諜報部隊タコさんチーム   作:生カス

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Crusader:十字架をつけた者たちの呼び名


10:【十】Crusader-聖グロリアーナ編.3

 学院から300メートルほど離れた、小さな屋外カフェの席。俺はそこで、天宮と共に待機していた。どちらもジャケットとハンチング帽を身に付けた英国風の格好だ。それはこの学園艦の男性によくみられる服装で、つまるところこの場所に限っては、目立たない服装ということになる。

 

「……おや、どうやら『業者さん』が作業を終わらせたみたいですよ、雨水さん」

 

 天宮が俺にスマホを見せてきた。画面には『今日は残業はなさそう』というSNSのメッセージ。これは事前に決めた暗号で、小山たちの仕事が完了したという意味になる。

 

「時間、どのくらいだっけ?」

 

 俺は天宮に聞いた。

 

「25分、でも実質的には20分程度と考えろ……て昨日言ってたじゃないですか、小山さんが」

 

 そういえば、昨日の夜に小山が説明してたっけか。

 

「余裕はないってことか」

 

 「でしょうね」天宮はそれだけ答えて、続けた。

 

「僕たちも、見つけた『ルート』を送ったほうがいいですかね?」

 

「いや、小山は俺たちに一任するって言ってた。万が一にでもバレるのは避けたいんだと」

 

 俺たちは学院にいる他の連中を逃がす『逃走係』だ。俺たちが動くのは20分間の作戦の後半。この20分は逃走も含めた20分だと考えると、その中で逃走に使える時間は5分ほどだろうか。それより短いかもしれない。

 

「でも、伝えるって言ってもメールとかでしょう? そんなもの調べられるんですか? その、技術がどうこうじゃなく、倫理的な意味で……」

 

 天宮は首を傾げた。

 

「斎藤ならやるらしい」

 

「わァお……」

 

 天宮が声に出すのも理解できる。曲がりなりにもまともに高校行ってるやつがそんな警察のお世話になることまでやるのかと思う。けど事情が事情とは言え、身内に躊躇なくやる奴がいる以上、聖グロにも同じ考えの人がいないとも限らないのだろう。あまり考えたくはない。

 

「じゃあつまり、僕たちがルートの確保にしくじったらゲームオーバー?」

 

「だな」

 

 少なくとも俺たちは、だ。小山のことだから、いざとなったら別の手を考えてるに違いない。最悪、俺たち2人を見捨てることも視野に入れてるだろう。アイツはそういうやつ。

 

「なら、なおさら失敗しないように、ですね」

 

「もう一度確認するか?」

 

「もちろん」

 

 天宮は笑った。

 

「一番確実なのは『ハリー』だっけ?」

 

 俺は聞いた。

俺たちは3つの道を用意するよう言われたんだ。それぞれ『トム』、『ハリー』、『ディック』。名前は小山がある映画から引用したらしい。あいつはそういうのがまぁ好きなのだ。

 

「ですね、警備も少ないし、道が入り組んでるから、1つや2つ通れない道があっても問題ない。追っ手を撒きやすいっていうのが何よりですね」

 

 本命が『ハリー』で、後の2つがそれが使えなくなった時のためのルートだ。と言っても、残りの2つは『ハリー』に比べると、逃げれる速度自体は速いものの、一本道なのでバリケードか何かで道を塞がれたらおしまいだ。どうにもならなくなった時の強行突破くらいには使えるかもしれない、程度のものだ。

 

「でも一番確実って、実は成功率低かったりしません? 女の子と話すときも、思いきって攻めたほうが案外良かったりしますし」

 

「それはよくわかんないけど……まぁ、小山が『ビッグX』の二の舞になんないよう祈っとこう」

 

「物体X?」

 

「……古いもん知ってるね?」

 

映画は観ないんじゃなかったっけか。

 

「名前だけ聞いたことあるんで。……なんにしても、確かに今はこうやって待つことしかできな」

 

「待てませんわ!」

 

