葛葉猊琳は召喚師である   作:嘔吐羊

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7月30日_たそがれ若葉ちゃんから始まりました「乃木若葉は勇者である」
アニメ化するのでしょうか。もしそうなら楽しみで仕方ありません。



葛葉ゲイリン

 眩しい光が収まった後、最初に感じたのは鳥の鳴き声だった。次に感じたのはうっそうと生い茂る草木の匂いと腐葉土を踏む感触で、最後に取り戻した視界には薄暗い木立が映っている。右手はなにもつかんでいない。先ほどの青年、ルイの姿はもう無い。

 

 空を握っている手を見て気づく。受験勉強で出来たペンだこは無くなり、小さくて丸みのある手に変わっている。さらに視線を下に移すと、手と同様小さくなった足と丁度良いサイズの運動着が目に入る。

 

 どうやら契約は成立して対価はきちんと支払われ、俺は8歳くらいの子供に戻っているらしい。よくある若返ったら服がぶかぶかだったり、ましてや上着を取られたりなんて事は無かった。下を向くと、ご丁寧にも昔着ていた服と履いていた運動靴が着せてある。

 

 ルイの言葉を信じるなら、俺の今いる世界は彼が連れていきたかった世界。そして今立っているこの森が、悪魔召喚師(デビルサマナー)となる為にふさわしい場所なのだろう。

 

 ……けれど、これからどうしようか。人前に直接現れるのはまずいのだろうが、人の気配を少しも感じない場所に転移されられてしまったのも良くはない気がする。木々が乱立している為見通しが悪く、枝と葉の合間を縫って木漏れ日が僅かしか地面に届いていない。

 

 実は見えないだけで、すぐ近くに人の生活圏があるのだろうか。それともこの山で生き残る(サバイバる)事が、召喚師(サマナー)になる為に必要なのだろうか。

 

(サバイバルの知識をもっと知っておけばよかったかな。いやそれ以前に、ルイにもうちょっと説明をしてもらえばよかった。)

 

 そう物思いに耽りながら辺りを見回していると、視界の端にあるものを捉えた。

 

 その影は女の人の形をしているものの、その大きさは1mにも満たないと思う。背中には蝶の様な羽が生えており、背中からその羽を如何やって出しているのかわからないが現代のミニスカ浴衣風の着物を着ている。背中側に穴でも開いているのだろうか。

 

 着物である点を除けば、メガテン作品おなじみのピクシーの姿がそこにあった。いや、この特徴的な着物はもしかしたら……。

 

「いきなり人が現れたって聞いたから来てみたけど、誰だろー。」

 

 ピクシーらしき悪魔は独り言のように呟いた。事実独り言だったのだろう。普段から悪魔たちの姿が見える人はそう多くはない。前の世界には俺の知る限り一人もいなかった。

 

 俺は前の世界の癖で、条件反射的に気づいてないフリをしてしまう。ピクシーの目を誤魔化せているのか分からないが、彼女は俺を観察するように俺の周囲をゆっくりと飛んでいる。

 

「ただ迷い込んだなら、メンドウだけど麓まで誘導しないとねー。そのあとゲイリンに報告かなー。」

 

 ピクシーという妖精は、人に様々な悪戯をする妖精だといわれている。伝承では人を迷わせる力もあるらしく、それを応用すれば麓まで送り返すこともできるのだろう。

 

 けれどこのピクシーの姿を見て、そして「ゲイリン」の名を聞いた俺は確信した。この世界がどの世界なのか、そして俺がサマナーとしての力を身に付ける為には、ゲイリンに弟子入りするのが一番だと。

 

 その為には、人里に行く訳にはいかない。ゲイリンの従えている悪魔―「仲魔」であろうこのピクシーと会話しなくては。そう思い、俺はなけなしの勇気を振り絞って声をかける。

 

「こんにちは、君は妖精さん?」

 

「!……なんだ、見えてたんじゃん、もっと早く言ってよ。」

 

