諜報部隊タコさんチーム   作:生カス

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prepare:準備する、心構えをさせる、など


3 : 【備】Prepare

 その時は、とてもプレッシャーを感じていた時期でもあった。戦車道のこと、家のこと……でも、誰かに本心を打ち明けるなんて、私にはできなかった。

 雨水君に初めて会ったのは、そんなとき。私がまだ実家にいたとき。お父さんに用事があって来たみたいだけど、車の修理……ということだけで、詳しいことは私にはわからない。

 雨水君と話すきっかけができたのはその後。実はその時、戦車道の練習試合があって、それに遅刻しそうになってた。そしたらお父さんが「雨水君に送ってもらえ」なんて言うから、男の子と話したこともない私は、いきなり車で2人きりなんてことになって、困惑した。けれど不思議と、どっちが切り出したかは微妙で、何とも言えないけど、しどろもどろでも私は彼と話した。

 

『このまま行っていいんですか? あんまり気のりしてないみたいだけど』

 

 会話が少し続いた後、雨水君は何かを察したのか、そう聞いてきた。それで、なんでかはわからないけど、私はその時思っていたことを、家族にだって話さなかった苦しいことを、その人には打ち明けた。知らない人だったからかもしれない。身近にいる人じゃないからこそ、明かせるものもあったからかもしれない。なんにせよ私は雨水君に話した。弱音だったり、どうしてって思ったことだったり……そして、アナタならどうしますかって。

 雨水君はそれに『わからない』って言った。当たり前だ。他の人にどうこうしてもらう問題じゃない。ただ聞いてほしかっただけ。

 それだけならそれだけで、これでおしまいだけど、実はまだ続きがある。

 場所について車から降りて、じゃあさようならってなったとき、雨水君は私にこう言った。

 

『あんまり、深く考えなくてもいいと思う』

 

 逃げたきゃ逃げりゃいい、別に力まなくたっていい……そんなことを言ってきた。それができたら苦労しないって、正直少し思った。でも、それ以上に、そんな風に言ってくれる人がいるっていうことが、何だか可笑しくて、不思議とその言葉は私の胸にストンと落ちてきた。

 それ以来、不思議と彼との会話を忘れたことは無かった。辛いこともたくさんあるけど、思い出すと、あれこれ深く考えても仕方ないって、力まず目の前のことを頑張ろうって思えた。

 ……でもそれでも、限界はきちゃった。

 

――――

――

 

 

 

「……そうかい、全国大会でそんなことが」

 

「うん……」

 

 私はいつかの時みたいに、雨水君に自分のことを話した。特に戦車道の全国大会のこと、事故に遭った乗員を救助に向かったこと、それが原因で敗退したこと、そして、私がやったことの責任と、周囲の否定に耐えきれなくなって、ここまで来たこと……。

 

「……ねえ、雨水君はどうすれば良かったと思う?」

 

「……難しいこと聞くね、随分」

 

 わかっている。そんなことはわかってる。でもそれでも聞いてほしかった。何でもいいから、またあの時みたいに、どうするべきか言ってほしかった。

 

「……実は今、戦車道一緒にやろうって、友達に勧められてて……」

 

「そうか……西住さんは、どうしたいの?」

 

「断ろうって思ってる。もう、戦車道は……」

 

「まあ、無理もないよな」

 

「逃げなのかな、これって?」

 

 そうやって聞くと、雨水君はきょとんとしたような顔をして、こっちを見た。

 

「こうやって転校までして、いやなことから離れるって、逃げてるってことだよね」

 

「……ああ、なるほど。そうだな、俺にはわかんないよ」

 

「……うん」

 

 それを聞いて少しだけ驚いた。『そうだね』か『そんなことはない』で……それも多分『そうだね』の方を雨水君は言うと思ったからかもしれない。言ってほしかったからかもしれない。

 ……多分驚いたんじゃなくて、不安になったんだ。回答が貰えなかったから。

 

「で、でも、前の学校では逃げだって言われたの。だからきっと、私なんか……」

 

「逃げるのが嫌なの?」

 

「え、えっと……」

 

 私は何も言い返せなかった。なんて言えばいいのかわからなかった。今まで目をそらしてたものに、今になって向き合ったような感覚があった。私はそれになんでか何も言えず、うつむいたまま歩き続けてしまった。

 ……数十秒、数分、十数分、何も答えられないままの私の横を、彼はただ黙って歩く。もう見覚えのある道まで来ていた。女子寮までもうすぐ。

 