突然そんな大声が聞こえた。俺と天宮はなんだなんだと思いながらその方向を見ると、なにやらデカイ車両が数両見えた。あれは戦車だ、こんな町中で見かけるとは思わなかった。

 

「我慢なさい、自業自得でしょう?」

 

「後生ですわアッサム様! 一両でも動けなかったら出場できませんわ! 私にドラッグレースに出るなと申しますの!?」

 

「動こうと動かなかろうと出るなと申してますの」

 

「そんなぁ……」

 

なにやら女の子が何人か集まって言い合っている……と言っても、言い合っているのは2人だけのようだ。1人は戦車に乗っている赤髪、もう1人はでこを出した金髪の子だった。

 

「なんだろう? 聞いた限りじゃあの子たち、あれでレースに出ようとしてたんですかね?」

 

「みたいだ」

 

「……レースって戦車でもやるもんなんですか?」

 

「知らねえよ……」

 

天宮の疑問はもっともなんだろうけど、俺に聞かれても困る。できるできないだけで言えば、ドラッグなら直線だけだから出来ないこともない……はずだ。

 

「あ……ていうか2人って、あれですよほら、『アッサム』と『ローズヒップ』!」

 

 天宮は思い出したようにそう言った。

 

「……なんだっけ、それ?」

 

けれど俺は思い出せなかった。天宮はガクッとうなだれた。

 

「『紅茶の園』のメンバーですよ……確か喚いてる子がローズヒップで、窘めてる子がアッサムです。他の子は多分、ローズヒップの小隊ですね」

 

 天宮は呆れた顔をして説明してくれた。

 ああ、そう言えばいた気がする。

 

「どうする? 念のため場所を移動する?」

 

 俺は聞いた。天宮は注文した紅茶を口につけた後、言った。

 

「いいえ、外にも監視カメラがあります。平日の昼に男2人がうろついてるのが写ったら、それだけで怪しまれますよ」

 

「……今はじっとしてるしかないか」

 

「そういうことです。それに彼女たちは僕たちのことなんか気にも留めていません。紅茶でも飲んでじっくり待つとしま……あ」

 

 天宮が何やら不安を煽るような「あ」を発し、急いでハンチング帽を深くかぶった。一体なんだと言うのだろうか?

 

「そこのお殿様方! 少しよろしくて!」

 

 ……その大声で『あ』の意味がわかった。気にも留めてないんじゃなかったのか? 俺はそんな視線を天宮に向けたけど、露骨に目をそらされた。そんなことをしても事態が好転することなどもちろんなくて、大声の主である赤髪の子(確かローズヒップだったか)がズンズンと聞こえてきそうな勢いでこっちに来た。

 

「お殿様方。お願いがありますの」

 

「え……いや、その……」

 

「……何やら切羽詰まっているようですね、どうしました?」

 

 俺が突然来た彼女に対応できないでいると、天宮は流れるように笑顔を作りそう聞いた。こういう時さすがと言うべきなんだろうか。

 

「あの戦車を直してほしいんですの!」

 

「……それは大分難儀ですねぇハハハハ」

 

 流石の天宮も少し対応しきれなかったのだろう。苦笑いをつくり、乾いた笑いをして見せた。

 

「お願いしますの! このままじゃ午後開催のドラッグレースに間に合わな痛あっ!?」

 

 ローズヒップが何やら頭をはたかれた。やったのは彼女を慌てて追いかけてきたアッサムという子のようだった。

 

「いい加減になさい! ……申し訳ございません。お恥ずかしい限りですわ」

 

 アッサムはそう言い、深々と俺たちに頭を下げてみせた。こちらの方はもう1人の方とは正反対の性格らしい。

続いてローズヒップ小隊の人達もこちらに集まってくる。ただでさえ目立ちたくないのに、冗談じゃない。

 

「でもアッサム様!」

 

「でもも何もございません! あなたは自粛というものをいい加減覚えなさい!」

 