 ピクシーは少々驚きつつ、少し距離を取った後答えた。砕けた口調だが、その声には警戒の色が混じっていた。

 

「ごめんね、万が一悪戯でもされたら困るから。ゲイリンさんって人に会いにきたんだ。」

 

「サマナーに何の用?」

 

 俺を見る目が険しくなる。声もより一層警戒の色が強くなる。

 

「単刀直入に言うと、弟子入り。君みたいなのが見えるし判るんだけど、僕には戦う力がないから。」

 

「うーん、本当かなー?」

 

 ピクシーは腕を組んで悩んでいる。悩んでいる最中も、目は俺を向いていて隙がない。

 

 なんだか会話が進むにつれて、より一層疑われている気がする。此処が何処かを知らずに転移させられたから、会うために来たってのは嘘だけど、会いたいし弟子入りしたいと思っているのは本当なのだが。

 

 少々ピクシーは考え込んだ後、何かを思いついたようで口を開く。

 

「そーだ、本当に戦う力がないか確かめてみればいいんだ。」

 

 言うが早いかピクシーが電撃を飛ばしてきた。放った電撃は実際のものと比べてスピードは遅く、ボウガンの矢ほどの速さでしかないが俺にとっては目で追うだけで精一杯だ。電撃は俺から少し離れた木の幹に当たり甲高い音を鳴らした。

 

「フフフ。次はどうかなー。君は何もしないのかなー?」

 

 そういって、片手をこちらに向けてくる。手元で唸る雷光は、早打ちをしてきたさっきの光よりも数倍明るい。速さはどうなるかは分からないが、さっきより威力は高くなった気がする。

 

 次の電撃も外してくれる保証はないし、今の俺には避けられそうもない。万事休すかと思われたその時、

 

「ステイよ、ピクシー。」

 

 はっきりとした通りのいい声とともに茂みをかき分け、初老をやや過ぎたであろう女性が近づいてくる。白髪交じりの長い黒髪であるもの、日本人離れしたくっきりとした目鼻立ちは西洋人の血が混じっていることを伺わせる。

 

 その女性の一言でピクシーは攻撃を中断し、大人しく宙を浮いている。この女性がピクシーのサマナーであるゲイリンなのだろう。

 

「話は途中から聞いていたわ、弟子入りを希望するセオリーなのね。」

 

そういって目の前の女性は、俺を頭の天辺から爪先まで眺める。一通り眺め終えた後、真っすぐ俺の目を見て口を開く。

 

「では、いくつか質問します。弟子入りがしたいなら正直に答えるプロセスを希望するわ。」

 

 そういって左手で腰のポーチから金属質の試験管の様な形状をした管を取り出すと、軽く横に一文字に振る。すると管から同じ色の光の束が伸びていき、その先に新たな悪魔が召喚される。骸骨姿のその悪魔は下半身は地面に埋まっているのか見えないものの、地表に出ている上半身だけでも2mは優に超えているほど大きい。

 

 骨や歯がぶつかり合ってカタカタと音を立てている骸骨の悪魔。見た目の恐ろしさもあるが、それ以上にこの悪魔の持つ「特技」はとても厄介だ。俺の記憶が正しければ、この悪魔の前では嘘はつかないほうがいい。女性の言葉もあるし正直に答えた方が身の為だろう。

 

「ペアレンツは?」

 

「……いません。」

 

 両親についての質問。俺の今の容姿を考えれば至極真っ当だが、いきなり正直に答えづらい質問が来た。なので屁理屈ではあるが、なるべく嘘にならない形で返答した。前の世界の両親は健在だが、この世界には居ないだろうから。

 

「此処へはどうやって来たの?」

 

「ルイというお兄さんに連れて来てもらいました。」

 

「では、私に会いに来たというプロセスも?」

 

「そのお兄さんに、此処に来れば戦う術を身に付けられると聞いています。」

 

 そして質問が止む。何かを考え込んでいる様だ。此方の事情がばれたのだろうか、そう思って不安になりながら女性を見つめる。

 

