夕暮BLUES 作:おぱんぽん侍
超超短いですが、後書きに悟空がなにしていたかに少しだけ触れております
星の降るような夜の宇海、迷い子のように漂って浮かぶ雲を枕に、神さびた月が顔を覗かせる。天蓋を照らし、森に冷たい光をそそぐ様は、まるで森に身を隠す忍達を見下す眼のようであった。
眼、と言えば、シカマルとチョウジの眼の前に突如として現れた音の下忍達の瞳のなんと冷たいことか。熱を持たぬ闇人形。蝋で作られたように生々しく月光を反射する瞳が二人を射竦める。精神が蠕動するように緊張と沈殿を繰り返し、背中に死がへばり付く感覚に身悶えることもかなわない。これが同じ下忍の出す殺気なのか。そう感じるシカマルの少し後ろで、気の小さいチョウジはすっかり怯えている。
「聞こえてんだろ? 早くそいつらを渡せってんだ、三流野郎……」
端的に告げるアブミの言葉が森の澄んだ空気に溶ける。知らず、チョウジの脚が退いてじりと音を鳴らす。シカマルが振り絞るように応返した。
「……渡せだって? お前らがこいつらになにをしたのか知らないが、幸運なことに俺達のトコまでわざわざ巻物を運んでくれたんだ。ただで渡せなんざ都合が良すぎると思わねえか?」
「シッ、シカマル……!」
汗を流して当惑と焦燥に苦悶するチョウジを無視し、ゴミを見るような視線を向ける敵に面と向かって胸を張った。
「あ゛ァ゛? てめぇ、何言ってるかわかってんのかァ……!」
「……いや、待ちなさいアブミ。この忍が言うこともまあ理解できなくはない……対価を寄越せと言うんだろう?」
取るに足らないと思っていた木ノ葉の、しかもくノ一に良いように逃げられたとあって、生来短期なアブミの顔に稲妻のような青筋が脈張った。
「話が早くて助かるぜ。巻物をそいつらが持ってるか調べさせてくれりゃいい。お前らに損はないはずだ」
そう言いながらシカマルは両手を上げ、サスケのもとに三歩近づいた。瞬間、キヌタの殺意が膨れ上がった。シカマルの動きが止まり、どっと尻もちをついた。
「いけないな……いつ僕が動くことを許した?」
「……――っ、ふッ、ッ!」
シカマルが呼吸を乱し、うずくまって胸を掻きむしる。ダンゴムシのように背中を丸め、くぐもった声にもならない悲鳴を上げる。初めて身近に感じた死に身動きが取れないでいたチョウジであったが、親友の危機にどうしようもなくいられるわけがない。シカマルを守る為、前に出ようと足に力を込め、ふとシカマルの足元を見てやめた。
「テメーら程度一捻りで殺せるのに、俺達がわざわざ交渉に乗る意味があると思ってんのか?」
「さっさと殺そう。大蛇丸様にいい報告ができそうだ」
キヌタとアブミが徐ろにサスケとナルトへ近づき、クナイを取り出す。よく研磨され、つや消しされた黒鉄の鋭鋒がサスケの首元を刺そうとした――その瞬間である。
「――ッ!」
クナイの軌道がするりと流れてアブミの腹へと向かったのだ。驚いたアブミは跳び退いて避ける。どういうことかと詰問しようと手を出して、こちらも動きが停止した。
動けない……、二人が困惑している隙に、膝を折って屈んでいたはずのシカマルが悠然と立ち上がり見下ろしていた。
「影写しの術、成功だな」
「やったねシカマル!」
「今のうちだ、きつい一発をお見舞いしてやれ」
「うん!」
――秘伝忍法・倍加の術!――
仰ぎ見れば見上げ入道のよう巨大化したチョウジが、その大ぶりな動きで巨腕を引き絞り、アブミの小さな身体を挟み潰した。
「――――ッッ!!?」
「影真似に似た術に倍加の術……木ノ葉の古豪、秋道・奈良一族か!」
「チョウジ、そのままたたみかけろ!」
「うん!」
「ぐっ……舐め、るなァ!」
――斬空波!!――
「うわっ!」
「チョウジ!!」
豪傑と化したチョウジの挟み打ちに声にならない悲鳴をあげていたアブミだったが、手のひらの孔から膨大な空気と超音波を放ちチョウジを弾き飛ばした。例えシカマルの術で動きを封じられていても、チャクラが練れないわけでもない。自らを巻き込みながらではあるが、自由をほしいままにした。
「ドス! この術が封じてんのはあくまで手足の先や頭の位置だけだ! お前なら簡単に抜けられるぜ!!」
「チッ、もう気づきやがったか……!」
強く握られた自分の拳を見ながらそう告げ、即座に巻物を開いて地面に置いた。
暗がりで見えにくいそれの危険性にいち早く勘付いたシカマルが再び影を伸ばそうとして、だが地響きによって遮られた。
――口寄せ・音磨羅鬼――
アブミを中心に張り巡らされた契約の紋字陣が大地を、木々を侵食する。白煙と小爆発とともに現れたそれは、象牙色の肌をした鬼面嚇人の蛮頭であった。腐肉で出来た赤褐色の仮面が痛ましく、おぞましく、引き裂かれたように広がった口蓋を隠すように生えた不揃いの大牙が軋む。歯の隙間から饐えた臭気を吐き出す下顎が大きく地面にめり込み、掻き乱したぼろぼろの髪がまるで植物の根のように地を這った。
「こいつ……! なんだってんだ……!?」
異様――!
存在感――!
不吉――!
