死した鶴   作:Гарри

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14.「The Divide(分水嶺)

 監視の為にいよいよ倉庫へ向かう段になって、私たちは吹雪からの電話連絡を受けた。記念館にいた襲撃者たちの制圧が完了、遺留品などから彼らは龍田と関係していたことが判明し、またその拠点の一つが特定できた、という内容だった。私は彼女が会話の中で主語を省いたことに気づいていたが、指摘はしなかった。あの連中を制圧したのが警察か軍警か海軍かなんて、些末事に他ならないからだ。その代わり、善は急げとばかりに拠点への攻撃予定があることを伝えてきた吹雪に、私はストップを掛けた。

 

 言わずもがな吹雪はいぶかしんで、どうしてそうしなければならないのか尋ねてきたが、電から得た情報を流してやると、納得したようだった。拠点への攻撃は、龍田たちの物資輸送計画に影響するかもしれない。それは避けなければならなかったのである。吹雪からの理解は得られたものの、渡した情報は新しい疑惑を彼女にもたらしたようだった。つまり、その出所が気になるという訳だ。私は無言の開示要請を無視したが、吹雪にはそれで十分だったろう。

 

 彼女は思案の時間を挟んだ後で、こちらに来ると言い出した。拠点の襲撃は軍警の部隊に任せるつもりらしい。彼女が任せられると判断したのなら、そうなのだろう。奇妙な信頼を私は彼女に抱いていた。それは彼女の有能さへの信頼であり、一時のこととしても吹雪を敵に回して戦い、何とか殺されずに済んだからこそ持つことのできるものだった。そんな彼女がこちらに来て、手伝ってくれるという。心強いが、一人で決められる話ではない。初月や最上と相談してから、私たちは吹雪を受け入れると決めた。

 

 電が監視地点に最適だと言っていた地点を吹雪にも教えて、通話を切る。接続が途切れる直前、独り言のように「ああ、そこですか」と呟いた彼女の声が暫く耳に残っていたが、やがてそれも、車で移動中に戦友たちと交わす言葉に消されてしまった。運転を初月に任せて、私はもっぱら最上と様々な話をした。新しい相棒には悪いことをしたと思うが、彼女は助手席に座った私を一瞥して、「分かってるさ」という顔でにやっと笑っただけだった。

 

 旧友との対話で私が最も強い興味を覚えたのは、最上以外の元艦隊員たちがどうしているか、という話題だった。熊野、金剛、叢雲……私が知っていたかび臭い情報では、熊野と金剛は退役して生身の人間に戻り、叢雲は国外泊地の警備艦隊にいることになっていた。これは大筋で合っていたが、たとえば私は金剛が結婚したことを知らなかった。最上も少し前に手紙が届き、その中で知らされたのだという。

 

 その手紙によれば式は新郎新婦とその家族だけの、ごくささやかな規模で済ませたらしく、新婦の海軍時代の、戦艦「金剛」らしい情熱に溢れた、ロマンチスト的な性格しか知らない私としては、そのことに驚きを禁じ得なかった。とはいえ、彼女は解体を受けて人間に戻った身だ。つまるところ、「艦娘の金剛」ではないのである。だからその辺の感覚も、全体的にであれ部分的にであれ、「金剛」的でなくなっていて当たり前なのだ。

 

 ところで、私はどうだろう。もし解体を受けて、瑞鶴になる前の私に戻ったとしたら? 今なお私が感じている翔鶴姉への気持ちにも、陰りが差すのだろうか? 恐ろしい想像に、身震いしそうになった──この感情が自分のものでなくなってしまうなんて、到底受け入れられない。艦娘「瑞鶴」になる前に翔鶴姉と知り合っていた巡り合わせに、私は感謝しなければならなかった。少なくとも当時感じていた彼女への思いについては、何からの影響も受けていなかったと確信できたからだ。

 

 金剛の結婚は一驚に値したが、私を穏やかで幸せな気分にもした。熊野や叢雲の話も、それを大いに助長した。高卒で艦娘になった熊野は、大学に通っているらしい。院まで行って、降って湧いた学生時代をたっぷり楽しむのだと言っていたそうだ。後悔しないといいが、と私は彼女の幸運を祈った。一方で軍に残った叢雲は、最近になって第二艦隊の旗艦を任されるようになったという。彼女は上昇志向の強い人物だったから、きっとそれでも満足していないのだろう。虎視眈々と国内鎮守府への栄転、あるいは第一艦隊旗艦の座を狙っている筈だ。彼女については、幸運は祈らなかった。私の知る叢雲は、他人の祈りなどに左右される人物ではなかったからである。

 

 話のネタも尽きて、ぽつぽつと短いやり取りを時たま交わすだけになった頃に、私たちは監視拠点に着いた。大層な呼び名だが、何ということはない、監視対象の倉庫から通りを隔てたはす向かいにある、また別の倉庫のことだ。初月が適当な隅の物陰に車を停めるのを待ってから、座席下に突っ込んでいた荷物を取ろうとして身を折る。助手席側のドアが開いた。初月ではない。彼女は運転席にいる。最上でもない。彼女もまた、後部座席にいる。私は落ち着きを取り戻す為に息を吐き、吸い込み、横を向いた。

 

「吹雪秘書艦」

「お早いお着きで」

 

 本気で言っているのか皮肉で言っているのか、私には分からなかった。荷物を持って車を降り、何を言うでもなく先導を始める彼女に従って歩く。空を見ると、端の方から赤く染まり始めていた。拠点の倉庫に入り、吹雪が持っていた懐中電灯の明かりを頼りに奥へと進む。階段を上がって二階へ行くと、龍田の借りた倉庫が視認できる窓があった。その傍には、監視におあつらえ向きのパイプ椅子が人数分置かれていた。電が置いていったのかと思ったが、秘書艦の分もあったのでそれは違うと分かった。

