「中嶋、エンジンテスト頼む」
「OK、待ってよー……動いた! いい子いい子ー」
エンジンの回る音が少しした後、すぐにそれは鳴り止んだ。それは、5両の戦車を直す作業がようやく終わったことを示す合図になった。
明日までに戦車を直せと杏ちゃんに言いつけられ、放課後からレストアを開始してもうどれくらい経っただろうか。あたりはすっかり暗くなり、少なくとも期日は明日から今日に変わってしまっていることがうかがえた。
「中嶋と星野のやつでもう最後かな。はぁー、流石に堪えるなー」
2人の様子を見ていたら、鈴木先輩が隣でそう話していた。年中部活動で同じようなことはしてるけど、それでもやはり慣れない仕事は疲労も溜まるらしい。
「あれ、そういえば土屋は?」
「あっちで寝ちゃってるよ。終わって安心したんじゃないか?」
作業を終えた星野先輩がガレージの奥を指さす。それに従って目を向けると、土屋が作業台の上で寝転がっているのが見えた。ついでに、中嶋先輩が彼女に毛布を掛けてるところも。
「全く、風邪ひいても知らないよー?」
「ま、しゃーないっしょ、もう4時だもん。私も……はァ、眠た……」
そう言いながら鈴木先輩は大きくあくびをした。なるほど、外を見てみると、ほんの一部分だけど、暗闇の中にほんの少し白みがかっている部分が見えた。けどむしろ……。
「むしろよく4時で終わったよねー……」
これまた眠そうな中嶋先輩が、俺と同じ考えを口に出した。全く持ってそう思う。5両の戦車を5人で明日まで直せなんて、無茶振りもいいとこだ。『角谷は絶対に上司にしたくない』って小山が前言ってたけど、それには俺も概ね同意できる。今も実質上司みたいなものだけど。
「保存状態がすごく良かったからね。なんだっけ雨水、あれ……」
「モスボール?」
「そう、それ。良かった。ホント、先代の整備士には感謝だ」
頭を無造作に掻きながら星野先輩はそう言った。言葉が少し拙くなってるのを見るに、他の2人ほど顔に出ちゃいないけど、眠たいのは同じらしい。彼女はうつらうつらと頭を揺らしながら言葉を続けた。
「ダメだ、終わったと思ったら一気に眠気が……悪いけどもう帰るわ。明日は私たち、休んでていいってさ」
「そりゃ最高……さ、土屋起こさなきゃ」
「……鈴木が起こしてよ、言い出しっぺ」
「……いっそのこと寝かしとく?」
中嶋先輩の言葉に、鈴木先輩は苦笑いしてそう言った。土屋は一度寝たらまず起きないのだ。真横でM型エンジンを大音量で回してもぐっすりだったくらいだし、おまけに寝起きは動物みたいに予測不能な動きをすることがしょっちゅう。実際俺が前に起こした時、頬は引っ張られるわ手はかじられるわと散々だった。
「そうは言っても、ここに女の子1人はちょっと危ないし。それに風邪ひいちゃうよ」
「ていうか、土屋が寝てたら鍵かけれないしな。とっとと起こすしかないでしょ」
星野先輩も正直限界なのだろう。眠たい顔の中に少しばかりの不機嫌さが見え隠れしている。……確かにこれ以上長くなるのは個人的に勘弁してほしい。となると、こう言うしかないだろう。
「起きるまで俺が見てますよ。鍵も俺が掛けときます。どっちにしろ、まだ少し残りますんで」
「え?」
俺が言うと、中嶋先輩はとても意外そうな顔をした。声こそ出してないものの、他の上級生2人にも同じような反応をされた。
「……雨水、アンタ熱でもあるの?」
「星野先輩まで……」
俺の額に手を当ててくる彼女は存外に心配そうな顔をしていた。
「だって雨水だよ? 早く家に帰りたい選手権ぶっちぎりで優勝した雨水が、『少し残る』って……」
鈴木先輩にいたっては、俺は聞いたこともない選手権で優勝したことになっているらしい。
「そもそも残って何すんのさ? やることは終わったでしょ」
「ああ、まあ……実は小山に生徒会の仕事を手伝えって言われてて、それがまだ……」
「ふーん……友達を助けるのはいいけど、嫌なものは嫌って言いなよ? 言いにくいなら、私からも言ったげるからさ」
最近、輪をかけて世話を焼いてくるなと、本格的に俺の保護者みたいなことを言いだした中嶋先輩に対して思った。心配してくれてるのはありがたいけど、どうにも自分が小さい子供になったようで、釈然としない気持ちになる。
「じゃあ、私たちはもう帰るけど、あんまり無理しちゃダメだよ」
「ええ、それじゃ」
そう言って、俺と土屋以外の上級生3人は手を振って帰って行った。鈴木先輩が「土屋襲っちゃダメだよー!」なんて大声で言ってきたときは、流石に何もリアクションできなかった。
「……4時半か」
見送ってから、備え付けの時計で時刻を確認し、ガレージの奥にある。青いカバーがかかった車に近づいた。
土屋は眠ってる。他の3人も帰った。これで『作業ができる』
「……嫌なもんほど言い出せないもんすよ、先輩」
そう呟いて、カバーを剥がす。出てきた車はそれなりの荷物が入る商用のバン。他の人にはジャンクだと言っておいたこの車を、『これから行く場所で』走っても問題ないようにしなければいけない。
4時34分、時間まで残り1時間と50分。
俺は作業を始めた。
◇
「……遅い」