本能が鎌首をもたげ、シカマルとチョウジの身を十メートルほど下がらせた。
「be quiet! これから俺のステージだ! 行くぜ音磨羅鬼!」
アブミは韷と書かれた札に覆われた音磨羅鬼の頭に飛び乗り、かかとを鳴らして声をかけると、手の甲を擦り合わせ罰字に交差させた。たちまち音磨羅鬼の面に生えていた角が肉腫のように膨れ上がり、蛆虫みたくのたうち回ってアブミの両腕に癒着した。
――口寄せ忍法・斬真空砲!!――
『句枯枯枯――枯枯枯――――――――枯枯――枯枯枯枯枯枯――枯枯枯枯』
壊死し、腐臭をまき散らすばかりだったそれがアブミのチャクラと混ざり合う。途端、幽光をたたえた鉄のように硬質化して行く屍肉。赤黒い合金質の肌を持つ砲身は、アブミの肩を覆う装甲と、そのところどころから生えた管をたどって鬼面と繋がり、音磨羅鬼へと醜悪なチャクラをたぎらせた。その砲口、三つに別れた大きな窪みがあり、その顎がかぱりと開いて空気の塊を咥えている。景色を歪ませ光を遮る程圧縮されたそれが黒い渦となって現出した
――ヤバイ。
シカマルは咄嗟にチョウジの肩を突き飛ばし、自身はキヌタの前に転がった。
――――――膨ッ。
光の欠けた鳶色の弾が弾け飛び、瞬間置かず地面が消えた。
始めチョウジは何が起こったのか理解できなかった。自分がついさっき立っていた大地が、まるでスプーンで削ったカップアイスの表面のようにえぐり取られている。脳の処理が追いつかない。反対側に逃れたシカマルの顔を見て、その視線がチョウジよりも斜め後ろにあることに吊られ見る。
「……な、なんだよコレ!」
森がなかった。
えぐられた傷が直線上にどこまでも伸びて、夜の暗がりに消えている。これが下忍の……、いや、人間のできることなのか。両腕を前に出して、肩の部分から膨大な空気を排気しながら土埃をあげているアブミを見てゾッとしていた。
「へぇ、うまく避けやがったか! だが残念、俺達の攻撃はまだまだこんなもんじゃねえぞ!」
『句句――句句苦苦――苦――凶狂叫ッッッッ!』
――口寄せ忍法・残響波!――
音磨羅鬼の鬼口が開き、笑い声のような、嘆きのような、あるいは叫びかもしれない。そんな人の心に魔を呼ぶ不吉な音を出してあたり中を震わせる。
見た目がおぞましく攻撃的であったが故に意外な技だ。しかし、例えば太鼓や、もしくは花火などの音を間近で見た時、自分の心音が掻き乱され、呆然自失してしまうことがある。スクリーム(叫び)、と言われる音響攻撃である。狙い通り、チョウジの不安がここにきて爆発した。
「うっ、うわぁああああああ――――!!!!」
「チョウジ! おい、落ち着け!」
その場に膝折れ叫び、自分を掻き抱くように身を震わせる。シカマルがやって見せた演技とは違う、本当の絶叫。このままでは分が悪い。シカマルは煙玉つきクナイをチョウジとアブミの間に投げつけ爆発させた。
あのままのチョウジでは戦いに耐えられない。一瞬でもいいから注意を逸らしたかったのもある。シカマルが次の一手を繰りだそうと忍具ポケットに手を入れようとして――
「おっと、僕を忘れないで欲しいよね……」
「うッ――!」
キヌタの響鳴穿が震えた。人間の耳では聞き取れない周波数の超音波がチャクラによって指向性を持ち、シカマルの体内を襲った。臓物、骨、脳へと浸透する衝撃に意識の全てが揺さぶられる。耳からは血が流れ、呼吸もうまくいかない。腑抜けて立つこともできなくなった。
そんなシカマルを音の忍が放置するわけがない。アブミが腕を構え、再び術を唱えようとした、その時――。
―― 木ノ葉 ・ 裂空脚!! ――
キヌタとアブミを一陣の風が引き裂いた。
「ごめんなさいサクラさん。僕にはこれ以上、彼らを放っておくことができません……」
「お……お前は……!」
震える足でなんとか立とうと四苦八苦するシカマルをかばうように、赤い服の小柄な影が仁王立つ。細身の身体にぴっちりとした――否、張り裂けんほどにぎちぎちのそれは、先程まで身動きひとつできずに木陰に隠れていた少女の物であった。しかし、今シカマルの目の前に立つ者は、さらりとしたおかっぱヘアー。
「チッ……、おいキヌタ、こりゃどういうことだ!」
「いつの間にか入れ替わっていたのか……お前、何者だ」
「木ノ葉の美しき碧い野獣……ロック・リー! サクラさんは、僕が守る!」
ただ立っているだけで、ほとばしって天に上る碧いチャクラが輝いて見える程の気迫。軸足を突き立て片足をぶらぶらと揺らし、手の甲を煽って挑発する。視線の先でアブミが苦しそうに喘いでいる。音磨羅鬼の巨大な頭ごと吹き飛ばされ背中から木にぶつかったのだ。キヌタはリーの蹴りから放たれた空気の塊を受けると同時に後退したことで威力を多少軽減させていた。
「美しい? 木ノ葉の美的センスがわからないよ……」
「直ぐに理解できますよ……初めから全力で行くッッ!」
一弾指の間、キヌタの面前にリーの姿が大きく迫った。土煙ひとつ上げず、滑るように移動したリーの頭が水面を揺蕩う蓮の葉のごとく揺らぎ、キヌタを通り抜けた。
「は……速ぇ!」
シカマルが傍目に見ていても消えたようにしか見えなかった。変な格好をしていても実力は確か。乱高下するリーへの評価は戸惑と驚きの現れか。
「――――ッッッッ!?」
「まだだッ!」
下段蹴り払い、姿勢を崩し宙に浮いたキヌタの鈍重な身体を回転するように蹴り上げ、腹、胸、顎を打ち抜く。あまりの威力と回る速さにとてつもない浮力が生じ、見えぬところまで上へ上へと跳んで行く。
