新世紀エヴァンゲリオン・鉄華。   作:トバルカイン

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とりあえず、こんなものでよろしくお願いします。やっとアスカ来日です。真希波マリも侵入。よろしくお願いします。


第10話・アスカ、来日。

コックピットに乗り込んだ少女は、オペレーターの通信が飛び交う最中で、肩で息をしながら待機していた。少女の顔にはバイザーが装着され、その殆どが覆われていた。バイザーには“EVANGELION-05”の文字が刻まれていた。

 

 

『Start entry sequence.(エントリースタート)』

 

『Initializing L.C.L. analyzation.(LCL電荷を開始)』

 

『Plug depth stable at default setting.(プラグ深度固定、初期設定を維持)』

 

『Terminate systems all go.(自律システム問題なし)』

 

『Input voltage has cleared the threshould.(始動電圧、臨界点をクリア)』

 

『Launch prerequisites tipped.(全て正常位置)』

 

『Synchronization rate requirements are go.(シンクロ率、規定値をクリア)』

 

『Pilot, Please specify linguistical options for cognitive functions.(操縦者、思考言語固定を願います)』

 

「えーっと、初めてなんで、日本語で」

 

オペレーターに呼ばれたことに気づいた少女は、呼吸を一旦沈めてからそれに答えた。

 

『Roger.(了解)』

 

「うっ……ぅっ」

 

 少女はコックピットの上で、慣れないプラグスーツに体を馴染ませるように体を伸ばす。そこに日本語で通信が入る。

 

「新型の支給、間に合わなかったな」

 

 声の主は加持だった。加持は砕けた口調で少女に話しかけた。

 

「胸がキツくて嫌だ」

 

少女は少し気だるそうにぼやく。

 

「おまけに急造品の機体で、いきなり実戦とは、真にすまない」

 

「やっと乗せてくれたから、いい」

 

少女はコックピットの座席にすっぽりと体をフィットさせる。

 

「お前は問題児だからな。まあ、頼むよ」

 

加持の言葉をよそに、少女は機内の計器をいじり始めた。

 

「動いてる。動いてる。いいなあ。ワーックワクするなあ」

 

少女は一通り感触を確かめると、前を向いてぐっと気合を入れる。

 

「さて、エヴァンゲリオン仮設5号機起動!」

 

その掛け声と共に、バイザーの“EVANGELION-05”の文字が発光し、エヴァの目に光が灯る。 地下通路内で巨大な移動体を追撃する戦車隊。その物体は、四本の脚の上に硬い殻の胴体が乗っており、そのヤドカリのような胴体から首長竜の骨のようなものが伸びている奇妙な形をしていた。それが、目を光らせ首をぐねぐねと揺らしながら高速で通路を進行しているのだ。オペレーションルームでは、司令官が敵の侵攻を止められずに焦りを見せていた。

 

「Defend the Limbo Area at all costs! We cannot allow it to escape from Acheron!(辺獄エリアは死守しろ!奴をアケロンに出すわけにはいかん!)」

 

「How can a containment system as secure as Cocito be neutralized……(まさか封印システムが無効化されるとは……)」

 

「It was within the realm of possibility.(あり得る話ですよ)」

 

激を飛ばす三人の司令官たちの前に加持が現れる。

 

「On its own,humanity isn't capable of holding the angles in check.(人類の力だけで使徒を止める事は出来ない)」

 

 加持は呆然と見ている司令官に対して流暢な英語をまくし立てる。

 

「The analysis following the permafrost excavation of the 3rd Angel was so extensive all that was left were some bones and that was the conclusion.(それが永久凍土から発掘された第3の使徒を細かく切り刻んで、改めて得た結論です)」

 

加持はそう言ってジェット機用のヘルメットを被ると、さっと手を上げてその場を去る。

 

「That said.Gotta run!(てな訳で、後はヨロシク!)」

 

「♪しっあわせはー あるいてこない だーからあるいてゆくんだねー」

 

エヴァに乗って使徒を追撃する少女は、上機嫌で歌いながら地下通路を進んでいた。

 

「♪いっちにちいっぽ みっかでさんぽ さーんぽすすんで にっほさがる じーんせいは わんつー ぱんち」

 

仮設5号機は車輪の付いた四本の脚を使って、地下通路を高速で移動する。

 

「うおっ来たぁ!フィールド展開!」

 

目標を確認した少女は攻撃態勢に入る。

 

『Target inbound! EVA Unit-05 is about to engage the hostile.(目標接近。エヴァ5号機会敵します)』

 