 

 黙ったまま、私たちは並んで椅子に座り、監視対象であるところの倉庫を眺めた。吹雪だけが例外で、彼女は立っており、窓の外を見ることもしていなかった。奇妙に思って彼女に視線をやると、見つめ返される。友人でもない相手にじろじろ見られるというのは、気分のいいものではない。監視を初月と最上に任せて、私は「何よ」と質問を発した。私の顔が注目に値するなら、その根拠を示して欲しかった。最上と取っ組み合いをした時に飛び散った染髪料が、頬にまだくっついているとか、そういう下らないものでもいい。訳も分からずに見られ続けるのは、居心地が悪い。

 

 吹雪は話し掛けられることを想定していなかったかのように、まばたきを数回すると、最早そのことに何の感慨も持てなくなった冷たさを込めて、私に言った。「あなたたちは、ヴェールヌイに会いましたね」不穏な気配が、初月たちから立ち(のぼ)る。ここであの駆逐艦娘の話が出てくるとは思っていなかった私は、どう答えていいのか分からず、首を縦に軽く振って、吹雪に続きを促した。

 

「彼女はどうしてあなたたちに接触してきたのですか」

「まるで彼女が()()ヴェールヌイなのか、もう分かってるみたいな口ぶりね」

「調べましたので。調査によると、彼女は龍田の元艦隊員でした。ですから、龍田を追うあなた方を害するなら、理解できます。なのに、その逆のことをした」

「それだけ軍警が嫌いだったってことじゃない? 思わず私たちを助けちゃうぐらいに」

 

 冗談めかして言うが、内心で私はこれが核心の一面を言い表しているような気がしていた。ヴェールヌイが軍警を好いていたとは思えない。彼女は軍警察に関する警告を残して立ち去っていったし、翔鶴姉には軍警と対峙する為の“武器”まで渡していたのだ。それは今、私たちの手の中にあるが、そんなことを吹雪に教えてやる理由はなかった。彼女だって、知っても喜びはしないだろう。知らないでいてさえ、現時点で既に上機嫌ではなさそうなのだ。

 

 それにしても、やっぱり私たちをあの時追跡していたのは、この吹雪だったのか。そうだと言われた訳でもないのに、何故か私はさっきまで、当然のようにそれを証拠や証言に裏付けられた事実として認識していた。腕を切り落としたことを思い出して、その際にナイフの刃先を差し込んだ左肘の辺りが、にわかに()()()()と痛みだす。それで私が顔を歪めたのを、吹雪は別の意味に捉えたみたいだった。体の向きを変え、龍田の倉庫の方を見やって彼女は言った。

 

「これは先に言っておくべきだったかもしれませんが、あの倉庫、あなたたちが来る前に多数の貨物が搬入されていましたよ」

「私は先に言っとくけど、次同じことやったら殴るわよ」

 

 無理だと分かっていても、脅し文句ぐらいは吐いておくのが慎み深い艦娘の礼儀というものだ。黙って引き下がるのは腰抜けの振る舞いであって、そんな手合いは尊敬されない。ただし最もやってはいけないのは、向こうから一線を越えてきたのでもないのに、本当に殴ってしまうことである。腰抜けは尊敬されないが、安易に暴力を振るう人々は嫌われ、軽蔑されるからだ。私の分をわきまえた賢明な態度は、吹雪をして「そうですか」という反応を引き出させるものだった。私は満足して、監視していた倉庫への侵入を提案した。

 

 令状も何もない違法な捜査だったが、吹雪は反対しなかった。バレなければ罪にはならないと思っているのか、自分は裁かれることがないと知っているのか、率先して侵入ルートを提案してきたほどだ。彼女は私たちや龍田の貨物が到着する前に、予め下見を済ませておいたらしい。警報装置は切ってあります、とこともなげに言い放つ姿に、私は頼もしさと共に疑念を覚えた。手際が良すぎる。違法捜査はこれが初めてじゃないな?

 

 軍警の闇を感じつつ、吹雪の指示通りに動いて、件の倉庫へ向かう。少数ではあるが、設置されていた監視カメラに映らないで済むルートを移動しなければならなかった為、やや遠回りをすることになった。道中、私は後ろの方を歩いていた初月に近寄って、小声で話しかけた。「秘書艦をどう思う?」「危険だ」一言で、即答だった。しかも、かなり共感できる答えだ。私なら、よりフランクに「ヤバい」と表現しただろう。

 

 倉庫の裏手に回り込み、一時待機して観察する。裏には人間が出入りする為のドアが一つあったが、施錠されているのは確実だ。更に、ドア付近を捉えるように配置された壁掛け式の監視カメラもあった。姿が残るのは大変好ましくない。私たちは四人揃ってどいつもこいつも、艦娘と分かる顔形をしている。服だって、秘書艦は吹雪型の制服を着ていた。ああ、監視カメラが張りぼてであることに賭けるのも手だ。だが負けた時に支払えない額のギャンブルはするべきではないと、私は翔鶴姉に厳しく躾けられていた。

 

 携帯をいじっていた吹雪に呼びかけ、どうするか尋ねる。監視カメラをごまかす手を考えるか、別の侵入路を探すか。通電を妨害してやれば、カメラは飾りだ。刑務所みたく、リアルタイムで人間がレンズ越しに見ているタイプの監視システムでもないだろうから、停電に気づくことすらないかもしれない。警備員がいても少数だろうし、私たちがこれから襲う倉庫をピンポイントで調べに来るとは考えづらい。カメラが死んでいる間に中へ押し入り、用を済ませて出てしまえばいい。やれやれ、気分は大泥棒だ。

 

