彼女が友人のことを悪く言うたびに、少しだけ嬉しかった。彼女の友人は、自分はあまり仲良く出来そうにないタイプだったし、彼女と毎日話していることに嫉妬していた。それに、普段は穏やかで諍いも好まない彼女が本心や弱さを見せたようで、なんだか優越感に浸れるのだ。
彼女はとにかく男運がなかった。去年付き合っていた先輩にはこっぴどく振られていたし、先月は同じクラスの男子に「想像と違った」なんて理由で泣かされている。
その度に、自分なら彼女のことを良く知ってるからそんなこと言わないのに、と思うのだ。もう少し背の高い方が良い、なんて言って、ヒールで足を痛めさせたりもしないし、髪の毛を切ったときだって、思いっきり褒める。
けれど、だから自分にしなよ、なんてことは絶対に言えない。それは、断られることに怯えて勇気がないだけじゃない。きっと自分が変なのだ。彼女を好きになるなんて、周りから見たらおかしいことだから。
心から漏れ出してしまわぬよう、ひた隠しにしないといけないのだ。
灰島クララ、17歳女子高生。クラスメイトの木下クルミに恋をしている。
◇
彼女が教室に来るのは遅刻ギリギリの8時半。家が少し辺鄙なところにあるので、電車を一本逃すと一大事なのだそうだ。今日も寝坊して乗り遅れていたので、駅から走ってきたようだ。
暑そうに席に座り、下敷きで仰ぐ。生まれつきの綺麗なストレートヘアーが風になびいた。寝坊してもしっかりリップは塗っていて、柔らかそうなベビーピンクに目を奪われる。
「これ」
と、突然クルミはこちらを振り向いた。アーモンド型の大きな瞳が私の瞳をじっと見つめた。
「灰島さんの?」
「……え」
「教室の前に落ちてたの。イニシャル、H・Kってうちのクラス灰島さんだけだからさ」
彼女が掲げたストラップは、たしかに私が中学の修学旅行で友人とお揃いで買ったものだった。
「そ、そう!」
「あ!やっぱり!合っててよかったぁ」
彼女はニコリと眩しい笑顔を浮かべた。そして、私の手を取り、手のひらにストラップを置いた。ベースを弾いている指は硬かった。温かくて、少し汗ばんでいた。いい匂いがした。
「あ、ありがとう……」
彼女に触れているだけで胸がドキドキした。夢見心地で、何も考えられなくなる。ただ、五感を研ぎ澄ませて、彼女に全神経を集中させていた。
先生が入ってきて、授業が始まっても、胸の高鳴りは収まらなかった。
クルミに触れてしまった。
クルミは私のフルネームを知っていた。
クルミと、初めて話した。