あっという間に時間は過ぎ、今は放課後の部活動の時間。自動車部の俺は、特に代わり映えもなくクルマを弄っていた。
西住さんを勧誘したあの後にも、戦車道の話は学校中のあちこちで聞くようになった。復活することを今日発表したというのもあるだろうけど、一番効果があったのは多分、生徒会が行ったデモンストレーションだろう。
無限軌道のようにカタカタと愛らしいだの大砲のように情熱的で必殺命中だの、よくわからない美辞麗句に上乗せして、200日の遅刻取り消しとか3倍の単位ボーナスとか、通常じゃあり得ないような好待遇を提示してきた。何で生徒会があれだけの権限を持ってるのかというのは疑問だけど、面倒なので考えないことにした。
それより考えたほうがいいのは、勧誘に失敗したことだ。『駄目でした』といったところで杏ちゃんが無事にすますはずがない。さてどうしたもんか……。
……それにしても西住さん、なんか前に見た気がするんだけど、どこかで会ったっけな……?
「おーい、雨水ー?」
「ん……?
「どうしたって、今の話聞いてなかった?」
「あー……すいません、何だっけ?」
俺のその言葉に、「もぉ」と軽く眉をひそめて、全く威圧感のない怒ったそぶりを見せてくる。この人は中嶋先輩、幼い見た目をしてるけど3年で、俺が所属している自動車部の部長だ。
……正直最初に会った1年の時は、小学生かいって中学生くらいだと思った。まさか年上とは夢にも
「今腹立つこと考えてない?」
「いいえ。それより話って?」
「選択科目の話。雨水は何とるんだろうって」
「あー……そうすね、どうしようかな」
多分杏ちゃんに協力することになるから、戦車道を選ぶことにはなるだろうけど。
「じゃあ戦車道やろうよ雨水、私もとるから」
「
土屋は相変わらずのニパッとした笑顔で「うん」と答える。くせ毛と、控えめのそばかすを加えた笑顔が特徴的な女の子。土屋は自動車部で唯一同学年の2年で、それもあってか学校で最も時間を共にしてるのはコイツか小山のどっちかだろう。
「土屋がというか、私たち全員に戦車道とらないかって、誘いが来たんだよ。整備担当でって」
「生徒会の人達からね。戦車なんて整備したことないから面白そうだなーって思ってさ。雨水にも来てない?」
土屋のいったことに
「雨水?」
「あー戦車道ですか、俺も誘われましたよ、ええ」
何故この人には思考がばれるのか、と思えるくらいには、中嶋先輩は察したらしい。俺をジトッっとした目で見てきので、俺はごまかすように少し早口で鈴木先輩に答えた。
「どうすんの? 面白そうだし、とるっしょ?」
「……そうですね、滅多に無い機会ですし、やってみようと思います」
「ホント? やったー!」
俺が戦車道をとると言うと、土屋はバンザイをするように両手をあげ、はしゃぎだした。俺が入ったところであまりメリットもないだろうに、なぜそこまで嬉しがってくれるのかは、すこしわからなかった。
……まあ、どっちにしろ戦車道は取らざるを得ないだろうし、戦車を弄ってみたいというのも本当だ。そういう意味では、杏ちゃんの提案はいい機会だったのかもしれない。そう思うことにした。
「さーて、じゃあ近いうち忙しくなるかもだし、今のうちにめいっぱいクルマ弄んなくちゃ」
「そうだね、やりたいこと済ませちゃおう」
中嶋先輩と星野先輩の言葉に「おー!」と他の2人も声を上げる。戦車か……一体どんなのが来るのやら……。
「雨水とかはなんかある? やっときたいこと」
