戦国の世に
八幡「…………あれ?」
原っぱのど真ん中に俺はいた。わーい草が生えててふわふわー!
なんて言っている場合じゃない。
目の前から和風の甲冑を着た男達が向かって来る。
待って、そんなホモ展開は望んでねえ。やるなら薄い本でやれ。
ここは電子書籍だ。
あ、でも電子の世界にもそういうのはあったっけ。
電子と腐女子、2種類の力が交差する時ホモ語りは始まる……
ひゅん
とか下らない事もやってる場合じゃなかった。
顔のすぐ横を弓矢が通り過ぎた。
八幡「にっげろー!」
甲冑を着た兵士が勇ましい声を上げてこちらへ向かって来ている。
手には槍、馬蹄の音とバーンと言う銃の音が聞こえて来た。
となるとここは戦場だ。
今は両陣の間を切るように歩いている。
つまりサンドイッチ、パンは兵士(おっさん)、具は俺。何それ不味そう。
幸いにも両軍とも俺から距離が離れている。
戦線から逃げるには充分。
その間にパニックになっている頭を無理矢理回転させて状況を把握する。
八幡「アイツら、俺を敵だと思ってないか?」
どどど…と言う足音と共に兵士達の声が聞こえる。
『みやー!あのヘンテコな服を着たやつはなんだー!』
『構わん!アイツからやっちまえー!』
己の身体を見る。服装は黒基調の制服、ズボンのポケットを漁るが何もない。
つまり身1つで戦場に放り出されている事になる。
あの槍を持った兵士達はこの制服を怪しんでいる。
と言う事は俺の常識が通用しないのか。
八幡「ここは日本の過去なのか?」
タイムスリップしちまった?
でもどの時代だ?
さっき聞こえた銃声からして室町時代以降なのは間違いない。
もしかすると室町時代真っ只中、所謂戦国時代なのでは?
八幡「だったら武将がどっかに陣を構えてるかもな」
どっかでは無いか。
あの向かって来ている兵士の後ろにあるだろう。
…そんな兵士が沢山居そうな武将の陣に行きたくは無いが、ある意味戦場よりは安全だったりするかも。
八幡「あの丘から周りこむか」
林がある丘から軍の後方へ周ると浅い川が流れていた。
その向こうには陣。
八幡「よし、あそこには人が沢山いるはず。ならば俺1人紛れ込んでもバレないだろう」
陣の正面を避けるようにしてコソコソと近づく。
どうやら兵の数からして本陣らしく、家紋が書かれた旗が上げられていた。
八幡「旗印に'丸"の中に漢数字の'ニ"ってーと、今川か?」
今川義元。
戦国時代一の勢力を誇った大名。
今川家は時代の中で滅んだはず、という事は滅ぶ以前の時代だ。
「おや、誰ですの?」
と考えていたら大将らしき人物に見つかった。
本陣からは川を挟んで向こう側にいるし、コソコソしていたのに何故バレた!?
あ、ここでは珍しい服を着てるってさっき確認したじゃーん。
そりゃ目立つわー、あははは、俺のアンポンタン。
開き直る。
どうせ死ぬなら、かの有名な今川義元の顔でも拝んでやる。
大将ならば今川義元だろうが、予想に反して黒髪の美しい女の子だった。
うおお!十二単だ!初めて見た!
傍らにはタヌキの耳をつけたメガネの女の子。
女の子……?え?なんで?今川かと思いきやもしかして勘違いか?
…試してみるか。
八幡「よっしもっとちゃーん!あっそびーましょー!」
義元「おお!遊びのお誘いでしたの!ならば見せて差し上げますわ!わらわの蹴鞠を!」
あ、義元で合ってる。
てかふざけて言ったけどノリノリで乗って来たな。
アホなのかアイツ。
タヌキ「な、なわけないですよ、義元様!今は織田家との戦中ではありませぬかー!あの者はきっと織田家の刺客、義元様を暗殺しに来たに相違ございませんよー!」
流石に大将を遊ばせる訳にもいかない。
隣のタヌキ耳が義元を諌めた。
いや引っかかる方がおかしいと言うか何と言うか…。
義元「ぬぬぬ!そうでございましたわ!わらわを騙そうとするとは不届き千万!元康さん!やっておしまい!」
元康「承知しましたー」
タヌキ耳は元康と言うらしい。
てかそれって後の徳川家康公じゃねーか。
義元の下にいるってことはここは戦国時代の中間期か。
いよいよ今いる時代の全貌が見えて来た。
バシャバシャ、たぬきが刀を持って川を渡って来る。
わざわざ川を渡るくらいなら俺なんかほっとけよ!
