時の庭園、最下層。
ジュエルシード九つと駆動炉を暴走させて次元震を起こした事により、既に崩壊しつつあるこの空間で、プレシアはアリシアの遺体が入ったポッドと共に次元断層が起きるのを待っていた。だが、既に庭園内に進入した魔導師たちによって止められつつある。このままでは駆動炉の暴走が収まり、次元断層が起こらない。それだけは防がなくてはならない。ポッドに向けてここで待つよう声をかけて、プレシアは最下層にある別のエリアへと移動する。
扉は既に崩壊の影響で破壊され、プレシアはその空間へと足を踏み入れる。室内にあったものは醜いものであった。かつて自分が研究の為に生み出した生物兵器。傀儡人形と同時に開発を進めたが、コストの問題で傀儡人形を量産することになったのだ。
当初はジュエルシードの回収任務を生物兵器に任せるつもりであったのだが、身体能力を人外に上げてしまう事で知性がどうしても働かなくなり、まともに命令を実行できるものはいなかった。その為、フェイトに任せると決めたのだ。
だがこのエリアには、その過去の遺産が残っている。エリアの中央には、庭園の崩壊の影響で【封印】が解けてしまったものが、他の生物の残骸を食い散らかしている光景がある。その見た目は傀儡人形であるが、中身は極限まで能力を高めた生物兵器である。
「───元気にしていたかしら【黒騎士】。随分とお腹が減っているようだけど?」
「……ああ? 当然だ。誰のせいでずっと動けなかったとおもう?」
鎧を纏った化け物───黒騎士はプレシアと会話するだけの知能はあり、プレシアの言葉に対して苛立ちを表しながら答える。
「この庭園……いや、世界最強と言っても過言ではない、この俺を。この部屋に閉じ込めたのはお前のせいなんだから」
「……お前は私の言う事を聞かない。だから封印することにしたのよ」
黒騎士はプレシアが生み出した、最も戦闘能力の高い生物兵器。魔力も馬鹿高く、その強さはプレシアをも凌駕する程だ。しかし、それ故に黒騎士は命令に従わず暴れだした為、過去に使い魔と共にこの最下層に封印を行ったのだ。殺しきることが、不可能だった為に。
「しかし何だぁ? 気付けばここ崩壊起こしているじゃないか。誰の仕業だ?」
「言いたかった用件はまさにその事よ。今ここに管理局の魔導師が数人乗り込んで来ているわ」
プレシアは立体ディスプレイを開き、それを巨大化させて黒騎士にも見えるようにする。そこにはなのは、ユーノ、フェイト、アルフ、クロノの姿を始めとした魔導師の姿である。プレシアはその中でもと言葉を挟みつつ、なのはの事を指差した。
「この子……かなり強いわ。あなたでも少しは楽しめる相手よ。───魔導師たちを消しなさい」
プレシアは横目で黒騎士を視界に納めつつ言うが、黒騎士は不気味で気持ちが悪い声色で笑い声を上げてプレシアへ指を指した。
「おいおい……俺がお前の言う事を聞くと思っているのか? そんな事聞くなら、今すぐお前をブチ殺したほうが有意義だと俺は思うんだが」
黒騎士が、その大きな手でプレシアの身体を握りつぶそうと近づけるが、プレシアはその行動を言葉で中断させる。
「もし魔導師たちを片付けたら、後は好きにしなさい。私を殺すなり、世界中で暴れるなり、ね」
プレシアはアリシアと共に、幻の都【アルハザード】に向かう。そうなればこの世界がどうなろうと知った事ではない。ならそれを条件にこいつが管理局相手に暴れてくれるなら、それで良かった。プレシアが言うと、黒騎士は今までに無い不気味な笑みを浮かべ、盛大に笑った。
「良いだろう! 俺としても久々に大暴れが出来るんだからなぁ!!」
プレシアを遥かに凌駕する戦闘能力の持ち主───黒騎士は拳を握り締めた。
◇
「駆動炉ってこれでいいの?」
「うん! 破壊してもいいから止めて!」
最上階に位置するエリアにたどり着いたなのはとユーノは、迫り来る傀儡兵を倒しつつ、奥に聳える巨大な柱を視界の中央に納める。ユーノに確認を取ってそれが駆動炉だと分かり、なのはは傀儡兵を殴り、次々となぎ倒しながら奥に突き進む。
一体をワンパンで胴体に穴を明け、その残骸を寄っている傀儡兵の下へ投げつける。それらに向けて狙いをつけずに連続普通のパンチを浴びせて、木っ端微塵にして排除する。背後から魔力弾【バレットシェル】を投擲してくる傀儡兵に、その魔力弾【バレットシェル】を壊さずに受け止め、投げ返す。本来の威力よりも上がった魔力弾【バレットシェル】が直撃し、傀儡兵は爆散する。