考えていると、中嶋先輩はそう聞いてきた。やっときたいことか。何かあるだろうかと思いながら、今目の前にあるクルマのボンネットを撫でる。
そうやって、やっときたいこと……『やっといて欲しいことを聞いた』
「……この子の整備、しときたいかな」
「この子って……そのトランザムの?」
そういって中嶋先輩は俺が弄っている車を指さす。ポンティアック・トランザム。つい最近廃品回収で拾った、ゼネラルモーターズの第3世代車だ。結構前の車だけど、ナイトライダーって言えばわかる人はわかると思う。逆に中嶋先輩たちはトランザムは知ってたけどナイトライダーは知らなかった。ちょっと悲しい。
「この前に来たばっかりだろ、それ? エンジンと足回りは問題ないみたいだし、一回テスト走行してからの方が良くない?」
「そうなんですけど、なんだか、『ちょっと息がつまる』みたいなんです。ターボの過回転かも……タービン、あと少しだけ大きいのにしてもいいかもしれません」
俺がそういうと、星野先輩は「ふーん……」と意味深に唸り、少しだけ微笑んだ。
「雨水って時々、クルマと会話してんじゃないかって思う時あるよね」
「そうそう、雨水が弄ったクルマって性能とかじゃなくて、ホントに気持ちよさそうに走るんだよね」
中嶋先輩も土屋も、そう言って話に入ってくる。確かに、俺はクルマに触れてるとき、何となくそのクルマのことが伝わってくる。性能のよくないクルマでも、『突っ走る性格』な奴だったら、予想よりずっと速く走れるし、逆にいくら性能が良くなっても、クルマと合わないパーツが入ると気持ち悪さや痛みを感じて、結局すぐに故障する原因になったりと、そのクルマの性格や状態……もしくは感情が、肌を通じて伝わってくる。
もちろん、気のせいだ幻覚だ、機械にそんなものはないと言われてしまえばそれまでだけど。
「雨水はクルマを悦ばすのが得意だよねー。入ったばかりの時はあんなに初々しかったのに、こんなド変態になるとは……」
「鈴木先輩、それ褒めてくれてます?」
「もちろん褒めてるっしょ」
けど、そんな俺の戯言を、ここの人達は真面目に聞いてくれる。ちょっと変なことを言っても、こうやってちゃんと意見として受け取ってくれるのは、嬉しい反面、あまり経験のないことなので、どう対応していいかわからなかった。
「じゃ、今日はとりあえずトランザムのタービン交換しよっか、明日は別のことね」
「あ、じゃあ私トランザムでドリフトしたい!」
「タイヤのスペア少なくなってきたからダメ」
「中嶋のケチんぼ!」
中嶋先輩と土屋のお喋りを聞き流しながら、俺は作業に入った。
……多分、戦車道を始めたあとは、クルマじゃなくて、戦車を相手にすることが多くなるだろう。少し怖い反面、戦車っていうのは、どういう奴らなのか、
(……あれ? ホントに見たことなかったっけ?)
いや、一回どこかで会った気がする。
(………そうか、あの子)
俺の頭の中では、戦車を見たその時の記憶が手繰り寄せられて、その中には彼女……西住さんの顔が見えた。
◇
「そろそろ説明してくれ、会長」
放課後、俺は生徒会室に来ていた。理由は当然、聞きたいことが山ほどあるからだ。俺の言葉を聞いてるのか聞いてないのか、会長はこたつにうずくまってアンコウ鍋を食べていた……どこにあったんだあれ? 他の2人はいない、今は彼女だけのようだ。
「やぁ、蜜柑ちゃんも食べない? 4月って言ってもまだまだ寒いでしょ」
「三味線弾いてんじゃねえぞ。西住のこと、調べさせてもらった」