午前6時18分、学園艦の港。ここの正式名称は聞いたことがないし、そもそもないのかもしれない。だが他の船が出入りしている場所である以上、港と言って差し支えはないだろう。実際そう呼ばれていた。
俺はそこに雨水以外の男連中と集まっていた。……そう、雨水がまだ来てないのだ。
「こ、来ないすね、雨水先輩。間に合うんすか?」
「間に合わないなら置いていくしかないだろう。仕方ない」
斎藤が言った不安に、服部がそう答えた。俺も服部とは同意見だが、いかんせん、雨水が持ってくる『道具』は船に乗るにもそこからも必要になる。そういうわけにもいかないのだ。
「……いや、その必要もないみたいだよ」
天宮だけが1人、遠くの方を見てそう呟いた。その方向に目を細めてみると、白色の商用バンがエンジン音と共にこちらに向かってきているのが見えた。結構なスピードで走っているのだろう。車はすぐにこちらまで近づき、停車した。
「遅いぞ、何やってたんだ」
車の運転席にいる雨水にそう話しかける。窓越しにも聞こえたのだろう。雨水は窓を開けて、俺の方を見た。
「仕様がねえだろ。戦車5両にこの車。しかも土屋まで送るハメになったんだ」
「ハァ、土屋? なんで?」
「あいつの寝起きがもう少しよけりゃ、俺がおんぶして寮まで送ってくこともなかったんだけどな」
雨水のその言葉と、ハンドルを握るやつの人差し指にある痛々しい歯形を見つけて、大体の事情を察した。彼女の寝起きの悪さは俺も知ってるからだ。
「先輩方に任せるか、じゃなきゃほっときゃいいだろうが、このバカ」
「あァ、バカだよ。バカでいいからさっさと乗れ。時間まであと少しだぞ」
誰のせいだよと思いながら、言われるまま助手席に乗った。他の3人も後部座席に乗り、これで出発の準備ができた。
「なぁ小山、どこから行けばいいんだ?」
「3番口の大型船。車用の入り口がある。……社員証と住民証明書、雨水はプラス免許証だ。持ってるな」
そう言って、4人に必要な書類を確認する。どうやら、全員ちゃんと『貰った』ようだ。
「……小山さん、こんなのどこで手に入れたんですか? 僕ちょっと知りたいんですけど」
「どっかの誰かが作ってくれたのさ、よくできたおもちゃだろ?」
「は、犯罪じゃないっすか!」
斎藤が驚いたようにそう言った。そう、ここにある証明書類は全部でたらめ、年齢も実名も全てが違う『おもちゃ』だ。
「人聞きの悪いこと言うなよ。ごっこ遊びでこういうおもちゃ見たことないか? それをたまたま持っていて、たまたま警備の眼に入って、たまたま勘違いされたとしても、それはあっちが勝手にやったことだ。俺は知らない」
「ホント、敵には回したくない人だよ」
天宮が言い終わるところで、ちょうど警備チェックのところに差し掛かる。俺は五人分の証明書を全て警備に渡し、少し待った。
「……はい、『聖グロリアーナにお帰り』ですね?」
「ええ、ようやく仕事が終わったと思ったら、また本店でヘルプですよ。そろそろ有休を消化したいんですけどね」
「それはお疲れ様です。あ、もう大丈夫ですよ。では次の方」
それを確認すると、雨水が車を発進させ、無事に船の中に入った。
「聖グロリアーナ女学院、ですか」
「ああ、会長様の欲しいものは覚えてるな?」
俺はそう聞きつつ、昨日生徒会室で行われた、角谷との話を思い出した。
―
――
――――
「聖グロリアーナに親善試合を申し込む」
「……まだ道具が動くかも見てねェのに、ずいぶん急だな」
淀みなく答える角谷に、俺はそう答えた。すると角谷は、補足するように言葉を続けた。
「正確にはまだやってないよ。でも確認次第、すぐに河島に約束を取らせるから」
「聖グロっつったら、全国大会では優勝候補の一つだろう? そんなところがウチみたいな無名の連中と」
「やってくれるよ、そうするよう頼むんだもん」
「……それで?」
質問するも食い気味に言われたので、俺はため息交じりに話しを進めることにした。
「そうなるとさ、いろんな情報が欲しくなるわけじゃん? 具体的には保有戦車、メンバーのプロファイル。そして何より、弱点とか」
「あんだけ有名な学校なんだ。ネットでいくらでも視れるだろ」
「あァ視た視た、教えてあげようか? 『アフタヌーン・ティーとして知られる儀式に熱中するその時間ほど、心地良い時間は世の中には少ないものだ』だって。さすがイギリスの影響を受けた学校、優雅だねェ」
「何が言いたいんだ? アメリカ生まれ」
言外に『肝心なことは何も載ってなかった』ということを、わざわざヘンリー・ジェイムズを引用してまで意地悪く言う彼女に、同じようにいけ好かない返事をする。すると彼女はほんの少しだけ眉が下がった。少し不機嫌になった証拠だ。
「……ま、つまり本当に欲しいものは手間を掛けなきゃ手に入らないってことさ。虎穴に入らずんば何とやらってね」
「聖グロに偵察に行けってか?」
「そゆこと」
「スポーツマンシップってやつに反するんじゃないのか?」
「持てる力を全部使って全力で相手に挑むって、これ以上なくフェアで敬意を払ってると思わない?」
まァ口の回ることだ。こんな感じで親善試合も申し込むのかね?