そして駆動炉の目の前に来たところで、地面を蹴って跳躍し、駆動炉の中心に向けてワンパン。大きく凹んだと同時に、盛大な爆発を引き起こした。光っていた中央の球体が徐々に光を失っていき、出力が落ちていく。
ユーノは爆風からプロテクトで身を守りつつ、駆動炉の破壊を確認し、通信で全員に連絡する。
「こちらユーノ! たった今なのはが駆動炉を破壊!」
『了解!』
エイミィからの声が聞こえ、ユーノが耳から手を離す。柱の前に浮遊するなのはの元へ向かおうとして駆け、そのまま勢いで跳躍して飛行魔法で浮遊しつつ向かう。その途中で何かに気付く。
「(───!? 魔力反応!?)」
とても強力な反応が急接近してくるのに気付いたユーノが下方に視線を向ける。なのはにもレイジングハートが同様にその事を伝え、ユーノと共に視線を下に向ける。
すると爆発したかのように床が破壊され、何かが突進してくる。
矛先はユーノだ。だがユーノが態勢を整える間も無く、突進してきた何かがユーノの目の前に停止し、腕を横に振る。それだけでユーノの身体は遠くの壁に衝突し、減り込んだ。衝撃で粉塵が舞い、煙が晴れるとそこには壁に埋もれているユーノの姿があった。
「ユーノくん!?」
流石のなのはでも、ユーノが壁にめり込んだことに驚きを隠せないでいると、突進してきた存在がなのはの目の前に現れる。見た目は傀儡兵と同じなのだが、その身に纏う気圧は比べ物にならないほど強く、さらに言えば人形らしさというものがこの傀儡兵には無かった。
「───俺は黒騎士って言うんだぁ。この世界全てを破壊する名前だ。死ぬ前に覚えて逝きな」
黒騎士は下品な言葉使いで言うと、腕を鳴らして挑発をしてくる。そんな黒騎士に対し、なのはは眉根を寄せて目を細める。
「ユーノくんを現代アートみたいにして……上等なの!!」
◇
一方。最下層ではプレシアは次元断層を起こすための最終段階の作業に入っていた。駆動炉が破壊され、機能が停止するのが分かる。だがもう必要なエネルギーは与えた為、問題にはならない。ジュエルシード九つを発動し、次元震の拡大を行う。
だが、その次元震の拡大がぴたりと停まり、今まで激しく揺れていた庭園も静かになる。何が起こったのか確認しとうとすると、念話で女性から声が届く。
『───終わりですよ、プレシア。次元震は私が抑えています』
それは管理局提督アースラ艦長───リンディ・ハラオウンだった。彼女もクロノと同じく直接この場に駆けつけ、プレシアに次ぐ高魔力の術式で次元震を抑えている。その背中には四枚羽が薄っすらと光っており、それが彼女の魔力発動時の本来の姿といえる。
『九つのジュエルシード。そして駆動炉を暴走させ、あなたは何を?』
リンディはプレシアに訊ねると、プレシアは鼻で笑った後に、狂気じみた笑みを浮かべてそれに答えた。
「行くのよ……求めて忘れられし都【アルハザード】にッ!!」
『アルハザード……?』
リンディはアルハザードという言葉に聞き覚えがあった。かつて幻の都として、秘術などといった現代でも到達できない技術があるとされている世界。だがそれは既に滅亡したとされ、もはや幻想の話となっている。
『仮にアルハザードが実在するとして、貴女は何を?』
「───取り戻すのよ。失われた過去と未来。この世界全てからッ! そして変えるのよ───世界をッ!!」
プレシアが上を見上げ、まるで上層にいるリンディに向けて言葉を吐いているのかと思うが、そうではない。彼女はこの世界全てに対して、その理不尽に対しての思いをぶつけているのだ。
その時である。最下層の天井が抜け落ち、傷を負ったクロノがプレシアにS2Uを構えてくる。
「そんな事は不可能だ。それは貴女も知っている筈ッ! 世界はいつも【こんなはずじゃない】ことばかりだッ! 昔からいつだって、誰だってそうだッ! そんな現実から逃げるか、立ち向かうかは個人の自由だ。だけど、自分の勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしないッ!」