仮設5号機は、トンネルのような通路内で使徒と正面から接近する。少女はスピードを緩めることなく、右手に装備された大型の槍を一気に突き出した。

 

「うぉーりゃぁっ!」

 

使徒は、仮設5号機の一撃をA.T.フィールドで弾いてするりと躱すと、そのまま仮設5号機が来た道へと走り去って行った。

「あっちゃー!動きが重いっ」

 

少女は振り向いて急ブレーキを掛けた。

 

「……てっ。こりゃあ、力押ししかないじゃん」

 

車輪を逆回転させて火花を散らしながら機体をストップさせた少女は、勢いを付けて使徒の後を追う。使徒は目から光線を照射して壁を破壊すると、空間が開けた場所へ辿りついた。そして、頭上に光の輪を作り、施設の天井と結合させると、引っ張られるようにして上階へと上がって行った。

 

Upper outer wall integrity compromised.(上部外壁破損)」

 

「The final seal is about to be breached.(最終結界が破られます)」

 

オペレーションルームの女性オペレーターが使徒の状況を伝える。使徒は天井の外壁を押し出して、それをいとも簡単に切断すると、上空へと上っていく。

 

「Target has broken through Limbo area.(目標は辺獄エリアを突破)」

 

「Now moving into Acheron!(アケロンへ出ます!)」

 

 オペレーターが報告する状況に苛立ち、司令官の一人が声を上げる。

 

「Get Unit 5 to do something!(5号機は何やっとる!)」

 

ようやく使徒の上っていった縦穴の出口に辿りついた仮設5号機は、勢いを付けてジャンプした。

 

「逃げんなーっ!おりゃあーっ!」

 

勢い良く外に飛び出した仮設5号機は、槍を突き出して使徒を柱に串刺しにする。使徒は首の骨を突かれてぐったりとする。しかし次の瞬間、ぐねぐねと動き回った後に仮設5号機に向かって光線を発射する。

 

「ううぅ、いったーい。すっげえ痛いけど、面白いからいいっ!」

 

少女はそう叫ぶと、もう片方の腕を振りかざして使徒のコアに掴みかかる。この時点で仮設5号機の活動限界は30秒を切っていた。

 

「時間がない。機体も……持たないぃ……。義手パーツは、無理矢理シンクロさせてる分、パワーも……足りないっ!」

 

使徒は、再度強力な光線を目から放った。その攻撃が仮設5号機の脚をなぎ払い、切断された脚が落下する。

 

「……えーい。しゃあない。腕の一本くれてやるっ!」

 

少女は、腕に固定されていた槍を強制的に引き抜くと、両腕を使って使徒のコアを握り潰しにかかる。

 

「さっさと、くたばれえええぇぇぇーーーーーーっっっ!」

 

少女は、渾身の力を込めて操縦桿を押し出した。使徒のコアがジリジリと光を失っていく。そして、ガラス玉が砕けるような音を立てて使徒のコアが握り潰される。使徒のコアから血が噴出すと同時に、少女は仮設5号機の脱出ポットのロックを外した。エントリープラグが射出され、脱出ポッドのジェットが点火される。少女の乗ったプラグは、その場から上空へ高く飛ばされた。仮設5号機は使徒殲滅と同時に自爆し、巨大な爆発をもって施設ごと吹き飛ばしてしまう。

 

加持の乗った飛行機は、既に遥か上空を飛んでいた。

 

『Target obliterated.(目標消失)』

 

『Unit Five has been vaporizerd.(5号機は蒸発)』

 

『Pilot appears to have ejected.(操縦者は脱出した模様)』

 

機内にオペレーターの通信が飛び交う。

 

「5号機の自爆プログラムは上手く作動してくれたか……折り込み済みとはいえ、大人の都合に子供を巻き込むのは気が引けるなぁ」

 

加持は窓から海面を眺めて仕組まれた事故の事を思う。

 

パスッ。

 

「・・・・あれ?」

 

何かが自分の首筋に蚊が止まる感じがしてそこを触ってみると、針の様なモノが刺さっていた。意識が朦朧とし、身体から力が抜けていく。

 

「こっ、・・・・れは、・・・・いったい?」

 

そこで加持の意識は途切れた。彼に変って光学迷彩の様なローブを被った人が姿を現し、操縦を変わる。そのまま飛行機は飛んで行った。

 

緊急脱出した少女は、エントリープラグごと海に不時着した。

 

「……いっててて……。エヴァとのシンクロって聞いてたよりきついじゃん……」

 

少女は、プラグのハッチから出ると、ヘルメットを脱いで長い髪を風に当てる。

 