「雨水君」

 

 もう一度私は彼の名前を呼んだ。彼は横目でチラッと私を見た。心の中にあるドロッとした不安を消してほしくて、私は雨水君に、前みたいに聞いた。

 

「……私はどうすれば良いと思う?」

 

「俺はどうも思えない」

 

「……え……それってどういう……」

 

 狼狽していると、彼は全くの無表情で、光のない目を私に向けて言った。

 

「自分で考えな。せっかくここまで来たんだ」

 

 淡々としたイントネーションの、その言葉を聞いた瞬間、なんでか一歩も動けなくなった。傷口をゆっくり、優しくえぐられるようで。

 ……でもその言葉は、嫌になるくらい私の中にストンと入ってきた。

 

「……」

 

「……悪い。今言ったこと、気にしないでくれ」

 

「ううん。じゃあ、もう道は大丈夫だから……」

 

「そっか。じゃあ、また明日」

 

 気まずそうにそう言うと雨水君は、来た道を引き返していった。少しして彼の方を振り返った。思っていたよりも、彼は遠くに行っていた。

 

「……帰ろ」

 

 私はそう呟いて、一人帰路についた。結局、どうすればいいかわからなくて、不安や怖い気持ちは消せないまま。

 ……けれど不思議と、ずっと心の中にあった、ドロッとした何かが、薄れていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、放課後。俺と小山は案の定生徒会に呼び出しを喰らった。議題は予想できる。大方、勧誘失敗のことだろう。

 

「はー……」

 

「随分とブルーだな。こっちまで気分が重くなるからやめろよ」

 

「……お前は唯一の友人を気にかけることもできねーのか」

 

「誰が唯一だクソメガネ。そもそも、テメーを友人と思ったことなんざねーよ」

 

「あっそ……」

 

 小山と軽口をたたき合いながら廊下を歩く。気分が沈んでるのは多分、昨日の西住さんとのことがあったからだ。なんであんなことを言ったのか。俺があんな余計なこと言う必要はどこにもなかったんじゃないか。そんな考えが頭から離れないでいる。

 あの時の西住さんの顔が今でも忘れられない。余計に傷つける結果になってしまったのだろう。そう思うと余計に罪悪感が襲ってくる。

 

「でも意外だな、お前にも人を思う心があったなんて」

 

「お前なー……まあ否定はせんけども」

 

 小山に昨日のことを話したら、思った通り慰めるどころか傷口をより広げる返ししかくれなかった。

 

「ま、今は会長様にどう言い訳するかでも考えとけよ、雨水。俺も特別にフォローしてやる」

 

「お前、俺だけのせいにしようとしてないか?」

 

 そんなことを言いながらも、俺たちは気づいたら生徒会室の前に立っていた。今度はどんな目に合うものかと辟易しながら、小山が無作法にドアを開けるのを見守る。中には、会長含めいつもの3人が待ち受けていた。

 

「やー2人とも、今回はよくやってくれたねー」

 

「……は?」

 

 会長から突然発せられた上機嫌な言葉に、小山はあっけにとられたような声を出した。俺も声には出してないけど、同じ気持ちだ。なぜあんな機嫌が良さそうなのだろうか。

 

「……ん? どうしたのさ、呪いのビデオでも観たような顔して?」

 

「やめてくれ杏ちゃん、『リング』の話するとまた小山がトイレに行けなくなるんだ」

 

「作ってんじゃねぇぞクソメガネ!」

 

 お返しだ。このくらいは許せよ。

 

「んなことより、どういうつもりだよ会長。勧誘は失敗したんだろ?」

 

「あれ、知らないの? 西住ちゃん戦車道やることになったんだよ」

 

 その言葉に俺と小山は顔を見合わせる。そうしながら、その言葉にどう返していいかわからないでいると、小山が先に聞いてくれた。

 

「……なあ会長様よぉ、恐喝ってのは刑罰が下るんだぜ? 俺、アンタの顔を朝っぱらからニュースで見たくねーぞ」

 

「お前は毎度毎度、会長をなんだと思っているんだ!」

 

 キレた河島さんに、杏ちゃんは「まあまあ」と言いながら抑える。少しして彼女は俺たちの方を向き直した。

 

「まあ否定はできないけどね。でも、最後はなんか吹っ切れた感じだったよ? 友達と一緒に来て『私、戦車道やります』って、力強く。どっちかが何か言ったんじゃないの?」

 