 秘書艦は携帯電話をスカートのポケットに滑り込ませると、おもむろに足元に転がっていた石を拾った。大きなものではないが、中学生程度の体格しかない吹雪が持つと、それは実際よりずっしりと重そうに見える。彼女がどうするつもりなのか分かっても、私は止めなかった。その愚かさから投石を選んだのなら止めもしたろうが、吹雪と戦った経験や、彼女の軍警での立場が、その能力を実に明確かつ強力に保証していた。

 

 石が空を切って飛び、狙い(あやま)たず目標を捉える。ばり、と割れる音がして、カメラは力を失ったようにその首を下げた。見事な投擲(とうてき)だ。うなだれた精密機械を見上げてそう感心していたところに、破壊音が響く。視線を下げると、吹雪が拳銃を片手に、ドアを蹴り破っていた。放っておけば一人で突入していきそうだ。別にそうさせても大丈夫な気はしたが、後で気まずくなりそうでもある。翔鶴姉の拳銃を右手に持って、私も倉庫の中へと駆け込んだ。

 

 初め、倉庫内部の明かりは消されていたが、吹雪は目ざとくスイッチを見つけて暗闇という問題を解決した。いるかもしれない警備員には絶好の目印だけれども、もう四の五の言っている場合ではない。一階には単色で塗られた複数のコンテナが並べられており、その陰や中には龍田の仲間たちが潜んでいる可能性もあった。不意打ちを避けることをより重要だと考えるなら、光を灯すのは道理に(かな)った行いだ。最悪、普通の人間でしかない警備員の数人程度なら、逆に拘束してしまうこともできる……したいとは思わないが。

 

 拳銃を構え、索敵を行う。最上は出入口の近くで見張り役だ。誰かが来たら、知らせることになっている。コンテナの陰、曲がり角、敵が飛び出してくるのを想像し、鼓動が早まる。初月も吹雪も軍警で訓練を受けているだろうが、私は違う。こんな状況で平静を保つのは、海戦経験があっても難しかった。手早くではあったが、倉庫の隅まで調べ終わり、コンテナの外には敵がいないことが確認される。すぐさま私は、手近な貨物の一つに取りついた。側面がドアになっているタイプで、ロックを外してハンドルを引っ張ると、ドアはレールの上をすい、と動いて、全面が開いた。

 

 中身を見て、私は言葉を失った。艤装だ。艦娘用の、艤装。予期していたものの一つではあったが、しかし現実として目の前に現れると、それは私の背筋をひやりとさせた。何個かは私も知らない型の艤装だが、大半の見分けはつく。駆逐、海防艦、軽巡、重巡、戦艦、空母──潜水艦以外のほとんどの艦種の艤装が、一緒になって詰め込まれていた。武装は取り外されていたが、どうせ別のコンテナで見つけられるだろう。

 

 この艤装を奪還、ないし破壊しなくてはいけない。くそっ、融和派は動けなくても、せめて軍警のもっと大掛かりな手助けがあれば──待て、どうして吹雪は一人でこちらに来た? 彼女は部下にアジト襲撃を任せた。他にも動かせる部下はいた筈だ。が、ここには単独で来た。令状のない違法捜査だから? そんなことを気にするとも思えないが、筋は通っている。考え込みそうになるが、その前に思考を引き戻した。そうだ、軍警の助けがなくてよかったのだ。彼女たちが来て、物資を破壊するのではなく確保していたら、融和派から盗まれたものだと分かるだろう。そうなれば政治的に融和派組織はマズい立場に置かれてしまうし、情報提供者である電も無事では済むまい。

 

「瑞鶴、こっちだ」

 

 初月に呼ばれ、小走りで移動する。彼女が開けたコンテナの中には、燃料入りのドラム缶や弾薬がぎっしりと、パズルみたいに収められていた。ありがたく使わせて貰うとしよう。ドラム缶を横にして、ふたを蹴り開ける。途端に嗅ぎ慣れた油の臭いがむわりと立ち、黒い液体がごぼごぼと音を立てて流出を始めた。缶を蹴飛ばして転がし、燃料を撒く。でも、火をつけるにはどうしたものか。私は喫煙者でも放火魔でもないから、ライターなんて持ち歩いていない。

 

 火種になるものを探して、もう一つコンテナを開けてみる。中身を見て、私は龍田の考えが分からなくなり、首を捻った。貨物はラックに吊るされた衣服だった。それも、艦娘用の制服。どうして蜂起にこれが要る? 近くを通った吹雪を呼び止め、彼女の考えを聞いてみる。秘書艦は質問が終わらない内に一度止めた足を再び動かし始めたが、去る前に答えてはくれた。

 

「気づかれずに浸透する為でしょう。龍田が狙っている場所には、私服で立ち入るのが困難な場所も含まれていましたから。それに制服を着ていれば、鎮圧部隊が動き出した後、彼らが正規の艦娘と蜂起した艦娘を区別できなくなります」

 

 なるほど、言われてみればその通りだ。感心して、特段の意味もなくラックの服を物色していると、「瑞鶴」用の服を見つけた。嫌な気持ちになる。つまりこれは、私とは別の瑞鶴が、龍田の仲間として計画に加わっているということだ。それが翔鶴姉を殺したあの“瑞鶴”なのかまでは分からないが、とにかく気に入らない。私は服を貰って帰ることにした。敵からの略奪は、心を実に晴れやかな具合にしてくれる。残りの服は可燃物として、床にばらまいてやった。

 

 それで結構すっきりしたが、相変わらず火種の問題は消えていない。と、初月がまた私を呼んだ。何だか、子供が何か見つける度に呼ばれる親みたいな気分だ。はいはい、と生返事をしながら向かうと、龍田は今度こそ私を唖然とさせた。艤装から取り外された主砲や副砲、通常の小火器とその弾薬、そこまではいい。正方形の木箱一つに、クリーム色の紙で包装された粘土めいたものが入っていた。それが何かは、聞くまでもなかった。包装紙に英語で書いてあったからだ。Explosive(爆発物)、と。初月は嬉しそうに言った。