「まあ、生きてりゃいいや。自分の目的に大人を巻き込むのは気後れするなぁ」

 

そして、プラグの上に立って戦闘跡地に高く上った光の十字架を眺める。

 

「さよなら……エヴァ5号機。お役目ご苦労さん」

 

ガチャ。ガチャ。ガチャ。

 

少女が音に振り向くと、周りは重武装した兵士達に銃口を向けられ包囲されていた。

 

「・・・・あり?」

 

 

 

 

 

 

 

とある日本の墓標地帯。

 

「親父。来たんだね?」

 

「あぁ、そうだな」

 

ゲンドウとシンジはユイの、母の墓がある場所へ訪れていた。地平線の向こうまで続く砂漠地帯。そこには無数の石碑がサボテンのトゲのように立っていた。シンジは、母の墓前に花束を手向け、ひざまずいていた。

 

「シンジ・・・・強くなったな」

 

「あぁ、・・・・親父に捨てられる様に親戚に預けられた後、強く生きようと思った。その後、僕の事を引き取ってくれる別の親戚が来てその人達の世話になった。親父が与えてくれなかったモノは全部、弐瓶叔父さんがくれて、親父って言う立場の男がどんなモノか判ったよ。もちろん、母さんの事は忘れてないから此処に来た」

 

「・・・・そうか」

 

シンジは立ち上がり、ゲンドウを見る。

 

「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して失ってはならないものもある。ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」

 

ゲンドウはユイの石碑から一歩引いたところに立って淡々と語る。

 

「そうだね、大事だね。母さんの事。でも、母さんはもういない。過去は変えられない。後戻りはできない。残った親父も、僕も前へ進むしかないんだ。僕は母さんが残してくれたこの命を抱いて前に進む、過去が過ぎ去るものなら、僕は明日が欲しい」

 

「・・・・・シンジ」

 

シンジの耳に何かが飛んでくる機械音が聞こえてきた。目を向けるとNERVの垂直離着陸型の輸送機こちらへ飛んでくるのを確認する。そしてシンジはゲンドウに背を向けて歩き出す。

 

「シンジ。お前は何処へ行く?その心で、どんな世界へ行くつもりだ?」

 

シンジの背中にゲンドウの声が飛んでくる。シンジは立ち止まり少し考えた後、話す。

 

「みんなと一緒にバカ騒ぎしたり、一緒にご飯食べたり、そんな事が当たり前な所。そんな場所に行きたい。ミサトやレイと、みんなで。それだけだよ」

 

「・・・・・そうか」

 

「じゃあ、行くよ。またね、親父。司令官の仕事、頑張ってね」

 

一通り話した後シンジは歩き出す。その背中をゲンドウはただ見ていた。いつの間にかこんなに変わった『息子』の存在を、強くなった。逞しくなったそれだけに尽きる。

 

「・・・・ユイ。これがお前の永遠に残したかったモノなのか?」

 

ゲンドウも輸送機の方へ歩みを進めた。それ以上何も言う事なく乗り込み、輸送機は飛んで行った。

 

シンジは輸送機が飛んでいく音が遠くなっていくのを聞き流しながらも歩みを進め車に寄りかかって待っていたミサトの所へ行く。

 

 

「どう?シンジ君。会っちゃえばどうってことなかったでしょ?」

 

ミサトは、車の中で黙って外を見つめているシンジに向かって話しかけた。

 

「んー。そうだね、まだ少しあったけどいいや。次の機会に」

 

「‥‥そう」

 

シンジは、片肘をついて助手席の外に流れる景色を見続けてながらミサトに父親との会話の感想を話す。ミサトは何処かスッキリしているシンジの声色を聞いて、良かったと心の中で安堵した。車は箱根の山間部をゆっくりと通り抜けていく。

 

「きっとお父さんも、シンジ君を認めてくれてるのよ」

 

「ごめん。ミサト、そんな事なかった。親父は僕の事・・・・なんか、鬱陶しいヤツとか、何でお前なんだとか、よくわからない不快な感情で見ていた感じだったよ」

 

「シンジ君‥‥そんな事」

 

「でもありがとう、ミサト。連れて来てくれて、話が少し出来ただけで十分だ。でも親父は本当に僕の事、息子として認めてるとか、そんな事なかったって事が判ったよ。でも、だからと言って僕は逃げる事も、歩みも止めない。だから大丈夫だよ」

 

そう言ってシンジはミサトに『仕方ないよね』を含んだ笑みを浮かべる。ミサトは何か言おうとしたが、言葉が思い浮かばなかった。すると、ミサトが付けているハンズフリーの通信に呼び出しが掛かる。