―― 木ノ葉・大旋風!! ――
勢い良く跳び上がったキヌタの影を追い抜いたリーは、仕上げとばかりに横っ腹へとかかと落とし、たまらずくの字に折れ曲がったキヌタの身体が、四肢を散らして回転しながら地面に吹き飛ぶ。
その隙を見逃すシカマルではない。うずくまるチョウジの肩を起こし、耳元で小さく告げた。
「いいな、チョウジ。これがうまくいけばあいつらを倒せるんだ……」
「でもシカマル!」
「いいから行け……今しかないんだ!」
シカマルは、なおも言いよどみ踏ん切りが付かないチョウジの背中を強く推し、森の闇へと送り込んだ。
「ありゃマズイ……、間に合えッ」
―― 斬空波! ――
音磨羅鬼と木に挟まりながらも身動ぎ、なんとか地面に方腕を突き刺すことで、空気圧で大地をスポンジ状の砂に変え衝突時の威力を軽減させた。爆音と砂飛沫をまき散らしながら地に激突したキヌタは、何度かふらつきながらもどうにか立つことができた。
「あ……アブミの助けがなければ……、危なかった……」
肩で息をしながら、怒りに血走った片目をぎょろりと動かす。その視線がリーの残影を捕え、猿叫するように大声をあげた。
「平和ボケした木ノ葉の忍風情が……音忍を舐めナイで欲しいナ……!!!」
左腕に装備した響鳴穿を、重力に従って落ち続ける上空のリーに向ける。キヌタの高周波攻撃が放たれた。しかし。
「無駄です!」
最早リーにとって宙は大地と同じである。空気の層を蹴って横飛びに回避し、雷撃のようにジグザグと駆け撹乱する。リーの音さえも置き去りにする抜き足に、たまらず驚くことしかできなかった。
「音速は僕には遅すぎる!」
「ぎッ」
右脇腹を衝く激蹴、側転するようにくるくると、キヌタの身体を砕かんと襲い掛かった。身を守る物のない横っ腹に直接響く重撃は、しかし吹き飛ばすようなものではなく、ただただダメージを与えることに特化した。キヌタはたまらず口から血反吐をこぼして横臥した。
「次はキミだ」
「ぐっ、クソ……動け! 音磨羅鬼!」
『怪怪――怪怪――……怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪!!!!!』
ズン。と、地面が揺れる。音磨羅鬼の首がゆらゆらと蜉蝣のように霞み、重たげに浮かんだ。いや、浮かんだように見えた。横倒れになっていた地面のその下からずるりと八本の指がずるりと這い出で、地を裂きながら猛々しい豪腕が姿を現す。腐った臓腑が胸腹部からこぼれ、音磨羅鬼の口から漏れる臭気――瘴気とも言い換えられよう――と繋がって、魑魅魍魎の正体を現した。
―― 音磨羅鬼・呪言モード 邪鳴具 ――
『奇ヰ――――ヰヰヰ……』
叫号してかたかたと首を震わせる音磨羅鬼。それを中心に大地が柔らかい砂へと変化し、木々はひしゃげて木端微塵に吹き飛んだ。やがてそれらが混ざり合い、砂地獄のようにすり鉢状の穴を作っていく。その形にならぬ音は確かにリーの身体にあたって反射した。
「――がッ」
細胞単位を破壊する振動の集中攻撃に、たちまちリーの身体が崩れ落ちる。
「自律状態の音磨羅鬼は一味チゲェ! お前がどれだけ早かろうが、拡散しちまえば関係ねェ! 全てを破壊するまで止まらないゼ!」
リーの、穴という穴から赤い血が流れ出る。音磨羅鬼の剥き出しの肋と喉の筋膜が震え、妖しい音は鳴り止まない。無防備なリーをその大きな手で握りしめ、異臭漂う瘴気を呪詛とともに吐きかけた。
「さァて、キモ眉毛もこれでお陀仏、ってことでお次はお前だなァ、三流ヤロー?」
吐き捨てたアブミが、砲口に空気を圧縮させながらシカマルを睨めつける。冷徹な殺意を孕んだ瞳は奥深く、射すくめるよう浮き立った。
霾翳に、月も夜空も隠れ住む。葉塵散る真夜中に、ひとりの乙女が颯爽舞い降りた。
木ノ葉が誇る古豪の一族――山中いのであった。
「豚が一匹増えたわねッ……!」
脅しをつけて、冷罵一番、怒号する。風に逆巻く髪をなびかせるキン・ツチの頬を、小さな花弁がちらちらと何度も叩く。踏みしだかれた氷面のように浅い傷がはしり、数条の赤い線を形作った。
「チョコザイな……、疾ッ!」
ふところから取り出した千本で切り捨てようともがいて、しかし全てを捉えることはできない。躍起になって花とじゃれている隙に、いのはサクラの小柄な影に近づいた。
「あらー、誰かと思ったら……泣き虫サクラじゃなーい」
「いの……あんたなんでここに!」
「それはこっちのセリフ! 弱いあんたが一人でいるなんてカモもいいトコでしょ、死にたいワケ?」
「んなワケないでしょ! だいたいあんたに言われたくないわ、イノブタ!」
「あんだってェ!?」
「なによーォ!」
額を突き合わせて口汚く罵り合う二人を見て、まるで捨て置かれたキン・ツチのプライドは深く傷つけられた。周りにつき纏っている花弁も放り出し、二人の方へかけ出し、貫いた花弁をくくったままの千本を次々と投げうった。風切り音もなく近づく千本を難なく回避した二人も負けじと手裏剣で応戦した。
「私を無視してイイ度胸じゃない!」
「あら僻みッ? 見るからに地味子だもんね!」
「モテないからって当たらないで欲しいわッ!」
「……殺ス!」
右から左から、互い違いに煽り文句を投げかける。激昂するキン・ツチを見て、いのとサクラは内心喜んだ。冷静さを奪い、頭のめぐりを鈍らせ奸計を画す。忍びの基本技術だ。示し合わせのない、咄嗟のコンビネーションが冴え渡った。
(まだまだこれからよ!)