「……心当たりあるか、雨水?」

 

「いや、全然……」

 

 百歩譲ってあるとしたら昨日の放課後……でも、あれでそんな風に吹っ切れるか? ならやっぱり違うよな。多分、西住さんの友達によるところが大きいだろう。俺達は関係ないと思う。

 

「ま、何にせよ、これでうちの学校も戦車道を本格的に始められるわけだ」

 

 そうやって、先程から上機嫌な表情を崩さない杏ちゃん。……まあ、お咎めがないなら、それに越したことはないか……。

 

「てか、それならなんで俺たちを呼んだんだよ? まだなんかやれってか?」

 

 小山が鬱陶しそうに杏ちゃんに聞く。そういえばそうだ。成功したんなら俺たちを呼ぶ理由がない。お礼を言いたいからわざわざってのも杏ちゃんには考えにくい。

 

「あぁ、そうそう。2人にはこれからのこと話しとこうと思ってさ」

 

「……これから?」

 

「そだよー。言ったでしょ、何かと男手がいるって」

 

 そう言うと、杏ちゃんは部屋に飾ってある時計をちらりと見た。何かを待っているんだろうか。

 

「蜜柑ちゃんには昨日話したんだけどさ。君たち以外にも協力者がいるんだよね」

 

「協力者?」

 

「……戦車道のサポートチームだとよ。俺とお前の他に、あと3人がこれに入るらしいぜ」

 

 小山が俺にそう補足した。サポートチームっていうと、部活のマネージャーのようなもんだろうか。

 

「うんそうそう、今回はその3人と顔合わせしてほしいと思ってさ」

 

 杏ちゃんのその言葉で、なんで呼ばれたのかは理解できた。……でもわざわざチームまでつくることなんだろうか。何か引っかかる。

 そう思っていると、後ろのドアから『コンコン』と、2回叩いた音が聞こえた。

 

「お、来たね。どーぞー」

 

 そして、ドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 ドアを開いて、そう言ったのは口の軽そうな奴の1人だけ、しかし入ってきたのはそいつ含め3人だった。後の2人は黙って入ってくる。資料で見たのと同じ顔だった。

 

「こんにちは。わざわざご足労ありがとねー」

 

「いえいえ、僕も一度、会長には会ってみたいと思っていたんですよ」

 

 口の軽そうな奴が慣れたように笑顔をつくってそう答える。

 

「天宮君だよね? いやー噂通りの美男子だねー」

 

「アハハ、会長の美貌には負けますよ」

 

 よくそんな歯が浮くようなセリフを平然と言えるもんだ。そう思いながら、コイツのプロフィールを思い出す。

 天宮仁郎(アマミヤ ジンロウ)。今年入ってきた1年で、弓道部に所属しており、弓の精度は百発百中。軽く結った長い黒髪が特徴で、その外見とオープンな性格から女子人気が高く、密かにファンクラブまでつくられてる、と……聞けば聞くほど嫌いなタイプだ。

 と思っていると、天宮は俺たちに気づいたらしく、こっちを向いた。

 

「へぇ……こんなかわいい娘がいるなんて知らなかったよ。どうして学ランなんか着てるんだい? よければ名前と一緒に教えてくれないかな」

 

 ……と、俺に向かってそうほざいてきやがった。

 

「……あー、天宮君だっけ?」

 

「ああ、雨水さんですよね? 話は聞いてますよ。それで、小山さんってのは……」

 

「……ん」

 

 そう言って、雨水は俺を指す。すると天宮は、ゆっくりと俺の方に向き直し、しばらくして雨水の指が指してるものを察したのか、その笑顔がひきつった。

 

「えっ!? だって2人とも男って……て、え!?」

 

「……いい加減はなれろこのカマ野郎!」

 

 そう言って俺は思いっきりけりをやつのみぞおちにめり込ませた。

 

「グハッ!」

 

「アッハッハッハッハ! み、蜜柑ちゃん。今度、じょ、女子の制服貸したげよっか? ブッハッハッハ!」

 

 何がそんなにおかしいのか、会長は大笑いしながらそうほざいてきた。ホントに貸し付けて来たら例え女でもぶん殴ってやる。

 そう思っていると、よろめきながらも天宮は起き上がった。チッ、そのまま寝てりゃいいのに……。

 

「あの……もう帰っていいですか? あまり放課後に居残りたくないんですけど」

 