 

「信管も起爆装置も、一通り揃っている。これで物資を粉微塵にできるぞ、瑞鶴」

「え、あんた、使い方分かるの?」

「分かるとも、だってさ──じゃない、ええと、うん」

 

 しまった、口を滑らせた! と彼女の態度が物語っていた。肩をすくめて、訊いておく。「なら、任せていいかな?」「ああ」ばつが悪そうに、初月は頷いた。だが私が吹雪と最上に爆破を伝える為、そこを離れようとした時、初月は言った。

 

「艦隊にいた三隈(みくま)に教わったんだ。彼女は爆薬を調達してきては、いろんなことに使ってた。火起こしとか、漁とか……僕も何度か手伝ったことがあって、それで知ってる」

 

 爆弾娘の重巡「三隈」か。その話は面白そうだったが、詳しく聞くにはタイミングが悪すぎた。私は笑い返して、吹雪を探した。名前を呼ぶと、静かな割に通る声で「ここです」と、何個かのコンテナを挟んだ向こうから返事が来た。それを頼りに彼女を見つけて、初月の発見とプランを伝える。吹雪は頷いただけで、眉一つ動かさなかった。彼女のことを少し哀れに思う。人生に対してそんな態度を取るのは、つまらない非現実の世界に迷い込むようなものだからだ。

 

「それより、伝えておくことがあります。ここに侵入する直前、私は例のアジトを急襲するよう命令を下しました」

 

 穏やかではない雰囲気を、私は故意に無視した。

 

「部隊が全滅したとか?」

「ええ、敵の部隊が。私の部下たちはアジトに残っていた情報の収集作業中ですが、先ほど気になる発見の報告を二つ上げてきました。まず、人員移動の記録です」

「……人はものに比べて目立つから、いよいよという時まで潜んで動かない。それが動いたなら」

「はい。()()()()()()()()が来たのでしょう」

 

 そんなに悠長に構えてる場合か、と言いそうになって、寸前で止まる。報告は二つだ。秘書艦がこうも泰然自若としているからには、残りの一つにはそうさせるだけの力があるのだろう。私は感情の高まりがもたらす体温の上昇が終わり、頭も体も冷えるのを待ってから、二つ目の報告とやらがどんな内容なのか尋ねた。吹雪は唇の端を、偶然そこに目をやっていなければ分からなかったほど小さく持ち上げて言った。

 

「龍田の居場所の候補が三つまで絞れました。本当なら軍警で全候補を押さえたいところですが、敵の襲撃予定地が多すぎて手が足りません。しかし幸い、察知されることを防ぐ為、彼女の護衛は極めて少数と思われます。そこで」

「その後に続く言葉を要約してあげるわ。“手伝ってくれ”でしょ? というか、頼まれなくてもそうするけど」

「別に頼みはしませんが、支援はありがたく受け取りましょう。私は一度、司令官の下に戻らなければなりませんが、あなたたちに任せる潜伏地点の情報は、できるだけ早く知らせます。拠点確保に際して必要なものがあれば、そちらも早めに連絡を」

 

 必要なものと言われても、私は艦娘だ。市街戦だとか屋内戦というのは専門外である。まあ、初月がいるので問題はないだろう。私は私にできることをするだけだ。龍田を止め、あの“瑞鶴”を殺す。裏にいる軍警内部の裏切り者たちは、軍警司令が一掃してくれるだろう。私は、翔鶴姉に誓った復讐を果たすのだ。その後のことは、また初月や最上と話でもして、追々考えていけばいい。古い友達と新しい友達がいれば、大体のことは何とかなるだろう。

 

 吹雪は挨拶も省いて、とっとと倉庫の出口へと行ってしまった。困惑する最上の声と、秘書艦の一言二言の返答が聞こえた。それを放っておいて、爆薬が入っていたコンテナに戻る。初月は丁度、物資を運び出そうとしているところだった。私が見つけた服の中から何着か上着を取り、袖と胴を縛って即席の袋に仕立てた彼女は、その中に入るだけの爆薬や火器弾薬を入れていた。奪って角の立つものじゃなし、貰ってしまえということらしい。確かに、軍警に引き渡すのでなければ、電も文句は言わないだろう。

 

 抜け目ない戦友にしてもったいない精神の持ち主を手伝い、荷物を倉庫の外へと運ぶ。二人で持てる限界まで龍田の軍需物資を持って、私たちは倉庫を後にした。車に戻り、荷室にそれらを押し込む。私の見立てが当たって、ぎりぎり積載に成功した。初月はもう一袋余分に積めると主張したのだが、もしそうしていればバックドアは閉じなかった筈だ。

 

「いいか? 爆発させるぞ」

 

 運転席に座った初月が、無線式の起爆装置を掲げて言った。私たちの車は爆破対象から通りと監視拠点を挟んだ場所に停めてあるので、爆発で被害を受けることはなさそうだ。龍田が一生懸命に時間を掛けて集めた物資の大半が粉々になるのを、肉眼で見られないのは心残りだが、私たちはみんな大人だ。吹き飛ばしてやった、という事実だけで満足しておこう。

 

「ボクは大丈夫」

「やっちゃって!」

 

 爆破の掛け声抜きに、初月はボタンを押した。轟音と同時に地面が揺れ、窓が震えて不愉快な音を立てる。それらが静まるのを待って、初月は車を動かした。破壊した倉庫が見える位置で止まり、私たちがやったことを見つめる。倉庫は完全に破壊されていた。火も上がっているが、私が予想していたよりは激しくない。倉庫の瓦礫が上から押しかぶさってきたせいで、酸素供給が足りなかったのかもしれない。それでも、ここにあった物資はもう使えないのは瞭然だった。