 

「はい葛城」

 

ミサトが声を正して応答した瞬間、突然空から戦艦の砲台が飛来してくる。そして、ミサトの進行方向の目の前に落下した。

 

「うわぁあぁっ!」

 

「おっ!?‥‥と」

 

ミサトは、突然の出来事に声を上げながらも、何とかハンドルを切って衝突を回避する。シンジは咄嗟にサイドバーに掴まり、一瞬の浮遊感に声を出す。

 

「なんですって!?」

 

ミサトはスリップ音を響かせながら車体を立て直す。

 

その頃、海上では戦艦が巨大な移動物体と交戦していた。それは紛れもない使徒だった。使徒は長い2本の脚で水面を移動し、仮面のような頭部を反時計回りに回転させていた。そして、使徒が頭部から光線を放つと、そのエネルギーによって海水が間欠泉のように吹き上がり、次々と戦艦を持ち上げて破壊していった。

 

「相模湾沖にて、第7使徒を捕捉。第2方面軍が交戦中。3分前に非常事態宣言が発令されました」

 

ミサトが受け取ったのは、第1発令所のシゲルからの報告だった。

 

「こちらも肉眼で確認したわ。現在初号機パイロットを移送中。零号機優先のTASK-03を、直ちに発動させて」

 

「いえ、すでにTASK-02を実行中です」

 

マコトの報告によって、事態はミサトの予想よりも早く進行していることが分かった。

 

「TASK-02?まさか!」

 

ミサトが驚いて空を見上げたタイミングで、上空に飛来していた輸送機からエヴァが切り離される。

 

「やはり2号機!」

 

「赤色だ・・・・」

 

ミサトは車の窓から身を乗り出して、空を舞う赤い機体を見上げた。輸送機から飛び立った2号機は、使徒に向かって急降下していく。途中、輸送機から落とされたクロスボウ型の武器を拾おうとするも、使徒の攻撃に阻まれて回収を失敗。攻撃を回避しつつ2度目のアプローチで回収を成功させる。武器を手に取った2号機はすぐさま使徒に向けて発射。その弾道は、見事に使徒のコアを捕らえた。

 

「やるね、コアに命中した」

 

シンジはその戦いぶりを見て素直な感想を言う。しかし、助手席のシンジの方に体を寄せて窓から顔を出したミサトは、まだ使徒が倒されていないことを見抜く。

 

「違う、デコイだわ!」

 

使徒は、一旦体を撒菱状のパーツに分離するが、直ぐに再結合すると、下にぶら下がっていた本物のコアを振り子のようにして上部へ持ち上げた。2号機は怯まずにクロスボウを連射する。しかし、今度はA.T.フィールドで完全に弾かれてしまう。効果の見込めない武器を捨てた2号機は、回転して勢いを付けた後に、飛び蹴りの姿勢で使徒へ突っ込んでいく。

 

「どをりゃあぁぁぁーーーっ!」

 

2号機の脚から突き出したニードルが使徒の本体を捕らえる。そして球体の内部にめり込むと、貫通して反対側から飛び出した。2号機のニードルにはしっかりと使徒のコアが刺さり、勝負はここで決まった。使徒のコアが真っ赤な液体を撒き散らすと同時に、巨大な十字架の光を放って爆発する。2号機は体を回転させて華麗に地上へと着地する。しかし、運悪くそこに駐車していたミサトの車は横転し、2号機の足にぶつかって大破する。2号機は腰に手を当てて零号機の前に立つと、自信満々な態度を見せる。そして2号機のパイロットは「状況終了!」と告げる。

 

「ミサト・・・・生きてる?」

 

「えぇ、・・・・なんとか、ね」

 

シートベルトでぶら下がっている二人は互いに状況を確認する。

 

戦闘が終わりエヴァの機体が陸路で回収される。

 

『第4地区の封鎖は全て完了』

 

「ふぇー……。赤いんか2号機って」

 

目の前を通り過ぎていく2号機を見上げてトウジが声を上げた。その横にビデオカメラのファインダーを夢中で覗くケンスケと、ぼうっと立っているシンジの姿があった。その隣にレイも立って一緒に2号機を見上げていた。すると、突然高飛車な少女の声が響いた。

 

「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ。けど、この2号機は違う。これこそ実戦用につくられた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ。正式タイプのね」

 

2号機の上に仁王立ちで現れた少女は、気の強い眼差しで少年たちを見下ろす。その少女は、明るい栗色のロングヘアーと青い目をしていた。

 