サクラの瞳に艶やかな闘志が宿る。大蛇丸の凍てつく視線に一度は手折れてしまった心を支える物が、今の彼女には芽生えつつあった。
キン・ツチの千本が手裏剣を散らす度火花が散って明滅する。千本の形状上、木ノ葉で一般利用されている十字手裏剣をいくつも相手にするのはとても手間を取らせた。無論わざとである。我を忘れて真っ向から我武者羅に邁進するキン・ツチを見て、サクラは莞爾として笑みを浮かべた。
(未、巳、寅、亥、丑、戌、午ッ――)
やにわに、一直線に駆け出した。杳杳とした夜の暗孔に薄桜色の髪が浮かび上がってひらひらと揺らぎ、猫の尾のようにたなびいた。身を屈め、這うように地を走る影が軽妙な足音とともにキン・ツチへと近づいていく。反転、三、四枚の手裏剣を弾いて視線の先、向かってくるサクラに対し、返し刀で投げつけられる千本。サクラはこれを躱すことなく両腕で急所を庇い立て、血まみれになりながらも立ち向かった。その堂々たるや春宵の桜が如く。踏み込んだ足跡が土に刻まれた。
「確かに見たぞ! お前の印、分身の術が入っていたなッ」
「!」
「「前は陽動! 目眩ましの手裏剣は練習不足! 踏み跡が示す本当の正体はッ……上ェ!」
キン・ツチがそうがなり立て顔を空に向けた。サクラの小さく細い身体が満月に照らされて黒くうつらう。高所から加速度的に増した威力の体術をぶつけようとした、と。キン・ツチはそう考えた。
だが――。
―― サクラ直伝・空華乱墜!! ――
サクラの拳がキン・ツチの顎を打ち抜いた。
「ガッ……」
キン・ツチの身が弾け飛び、土煙をあげながら少しの間地面を転げまわって、やがて勢いを失い止まった。
「サクラあんた……、腕を犠牲に!」
「……こんな、物!」
腕に刺さった千本を抜き取り、濁濁と血を流す傷を憎まし気に見やると、掌で強く握り締めてチャクラを流し込んだ。チャクラによる強制的な細胞活性化。蓋然、医療忍術に対して専門的知識を有さないサクラの応急処置だ。問題も多かろう。しかしそれでも浅い傷を癒やす程度ならばできる。
(どういうこと? さっきの術、私の見立てでもサクラは確かに跳んだはず……、それに、あのいかにも勝つって顔!)
「……ハァ、ハァ――この程度、な筈ないわよね……!」
「――ふ、フフフ、わかってるじゃない……こんなの、大蛇丸様から与えられた試練に比べれば!」
―― 忍法・捶綸の操ッッッ
キン・ツチの中指がすっと伸ばされ、第一関節からしゃらんと垂れ落ちる一筋の銀線。その先でゆらゆらと重たげに振られる金鈴が月光に応えるかのごとく爛々と輝く。
千条結鎖!!! ――
鈴の音があたりに鳴り響き、次の瞬間、無数の青銀色の光条が、星景に浮かび出た軌跡のようにいくつもの円を描く。矢鱈に放たれた千本と繋がる、キン・ツチの指に結ばれたチャクラと糸によって出来た光であった。
キン・ツチの中指が弾かれ、糸を辿って意志が伝わり千本がサクラ達へと襲いかかった。
「うッ……!」
「音、粛々夜を伝う……お前たちは既に私のテリトリーの中!」
肌を貫き、あるいは引き裂く千本の雨。たとえ千本でも、よく練られたチャクラが威力を増大させる。大地にいくつもの赤い筋を作った。
――更に。
「う、動けない……!?」
いくつか外れて地面に突き刺さった千本に繋がれた鉄条が、雁字搦めに身体を縛り動きを奪った。苦悶の声をあげ、まんじりと動かない二人を見てキン・ツチの口角が繊月を描いた。
「浮花浪蕊とはよく言ったものよね……、あんた達二人、どっちも見てくれを整えただけの脆い花」
「……負けないッ」
「ちょっとあんた……やめなさいよ!」
嘲弄の言葉を投げかけられた途端、サクラが藻掻きだした。暴れようとする程に、鉄で出来た線が肉に食い込んで傷を開く。慌てたいのがいくつか言葉で諌めても、ナシのつぶてであった。
「負けられないッ……たとえ手足を失っても、必ず皆で勝ち残る……サスケくんとナルトを守るって、私自身に誓ったんだから!」
「サクラ……」
精気の衰えないサクラの瞳に当てられて、いのの心が燃え上がる。負けじといのも細く靭やかな身体を動かした。
しかしキン・ツチが現実を突きつける。鉄条を結んだ中指ごと拳を作り、もう片方の手で束の始めをひったくり、身体を横に捻って釣り上げる。
「花は実をつけてこそ意味がある物。あんた達無能に努力の結実なんて未来はないの……、ここで死ぬんだからね!」
拡がって包囲していた千本の尾が収斂、当然その中心に居た二人が無事ですむはずがない。硬い鉄の糸を伝うどろりとした液体と、骨まで切り裂く手応えに確信を抱いた。
(剿った!)
