板橋区の赤塚公園に踏み入れた成瀬荊は野村タエ子に問う。
「タエ子、そろそろ飯にせんか?」
「賛成!」
タエ子でなく花澤香菜が即答してくれた。
「ははは…ほな、そうしよか。もう乾燥させたオニギリしか無いから栄養アンプルがメインかな。ちょっと淋しいな」
そう言って手頃なベンチに座ろうとしたけれど、何かが動く気配を感じたので荊はルガーP08を抜いた。
「誰や?! そこにおるのは!」
「その関西弁も変わってないね。荊ちゃん」
遊具の影から、ツインテールの少女が現れた。その顔は荊たちにとって見知ったものだったし、同じ制服を着ている。
「あんたは風紀委員の卑口二葉!」
「お久しぶりだね。タエ子ちゃんと、香菜ちゃんだったカナ? 香菜だけに」
二葉がフレンドリーに微笑んだので、タエ子と香菜も挨拶する。
「はい、お久しぶりですね」
「うん、出陣式以来かな。お久しぶり、その名前に引っかけた喋り方も変わらないね」
「三人は、ここで何してるの?」
「今から昼飯や」
「……。そういう話じゃなくて、どういう任務なのって話」
「うちらは保健係なんやで、生存者の捜索と救出に決まってるやん!」
「ホント、その関西弁、変わらないね」
「当たり前やん! だいたい、うちらは大阪で教育を受けたんやで! 関西弁になるのが自然の摂理ってもんや!」
「「「…………」」」
それには同意しかねる三人が黙り、再び二葉が口を開く。
「郷に入っては郷に従え?」
「そうや!」
「ここ東京だよ」
「ぐっ……卑口こそ、ここで何してるねん? あんたの任務は?」
「今は除染作業の監督だよ」
「除染か……板橋区はお台場から距離もあるし、ギリギリで人が住めるレベルに戻るんかもしれんな。ご苦労さん」
「ヒマなら、ちょっと手伝ってくれない? 三沢基地からの補給があったばかりだから、美味しいご飯なら提供してあげるよ」
「やります! ぜひ!」
香菜が即答したので荊も断る理由を見つけられなかった。
「まあ、ええよ」
「ありがとう。じゃあ、報酬は前払いね」
そう言って二葉は無線機で通話する。
「マコちゃん、ご飯お願い。一番美味しそうなヤツを三人前。ううん、六人前」
「了解しました」
無線機から返答があり、しばらくして別の少女が現れた。やはり荊も知っているコッペリオンだった。
「あんたは給食係の深海マコやったね」
「はい、お久しぶりです。どうぞ、たくさん食べてください」
バッテリー式の温蔵庫を背負ってきたマコが、公園のテーブルに豪華な食事を並べてくれたので香菜をはじめ、荊とタエ子も夢中で食べた。
「美味しすぎるぅぅ! 最高ですよ!」
「ああ、美味いな。こんな、ちゃんとした御飯、ホンマ久しぶりや」
「ええ、本当に」
感動しながら食べ終えた三人へ、二葉が告げる。
「食べたわね」
「…ご…ごちそうさんでした」
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまです」
「じゃあ、手伝ってもらうわよ」
「「「…………」」」
なんとなく嫌な予感を覚えた三人だったけれど、報酬を前払いされたので、もう拒否ができない。二葉とマコに案内されて大きな収容所のような建物に入った。
「うちらに何をさせるつもりなん?」
「作業員のお世話だよ」
そう言って二葉は何百人もの防護服を着ていない男性たちを指した。男性たちは生気のない顔色で、ぼそぼそと食事を摂っている。着ているのは建設現場で着るような普通の作業服で何ら放射線防護されていないように見えた。
「こ、この人ら……コッペリオンちゃうよね? 年齢的にも」
「うん、普通の人間だよ」
「あかんやん! いくら板橋区でも危ないって!」
「大丈夫だよ、どうせ、この人たちは不治の癌だから東京にいなくても、そう長生きはできない」
「不治の……」
「どうせ死ぬなら、最後に社会へ奉仕してもらった方がいいでしょ? 少しでも除染作業が進めば、みんなのためになるよ」
「ふっ…ふざけんなや! うちらが一生懸命に救出してるのに! なんで、こんなことしてるねん!」
「え? だって、どうせ死ぬんだよ?」
「そんな問題やない!」
「じゃあ、どんな問題? ちなみに強制はしてないよ。奉仕といっても多額の報酬で自発的に来てもらってる」
「自発……そ、そんでも、せ…せめて防護服を支給するとかあるやん!」
「あんな重くて暑苦しいものを着たら、どれだけ効率と体力が落ちると思うの? せっかくの死ぬまでの貴重な時間、できるだけ社会全体のために働いてもらった方がいいでしょ。報酬も出来高制だよ」