「それに、戦車道では偵察行為は禁止されてない。これは公式ルールブックにも載ってるよ」
「手段にもよるけどね」角谷はそう言葉をつづける。彼女がこういうことを俺に言うときは、『ルールに反しない範囲でやれ』などということではない。むしろ逆、『違反行為は絶対にバレないようにしろ』と言ってるのだ。それが戦車道のルールであれ、条例、法律であれ。
「それで? 引き受けてくれるよね?」
何ともいい笑顔で彼女はそう聞いた。つまり『やれ』ということだ。
「……何をご所望だ? さっき言ってたので全部か?」
「そうだね、それ以外にもし、作戦立案者の頭の中を覗けるものがあれば理想的かな? 一番確実に勝てるのは、相手がどのカードをいつ出すかがわかってる時だから」
「わかった。具体的にどうするかは俺たちで勝手にやらせてもらう。それでいいか?」
「もちろん。大洗学園に不都合がなければ、何も言わないよ」
不都合がなければ、ね……。本当に喰えない女だ。
「西住さんとか、他の誰かは知ってるのか? 俺たちが『こういう』ことするチームだって」
「知ってるわけないじゃん、かーしまにもキミのお姉ちゃんにも言ってないよ、門外不出。ただの戦車道の手伝いってだけ」
「戦車道ってのは礼儀を重んじるんだろ? そりゃ西住さん辺りは納得しないわな。こんな戦車道は」
「……なにか勘違いしてるみたいだから、言ってあげるよ」
角谷はそう言ってから、少しだけ黙った。何かを考えてるのか、はたまた言いあぐねてるのか。前者ではないだろう。後者はもっとあり得ない。
なら簡単、ただの演出だ。そして名悪役のような口ぶりで、彼女は言った。
「私たちがやるのは戦車道。でも君たちは違う。『勝たせる』こと。私たちが礼儀を重んじて正々堂々やって文句なしに勝てる環境をつくること。それだけが君たちのやることだよ」
つまらなそうな顔で彼女はそう言った。何を思ってそこまで執着しているんだ。そう聞こうとしたが、今の俺にその問いはなにも意味がないことに気づいて、やめた。
「わかった。そういうことならしばらく俺たちは学校から消える。研修でも停学でも、理由はそっちで適当にでっち上げろ」
「わかった。話はここまで、お疲れちゃん」
角谷は途端にいつもの調子に戻り、喰えない笑顔になった。俺達はその言葉と共に、生徒会室から出ようと席を立つ。
「ああ、あと1つ、リクエストがあるんだ」
「何だよ?」
「それはね……」
――――
――
―
「『偵察が大洗のものだと絶対に悟られないように』……ですか」
角谷の言葉を思い出したらしい天宮が、ハアを溜息をつく。
「む、無理ですよ。会長が言ってたモノを調べたら、絶対に足が付きます。このタイミングで戦車道関連のことを調べるってことは……」
そう、斎藤の言う通り、このタイミングで偵察が悟られれば『私たちは大洗から来ました』と言ってるようなものだ。
「試合は1週間後、帰還と、対策を立てる時間を考えると、3、4日間がタイムリミットですね」
服部が追い打ちをかけてくる。パズルは難関、解く時間もない。頭をいくら使っても足りやしない。
「……そうだな、まずは」
俺は半ば自棄になりたい気持ちを抑え、こう言った。
「甘いもんでも食べたいよ。スコーンとかな」
午前6時24分。船は出向した。
6時24分はDangerの楽曲「6:24」からとりました。
かっこいいから聴いて(ダイマ)