「これも、何かの運命のセオリーかしらね。」

 

 やがて考えがまとまったのか此方を見て独り言のように呟いた。そして俺に近寄ると、しゃがみ込んで目線を合わせてこう言った。

 

「いいわ、私【十九代目葛葉(くずのは)ゲイリン】の弟子となることを許します。これからよろしくのセオリーよ。」

 

こうして俺は、デビルサマナーになる為の新世界での第一歩を踏み出した。

 

 

 

―――――――――

 

 時間はゲイリンと呼ばれる女性が少年に出会う少し前に遡る。

 

 山陰地方の天斗樹林と呼ばれる森、その木々が密集してうす暗い中を一人のデビルサマナーと悪魔が歩いていた。

 

 そのデビルサマナーは葛葉ゲイリンと呼ばれる女性で、古くから悪魔などの霊的脅威からこの山陰地方、ひいては国家の霊的防衛を担う一族の末裔である。

 

 そのサマナー葛葉ゲイリンと、仲魔の和服を着たピクシーであるハイピクシーは日々行っている鍛錬を終えたところだった。

 

 鍛錬を終えた一人と1匹が彼女らの住まいへ帰ろうとすると、森の中がいつもより少し騒がしいことに気づく。

 

 直ぐ様ゲイリンは特に交渉術にたけた仲魔を召喚して、森に棲む悪魔たちから情報を集める。集めた情報によると人の子供が森の割と深いところまで入り込んでいるらしい。

 

 その情報を聞いて彼女は少し疑問に思う。というのも、この森は仲魔のハイピクシーを筆頭とした複数の妖精たちによって、一般人であれば森の奥まで入って来れない人避けの結界が施されている。

 かといって彼女の様なサマナーかというと、それも心当たりはない。同業者、ましてや年端もいかない子供の誰かが、訪ねてくる予定など無かった。

 

 しかしいつまでもこうして考えているわけにもいかないと、彼女は次の行動に移る。万が一その子がただの一般人ならば、森の中で一人というのは危険だ。それが悪魔の多いこの森なら尚更。

 

「ハイピクシー、ちょっと先に言って様子を見て来てくれない?私もすぐ追いつくから。」

 

「オッケー、先に行って遊んでるよゲイリン。」

 

 そういって木々を超えて仲魔のハイピクシーは一直線にその少年のもとに向かう。後を追いかけて彼女も走り出す。

 

 彼女がしばらく走っていると先行していたハイピクシーから念話が届く。目標の子供を見つけたらしい。

 

(見つけたよー、人間の少年だね。今のところこっちには気づいていないみたい。)

 

(わかった、もう少しでそっちに私も着く。誘導できるなら準備しといて。)

 

 いる場所が場所なのでやはり怪しいものの、ただの子供なら普通に返して終わりだ。ハイピクシーの人払いを応用して麓まで誘導すればいい、少し安堵した彼女は走るスピードを落とす。そんな彼女にまたしても念話が届く。

 

(……! あっちから話しかけてきた。気づいてないのはフリだったみたい。)

 

(会話ができるなら色々聞きだして。私も物陰で聞いているから。)

 

 それを聞いて彼女は再度走るスピードを上げる。数十秒もしないうちに木々の隙間からハイピクシーと、10歳は行かないだろう年齢の少年が話しているのが見えてきた。二人の会話が聞こえる距離に身を隠す。

 

 そして、少年が悪魔を視認できるものの戦うことはできないこと、戦う力を見に付ける為彼女に弟子入りを希望していることを知る。その理由を彼女は理解できない訳では無いが、やはり戦えない少年がこの場所にいる事が気にかかった。その疑惑を払うため、彼女は仲間のハイピクシーに指示を出す。

 

 彼女の指示を聞いたハイピクシーは、さも自分が思いついたかのように一芝居打って少年の傍の木に電撃魔法ジオを放つ。

 