「……報酬なんか、もらっても死ぬんなら……」
「この人たちの家族は、とっても助かるね。子供も大学に行ける。だいたいは妻子持ちだよ。だから、死ぬまでに少しでも稼いであげようって頑張ってるの。いい人たちでしょ?」
「…………あんたは……そんな人たちの気持ちを………利用して……何ら恥じることは無いんかっ?!」
荊が怒鳴って銃口を向けてきたので二葉は冷たく睨む。
「無いけど。何か?」
「くっ……」
「そんな物騒なもの向けないでよ。向けられるのは、私たちの役目なんだしさ」
「役目?」
「言ったでしょ、この人たちのお世話が仕事、残り少ない人生、少しでも楽しく過ごしてもらいたいじゃない? 一日働いて疲れた彼らを癒してあげたいと思わない? もう体力が落ちて働けなくなって死ぬだけの最後の時間、少しでも安楽に過ごさせてあげたいと思わない?」
「そ……それは、たしかに……ええ仕事やと思うけど……具体的に、どうすればええの?」
「え? まさか、まだ、そういう経験ないの? しょーがないな、お手本を見せてあげるから真似して」
そう言った二葉は息絶えそうな顔色をして床に倒れている男性に近寄った。
「お疲れ様です。今まで、ありがとう」
「…おお……天使……」
「死に神かもしれないよ。フフ」
微笑んで二葉は男性に跨った。微笑みながら男性へキスをして、右手で作業着のチャックをさげていくと、男性の下腹部へ自分の股間をあてた。短いスカートの中で何が起こっているか、荊たち三人も人間の出産に立ち会った経験があるのでわかる。わかるけれど、荊が驚いて問う。
「ちょっ……あんた……何やって……」
「「…………」」
香菜とタエ子は黙ってみている。二葉はいたわるように、ゆっくりと腰を上下させ、男性を昇天させた。
「…おお……天使……」
「ご苦労様でした。どうぞ、安らかにお眠りください」
二葉の言葉を最後まで聴かず、男性は事切れている。幸せそうな顔だった。
「って、こんな感じだよ。私とマコちゃんだけじゃ追いつかないから手伝って」
「なっ……うちらにも……」
「「わかりました」」
香菜とタエ子が頷いたので荊は驚く。
「ちょっ?!」
「お疲れ様です」
香菜は近くにいた弱った男性へ声をかけ、石川源内の死に際にしたようにキスをしてから跨っている。タエ子は両手をスカートに入れて下着を脱ぐとポケットに片付け、救急箱からゴム手袋を出して装着し、さらにゴム製の避妊具も出している。それを見て二葉が首を横に振った。
「妊娠しない私たちが、それ使う?」
「いえ、これは感染症予防に」
「私たち、その耐性も高いよね?」
「そうではなく、お相手するのは一人ではないのですよね? 何人くらいですか?」
「できるだけ、たくさん」
「でしたら蔓延させないよう、きちんと装着した方が良いと思います」
「必要ないって、どうせ近いうちに死ぬんだから」
「けれど……」
「最期のエッチになるかもしれないんだからさ、より気持ちいい方が本人のためだと思わない? ゴム越しにされるのって、どうよ?」
「それは……そうですね。わかりました」
タエ子は避妊具とゴム手袋を救急箱に戻すと、手近な男性へ保健係らしく声をかけ、健康状態を聴き、必要と思われる薬や栄養剤などを与えた後に、キスをして癒やし始めた。
「……ちょっ……二人まで……」
「荊ちゃん、なにボーッと見てるの。あなたも始めて」
「……始めてって……言われても…」
「あ、初めて? 荊ちゃん、こういうの向いてなさそうだもんね。見よう見まねでやれば、すぐ慣れるよ」
「……慣れ……そ…そんな問題やなくて…」
荊が一歩さがり、無意識に身を守るように右手で胸をおさえ、左手でスカートの裾を握ると、二葉は冷たく睨んできた。
「まさか、嫌とか言わないよね?」
「…ぃ……嫌に決まってるやん!」
「はァ? 報酬、前払いしたんだけど?」
「わ……罠や……これは罠や…」
「荊先輩が嫌なら、私はその分、頑張ります!」
香菜が叫んでくれた。振り返ると、もう香菜は服を全部脱いでいて同時に三人を相手にしている。
「か…香菜……あんた、……服を……だ、大丈夫なん? 小津姉妹に与えられたトラウマがあったはず…」
「え? いえ、あれは服を全部脱いで、ちゃんと頑張って学校内を走ったのに戻ってきたら、小津妹がオニギリ食べちゃってて約束を破られた、ってトラウマですよ。それに比べて卑口さんは前払いなんですから、超良心的じゃないですか」
「そ……そういう問題なん……」
「だから私、頑張りますよ。荊先輩の分まで」
「香菜………」
荊は心が痛んだけれど、香菜は平気そうだった。