 と、目が隠れてる男がそう言った。

 確かコイツは、斎藤冬樹(サイトー フユキ)。1年の帰宅部。ぼさぼさの髪で目が隠れてて、声も小さく、いかにも気弱な奴の佇まいだ。大体いつも誰とも話さず、スマホかパソコンを弄って、何やらしている……とだけ聞いてる。何やらって何だよとは思うが、天宮みたいに噂になってるならともかく、話したこともない奴なんで、資料以上のことはわからない。

 

「うるさいぞ、これから話すんだ。黙って聞け!」

 

「う……はい……」

 

 河島にきつく言われて斎藤は黙ってしまう。なるほど、典型的な強く出れないタイプだ。雨水とは別の意味で役に立たんかもしれない。

 

「……早くしてくれませんか。こちらも暇じゃないんだ」

 

 そうしてると、デカい男が静かに言った。

 服部宗平(ハットリ ソウヘイ)、いかついマッチョで、金色に染めた短髪とカミソリみたいな目つきの悪さで、不良と認識されている。斎藤と同じ帰宅部だが、コイツの場合は船舶科の男子連中と喧嘩してたりするらしい。暇なヤローだ。

 

「まーそうだね、そろそろ本題にも入りたいし……かーしまー」

 

「はい、会長。それでは、これより貴様らに重大な任務を与える」

 

 河島は大仰にそう宣う。久しぶりに自分に強く出ないタイプの人間が出て、ご機嫌ととれる。

 

「天宮仁郎」

 

「あ、はい」

 

「斎藤冬樹」

 

「は、はい……」

 

「服部宗平」

 

「はい」

 

「依然話したが、貴様らはこれから、そこにいる雨水永太と小山蜜柑の2人とチームを組み、戦車道の全面的なサポートを行うのだ。そこのメガネが雨水で、ちっこいのが小山だ」

 

「もちろん、履修者の特典はみんなにもあげるし、プラスで要望があれば可能な限りは答えるから、頑張ってね」

 

 河島の言葉に姉ちゃんがそう付け足す。何やら聞き捨てならない言葉も聞こえたが、面倒なので見逃してやる。

 

「あ、じゃあ今度デートとかしてくれませんか? 憧れだったんですよ。副会長とデートするの」

 

「え!? えっとその……」

 

「もっかい蹴られてぇかてめー」

 

「おっと、冗談ですって……」

 

 リスポーンがはやいな……つかまだ懲りねえのか天宮は。やっぱコイツ嫌いだ。

 

「さて、じゃあ顔合わせも済んだね、5人で仲良く、協力し合ってやってねー」

 

 どこまで本気なのか、会長はのほほんとした感じで俺たちに言う。この5人で仲良くかよ……ぜってー無理だ。特に天宮とは。

 

「じゃあ杏ちゃん、もう部活だし、失礼するよ」

 

「俺も帰ります……」

 

 雨水と斎藤がそう言って荷物を持ち、全体に解散の空気が流れだした。俺も帰って晩飯の支度でもしよう。

 

「あーちょっと待って」

 

 俺たちが足早に帰ろうとすると、会長はそう口を開けた。まだ何かあんのかよ、勘弁してくれ。

 

「君たち5人はまだ残っててね。かーしまと柚子はもう帰っていーよー」

 

「え……でも会長」

 

「個人的に話しときたいことがあるからさ、2人は先に帰っててよ」

 

「しかし会長。御1人だけでコイツらの相手は危険です!」

 

 危険って何がだよ。

 

「だいじょーぶだって。結構長くなるし、その間2人には戦車道の書類まとめといてほしいんだよ。明日からだし、時間ないじゃん」

 

「確かに……そうですね、早くやらないと間に合わないかも……」

 

「……わかりました。しかし何かあった時はすぐにお知らせください! 私が全力を尽くしてこいつらを排除します!」

 

「はいはい、じゃーねー」

 

 そんなやり取りの後、姉ちゃんはともかく河島は納得いかないのか、渋々といった様子で生徒会室をあとにする。それを見送った会長はこちらに向き直り、相も変わらず飄々とした調子で俺たちを見る。

 

「……それじゃあ、改めて話そっか。君たちに何をさせるのか」

 

「何って……戦車道のサポートでしょう?」

 

「そう、もうちょい掘り下げて言うと……」

 

 天宮の問いに、会長は静かに言った。

 

 

 

「ドロボー、をね……」




やっと投稿できた……(お盆が繁盛期の人)
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