平日の午後。いつものように紅茶をすすり、パンをかじる。そんな代わり映えのない昼食を摂っている、そんな時間。違うことといえば、いつもは庭園が見える素敵なテラスで食べるのに、今日はモニターがいくつもある、監視室に閉じ込められてる、ということだ。
言いたいことはいろいろあるけど、前から決まっていた当番なので、別に文句があるわけではない。ただそれでも一言、言わせてもらうなら。
「……退屈ね、警備当番なんて」
そういうことだ。
「仕方ないわよ、ルクリリ。最近、他校も偵察行為が活発化してきてるらしいわ。そんな中で、ウチの機密が抜かれるなんてことになったら、伝統が泣くわ」
一緒に当番になった相方が、生真面目にそう答える。ルクリリ、それが私の、この学校での名前。
「そうは言ってもここ10年近く、他校の間者どころか、パパラッチ1匹寄り付かないって話じゃない」
「こうやって厳重に警備してるから、抑止力になってるのよ」
相方の子は私を呆れた目で見た。
「ただ平和な学園をモニタで見ていると、私たちって必要ないのかしら、とも思うわ」
実際、監視カメラに映る映像は、楽しく談笑しながら、紅茶を飲む生徒ばかり。前の当番も、前の前も、前の前の前も、ずーっと同じ。異変のイの字もありはしなかった。
「あら、でも前に、クルセイダー隊がトラブルを起こした時は、いち早く発見することができたじゃない」
「私たちは無駄じゃないわ」と相方の子。
「ローズヒップたちは、どこでも派手なトラブル起こすからすぐわかるわよ! 誰だって!」
私はため息をついて、モニタをぼうっと眺めた。相も変わらず、目に入るのは、平和そのものな学園の姿。トラブルを好むわけではないけど、もう少し日常を彩る変化があったって、バチは当たらないはず。
「……変化かあ」
何かないかしら。いい刺激を与えてくれるような、そんな変化が……。
「お、お邪魔します……」
「誰?」
声がした方向に振り向くと、気弱そうな1人の女生徒が、ドアの前から顔を覗かせているのが見えた。パッチリとした目に、人形みたいな顔、そしてチャームポイントになるような、やや太い眉。こんな可愛い子、うちの学校に居たかしら?
「どうしたの? ここは警備関係者以外は、立ち入り禁止のはずよ」
そう聞くと、途端におどおどしだす女の子。「えぇと……あの……」と言いあぐねている。
「あ、お邪魔します。入ってよろしいでしょうか?」
女の子の後ろから声が聞こえた。私は少し驚いた。だって女の子の後ろにいるのが、予期せぬ『男性』だったのだから。
男性はいかにも、業者と言う感じのワイシャツ姿で、首から身分を証明してるであろう、プラカードをぶら下げていた。
「あ、申し訳ありません。私こういうものです」
私の視線に気付いたらしく、男性はプラカードを持って見せた。
「テルソック株式会社……て、ここの機械の?」
この会社は知っている。この部屋にある監視モニタの開発元で、時々メンテナンスに来る業者だ。
「どうなさったんですか? 来るのはもう少し先だと聞いておりましたが……」
首を捻る相方。私も同じ気持ちだ。
「そ、それなんですが……実はメンテ日を前倒しにして、今日に行うというお知らせをしたのですが、届いてないみたいで」
「うぅ……ごめんなさい。私が……皆さんに伝えるの、忘れてしまっていて……」
ビクビクと震えながらしゃべる女の子。話の限りだと、どうやらこの子は、伝達ミスをやってしまったらしい。
「なんですって!? そんな大事なことをどうして忘れるの!」
激昂する相方。そこまで怒らなくたっていいのに。
「ヒッ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「所属と名前を言いなさい。責任はしっかり取ってもらうわよ!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
尚も弱々しく謝る女の子。正直、見てられない。
「ごめんなさいではなく、所属と名前を」
私は相方を手で抑え、落ち着かせることにした。
「ハイハイ、そんなに怒ったら、答えられるものも答えられないわよ。とにかく、まずは業者さんの話を聞きましょう」
「けれど……そうね、まずは解決しなきゃ」
相方は何とか落ち着いたらしい。私たちは業者に話を聞くことにした。
「それで、メンテナンスは今日行うのですね?」
私はため息を漏らしながら、聞いた。
「は、はい。つきましては、メンテナンスをしてる際に、どなたかお1人でいいので、立ち合いをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はぁ、立ち合いですか……ちなみにお時間は?」
「30分ほどです」
「30分……」
これは正直、勘弁してほしい。同級生といるときと違って、業者がいるんじゃ、ゆっくりお茶を飲むこともできない。ただでさえ暗い監視室で、落ち着かない時間を、30分。
確かにいつもそのくらいかかるらしいけれど、それに付き合わなくちゃいけない日が来るとは、思わなかった。
「あ、あの……私が立ち合います。私のミスで起こったことですし、埋め合わせをさせてください!」
健気にも頭を下げる女の子。
「うーん、でも……」
「いや待って、ここまで言ってるんだし、この子にやってもらおうよ」
決めかねる相方の肩を叩いて、私はそう言った。実際のところ、私はこんな事態にした、この女の子に感謝したいと思ったのだ。