クロノがプレシアの言葉に真っ向から意見をぶつける。その後に続いてフェイトとアルフも最下層に辿り付き、フェイトはプレシアの前まで駆け寄って来る。
「近寄らないでッ!!」
プレシアはポッドに視線を向けたまま、振り向かずにフェイトに怒号の声を上げた。フェイトとアルフはその場に止まり、プレシアの姿を見ていると、プレシアが視線だけをフェイトに向け、口を開く。
「……何しに来たの。あなたにはもう用は無いわ。消えなさい」
冷徹に、プレシアが声を放つが、フェイトはその言葉に耐えつつ、ジッとプレシアの方を見据える。一歩二歩と少しだけ前に出て、フェイトは意を決したように言葉を発する。
「───あなたに、言いたいことがあって来ました」
上段に待機し、いつでもフェイトの援護が出来るようにS2Uを構えるクロノ。通信と念話越しに様子を伺うリンディ。通信で見守るエイミィ。フェイトは一度呼吸を挟み、言葉を続ける。
「私は、アリシア・テスタロッサじゃありません。あなたが作ってくれた、ただの人形なのかもしれません。でも私は、フェイト・テスタロッサは。あなたに生み出して貰って、育ててもらった───あなたの、娘です」
「……だから何。今更あなたを娘と思えと言うの?」
胸に手を当てて、本心から出た言葉をプレシアに伝える。
「───あなたがそれを望むのなら、世界中の誰からもどんな出来事からもあなたを守る。私があなたの娘だからじゃない。あなたが私の母さんだから」
手を伸ばし、伝えたい気持ちをフェイトは全て伝えた。プレシアの態度は相変わらずであるが、その瞳は、先ほどとは違うように見える。プレシアは口を開き、フェイトの言葉に対して答えようとしたが───。
───凄まじい衝撃と音によって、それが中断される。
◇
「「───ッ!?」」
全員がそちらに目を向ける。天井に穴が空き、瓦礫が降り注ぐ。粉塵と共に天井から落ちてきたのは二つの影だった。先に見えたのは、黒騎士。次になのはだ。黒騎士は地面に下りるのと同時に、エリアの端の方へと一瞬で退避する。その様子からは余裕が感じられず、まるで何かを恐れているように感じた。
一方、なのはは別段変わった様子はなく、いつも通りの無気力な表情だ。拳に煙が出ていることから、上段の階から最下層まで穴を空けて来たのは彼女なのだろうとクロノは思考する。
「……避けてばっかりだけど、最初の自信はどこにいったの?」
端の方にいる黒騎士に言うと、黒騎士は依然としてピクリとも動こうとはせず、何も答えられなった。細かい瓦礫がパラパラと舞う中、上から更に降下してくる人物がいた。ユーノである。ユーノは傷を負いながらも意識を取り戻し、何とかここまで合流することに成功した。クロノの隣に立ち、皆と同じく様子を伺う。
黒騎士はなのはの動きを分析し、同時に自ら感じる状況を落ち着いて整理しようと思考する。
「(……一発でも食らっていたら、殺られていた……! 一体何なんだこいつはッ!? 隙だらけなのに、俺の直感が危険信号を発しているッ!!)」
「……ん?」
黒騎士が無反応なのに対し、なのはは意味が分からずに首を傾げる。プレシアもその様子を見て、驚愕に表情を歪ませていた。
「(あ……あの黒騎士が……怯えている……!?)」
プレシアだけでは無く、この場にいる全員が黒騎士となのはに目線を集中していた。先ほどまでプレシアを見つめていたフェイトも同様である。
「キサマぁぁーーーッ!! それほどの力、一体どうやって手に入れたんだよォォーーッッ!!」
黒騎士が耐え切れず、なのはに向かって声を荒げて訊ねる。それに全員が反応し、耳を傾けた。確かになのはの強さは異常だ。その強さには何か秘密がある。今までなのはの強さを見てきたユーノ、クロノ、アルフ、そしてフェイトが、その強さについて気になっていた。
なのはは無気力な表情から、その言葉に反応し、一旦瞼を閉じてから開く。すると真剣な表情へと切り替わり、口を開いた。
「───いいよ。教えてあげる」
「「───ッ!?」」
その言葉に、全員が目を丸くする。しかし、ユーノやクロノはそれに不安を感じた。この場で言ってしまって良いのだろうか。ここにはプレシアと、その生み出した黒騎士がいる。この連中に聞かせていいものかと危険を感じていたが、なのはは構わずに言葉を続ける。