「……ふーん、それで?」
「大した経歴だな。かの強豪校、西住流の次女で、黒森峰女学園でチームの副隊長を務めた。しかし全国大会のプラウダ戦にて独断で人命救助をし、それが原因となり敗退。それがいろんなメディアで晒され、結果戦車道がなかったこの学校に転入、そして現在に至る……と」
「それが?」
「コイツが過去のことで戦車道を避けてるってことくらい、わからないアンタじゃないだろ。トラウマえぐり出すような真似までして、戦車道やらせようって理由はなんだ?」
今回の会長はいつもと違う。それはコイツと幼馴染の雨水が察せるくらいには顕著に出ていた。はた迷惑で相手の都合を考えないのはいつも通りだけど、今回のこれは度が過ぎてる。超えちゃいけないラインを、今回コイツはあえて超えてる、そんな気がしてならない。
「……」
「教えろ、あるんだろう? なりふり構ってられない問題が」
「……ホント、君は末恐ろしいねぇ、つくづく」
その言葉と共に、会長は箸をおき、その顔からいつものにやけ面が消え、真剣な眼差しを俺に向ける。
「今はまだ話せない。ちゃんと話すべき機会に、しっかりとみんなに伝えるよ」
「全部手遅れになった後にネタバラシってのは詐欺の常套手段だぜ、会長さんよ」
「ッ……」
「……」
数秒か、それとも数分か、俺たちは互いを見つめ合った。彼女の瞳をよく見てみると、いろいろな感情を想起させた。怯えている、いや焦っている……なんなんだ? 一体何にそんな……
……もしかして、コイツだけのことじゃない? それこそ、学校全体とか……
「……」
「……まぁ、いいさ、今は聞かないでおく」
「あ、あれ? ず、随分あっさりだね?」
そういって少しどもりながら彼女はそう返す。コイツが狼狽する姿とは、何気にとても貴重なものを今俺は見てるのかもしれない。
「そうでもないさ。少なくとも、アンタがそこまで焦んなきゃいけないことがあるのはわかった」
「……かわいくないなぁ、蜜柑ちゃんのくせに」
「そうかもな、それに、聞きたいことは他にもあるんだ」
「というと?」
「なんで西住のスカウトを俺たちに任せたのかってことだよ」
「ああ、それ」
これが一等理由がわからない。わざわざ俺や雨水を使うメリットがない。どころか、俺達みたいな交渉ベタにやらせるよりかは、生徒会のやつらが勧誘した方が、まだマシな目があったはずだ。
「別に大した意味なんかないよ? ただ他にやることがあったから任せただけ」
が、俺の思惑とは裏腹に、会長はあっけからんとした調子で答えた。
「はぁ? なんだよ、そのやることって?」
「んー……どうしよっかなー。話しちゃってもいいけどなー」
……コイツのこの顔は知っている。何度も見た顔だ。無茶振りや人権を考慮しないようなことを俺たちにやらせる。この顔になったコイツに俺と雨水は何度煮え湯を飲まされたか知れない。
「……やっぱり聞かなくていいか?」
「んーいいけど、そうなったら明日に不思議なことが起こるかもしれないよー? 男子寮を突然追い出されるとか」
「てめぇ……」
何よりたちが悪いのは、聞いても聞かなくても碌なことが起きないことだ。そして大概聞かない方がより一等碌でもないので、自然聞く以外の選択肢がなくなってしまう。
「……わかった、話せ」
「んー? 上級生にモノを聞く態度じゃないなー?」
「教えて下さい角谷生徒会長ッ!」
そう言うと、またいつものにやけ面を俺に見せて、ガサゴソと何かを漁っていた。さっきの仕返しか?