―― 忍法・落花の舞 ――
「何!?」
突如、膨れ上がる地面に足を取られた。見れば散り散りとなった花弁の破片が竜巻のように舞い上がり、チャクラを含んで脚元に纏わりついている。して、キン・ツチの注意が完全に逸れた隙を狙い、新たな手が打たれようとしている。
「それだけじゃないわよ!」
「お前……、あッ!」
重力に逆らって樹の幹に横立ち、おさげを払って胸を張るいのを見つけ思わず声をあげた。顔も身体もあちこち傷をおって流血するいののポーチが破れていることに気がついたのだ。しまった、と心中独り言つ。忍足るもの、忍具ひとつあれば状況を覆すことなど簡単にできる。二人の絶体絶命に、今その可能性が開かれた。
「あんたのその鋭いワイヤーが仇になったわね……喰らいなさいッ!」
寅の印を結んでウインクひとつまばたくと、大量の千本が突き刺さった場所が仄明かりにぼんやりと照らしだされた。銀線に断ち切られた丸太、その表皮が赤々と燃えている。すぐ下の地面に落ちた何か燃える物を見て、妙に香しい匂いが気づかせた。糸から滴る赤い液体が、血ではないことに。
「これは椿油……? まずい!?」
「気づくのが遅いわよ!」
―― 擬似火遁・龍火の術 ――
瞬時に炎が鉄糸を燃え伝わりキン・ツチを焼き付ける。逃れようにも脚が動かせない。自身の得意とする糸を逆手に取られ、今度はキン・ツチが支配されてしまう。
「ほーら、やっぱり仇になった……ふふん、私を舐めるからこうなんのよ!」
「ぐぅッ……!」
「乙女の柔肌に傷つけて、ただですむと思うなってーの……サクラ、やっちゃいなさい!」
「はぁああああああああ!!!!」
―― 空 華 乱 墜 ・ 蕾 木 蓮 ! ! ――
いのの声とともに、景色が溶けるようにやんわりと歪み、急に姿を現したサクラが腰を落として攻撃を放っていた。無防備に晒された土手っ腹に突き刺さる正拳突き。拳心から血がにじみ出るほどの威力を込めた重撃を受けて、キン・ツチの身体を衝戟が突き抜け、溢れでたチャクラがその背後に小さな旋風を生む。木の葉舞い、紅蓮散る月下の夜。くノ一の激闘に今決着がついたのであった。
「サクラ、こっち来なさい!」
「ハァ……ハァ……ダメ、急いで二人のとこに戻らなきゃ……!」
「その髪でサスケくんの前に顔出すつもりなの?」
「! あっ……私の髪……」
倒れたキン・ツチを蔦で縛り上げ、落ちていたクナイについた土を掌で拭いながらいのが指摘する。サクラは言われて、自慢の長髪が無残にも裁断されていることに改めて気づかされた。
先程サクラといのが束縛から逃れる切っ掛けは、いのがポーチから落とした白い種子――ナンキンハゼにチャクラを込めて発火させたことと、椿油をためた袋を裂いて鉄条を濡らしたことと、実はそれ以外にもうひとつ原因があった。サクラが自身の髪を鋭利な鉄条に引っ掛け斬り裂いて、それを触媒にして自分のチャクラを流すことでキン・ツチの影響から切り離したのだ。咄嗟のこともあって首の皮一枚をかすめる程根本、そのような場所から妙な体勢で髪を切ったものだから不揃いで見てくれが悪い。見かねたいのがクナイを拾って土を拭いながら気をやった。
「ありがと……」
「……ふん♪」
サクラが所在なさ気に礼を言うと、静寂を取り戻した森に小さく鳴らした鼻の音が、払った毛先とともに落下した。それにしても、と、いのが問いかける。
「なんでサクラひとりでこんなところにいるのよ? サスケくん達はどうしたの?」
「気絶してる。……なんかヤバい奴に襲われて……」
「そんな! じゃあ危険じゃない!」
「そうなの! だから急いで……」
「違う!」
怒りを孕んだ叱責にサクラの肩が跳ね上がる。一陣の風が吹き込み、夜の寒気が通り過ぎる。
「サスケくん達もそうだけど! あんたが一番、危険でしょうがッ!」
「! ……」
肩を捕まれ、その食い込む程の力に歯を食いしばる。言わんとする意味は理解できる。だがサクラは反省を口に出す気などなかった。
「いの……。私、もう行かなきゃ」
「ダメよ、サスケくんのとこに行くなら私達も一緒よ! 残りの奴らだってシカマル達がもう倒してる筈だもの!」
「他の奴ら……!? まさか、いのがここに来た理由って!」
怪我の処置もせず、サクラの赤い影が翻筋斗打って飛び出した。
(リーさんにも迷惑かけたのにッ……! いのにまで心配かけちゃって! 何が『皆を守る』よ、私のバカッ!)
