時魔力弾【バレットシェル】に雷属性で生成したものが連鎖的に発生することが可能。

 

 放出。なのはの居た場所に雷が降り注ぐ。

 

 通常の魔力弾【バレットシェル】よりも弾速が速いのがこの攻撃の最もな特徴だ。だが故に誘導する性能を犠牲としている為、直進しか出来ないのがデメリットだ。しかしなのははそれを冷静に回避。一歩で数メートルの距離を越え、一瞬で数メートルの建造物の上にまで移動する。体重を右手に集中し、それを自身の足場である廃ビルの床に叩きつける。衝撃を注ぎ込み、影響でビルは砕け、その瓦礫が海面に沈む前に、瓦礫の中で最も大きいものを掴んで、それをフェイトの元に投げる。

 

 だが回避される。

 

 速さにフェイトは特化している。故にバリアジャケットも装甲を犠牲に速度を優先とした構成にしており、魔力資質雷も利用して、通常の魔導師でも計り知れない速さを纏っている。簡単に言ってしまえば攻撃と速さにステ振りしているのだ。故に此方が小さな破片を投げつつ移動しても、ピンポイントまで回避して、残りをバルディッシュで切り払っていく。

 足場が沈んだ為、飛行魔法を展開して宙に浮く。フェイトの姿は既に無く、風の切る音が聞こえている。だがなのははそれを視界に納めようとせず、無気力な表情で正面を見るだけである。ビル群の間のところを過ぎた辺りから、フェイトはバルディッシュをサイズに変形させ、そのフォームに付いた魔力刃をこちらに振って飛ばした。ブーメランのように回転し、フォトンランサーのような速さは無いが、誘導性能がある為、変則的な動きであるが確実になのはへと襲い掛かる。

 

 それを拳で破壊する。だがフェイトの姿は既にビル群の間には無く、なのはの背後へと姿を現す。

 

 回避するよう身体を動かすが、それを超える速度でフェイトは追いかけ、そして軽々と一撃を此方の身体へと叩きつけてくる。ヒット&アウェイの攻撃であるが、叩き込んでくるのは一撃ではなく数撃。自身の身体よりも大きい鎌を振り、最大で四撃斬り込む加速がそこにはあった。

 身体で受けて、フェイトの残撃を無防備に受ける。通常ならばこれで身体を切り刻まれて絶命するが、なのはの身体にはせいぜいバリアジャケットに穴が空く程度である。それはフェイトにも分かっている。だが確実にダメージは入っている筈。

 無呼吸運動に等しい連続での数瞬の動きは此方の体力を激しく消耗する。息切れを狙われないように、フェイトは連撃の最後、なのはの背後に回ってからバルディッシュをデバイスフォームに切り替え、魔力を集中。そして放つ。

 

「───サンダー……スマッシャァァァーーーーッッ!!」

 

 魔力を集中して放つ砲撃魔法だ。通常の砲撃魔法は集中して放つ故に、発動まで数秒掛かるが、フェイトは斬撃をしつつ魔力を集中していた為に、およそ数瞬で準備が完了。さらに雷変換資質に加え、その砲撃は通常の砲撃よりも破壊力が高い。

 それを至近距離でなのはにぶつけた。防御する暇も、回避されてもいない。直撃だ。火力で舞った煙に紛れないように、直ぐ様飛び退いて距離を取る。バルディッシュのデバイスフォームが微かに位置がずれ、熱を排出させる。

 フェイト自身も息を整えて煙が晴れるのを待った。その時に一際強い風が流れ、舞った煙が一気にかき消される。

 

 ───そこには当然のように浮遊する、なのはの姿があった。

 

 思わず眉根を寄せた。いや、予想はしていた事だ。強大な力を素手で繰り出す存在は、己の身体もそれに耐えられなればならない。つまり攻撃と身体の耐久力は比例する。なのはに致命傷を負わせるには、それこそ膨大な魔力に破壊力をぶつけなければならない。

 

 通常レベルの殺傷技など意味を成さない。

 

 

「(───どうする……!?)」

 

 思考しても、この相手をどうすれば倒せるのか。少なくともなのはにダメージは入っている筈だ。バリアジャケットの損傷を見れば分かる。だがそれは致命傷ではない。身体を動かすには問題ない。大した影響は出ていない。かすり傷に等しい。

 このまま連続で攻撃を繰り返せば間違いなく倒せる。倒せるが、そうなる前にフェイトの体力が持たない。しかも同様の攻撃が続くとも思えない。下手すれば次に見切られ、そして反撃を食らうのが目に見える。絶対になのはの攻撃を食らってはいけない。