 

 仕事が済んだので、消防や警察が来る前に逃げることにする。爆破の興奮が抜けきらないのか、初月はアクセルをやたら深く踏み込んでいた。たしなめたものの、彼女はそれを無視して吹雪のことを訊いてきた。「秘書艦はどうしたんだ? 先に帰ったみたいだが」説明し忘れていたことを思い出して、最上にもまとめて話をする。蜂起が近いこと、龍田の隠れ家候補を複数掴んだこと、その中の一つを私たちで襲撃する次第になったこと……話しながら、私は後部座席の最上をほんの半秒だけ見た。彼女には留守を頼みたかったのだ。でもそう言ったら、また取っ組み合いの喧嘩になるんじゃないかと思えて、言えなかった。

 

 どう切り出したものか、思い悩む。と、私は足元に細長い箱が落ちているのを見つけた。贈り物のように丁寧にラッピングしてある。拾い上げてみれば、包みに合わない事務用の付箋(ふせん)がついていた。その端に書かれた送り主の名を見てびっくり、吹雪からだ。「これはお返しします」そう書かれた付箋を取って、後ろから「何それ、何それ?」と顔を突っ込んでくる最上にも見えるようにしながら、包み紙を剥がす。そして出てきた木箱のふたを開けると、耳元で最上が悲鳴を上げた。

 

「うわっ、何だよそれ、もうっ!」

 

 私はその反応に笑って、箱を閉じて足元に戻した。中には傷だらけになった、私の左腕が入っていた。

 

*   *   *

 

 一旦セーフハウスに戻った私たちは、奪った装備類の搬入だけ済ませると、寝間着に着替えて仮眠を取ることにした。龍田や彼女の一派と戦う時に寝不足では、話にならない。が、私には忘れていたことが一つあった。自室の惨状である。そこら中に染髪料が飛び散り、ベッドも例外ではない。ドアには大穴があって、屈めば通れそうだった。こんなところでは寝られない、などと上品ぶるつもりはないが、わざわざ選んでここで寝なくてもいいだろう。セーフハウスには他にも二つ、居心地のよい寝室があったのだから。

 

 そうは言ったものの、初月のところに行くか最上のところに行くかとなると、迷わずにはいられなかった。どちらの部屋に行っても、断られることはないだろう。初月は表面上嫌な顔をするかもしれないが、ぶつぶつ言いながら受け入れてくれるタイプだ。最上とは仲直りもしたし、拒否されるビジョンが見えないが、たとえ嫌がられたとしても「あんた、人の部屋で暴れといて責任逃れするつもり?」と言えば一発である。彼女は自分のやったことの責任を取る女なのだ。立派だが、私みたいな悪党に付け込まれやすくもある。

 

 考えて、私は最上の部屋を訪ねることにした。私と初月が龍田と対決する時、彼女にはここにいて、彼女にしかできない仕事をしていて欲しいと伝えなければならなかったからだ。それでまた喧嘩になって最上の部屋まで使えなくなったら、二人して初月の居室に押し掛けるとしよう。案外、それも楽しそうだ。破壊の痕跡が色濃く残る私室から、廊下に出る。そこで都合よく、旧友と鉢合わせた。彼女は寝る直前になって自分が私の部屋で何をやったか思い出し、謝罪に来ようとしていたのである。

 

 向こうは部屋の交換を考えていたらしいが、あそこで友達を寝かせていることを知りながら熟睡できるほど、私は厚顔無恥ではない。ベッドを分かち合ってくれれば、それで償いには十分だった。第一、あの乱闘について言うなら、最上を怒らせた私にも責任の一端はあるのだ。それだけに再び彼女を怒らせることになりそうなのは、私の気を重くさせた。

 

 言い出せないまま二人並んでベッドに入り、部屋の明かりを落とす。隣でこちらに背中を向けて寝ている戦友の息遣いが聞こえるのは、何だか新鮮だ。最後にそれを耳にしたのは戦争中だろう。数日間の長距離偵察哨戒(LRP)に出た時だと思う。しかしあの頃は、体はへとへと、心の方も緊張し通しの擦り切れ気味で、艦隊員の寝息に耳を傾けてあれこれ思う余裕がなかった。感慨に浸っていると、まぶたが重くなってくる。目を閉じかけて、はっとする。ダメだ、寝てはいけない。

 

 話をしてしまわなければいけないのだ。考えるべきだ、明日の朝、喧嘩別れして出ていくことになったりしたら、それが最後の別れになったら、と。最上はいい奴だ。後悔から逃げられないだろう。生真面目な面もあるから、目をそらして生きていくこともきっとできない。一生続く苦しみを押しつけることになってしまう。それで彼女が龍田みたいにおかしくなってしまったら、その時こそ私は地獄で悶え苦しむことになる。私は心を決めて、口を開いた。

 

「起きてる?」

「ううん、ゆっくり寝る夢を見てたよ、ちょっとの間ね……それで、何、瑞鶴?」

「単刀直入に言うわ。ケリをつけに行く時、あんたにはここにいて欲しいの」

 

 ごそごそと横の最上が動いて、こちらを向いた。私もそれに合わせて、仰向けだった体を彼女に向ける。額と額がくっつきそうなほど近くで、私たちは暗闇の中でかすかな光を反射して浮かび上がった、互いの瞳の中を覗き合った。最上は即答を避けて、しばらくの間は黙っていた。やがて彼女は手を差し伸ばし、私の頬をつまんでぐにぐにと引っ張った。

 