形はどうあれ、退屈な警備当番から解放されるというのは、今の私にとっては、何よりも魅力的に思えたのだから。
「……そうね、わかった。自分で言いだした以上、しっかりと責務を果たすのよ」
厳しい顔をする相方だが、目には歓喜の色が、隠しきれずに表れていた。私は知ってる、この子もなんだかんだ言って、この当番を早く終わらせたいと、思っていたのだ。
「は、はい! ありがとうございます!」
女の子は深々と頭を下げた。
「私たちは別の仕事をやってるから、その間、お願いするわよ」
相方は少し声が浮かれてた。あれだけ怒ってたくせに、現金な子だ。
「はい! お仕事、頑張って下さい!」
相方の『別の仕事』という言葉を、女の子は素直に信じたらしい。私は少しだけ罪悪感を覚えた。
「それじゃあ、任せたわ」
私はそう言って、相方と一緒に、その場から離れた。望んでいた変化とは少々違うが、ラッキーだ。まだ昼休みは十分にある。庭園の見えるテラスで、カップケーキでも食べるとしよう。
「……結局、誰だったのかしら、あの子」
相方は思い出したようにそう呟いたが、私にとっては最早、どうでもいいことだった。
◇
「……行ったな」
「え、ええ……」
まず第一段階は成功だ。
「よし、斎藤。他の3人に監視カメラの無力化を伝えろ。それが終わったら予定通り、モニタの映像を、お前のスマートフォンで共有できるようにしておけ。できるんだろ?」
「は、はい。多分……」
ワイシャツ姿の斎藤は自信なさげに答えた。
「しっかり頼むぜ、『業者さん』」
俺が聖グロリアーナの生徒に、そして斎藤がメンテナンス業者に変装して、一芝居打って監視室から人を離れさせ、監視カメラの危険性そのものを無効化する。
女装なんてするのは非常に不本意ではあるが、これが最も手っ取り早いので、甘んじるしかなかった。
「でも、ここまで上手くいくとは、思わなかったっすね、小山さん」
そう言いながらラップトップを開き、作業に入る斎藤。
「油断するなよ、ここからだ」
俺はカメラに映った映像を見た。見えるのは学園の正門、裏門の他いくつかの出入り口、あとは廊下や歩道などの通路と、学校外の景色だ。プライバシー保護のためか、教室などの部屋にカメラは置かれてないらしい。
思ったより穴はあるみたいだな。好都合だ。
「……あれ、なんだよここのUSBまだ2.0なのかよ遅れてんなァ……」
横で愚痴を呟きながら斎藤は手を動かしていた。
「おいどうした、問題か?」
「あ、いや……」
聞かれてたと思わなかったのだろう。斎藤はバツの悪そうな顔を俺に向けた。
「できないのか?」
「いえそんなことは……ただちょっと手間取っていて」
早口で斎藤は答えた。こんな初期段階でつまづくことになるとは思わなかった。どうやら予想以上に、手間のかかる仕事になるらしい。
「結論から言え、映像の共有はできるのか?」
「? そりゃできますよ」
「はぁ?」
何を当たり前のことを聞いてるんだと言わんばかりの斎藤に、俺もそんな声が出てしまった。
「じゃ何が問題なんだ?」
「これの機材が古くて、モニタの映像とスマホの映像に大分ラグが発生してるんですよ」
「ちなみにどのくらい?」
「0.51秒もです。ラグは0.3秒以内にしたいんです」
……俺は何も言葉を言えずにいた。コンピュータ関係になると性格が変わるのは知ってたが、ここまで面倒くさい方向に変わるとは思わなかった。
「それに考えてみてくださいよ監視カメラとモニタのラグが3秒程度と考えるとそこに0.5秒も加わるんですそんなの我慢できません0.2秒短くできるかできないかは一見大したことないようですが雲泥の差で」
「斎藤」
俺はキーボードを打っている斎藤の左手を掴んだ。
「へ、あ!? はい……?」
不意な行動に大分驚いたのだろう。斎藤は手を止め、たじろぎながらこっちを見た。
「お前が今やることは?」
「え、映像の共有です」
「その目的は?」
「え、えと……どこに何があって、誰がいるかを、把握するためです」
「そうだな、よくできた……0.5秒のラグか、それは大変だな」
「い、いや0.5秒じゃなく0.51びょ」
「黙れ」
「黙ります」
斎藤は完全に口を噤んだ。
「……ラグの低減は重要だ。だが0.2秒ラグを消すのと、さっさと映像を共有して、仕事を有利に進めるの、どっちが重要だと思う?」
「き、共有……です」
「いい子だ。じゃ早くやれ」
「あ、ハイ……」
斎藤はすぐに作業を再開し、そしてあっという間に監視カメラの映像を5人全員のスマートフォンに共有させた
「たく……」
斎藤が余計なことをしたせいで無駄に時間を消費してしまったが、これで、プランの下準備は終わったと言っていいだろう。
最初からこんな調子なら、他の3人がどんな行動に出るのかわかったもんじゃない。俺は頭が痛くなるのを抑えながら、斎藤を見た。
「……なんだよ斎藤、じろじろ見て」
「あ、いやその……」
斎藤もこちらを見ていたようで、奴は苦笑いした。
「せ、聖グロの制服、似合ってますね。本当に女の子み、みたいで」
……。
「……何が言いたい?」
「まさか、実は本当に女の子だったー、なんてー……」
「……」
「ハ、ハハハ……」
「……」
「ハハ……」
……コイツは帰ったらシメよう。そう思った。
「見張ってろ」
「はい直ちに」
与えられた時間は30分。残り時間は25分。俺は頭痛薬を持ってきてなかったことを、後悔した。
聖グロのGI6って普段どんな活動してるんでしょうか。潜入先でも紅茶飲んでたりするのか気になります。