相手が水に足を取られている間に近くにあった林の中へ逃げ込んだ。
「待ってくれー!」
八幡「あん?」
林の中で元康に追いかけられていると後ろから野太い男の声が聞こえた。
振り返ると元康よりも速く走ってくる槍を持った男がいた。
兵装からして足軽のようだ。
元康「だ、誰ですかあなたはー!?えーいどちらも斬り伏せてあげます!」
突然目の前に現れたその足軽共々俺を斬り殺すようだ。
てか足速いなあの足軽、元康も刀を持ちながらでも結構速いのにそれを追い抜くスピードで走っている。
八幡「何だよアンタ」
いよいよ追いついて来たその足軽に俺は声をかけた。
するとその足軽は笑顔を向けた。
「お主、織田方の忍びで御座ろう!」
八幡「いえ、人違いです」
「頼む!わしを織田の末席に加えて貰えるよう、織田の当主様に頼んではくれんかみゃー!」
八幡「いや、だから」
元康「何をごちゃごちゃ言っているのですか!成敗です!」
元康も追いついて来た。
刀が俺に向けて振り下ろされる。
「あーもう!この子がいたら話しがまともに出来ん!坊主、逃げるみゃー!」
八幡「へ?」
疑問符を浮かべた八幡を足軽が担ぎ上げ、そのまま追いつけないほどのスピードで元康を撒いた。
元康「なっ!ま、待ってくださいー!織田の刺客を逃したとあっては、私が義元様に怒られてしまいますー!」
元康が何か叫んでいたがあっという間に聞こえない距離まで逃げおおせた。
足軽は周りを確認すると八幡を下ろす。
「いやー危ないところだったみゃー」
八幡「あ、ありがとうございます」
た、助かったー。
俺と足軽は木の下に腰を落ち着ける。
「わしは出世したいんだみゃー!」
八幡「出世?織田で?」
「そうだみゃー。わしは今川の足軽だったが、あの義元の姫さまは不細工が嫌いでのー、どうも出世の道が見えんのだみゃー」
八幡「織田ならアンタを雇ってくれると?」
「織田様は身分に関わらず色んな人材を集めていると聞くみゃー。だからわしは織田家で出世街道を進むのみゃー!」
八幡「何でそんなに出世にこだわるんです?あんまり上ばっか見てると足元すくわれますよ」
「わしは夢がある!一国一城の主になって、大金持ちになるんみゃー。その為なら危険な事も何のそのだみゃー!」
八幡「城持ち…何でそんな大層な夢を…?」
「だってそれなら女の子にモテモテだみゃー」
ずこっと八幡はこけた。
大それたこと言ってんのに最終目的は女かい!
八幡「金持ちなら不細工でもモテるってか」
「そうそう!」
八幡「それってアンタの周りにも言ってるんですよね?俺は城持ちになって女にモテるーって」
「そうだけど、あんまり誰も賛同してくれんのみゃー。してくれたのは相棒くらいだみゃー」
八幡「だったら何回も言われているでしょうが、命を救ってくれた恩として言わせてもらいます。やめた方がいいですよ」
「残念だみゃー、お主なら理解してくれると思ってたんだが…」
八幡「そう言う意味ではありません。アンタが城持ちの大金持ちになる事は全然問題ないと思います。それがアンタの目標なら尚の事。だけど目的が女にモテるためってのは、月並みな事を言わせてもらいますと、金で寄って来た女を信頼出来ますか?」
「むー、でもわしは不細工だし、それ以外にモテる方法がないから…」
八幡「いや、俺の見立て通りなら、アンタは心でモテる男です」
「心で?」
八幡「アンタは人に自分の夢を包み隠さず言い切れる。それは自分に自信があるからだ。それにその夢を語るアンタの目は輝いていた、まるで子供のように。そんなやつは誰だって憎めない。大抵のやつが自分の夢を諦めている、だからアンタに憧れ、希望を持ち、ついて行く。その中には女性もいるでしょう。アンタはそうやって人を寄り付けられる人物なんですよ」
「済まん、よくわからなかった」
八幡「つまりアンタは自分の夢に向かって進んで行けば、自ずと女にモテる。金や城や名誉なんか関係なく」
「おおー!」
足軽は太陽のような笑顔を輝かせる。
やはりこの男は憎めない。
人間の裏の顔を見抜く事に長けているつもりの俺だが、この人はその裏の顔がない。
単純で純粋で、眩しいその笑顔は俺を動かすには充分だった。
俺もこんな変なところに一人でいて、混乱している。希望を見たい1人なのだ。