「また君の理由で、ボクをのけ者にしようとして。反省してないんじゃないだろうね?」

「ごめん」

「しかも、謝れば許されると思ってる。間違いじゃないけどね、でも“何でも許される”って訳でもない。分かってるよね?」

 

 頬を引っ張られたまま、私は頷いた。最上は溜息を一つ吐き、その息が私のあごや首元をくすぐる。頬から彼女の指が離れるが、置き土産とばかりにつままれていた箇所を優しく叩かれた。「で、ボクはここで何をしてればいいのかな」「基本的には、今と同じことを」それを聞いて、彼女の眉がつまらなさそうに垂れる。ここのところ、最上は復号作業が早く終わるように、ネットで繋がっている他人のパソコンの処理能力を()()()()借りられるようにする作業に、精を出していた。説明を受けても私には方法の概要さえ理解できなかったが、事実として処理速度は上がっていた。

 

「アレ、一々こっちで面倒みてやらないといけない仕組みにはなってないんだけどなあ」

「他にも頼みたいことができたら、容赦なくこき使ってあげるからさ。我慢してよ」

「あー、戦中が懐かしいよ。超過勤務には嗜好品の特別配給が付いてさ、あの頃は現金にしてよって思ってたけど」

「分かった分かった、余裕があったら買って帰ってきてあげる」

 

 龍田との対決は、外出許可を取って基地の外に遊びに出掛けるのとは違う。死の危険を伴っている。それでも、私たちは全くそうではないかのように互いと自身を欺いて、明るい口調で囁き合った。そっちの方が気が軽くなると、二人とも知っていたからだ。約束という行為は、大きな戦いに出向く前に、多くの艦娘がしていくことの一つだった。彼女たちは様々な約束をした。一か月後の外出許可を取ったり、来週の訓練計画を立てたり、あるいは単に出撃直前、知人や友人と「また後で」というシンプルな契りを交わした。

 

 彼女たちはその契約が、自分をこの世に引き留めてくれる命綱になってくれると信じていたのだ。私も、広義ではその一人である。普段はそんなジンクスなんてと馬鹿にしておいて、いざ戦いへという時には、誰よりも熱心な信徒に早変わりするのだ。最上がここにいてよかった、と私は改めて感じた。初月にこんな約束はできないからだ。何といっても彼女の性悪ぶりは一級品だから、皮肉られるに決まっている。それもしつこくだ。

 

 体の向きを戻さないまま、私たちは目を閉じた。具合のいい姿勢を取ろうと手を動かすと、同じことを考えていた最上の手に当たる。私が自分の手をどけようとすると、彼女に手首を掴まれた。そのまま最上の柔らかい手は私の手首から手の甲へと撫でるようにするりと移動し、きゅっと握って押さえてしまった。こうなれば、逆らうことはできない。私は目をつむったまま唇だけ動かして笑うと、眠ることにした。

 

 時の流れも感じない深い眠りに落ち、ふと目を覚ます。感じていた筈の最上の手の温かさは失われ、私の手の甲は冷えるがままになっていた。旧友は寝返りを打ち、今は仰向けになっていた。掛け布団と寝間着がまくれて、素肌のへそが晒されている。服を触ると起こしそうだったので、私は布団だけかぶせておくことにした。

 

 ベッドサイドに置いていた携帯電話を取り、時間を見る。ギリギリ朝、という時間帯だった。起きたのがもう一時間後なら、昼前と表現していただろう。携帯を片手にベッドを抜け出し、リビングに移動する。予想通り、制服姿の初月がそこにいた。リラックスした姿勢で食卓に着き、紅茶の入ったカップを持っている。その中身の色を見て、私は彼女に尋ねた。

 

「ロイヤルミルクティー?」

 

 私の質問の意味が分からない初月ではない。おかしそうに小さく笑うと、彼女の向かいの席をあごで示した。そこに腰を下ろすと新しいカップが配膳され、ティーポットではなく手鍋からベージュ色の液体を注がれる。よかった、前の完全再現ではないようだ。感謝の意を表してカップを目の高さに掲げ、頷き返す。猫舌気味の初月に合わせてか少し冷めていたが、味わいは格別だった。

 

 紅茶で喉を潤し、腹の虫に時間稼ぎを仕掛けておいて、冷蔵庫の中に朝食を探す。冷凍の焼きおにぎりが見つかったので、それをキッチンの電子レンジに掛けた。何とも悲惨な食生活だ。こんなことなら昨日、帰り道で買い物を済ませていけばよかった。調理終了のベルが響き、レンジのドアを開けようとした時に携帯が鳴る。画面を見れば、吹雪からのメッセージだった。「秘書艦からお知らせよ」そう告げて、キッチンからリビングの食卓へ向けて電話を投げ渡す。受け取った彼女はすぐに立ち上がり、「荷物を持ってくる」と言って部屋の方へ走っていった。

 

 食事は車の中ですればいい。私はおにぎりをテーブルまで持っていき、そのままにして自分の用意に取り掛かった。大急ぎでシャワーを浴び、髪をセットして、服は寝間着から艦娘「瑞鶴」の制服に着替える。胸当てを装着して、後は修復材入りの水筒を一つと翔鶴姉の拳銃を持てば、私の支度は完了だ。時を同じくして、体格に合ったサイズのリュックを背負った初月が戻ってきた。頷き合い、玄関に向かおうとして、反転してテーブルの上の朝食を回収する。初月は嘆息していたが、朝食は重要なのだ。

 

 でも吹雪が送ってきた住所が相当に遠くのものだったので、結局途中で昼食を買うことになった。午後五時半になってようやく、私たちは住所が示す高層ビルの向かいまでたどり着いた。道路の端に車を停め、エンジンを切る。車の通りは少なくないが、道は太めだ。邪魔になることはないだろう。運悪く警察が来て怒られたら……その時はその時だ。初月と二人でどうにかしよう。