「でもでもこのお殿様方、何やら機械にお詳しいオーラがありますわよ。特にあちらのメガネのお殿様! 初めて会ったのに何か親近感を覚えますわ!」

 

 そう言って彼女は俺を指さした。その言葉に俺と天宮は目を見開いた。俺たちは顔を動かさないまま、他に聞こえない程度の声量で話した。

 

「……なんでわかるんだ、あの人?」

 

「多分、天性の勘ですよ。いるんですたまに、ああいう娘」

 

「どうする?」

 

「シラを切りたいところですが……」

 

「初めて……? 確かに、この辺りではあまり見ないお顔ですわね」

 

 バツが悪そうに天宮は話を切った。そんなタイミングを見計らうかのように、アッサムがこちらを訝しんだ目で見てきた。

 

「ああ、先週ここに転勤したばかりですから、無理もないですね」

 

アッサムの怪しむような表情にも臆せず、天宮はスラスラと答えた。

 

「あら……確かにこの時期は異動が多いみたいですわね」

 

 納得したかのような口ぶりをするが、しかし彼女の懐疑的な眼は変わりそうもなかった。それには当然天宮も気づいているようだった。アッサムと天宮は話を続けた。

 

「失礼ですが、お仕事は?」

 

「システム関係をやらせてもらっていますが、どうかなさいましたか?」

 

「いいえ、ただ気になりまして」

 

 アッサムは続ける。

 

「と言うのもこの頃、身分を偽って学園艦に入る輩がよく見受けられると聞きましたの」

 

「それはまた、おっかないですね」

 

「そうですわね。なのでこちらも万全を期して臨みたいのでして……あの、お二方、失礼ですが一度入艦審査場まで来ていただけませんこと?」

 

「……すいません、時間がないので。身分証だけではいけませんか?」

 

「申し訳ありませんが、身分証は過去に偽造した者がいまして……先方の方にはこちらからも口添えいたしますので、ご理解いただけませんこと?」

 

 マズイな……逃げるか? いやダメだ。仮に今俺たちだけ逃げれても、学院にいる3人が気づかれて捕まっちまう。それじゃあここに来たそもそもの意味がない。どうする?

 

「……それは構いませんが、よかったらその前に、そちらの戦車を見てあげましょうか?」

 

 そう思っていたら、天宮は唐突にそんなことを言い出した。

 

「マジですの!? 頼みますわ!」

 

「ローズヒップ!」

 

 勝手に提案に乗るローズヒップを止めようとするアッサム。そこに天宮は「まあまあ」と割って入った。

 

「ここで会ったのも何かの縁でしょう。こっちの……『佐藤』さんは車弄りが趣味でしてね、得意なんです、ね?」

 

天宮は俺に話をふった。

 

「……まぁ、応急処置くらいなら」

 

「よっしゃ! これで間に合いますわ!」

 

 ローズヒップと小隊の人たちも乗っかって、無理矢理話を進める。天宮はそうやってなし崩し的に意識を俺たちからずらそうとしたらしい。しかしやはりアッサムはそう簡単に流されないようで、「しかし……」と言いあぐねていた。

 

「なぁに、そんなに不安なら見ていて下さればいいんです。僕たちが戦車に変なことしないよう、戦車を、しっかりと」

 

 天宮はアッサムに少し近づいて、続けて言った。この時のアッサムは少し緊張しているようにも見えた。

 

「15分くらいで終わりますよ。お時間は取らせませんから」

 

「そう言われてましても……」

 

「アッサム様ぁ……」

 

天宮に同調したのか、すがるような声でローズヒップが言った。

それが決定打となったのだろうか、アッサムは諦めたように深いため息を吐いて言った。

 

「……はぁ。15分です、それで直りそうになかったら諦めなさいな」

 

「ぃよっしゃあ! さすがですわアッサム様!」

 

どうやら話はついたらしい。少なくともこれで入艦審査場に連れていかれることは無さそうだ。今のところは、だけど。

 