 ゲイリンはその際の少年の反応をしっかりと目で観察した。少々の驚きと怯えが表情に出ていて、そしていつ逃げてもいいように体の重心が少し後ろに落ちている。

 

 電撃の威嚇射撃を見ても悪魔が放ったこと自体には必要以上に驚かず、敵意は無くそれよりも逃走に意識が傾いている。その様子を見る限り戦う手段がないというのは本当のようだ。

 

 少なくともここで争いにはならない。そう確信した彼女は、ハイピクシーに攻撃を止めさせ、少年の前に姿を現した。

 

 改めて見てみると少年の容姿は目つきなどが多少拗ねた印象があるものの、黒髪黒目の比較的平凡なものだった。なぜこんな所に入り込めたのか不思議なくらいに。

 

「では、いくつか質問します。弟子入りがしたいなら正直に答えるプロセスを希望するわ。」

 

 そういって、彼女は悪魔を封じた管、封魔管から新たに仲魔を呼び出す。呼び出すのは「外法族 ガシャドクロ」という悪魔。大きな骸骨という外見が与えるプレッシャーもさることながら、外法族という分類であるこの悪魔は、相手の考えていることを読み取ることができる特技「読心術」を持つ。この特技によって目の前の少年が何を考えているのか、念のために確認しておこうと思っていた。

 

 しかし今回ばかりはいつもの様にはいかなかった。数度にわたる質問の際に読心術を試みたものの、ノイズの様なものが伝わってくるだけ。少年が何を考えているのかが読み取れなかった。本来こんなことはなかなか起こらないものだし、これでは少年の言葉以外に判断できるものがない。

 

 このようなケースは稀なものの、彼女には一つ心当たりがあった。それは悪魔による子供の取り違えや神隠しの類。そういったケースでは、今までの記憶が封印されたり混濁したりして、その記憶に関する心の中は読み取りにくくなることがある。

 

 考えが読み取れない事と森の奥まで来ている事から、「ルイという青年に連れてこられた」という少年の発言は真実なのだろう、そう彼女は考えた。そして、両親がいないというのも真実かもしれないとも。

 

 考えがまとまったところで顔を上げる。すると、少し不安げに彼女を見上げる少年の顔が目に入った。

 

(似ているかもしれない)

 

 彼女は先代のゲイリンであり母である凪のことを思い出していた。十八代目である凪には両親がおらず、外国人の血を引いているが故に周囲から疎まれていた。ハイピクシーが見えていた凪はサマナーとしての素質を十七代目のゲイリンに見い出され、弟子となった。

 

 両親がおらず、悪魔を見ることができる。彼女の目には、容姿は似ても似つかないが同じ境遇の少年に、亡き母が重なって見えた気がした。

 

「いいわ、私【十九代目葛葉ゲイリン】の弟子となることを許します。これからよろしくのセオリーよ。」

 

 そういって彼女は少年の手を取って歩き出す。

 

 歩きながら少年の顔を横目に見る。弟子入りが認められてほっとしているのか年相応の表情を見せているを見て、一つ大事な事を質問し忘れていたのを思い出した。

 

「そういえば、ボーイの名前を聞いてなかったわね。お名前は?」

 

 少年は一瞬だがキョトンとした表情を見せ、そのあとなぜか思案顔で答えた。

 

「……藤本蔓也(ふじもと かずや)と言います。今後ともよろしくお願いします。」

 




名前について念のため

「葛葉(くずのは)」です。「くずは」ではありませんのでご注意を。
また主人公の名前はなるべくリアルには居なさそうな名前にしていますが、もし同じ方がいましたら申し訳ございません。

それはそうと、「世界樹の迷宮X」購入してプレイしています。
自分の作成したキャラのボイスが選べるわけですが、「高飛車」の長妻樹里さんのボイスが九割五分夏凜ちゃんだったので、見た目もそれっぽく作って遊んでいます。

けれどなるべく投稿は遅れないようこちらも頑張りたいと思いますので皆さん
コンゴトモヨロシク……。

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