「♪~」
「なんで鼻歌まで歌ってんだよ……」
「まぁいーじゃんか……あったあった、これ見て」
「? ……なんだよ、コイツら?」
会長が出したその資料には、3人の男子の写真があった。
◇
「あー、結構遅くなったな……」
思ったよりタービンの交換が長くかかってしまい、時刻はもう8時を回ってる。結局交換に付随して他にも数か所弄んなきゃいけないとこが出てきて、明日改めてテスト走行という形になった。
……土屋がやりたがってたけど、ドリフトばっかでテストになんないからやめさせろって中嶋先輩に言われた。ドリンクバーで手を打ってくれりゃいいけど……。
「……ん?」
ふと、前に人影が立っているのが見えた。遠くで顔は見えないけど、見た限りじゃうちの学校の女子の制服だ。どうしたんだろうか、こっちには男子寮以外めぼしいものなどないと思うけど。
「……て、西住さん?」
「あ、雨水君……」
人影の正体は西住さんだった。俺が名前を呼ぶと、西住さんは俺の方を見て、控えめな声で俺に返事をした。
「あの、なんでここに?」
「あ、ええと、女子寮に帰る途中なんだけど、道に迷っちゃって……」
「……女子寮、真逆の方向だよ。あっち」
「え、うそ……」
……なんというか、色々心配な人だな。いや、人のことを言えた身分じゃないけれど。
「……よかったら、案内するけど」
「あ……お願いします」
このまま放っておくのも何やら忍びないので、女子寮まで彼女を送ることにした。
「…………」
「…………」
……どうしたもんか、なんか話した方が良いかな? 戦車道とか……いや、さっき断られたのにその話題出すのもどうなんだろうか……。
「あ、あの、雨水君」
俺がない頭をひねって話題を探していると、彼女も沈黙に耐えられなかったのか、俺に声をかけてきた。
「……なんだい?」
「雨水君と私って……前にあったこと、あるよね?」
「ああ……」
西住さんの言葉で、話そうとしていたことを思い出した。そうだ、俺は1年の頃、この人と会ったことがある。
熊本でのことだった。俺はあるクルマのオーバーホールを依頼するために、西住常夫さん……つまりこの人のお父さんを訪ねて、西住さんの家まで行ったことがある。その時に会ったのがこの子だ。経緯は省くけど、その時にとある事情でこの子をクルマに乗せて、場所は覚えてないが送ることになったので、その時に少しだけ会話をした記憶がある。
と、まあ知り合いと呼べるかも疑問が残る程度の面識だったので、正直西住さんが俺を覚えていたことには驚いた。
「よく覚えてたな、俺のことなんて」
「う、うん……結構印象的だったから」
そうだろうか? 自分ではそこまで誰かの記憶に残るような人間には思えないけど。
「あれ、でもなんでこの学校に?
「ッ……」
と、俺の言葉を聞いた途端、西住さんは足を止め、顔を俯かせてしまった。……あれ、どうしよう、もしかしなくても地雷踏んだ?
「ごめん、変なこと聞いちゃったか」
「……ううん、大丈夫」
そうは言うものの、西住さんは顔を俯かせたまま、微動だにしない。……しまったな、こういう気遣いが足りないって、小山にいつも言われてんのになー……アイツに言われたくはないけど。
「……雨水君」
「あ、はい……?」
「……また」
西住さんは、その表情を伺えないまま、言いにくそうに言葉を紡ぎ出そうとする。しかし意を決したのか、俺に聞こえる程度の声量で、彼女はしっかり言った。
「また、私の話を聞いてくれませんか?」
◇
「……コイツらを使って何をしようってんだ?」
俺の目の前には、3人の男子生徒の資料が置かれていた。どいつも入ったばかりの新入生だ……コイツらが何だっていうんだ?
「その子たちだけじゃないよ、君も永ちゃんも入ってる」
「……目的を簡潔に言え、いやな予感しかしねえけど」
「察しがいいねえさすが蜜柑ちゃん。じゃ、発表しよー」
そう言うと会長は、大仰に手を振り上げ、出来の悪いバラエティ番組の司会者のように宣った。
「小山蜜柑、雨水永太、斎藤冬樹、天宮仁郎、服部宗平。以上5名には、特別チームを作ってもらうよ」
「特別チームって……なにやれってんだよ?」
その問答に対し彼女は、さっきまでとはまた違った、しかしなお役者じみた動きで手を組んで、悪役みたいな口調でこう言った。
「……
「蛸……?」
「そ、蛸」
「みんなに隠れて、お宝を持ってきてくれる。私の蛸に、ね」
そのいたずらっぽい笑みの中に、どこか強がりのようなものを感じたのは、きっと気のせいだと、今はそう考えることにした。
文字数多い割に話が思うように進まない……次回からはやっとメインの5人がそろう予定です。