その華奢な背中に負ったものに押し潰されそうになる。重く、苦く、だが絶対に手放したくないという思いが止まらない。今はこの重みが、サクラの背中を推してくれた。
――しかし。現実は彼女を拒絶する。
「サクラッ危ない!」
「えっ――」
低い姿勢で走るサクラの真横、木の影より流れ出る砂の波濤。地を這う虫を両手で覆うかのように、掌のような形をしたふたつの塊がサクラの周りを包み込んだ。
―― 砂縛柩 ――
「くくく……獲物、見ィつけたァ!」
かすれたような怪声が世界を凍てつかせるのであった。
サクラ達が新たな敵に襲われる少し前。
森の中では音忍対木ノ葉の戦いが続いていた。
アブミの放つ空気砲が森を穿つ。不快な呪音を撒き散らしながら暴れまわる音磨羅鬼の二の腕が地面を砕いてひっくり返し、リーの身体が弾き出される。隙を見て隠れたシカマルの頬を鎌鼬のような鋭い空気がかすめ、薄皮を斬り裂いた。
つう、と頬から血を流す。汗と混じって顎を伝った。
「ヒャハハハッ、三流ヤローどこ行ったァ! 尻尾巻いて逃げやがったか!」
(やべぇ、このままじゃあの眉毛死んじまうな……)
脚をもぎ取ったバッタのように身体をびくつかせるリーの姿を冷静に見定める。
「木ノ葉の下忍は雑魚ばっかか、あァん!? どいつもこいつも逃げ足だけは速ェーようだがな!」
(今のこの状況、まさに絶体絶命だ。影真似を使えばいくらでもやりようがあるが、肝心の隙が見当たらねぇ)
びっ、と名前も知らない草を抜き、クナイを地面に突き刺し、座禅を組んで思案した。
「そうだなァ、この眉毛を殺したら、次はあの豚を甚振って殺してやるぜ!」
(チッ……いのの奴がいりゃあこんなにめんどくせーことにゃならなかったっつーのによ)
ひときわ甲高い音が響き渡り、森中の鳥が危険を察して飛び立つ。空気が逆流し、森の奥からたくさんの風がアブミの方へと収斂するのが感じられた。
「どんな音を立てて破裂するんだろーなァ!」
「アブミ、遊び過ぎるなよ……うちはサスケを殺すのが先だ」
「いちいちうっせーわかってるよ! 死ねやクソ眉!」
圧縮された空気の塊が次第に輝き、大きなプラズマとなって具現化する。縦横五メートルはあるだろうそれが、アブミの腕の砲口に集まって拳大まで縮み、それを射出しようと構えた。
―― 風 遁 ・ 斬 穹 昊 破 弾 ! ――
「させねえよっ」
小さく歯噛みして呟き、木立から飛び出しクナイを数本投げる。遅れてもう二本投げ、勢い良く先攻のクナイにぶつけて音を立てた。思惑通り、注意を引いて視線を逸らすことに成功する。三つの瞳が炯々と光りシカマルへと向いたのを確認するやいなや、煙玉を焚いて闇に紛れようとする。しかし相手は範囲攻撃の妙手だ。斬穹昊破弾を小出しにして煙霧を払った。
「また隠れ鬼か! お里が知れるぜ!」
「……いや、違うね」
アブミが息んで嘲るが、キヌタは上を見ながら言い咎めた。視線に釣られて仰ぎ見やると、先程音を立てて弾かれたクナイが空に向かって行った。とぐろを描いて光の尾を引きながらひゅるひゅると飛んでいる。
「ありゃなんだ? 発煙筒か狼煙のつもりかよ?」
「不正解。あと十秒ってとこかな……八、七、六」
(五、四、三、二……)
―― 秘伝忍法・影真似の術 ――
カッ、と天が白んだ。森のどの木よりも高く揚がったクナイが、めまいがする程の光を生んで爆ぜたのだ。同時にシカマルの影が伸びて行く。か細い紐のようなそれが小ネズミが駆けるように地を走り、キヌタとアブミの影へと近づいた。
「あぶねーあぶねー」
「捕まるわけないよ。奈良家の術は知れ渡り過ぎだ……」
高く飛んで自身の影を薄め、また角度を計算し森の中へと紛れるような位置で止まる。アブミが今度こそと言わんばかりに照準を合わせ、シカマルに向かって残りの大プラズマを解き放った。
「――当たるわきゃねーよ」
「! 跳んでッ!?」
「どうやって!?」
中空で無防備な二人の面前にシカマルが現れる。左手に握るロの字の取っ手が上と斜め前方、後方へと伸びているのが見えた。
「まさかッ!」
「そのまさかだよ。上のクナイは陽動弾、影真似の術はダミー。お前ら俺に時間を与えすぎなんだよ!」
策を考えている時に木陰に刺したクナイと、弾かれたクナイとをつなぐワイヤーによって出来た即席の昇降器具。勢い良く飛び出したシカマルが、握ったクナイをキヌタに向かって突き刺した。くの字に曲がるキヌタの身体。しかしクナイがその肉に触れることはできなかった。
「忘れちゃ困る! ボクの響鳴穿をね!」
腕で庇って響鳴穿からチャクラを含んだ音を反射させる。当然シカマルの身体にそれが向かった――が。
「ぐおぅッ……」
「!? なぜ響鳴穿がアブミに!」
「……ビンゴ!」
「なッ――ずぇッ!!」
血反吐を唾棄して苦悶するアブミにさしものキヌタも動揺を隠せない。そしてシカマルがその隙を突かぬ筈がない。キヌタ達が跳び上がった時、背を向けた天の頂を覆う大きな影。それがキヌタの身体と重なり、視界を暗くした。
「へッ……食らいやがれ!」