「重要なのは、このハードなトレーニングメニューを続けられるかどうかなの。どんなに辛くてもね───私は三年でここまで強くなったの」
「「トレーニング……ッ!?」」
再び驚愕。信じられずにいたのは全員だ。なのはが言ったのは紛れも無くトレーニングという言葉。プレシアが思考した改造手術でも、遺伝子操作でもなく。クロノが思考した、魔力強化による身体能力の向上でも無く。
一体、どんなトレーニングを行えば、なのはのような異常な強さを手に入れられるのか。そのトレーニングの内容に、誰もが聴覚に意識を集中する。
なのはは一度呼吸を挟み、言った。
「───腕立て伏せ一○○回! 上体起こし一○○回 スクワット一○○回! そしてランニング一○キロ! これを毎日やる! 風邪を引いてもやり遂げる。勿論一日三食キチンと食べる。朝はバナナでも良い。そして極め付けに精神力を鍛える為に、夏だろうと冬だろうとエアコンは使わないこと。最初は死ぬほど辛いの。一日くらい休もうかとつい考えてしまう。だけど私は強くなるために、どんなに苦しくても毎日続けた」
なのはは語る。足が重く、動かなくなってもスクワットを行い。腕がプチプチと変な音を立てても腕立てを断行した。変化に気付いたのは一年半後だった───。
「私は髪が異常に硬くなっていたの。そして強くなっていた」
カットしようとしても、ハサミを逆に壊す程の硬さ。先端の方はぎりぎりで切れる為、長髪から短い髪形に出来ず、仕方無い為サイドで結うことしか出来ない剛毛となり、髪の毛ですらこの強さである。つまりそれほどまで死に物狂いで己を鍛えること。それが強くなる唯一の方法だ。
「魔法だのと頼っているあなた達じゃ、決してここまでたどり着けない。自分で変われるのが、本当の強さなの!」
手を握り締めて、堂々と宣言する。皆が衝撃過ぎる内容に呆気に取られ、言葉が出ない。なのはは自ら言ったトレーニングの内容と、その地獄の日々を語ったことで、余りにも過酷で衝撃的な内容から、皆が驚いてしまうのも仕方がないと思っていた。
だが───。
「───ふざけるな!」
そんな中、憤慨の声を露にしたのはクロノだった。なのはは予想外の怒号に、格好つけていた拳を解いて、ビクッと反応してクロノの方へ向く。
「そんなのは、一般的な筋力鍛錬だ! しかも大してハードでも無い通常レベルだ! 僕達はそんな冗談を聞きたい訳じゃない! 君の強さは明らかに身体を鍛えた程度のものでは無い! 僕達はそれが聞きたいんだッ!!」
クロノの怒号に、なのはは頬をかきながら答える。
「……そんな事を言われても、他に何もないの」
答えるなのはの様子に、嘘は見られず、彼女は本当にそのトレーニングしかしてないのが事実だと伺える。皆の思考が固まるなか、動きを見せたのは壁際から歩いてきた黒騎士だった。俯いて、只ならぬ様子と魔力を放出しながら、一歩一歩近づき───。
「……そうかい。教えるつもりが無いなら構わないぜ。でもテメぇはムカついたから───嬲り殺しにしてやるッ!!」
上体を起こした黒騎士が怒りに満ちて、なのはに目にも止まらぬ動きで肉薄し、その巨大な拳でなのはを吹き飛ばした。そのまま床に減り込ませ、跳躍して蹴りを食らわせる。その衝撃で床が崩壊し、なのはが衝撃で宙に浮くが、それを黒騎士が見逃す筈が無く、更に連撃を繰り出した。
───その様子を見て、プレシアはこの世の終わりを悟る。あの様に暴れだしたら黒騎士は止められない。早々にアルハザードに行くため、その身をポッドと共に虚数空間へと投げ出そうとするが、せめてあの少女がどうなるかだけを見届けようと思う。
なのはは拳を受けて吹き飛ばされ、壁に激突。再び宙に浮いたところに、黒騎士はトドメの一撃を刺そうと肉薄し───。
「煩ァーーいッッ!!」
なのはの拳一発で木っ端微塵となった。
落ちる鎧の破片に中身の肉片。その中心に着地したなのはは肩を鳴らして身体の調子を整えている。怪我を負っている様子はなく、黒騎士の攻撃をもろに食らっていたのが嘘のようだった。
───その光景を見て、プレシアの中で何かが壊れる。こちらに寄ったクロノにバインドで拘束され、罪状を言って来るが、もはやどうでも良く思えてしまった。
───もうやめよう。こんな研究は。私が変わるべきなんだ。と、プレシアは思った。