 呼吸を整えつつ、なのはの動きに注意する。瞳が乾き、瞬きをする。

 

 その瞬間───。

 

 

「(───居ないッ!!?)」

 

 フェイトの視界からなのはが消える。瞬時に周囲の魔法探知を行うが、なのはは魔力に頼っていない為、意味を成さず、フェイトは自身の目の視力に強化を行う。四方を見渡し、姿を探す。そして見つけた。とても通常の視力では見えない速度で、なのはは海面を走っている。通常の速さで海面を走れば波が荒れる筈なのだが、それのラグがかなり空いていることから影響がかなり遅れている。

 

「───サンダァー……レイジッッ!!」

 

 バルディッシュをシーリングフォームに切り替え、それを天空に突き出す様に構える。すると突如稲妻が発生し、海面に突き刺さる。本来は拘束魔法【バインド】能力を持つ雷光で範囲内の目標を拘束し、動きを止めた上で雷撃により一斉攻撃を行なう技だが、この場合はあえて精度を出鱈目にして範囲を広げ、高魔力を海面にぶつける。故に海面に伝った雷光の魔力が海面を伝って範囲を広げる。

 辺り一体が閃光に包まれ、巨大な水飛沫が起こる。フェイトは息を切らし、バルディッシュから熱を放出させる。流石になのはに影響を与えていると信じたいところであるが、その姿が見当たらない。攻撃には範囲内に入れ、外したとは考え辛い。

 

 瞬間、肩を叩かれる。

 

 背後になのはが居た。

 

 

「───ッ!!」

 

 振り返りつつ、その勢いを利用しバルディッシュで一閃。手ごたえは無い。だがこれでいい。攻撃される前に引き剥がすことが出来れば、一先ず意識を切り変えられる。なのはは後ろへ飛び退き、飛行魔法で浮遊して足場を固定し、フェイトへと視線を向ける。息切れをしている様子は無い。こちらも集中して攻撃を仕掛け、なのはもそれに伴い体力を消耗している筈なのだが、その差が余りにも有りすぎる。

 なのはに動きは無い。此方の攻撃を待っているようだ。それで余裕の態度が窺えるのだが、フェイトにはそれを利用しない手はなかった。故に呼吸を充分整えてから、自分の持つ最大の攻撃を繰り出す事に決める。

 空いている手を上に掲げる。バルディッシュは使用しない。自分の持つ魔力を使い、フォトンスフィアを生成していく。その構成をバルディッシュにサポートして貰い、更に数を増やす。生成されるフォトンスフィアは三八基。

 

「───ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!」

 

 叫び、射出させた。

 瞬間、なのはに繰り出され続けるフォトンランサーの雨。フォトンランサーの一点集中高速連射である。ここから毎秒七発の斉射を四秒継続することで、合計一○六七発のフォトンランサーを目標に叩きつけることになる。

 だが当然この技はフェイトの最後の切り札と言って間違いない。これを使ってしまえばほぼ全ての魔力と体力を消費して、戦闘不可能になってしまう。しかし、これをまともに食らえば確実に絶命する。下手すれば地形を変えてしまう程の威力だ。

 なのはに対する、最も有効な攻撃である。

 あまりにもの連射のせいで辺りに煙が舞う。息を整え、飛行魔法を使うのもやっとの状況だ。当てる直前まで確かに視認していた。確実に命中させた。それならば、倒している筈である。倒せている筈なのだ。先ほどと同様に風で煙が晴れると、そこには───。

 

 何の姿形と無い。

 

 おかしい。確かに普通なら塵も残さない技であるのは確かだが、なのはの身体能力から考えれば身体の形が残っても良いはずである。それが無いという事はつまり───。

 

「(後ろ───!?)」

 

 ───振り返り、気付いた時には、フェイトの背後に居たなのはが、此方に拳を構えていたのが見える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ───死。その文字が頭に浮かび上がる。

 

 だがなのはのその拳がフェイトの身体に触れる事はなく、その顔の直前で停止された。寸止めされたのである。

 呆然としていたフェイトに、なのはが拳を解いたその手で軽くフェイトの額をペチッと叩く。そして二カっと笑みを浮かべた。

 

「私の勝ちだね!」

 

「…………う、ん」

 

 フェイトにはもうどう返せば良いのか判断が間に合わず、肯定することしか出来なかった。

 だがこれだけは分かる。自分は完全に負けて───なのはには勝てないという事が。

 

「…………」

 

 背後を見る。視界に映った光景は、先ほどの寸止めの衝撃で吹き飛ばされ、跡形も無く破壊された遺跡だった。

 

 


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