八幡「…もう一度言います」
「へ?」
八幡「俺は織田の者じゃない、ただの子供だ」
「そ、そうなのかみゃー」
八幡「でも頭はある」
「頭?」
八幡「顔も目も鼻も口も腕も足もある」
俺は立ち上がる。
八幡「そんだけありゃ、別に織田の刺客でも忍びでなくても士官を掛け合う事は出来る。だから行こう、アンタの夢のために」
「あ、はは」
八幡「それとも何か?そんな物がなきゃ、アンタの夢は終わるのか?」
挑発的な俺の言葉に足軽は勢いよく立ち上がった。
「終わるわけない!そうだったみゃー!わしの夢にはそんなもん要らん!取り入るための手段も、先ずは織田様の顔を見なければどうにもならん!どうせわしの身1つで出世する将来、実力を発揮すりゃーそれだけで城持ちみゃー!あははは!」
大口で笑うと八幡の肩に手を乗せる。
「坊主、面白い奴だみゃー。お主が居れば何事も共に超えられる気がする。どうだ、わしと一緒に夢を追いかけてはくれんか」
八幡「………」
八幡は悩んだ。
それから優しく肩に置かれた手を離す。
「坊主?」
八幡「すみません、俺が出来るのは無力ながらアンタを推薦する事だけです。アンタの夢には戦が付き物でしょう。俺は、戦なんかで死にたくない。だから俺はアンタが織田家に加えて貰ったのを確認したら、アンタの前から消えます。そんでのんびりと暮らしますよ」
「……そこをなんとか、できんかの?」
八幡「……」
「そうか、確かに戦は嫌だからみゃー。だが、また今度会った時に気が変わってたら、その時はわしの力になってくれんか?それだけでええ、約束してくれ」
八幡「……気が変わってたら」
「うむ!それでええ!それじゃあ、織田様にお目通りと行こかの!」
八幡「ええ」
「よっしゃー!ついて来いー!」
足軽は意気揚々と林の中を突っ走っていく。
その後をやれやれとついて行く。
俺を連れて走る後ろ姿は、一武将の威光となんら変わらなかった。
生まれる前から兵を率いる事を定められているように、それが彼の人生にとって何らおかしくないように、この男なら一国一城の夢も叶えられる。
そう八幡は思っていた。
だが現実は非情。
ドスッ!
足軽の腹から生々しい音が聞こえた。
えぐるような、潰れるような音が。
足軽は腹を抑えながら倒れ込む。
八幡はその光景を信じられず固まっていたが、立ち直ると直ぐに足軽の元へ駆け寄る。
八幡「しっかりしてください!」
足軽「う…うぐ…」
どうやら腹に銃弾を受けたらしい。
腹からだくだくと血が溢れてくる。
足軽の顔から血の気がなくなっていく。
八幡は周りを見る、人影はないが林の外から怒号と銃声が鳴る。
八幡「ちっ、流れ弾か」
「ぼ、坊主…わしはもう助からん…」
八幡「気をしっかり持て!」
腹から出る血を抑えようとしたがそれを足軽自身が払いのけた。
「ええんじゃ、わしの運はここで使い果たした…」
八幡「開運ってのを知らねえのか!人の行動1つで運なんぞいくらでも変わる!だから諦めんじゃねえ!」
「わしの運は…主が受け継いでくれんか…」
八幡「何言ってんだ!」
「わしの夢を……代わりに叶えてくれ……戦嫌いな主には酷かもしれんが……」
俺に人の夢を継げと?
足軽の顔を見る。
……っ!
死の瀬戸際にいる本人が死ぬ事を認めている。
生きることを諦めている。
………くそ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
八幡「…そうだな、アンタはその程度だからな」
「?」
八幡「死にそうになったからって簡単に夢を諦めるような弱虫に、そのでっかい夢は荷が重すぎる」
「はは…そうかも…な…」
悲しそうに目を閉じていく足軽。
そろそろお迎えが来たと悟った。
その彼の耳に確かに届いた。
八幡「アンタの夢は、この俺が叶えてやる。だからアンタは、あの世で可愛い子と遊んでな。待ってりゃ俺がそっちに行った時に報告してやる」
「ぷっ…あははは!」
足軽は最期に大きな声で笑った。
八幡「アンタ…名前は?」
「……………きの、した…とうきち…ろう」
己の名を言い残すと、彼は事切れた。
八幡「木下藤吉郎…って」
後の豊臣秀吉じゃないか。
ここでその大人物が死んだ。
俺に夢を託して。