 

 龍田がいると思われる拠点の候補は三つ。二つは吹雪と彼女の部下たちでやってくれる。残りの一つを私たちがやる。攻撃開始は六時、夕暮れ時だ。秘書艦からのメッセージにあった詳細を思い返しながら、時を待つ。確実性を望むなら吹雪の方に龍田がいることを望むべきなのだろうが、私は彼女がここにいることを願った。私は龍田と話したかったのだ。話して何かが起こるとは思っていないが、もしかしたら、彼女は自分の頭に銃弾が相応しいことを、私に証明してくれるかもしれない。そうなれば、私は彼女の処遇について迷わなくてもよくなる。容易に確定できたあの“瑞鶴”への対処と違い、ここに至ってもまだ、私は龍田をどうするべきか決めかねていた。

 

 悩んでいる内に、時間は過ぎていった。五時五十九分、私と初月は車を降りた。私は携帯電話と懐に隠した拳銃だけで身軽なものだが、パートナーはリュックを背負っていた。しかしその身のこなしには変わりがない。戦中に負っていた艤装と比べれば、その軽さたるや羽のようなもの、ということだろう。横断歩道のない道を渡り、ビルの入り口に向かう。自動ドアが開き、私たちを中に迎え入れた。ロビーには誰の気配もなく、受付にも、私たちを案内してくれる事務員はいなかった。電源の落ちたパソコンがあるだけだ。それも当然か。このビルを使っているのは、倉庫を借りていたのと同じペーパーカンパニーだった。

 

 案内がないのは厄介だが、余人がいないのはいいことだ。ここにいるのが私たちと彼女たちだけなら、敵と民間人を識別する手間を掛けなくて済む。隠していた拳銃を取り出し、スライドを引いた。さあ始めよう、そう考えた時、受付のパソコンが起動した。触ってもいないのに、勝手に電源がついたのだ。私は肌が粟立つのを感じた。()()()()()()()()()()()! そうでなくてどうして、こんなことが起こる?

 

 立ち上がったパソコンに近づいて、モニターを見る。チャットソフトが起動しており、「最上階で待ってるわ」という短いメッセージが残されていた。「罠だと思う?」初月に尋ねると、彼女は言った。「そうじゃなかったら怒ってもいいな」けれど、全階層をしらみ潰しに探し回るのも非効率的だった。私たちは念の為に一階の出口全てに罠を仕掛けてから、エレベーターに乗った。

 

 筐体内での短い待ち時間の後で、扉が開く。廊下に出ると、壁にこの階の見取り図が貼ってあり、部屋の一つに印がしてあった。龍田の親切さには、際限がないようだ。罠を警戒しつつ、印が打たれた部屋の前まで行く。多分そこは、本来は社長室なんかに使われていたのだろう。他の部屋と違い、高級感のある木製ドアを使っていた。左手でドアノブを掴み、そっと回す。なめくじが這うようなスピードで、戸を押し開いていく。隙間から見るが、ワイヤーは見えない。罠はなさそうだ。

 

 ドアを開ける。かなり広々とした部屋だ。奥にデスクと椅子があり、腰掛けた龍田の姿も見えた。その後ろの壁は全面ガラス張りである。壁際に立てば、間もなく夜になる街の姿がよく見えそうだった。ぎしり、と快適そうな革張りの椅子をきしませて、デスクに頬杖を突いて待っていたらしき龍田が腰を上げる。「ようこそ。来ると思ってたわ」と彼女は言った。拳銃を構え、照準を龍田に合わせる。横に並んだ初月も、いつの間にかリュックから短機関銃を取り出して構えていた。にも関わらず、龍田は怯えるふりさえしなかった。

 

「話をするにしても、私を撃つにしても、こっちに来たらどうかしら?」

 

 初月を後ろに残して、私だけで近づく。ここに来て罠、というのも考えづらいが、警戒して悪いことはない。デスク前に立つと、龍田はにっこりと微笑んだ。まるでこうしていることが、自分にとっての予定調和であるかのように。偽りの温和な雰囲気を崩さないままに、彼女は話し始めた。「二年前から準備を始めたのに、バレる時は半年も掛からないなんて、何だか笑っちゃうわね?」悪戯っぽい笑みに切り替えて、私を見上げる。癇に障った。引き金に掛けた指に、力を込めたくなる。その余裕の表情を壊してやりたかった。

 

「あんたの()()ね、よく燃えたわよ」

 

 挑発を口にする。敏い龍田は、倉庫のことを言っているのだとすぐに分かったらしかった。「ああ、あんなもの!」と大袈裟に手を振って、気にしていないことを示す。「燃やしてくれてよかったわ。だってあれがあったら、私たち(艦娘が)、蜂起に参加しないといけなくなるでしょう?」自分の心が二つに分かれる。片方は敵に対する無条件で原始的な怒りを燃やしており、龍田を黙らせろと喚いている。もう片方は冷静に、龍田の発言の意味を解釈しようとしている。何とかその二つの心を制御しようと苦心していると、龍田は嬉しそうに、聞いてもいない暴露を始めた。

 

「だから、わざと物資の所在がバレるようにしたの。あなたたちか、軍警か、融和派か、誰かが気づいてくれるのを願ってね。爆薬もサービスしたけど、使ってくれたかしら?」

「ああ、使ったよ」

 

 罠はないと判断して、初月も近づいてきていた。軍警察官として気になるのか、「どうして蜂起を目論んだんだ?」と龍田に尋ねる。彼女は躊躇せずに応答したが、それは質問の答えではなかった。「艦娘不要論が存在するのは知ってる?」艦娘不要論。聞いた通りの字面と内容だ。閉鎖的な生活をしていた私でも、その存在は知っていた。あくまで噂話みたいなものとして、「そう主張する人もいるらしい」程度のものだったが。