反転することもできず見えない角度から来る大きな衝撃に揺さぶられる。そこには、猛スピードで落下しながら拳を振り抜く音磨羅鬼の姿があった。
「ぐッ……くそ、……影真似の術はダミーだった筈じゃなかったのかッ!」
「お前、頭悪ィだろ? 敵にむざむざ策をバラすかよバーカ」
「なんだっ、ッでぇ、おぇッ」
三半規管を掻き乱される感覚に襲われ肩で息をするアブミに聞かれ、端的に返事をする。切り捨てるような、バカにした言葉に頭に血がのぼり、逆に気持ち悪く吐き気を催した。
「最初から疑問だったんだ……、お前がその特異な術を使う時、どうやって味方に影響出さねえようにしてんのかってな」
音を立てず着地したシカマルが、倒れたまま戦闘を見守っていたリーに近づきながら、友に語るように流に語り出す。
「案外答えは簡単だったぜ。お前が出したそのデカブツ……、音磨羅鬼っつったか。そいつぁ音と空気の増幅器であると同時に、真空と防音壁を作り出す役目を果たしてたんだ。恐らくはその呪詛に絡めた異質なチャクラと音階や波長でな」
シカマルがリーの肩にそっと触れると、瞬く間に動悸が収まり体内をまさぐるような感覚が消え去った。
「大丈夫か?」
「……ひゃい! もうらい丈夫れす……ヒッく」
「いや、どうもそう見えねえが……」
「らいじょーぶれふってぇ! あハハハハ!」
「酔っぱらったアスマみてえなテンションやめろよ。めんどくせーから」
シカマルの介抱を受けてふらふらと地鶏脚で立ち上がったリーが、陽気な笑い声をあげてシカマルの猫背を激しく叩いた。を蕩けた瞳がきょろきょろと移らう。眼尻の下がった眼と裏腹に吊り上がった太眉をひくつかせた。
「あるぇー? もうひとりはどこ行ったんでふかぁ!?」
「向こうに吹っ飛んでったよ」
「ぬぁにー!? サスケくんとナルトくんがキケンだーぼきゅがたすけなきゃー」
「いや演技下手か……、とっくに術が解けて変わり身だってバレてるよ」
「んにゃにっ!?」
棒読みで大声を張り上げるリーに呆れながら、シカマルがほらと指を差し向けた方でごろりと丸太が二つ転がって横倒れている。
「ぼくぁ、じぶんぁ情けなひィッく……! サクラしゃんうぉー……守りゅっていったのにぃ! やくそくひとつ守れないでぇーッ!!」
―― カッッ……!!
リーが咆哮をあげると同時に、厖大な気が漏れだして地面が砕け散った。吹き荒れる突風、周囲の石や木がめくれ上がり、ずずずと何かに吊られたように浮遊する。肌で感じられる程に戦場の空気が変わり、青白いオーラが溢れ出た。
「うおーーーーっ!」
剛ッ。地面を蹴りつけるけたたましい爆音と、それに誘発して大きな衝撃が大地を穿ち、五メートル程の穴を作る。音速を越えた速度で威勢よく飛び出したリーが……
「……たーッ!!!」
盛大にこけてもぐらのように頭の方から土中へとめり込んだ。
「……いやなにがしてぇんだよ」
「こんな奴に……俺達は苦戦したのか!」
さすがの暴挙に敵味方問わずつっこみを入れざるをえない。空気が変わるとはそういう意味ではない筈だ。すぽりと頭を抜いて、体中についた土を払い落とすリーを見ながらそんな感想を抱いた。
「どいつもこいつもふざけやがって……! こんな三流ヤローどもに邪魔されたと知れたら……大蛇丸様に殺されちまうぜ」
「ア、アブミ……。音磨羅鬼は、どうしたッ……」
アブミの震える身体の原因は、プライドに傷を付けられたことへの怒りか、はたまた大蛇丸への恐怖からか。倒れ伏して足腰ひとつ動かせないまま苦々しく呟くアブミを見て、意識を取り戻したキヌタが喘ぎながら言い諭す。
「キヌタ! 生きてたか……」
「奈良のひ、秘術は……チャクラを消耗しやすい。そ、それに……奈良家のチャクラ量は、そんなに多くないと、聞く。……恐らくコントロールは、戻っている」
「マジか? おい音磨羅鬼! 俺の言うことが聞こえるか!」
『奇ヰヰ――!』
期待を込めてアブミが呼べば、音磨羅鬼の顔に似合わぬ猿のような鳴き声が返ってくる。両腕を高くあげて万歳をする姿は、喜んでいるような暴れているような奇天烈さである。自由に動いている様子を見たアブミも、喜び勇んで雄叫びをあげた。
「テメーらふざけるのもここまでだ! アンコールは一度までだぜ!」
―― 邪鳴具 ――
「ぐあああああああッ!」
「ぐあ゛ぁぁ!? なんで俺達がァ!?」
指示通り音磨羅鬼が騒音をまき散らし、あたり構わず攻撃を開始する。しかし、先に苦しみ出したのはシカマル達ではなく音忍達のほうであった。
「悪ぃーな。俺ァ音楽に詳しくなくってよ。チャクラのバランスが崩れちまったみてーだな」
影真似の術が解ける直前、シカマルの機転によってチャクラパターンをリセットし調律を乱していた。どこまでも計算高い策略家の手練手管に心胆を寒からしむる。暴虐の狂音の渦中で苦しんでいるはずのキヌタが立ち上がり、血走る三白眼で睨めつけた。
「あまりに調子に乗るなよ……!」
骨折した腕を自力で戻し、ひしゃげて壊れてしまった響鳴穿を取り外した後、一本の巻物を取り出し口寄せをする。一瞬の間濃煙に身を隠したキヌタの両腕に、薄い楕円形の剣が妖しく唸る赤錆色の手甲が装着されていた。