「アッサムはローズヒップに甘いみたいですね」

 

天宮は俺の方に戻ってきて、そんなことを言ってきた。

 

「ローズヒップもはしゃいでます。ありゃ絶対直るって思ってますよ」

 

「だな」

 

「あんな素敵な笑顔を失望させるなんてこと、本当はしたくないんですけどね」

 

天宮の言ったことに、俺はいまいち理解できないでいた。それが天宮にも伝わったのか、そのまま話を続けた。

 

「多分『佐藤』さんは気づいてますよね? あの戦車の特性」

 

「……速いってことをか?」

 

「ご明察」

 

あの戦車の名前は知らないが、大洗のやつよりもやたら速いっていうのは、見て感じとれた。

戦車道で使用される戦車は、特殊素材のカーボンフレームが使われ、女性が使用することを前提にした調整が随所に為されている。そのためか、実戦で使うような本物と比べてやたらと軽い。

軽さっていうのは車両の速度を上げるために真っ先に考える基本的な要素だ。何が言いたいかっていうと、戦車道の戦車は実戦用のそれと比べて随分と速いのだ。

軽量フレームに大容量のレシプロエンジンを備えているのだから(モノによってはディーゼルだったりガスタービンだったりもするけど)、中には俺たちのバンよりも速い戦車なんていくらでもあるだろう。ローズヒップが乗ってるあれも、その一つだということだ。

 

「そう、ローズヒップが乗ってるあれ。あれは恐らく『クルセイダー』……聖グロで一番速い戦車です」

 

「案の定って感じだな」

 

俺の言葉に、天宮は頷く。

 

「で、僕たちは『ハリー』のルート上にいます。つまりあのクルセイダー小隊は、僕たちに真っ先に対応できる場所にいる。放っておくには、いくらなんでも不味いんじゃないですか?」

 

なるほど確かに、あのクルセイダーたちが追っかけてきたら、俺たちのバンなんてすぐに捕まっちまう。手加減してくれるようなドライバでもマシンでもなさそうだ。

 

「でもどうしろって言うんだ? たったの15分じゃいくらなんでも……」

 

「なんとかなりませんか? 向こうの気は僕が引きますから、お願いしますよ、『佐藤さん』」

 

「簡単にいうぜ……」

 

無理に決まってるだろうそんなの。一度に車両数台を15分足らずで、しかも気づかれずに動けなくする方法なんてどこに……。

 

「こっちですの! 早くしてくださいサトー様!」

 

ローズヒップにせかされ、良い案もないまま思考が止まる。それにしても『佐藤』か……咄嗟とは言え随分と適当につけたもんだ。

……いやまて、『さとう』……さとう、か……。

俺はふと、テーブルに置かれた、紅茶とコーヒー用のそれを見た。

……そうだな、試してみるか。

 

「ええ、ええ、今行きますよ」

 

俺はそう言って席を立った。ポケットにそれを隠して。

 

 

 

 

 

「……おいおい、嘘だろ」

 

スマートフォンを見ながら、小山は毒を吐いた。

 

「と、トラブルっすか?」

 

それを見て斎藤はそう聞く。小山はスマートフォンに目を向けたままそれに答えた。

 

「足どもが絡まれてるらしい。たく、何で待ってるだけで、そんなことに巻き込まれんだよ」

 

「ま、まずくないすかそれ? 俺たち、逃げれるんすか?」

 

「いいからテメエは見張ってろよ」

 

小山は苛立ちを隠しきれないようだった。だがそれでも頭は冷静さを失っていないようで、淡々と今の状況を述べた。

 

「残り時間は10分程度……こっからがメインだ」

 

小山は数ある監視カメラのうち、ひとつを見つめた。そこには行き交う生徒に混じって、深く帽子をかぶり、モップを持った清掃業者のような出で立ちの男が映っていた。

 

「しくじんなよ、服部」

 

服部と呼ばれたその男は、まばたきをした途端いなくなり、それ以降カメラには映らなかった。

 




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