 

 深海棲艦との長きに渡った戦争において、艦娘は出現以降、常に人類にとって最大の武力だった。深海棲艦は当時の人類が所有していた通常兵器への抵抗力が非常に高く、無敵ではないがその費用対効果は最悪極まりなかったからである。一方、艦娘の兵装は深海棲艦に有効で、艦娘そのものの運用コストも低かった。私たち艦娘は瞬く間に、海軍内で最も多数の人員を抱える兵科となり、それを指揮する提督たち、特に高位の階級と役職を持つ者の権力もまた、比例して増していった。

 

 これを一変させたのが、対深海棲艦用の通常兵器だ。終戦直前に開発されたそれは、深海棲艦と艦娘が共通して持っていたアドバンテージを、ほぼ完璧に無に帰した。そして一部の人間は、こう考えるようになったのだ。“艦娘の時代は終わった”と。それは、感情的になることを避けてコメントするなら、一理ある考えだった。

 

 それまで深海棲艦に対処するには、艦娘を訓練し、給料を払い、死ぬ時は一発の戦場に送るしかなかった。しかし通常兵器が使えるなら、より効率よく対処できる。海軍の戦闘艦は艦娘よりも遥かに遠くから、遥かに正確な砲撃を行うことができる。空軍の航空機は、深海棲艦の感知し得ない高度から精密誘導爆弾を落とし、機銃掃射を行うことだってできる。艦娘を完全に海軍から追い出すことはできないにせよ、その数の削減を行うには足りる理由だった。

 

「私の天龍ちゃんは、戦死したわ。友達も沢山死んだ。あなたたちだって、何人も戦友を亡くしたでしょう? そうやって私たちの大切な人々の血を吸って、この国は生き延びたのに、艦娘不要論だなんて。馬鹿にするにもほどがあるわ、違う?」

「僕が聞きたいのは、それと蜂起に何の……ああ、そういうことか。深海棲艦や、過激なシンパ連中()()を蜂起させ、それを軍警か海軍の艦娘が鎮圧する。軍は艦娘が不要だとは、口が裂けても言えなくなる。それがお前の筋書きか? 二番煎じの演劇だな」

「ううん、五十点ね。それだと半分だけだから。ヒントよ、艦娘の主戦場はこれまで何処だったか、考えてみて」

 

 それは考えるまでもなく海だ。訓練所でも海戦の仕方しか習っていない。陸に上がるのは基地に帰ってきた時や、長期任務中に休息を取ったりする時などに限定される。だから、つまり、今回の鎮圧は──艦娘出現以来、初めて行われる大規模な陸上戦闘になる。陸上戦力としての艦娘はこれまでにも研究されてきたが、それは机上の研究でしかなかった。戦う相手が基本的に海にしかいなかったのが、その理由である。でも蜂起とその鎮圧を通して得たデータがあれば、研究は一挙に実際性を帯びたものとなる。陸軍はきっと目をつけるだろう。龍田は、陸軍歩兵として艦娘が生き延びる道をも作ろうとしているのだ!

 

 私の顔色で、正答に至ったのを見抜いたらしい。龍田は先んじて、私たちが抱くであろう疑問……彼女が艦娘という存在の亡命先として捉えている、当の陸軍が鎮圧に乗り出すのではないかという考えを潰しに掛かった。彼らに手柄を奪われれば、艦娘への注目は限定されるか、全く失われることになりかねない。

 

「陸軍は図体が大きいから、きちんと動き始めるのには時間が掛かる。丁度この時期は、総火演の準備でどたばたしてるでしょうし……そうでなくても、占領能力を持つ陸軍が対深海棲艦用の特殊弾薬を使うには、その目的が正当であることを検証する、幾つもの形式的なプロセスを経なければいけないわ。政治家も軍人も最善を尽くすでしょうけど、それでもやっぱり、迅速な対応は無理でしょうねえ」

 

 誤ったことは言っていない。陸軍という組織の力は巨大であるが、それだけに上層部に情報が上がり、そこから従うべき指示が下りてくるまでには、無視できないタイムラグが生じる、という意見には説得力がある。あまつさえ特殊弾薬の使用許可を取り付けるとなると、もうどれくらい遅れるか、想像もつかない。陸軍のお偉方が後の辞任覚悟で、超法規的措置を取ってくれることを祈るしかないだろう。

 

 彼らの心配はともあれ、私は我慢の限界だった。拳銃を構え直し、銃口を龍田の顔に向ける。「どうしたの? もしかして、怒っちゃった?」間延びした声が、無性に心を苛立たせる。私は手を振り上げ、拳銃の銃把で龍田の頭を殴りつけた。デスクの脇から回り込み、椅子から落ちた彼女に狙いをつける。それにも龍田は、責める声色で「なあに、痛いじゃない」と言うだけだった。絶えない笑みをたたえたままの表情で立ち上がり、デスクの引き出しを開けて、中から布を取り出す。私は彼女を嘲笑し、その上辺ばかりの余裕に挑戦した。

 

「ご高説どうも。それじゃ次は、私があんたの頭を撃ち抜いて蜂起を止めるのに何秒掛かるか、当ててみなさい」

「あらぁ、勝ったつもりでいるの? 私を撃って、それで止められるって? ふふっ、残念だけど、そうは行かないのよ」

「へえ、随分な自信ね」

「だって、ねえ?」

 

 取り出した布を、彼女は肩回りに掛けて胸元で留めた。動きにつられて、そのケープはふわりと広がる。龍田が言った。

 

「──もう始まってるんだもの」

 

 その瞬間、窓の外から火の玉のようなものが猛スピードで飛んできて、このビルに激突した。

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