―― 共振剣・霧斬透 ――
キィ ―― ィィ ―― ン
あまりにも高い駆動音が耳鳴りを起こす。チリリと火花が時折爆ぜ、半透明の薄刃に白い円が浮かび出る。キヌタが軽く腕を振るっただけで、土埃をあげ大地に傷跡を深く刻む。はらりと落ちる木ノ葉がその断面に触れれば、抵抗もせず二つに割れてしまった。
「きみ! 肉弾戦はぼくにまかせたまぇ!」
「任せるったって……」
「おるぁーっ――……ぅひっク」
脚がもつれて蹴躓き、倒れそうでそうでない。そんな奇妙な足取りのリーが、しゃっくり混じりに搖搖とした体捌きのまま、キヌタが発生させる裂風を躱し続ける。時に猿のように木を登り、時に鶴のように空を滑り、あるいは蛇のようににょろりと地面を這う。本当に遊んでいるようにしか見えないが、見事一撃も当たらずキヌタの懐へと盛り込んだ。
「なんなんだ、こいつ……!」
「このはのあおきやじゅー! ロック・リーだおろろろろろろろ」
「吐きやがった……やっぱ全然大丈夫じゃねえだろアレ。――と、やっぱそうするわな」
意気揚々と名乗りを上げ、途中で盛大に吐き散らかしてグロッキー。そんなリーの前で、吐瀉物をぶつけられたキヌタが怒りと殺意を充満させていた。そんな不様に、体力を休めながらすかさず突っ込んでいるシカマルの居る場所にクナイが刺さった。息を切らしてシカマルを睨むアブミ、その腕には異形の砲身もなく、また暴力の自由を謳歌していた悪鬼の姿形も失せている。自縄自縛を許すような真似を続ける理由がない。
「はァ……はァ……、テ、メーッ! 俺のリサイタルを、よくも三流ヤローが!」
「知らねーよ、お前が五流だっただけだろ」
「喧嘩売ってんのか! よしわかった、任務なんざ関係ねー! テメーは必ず殺す!」
「まあそう言うなよ……そうだ、後生だから俺とチョウジのこたぁ見逃してくれねえか?」
「ふざけんな! 豚ヤローも殺すに決まってんだろォが! もう一人のアマもなァ!」
「……え? なんだって? よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「だからッ! 糞豚もッ! メス豚もッ! 殺すって言ってんだよッ!!!」
―― 秘伝忍法・倍加の術 肉弾頭!! ――
「ボクは、ぽっちゃり系だッ――――――ボンバァァァアアアアアアアーーーーーーー!!!!」
「なッ」
突如天より飛来する巨大な影。上手に投げたフットボールのような横回転をしながら、巨大化したチョウジが降ってきた。完全に無防備なアブミを潰し、そのまま二十メートルほど引きずって、けたたましく土埃をあげ大きな軌跡を大地に刻みながら摩擦熱で炎上させた。
「内の近接担当、あんまナメんじゃねーよ。五流ヤロー」
諧謔を交えニヒルに笑うシカマルに向かって、少々痩せたチョウジがにっこりと笑って親指をあげる。長いようで短い死闘がひとつ、ここに終焉を迎えた。
「ありがとうシカマル! これ、助かったよ! それに閃光起爆クナイも!」
チョウジがズボンにしまいこんだ巻物を手に取って見せ朗笑を浮かべる。それは途中、シカマルがポーチから取り出そうとしてできなかったものだ。チョウジを逃がす際に持たせていた。
「中にいっぱいお菓子が入ってたよ!」
「あァ、倍化の術はスタミナを消費するからな。どうせお前のことだ、引き下がったことに後悔して必ず戻ってくることくらいわかってたよ」
「シカマルぅゴメン、ボク、逃げ出して……」
「なに言ってんだ。お前は木ノ葉の下忍で一番の勇気の持ち主だよ。俺はお前がこうして来てくれると信じていたから戦えたんだぞ。気にすんな」
「でも、忍びが仲間を見捨ててひとり背中を見せるなんて……」
「見捨てた? 誰が……ありゃ戦略的撤退ってんだよ。俺がお前なら俺だってそうした。とにかく、問答はこれで終わりだ! あとはあの眉毛野郎が音忍を倒しちまえば――」
―― 火遁
・
豪 火 球 の 術 ! ――
「うわ!?」
「なになにっ! 今度はなんなの!?」
頭上を、得も言われぬとてつもない熱が通り抜け身体を伏せる。巨岩が赤熱しマグマのように溶ける程の豪火球が、通り過ぎざまに二人の丸い背中をごうごうと焼き、焦がした。
「――テメーか? サクラを連れ去ったのは?」
紅き瞳が闇夜を照らす。しかしその火は光にあらず。写り移らう紅蓮の邪炎が、執念の殺意を燃え上がらせる。闇に紛れし玄影――。
「サ、サスケ……!?」
「よォ、見慣れたツラもいるようだなァ……教えろ。サクラはどこだ」
うちはサスケが、覚醒した。
この日の悟空
「まいったな。こいつら簡単に殺そうとしすぎだぞ。試験なのになんでそこまでするんだ?」
そう呟く悟空が、気絶した子供を数人抱えて森の外へと運んでいた。
「とくにあの赤い髪の暗そうなやつが問題だな。あいつ一人の邪魔するだけで十五人も助けることになるとはなあ」
どうしたもんかな、と頭を掻いて顎をさする悟空。
そんな悟空の行いが人の命を救い、殺しの快感を得られず血に飢えつくした少年の怒りを買って、少女の命がキケンに晒されていることなど露知らず、日が明けていくのであった……。