「紹介するわ。ユーロ空軍のエース、式波・アスカ・ラングレー大尉。第2の少女。エヴァ2号機担当パイロットよ」

 

遅れて到着したミサトが一同に少女を紹介する。

 

「はっ、ほっ、よっ」

 

アスカは、第9番停車場に運び込まれる2号機の上をぴょんぴょん飛んでミサトの所まで降りてくる。

 

「久しぶりね、ミサト」

 

「えぇ、アスカも背が伸びたんじゃない?」

 

「そっ!他の所もちゃぁ~んと女らしくなってるわよ?」

 

それを示そうというのか胸を張る。レイはアスカの胸を見て自分のを見る。少し眉が動く。

 

シンジの直ぐ隣にいるレイを見つけて近づくるアスカ。

 

「アンタがエコヒイキで選ばれた零号機パイロットね?それで、どれが七光りで選ばれた初号機パイロット?そっちのメガネ?それともジャージ?」

 

「彼女は綾波レイ。それでその隣にいる彼が初号機パイロットの碇シンジ君よ」

 

そう言って、ミサトがシンジの所に歩くと彼がそうだと教える。

 

「僕だけど?」

 

レイを少し下がらせたシンジが返事をする。そんなシンジの声に反応すると一歩踏み出し人差し指を突き出して言う。

 

「ふーん。あんたバカぁ??肝心な時にいないなんて、何て無自覚」

 

アスカはおもむろに足払いを仕掛ける。その動きにシンジは反応し、軽く避ける。

 

「っ!?」

 

次にパンチを繰り出すがシンジは瞬時に手首を掴んで止めた。振り解こうとするが、アスカの手首はシンジの握力によって『固定』された様にビクともしなかった。実力のある少女の腕を出会って間もない少年の腕力に通用しなかった。

 

「っ!このぉっ!」

 

「や、止めなさいっ、アスカっ!」

 

空いた手で正拳を繰り出そうとしたアスカを、ミサトが慌てて二人の間に入り止めに入る。シンジは手を離し、距離を取る。

 

「離しなさいよミサト!コイツ、ナマイキよっ!」

 

「やめなさいっ、大人げないっ!」

 

「・・・・・」

 

自分を気に入らない目で見て来るアスカをシンジは目線を逸らさない。ジッ、と見て何をしてくるか様子を見ている顔付きを見てアスカは少し冷静になり、これ以上の攻撃はやめた。ミサトはアスカが大人しくなったのを見てホッとして緊張を解く。

 

「とにかく、これ以上のイザコザは許さないわ、良いわね?」

 

「ふんっ!」

 

ミサトの注意におもしろくないと言わんばかりにそっぽを向くアスカをシンジは警戒を解いてレイの所に歩いた。その様子を陰から見ている少女がいる。少女が見ていたのはシンジの方に視線を向けていた。

 

「‥‥へー、あれが、『オオカミ』くんかー。おもしろそうだね♪」

 

 

シンジ、レイ、トウジ、ケンスケの4人は駅の改札口へ向かってエスカレーターに乗っていた。

 

「何やあの女、センセ―。大丈夫かいな?なんか、えろう態度デカいヤツやったわぁ」

 

「ん、平気。(モグモグ)」

 

トウジがアスカの振る舞いに腹を立てながらも、シンジを気遣う。そんな彼はいつもの実を食べていた。

 

「それにしても、同い年にして既に大尉とは、凄い!凄すぎる!飛び級で大卒ってことでしょ?」

 

怒るトウジとは裏腹に、ケンスケはアスカに憧れを抱いたことを隠さない。

 

「失礼」

 

二人の話を他所に今日の晩御飯をどうするかと歩いていたシンジは、唐突に声を掛けられる。

 

「ジオフロントのハブターミナル行きはこの改札でいいのかな?」

 

 そこには、大きなケースを持った加持が立っていた。

 

「うん。4つ先の駅で乗り換えがあるけど、それで合ってる?」

 

「うーん……たった2年離れただけで、浦島太郎の気分か……」

 

加持は天井からぶら下がった路線地図を眺めてしみじみと言った。

 

「ありがとう!助かったよ。……ところで、葛城は一緒じゃないのかい?」

 

加持はシンジの方に振り向いて例を言うと、突然意味深な態度を取り始める。

 

「・・・・ミサトを知ってるの?」

 

警戒を強めるシンジの反応に加持は何もせず話す。

 

「古い友人さ。君だけが彼女の寝相の悪さを知っているわけじゃないぞ。碇シンジ君」

 

何も言わず加持を見るシンジを他所に彼は改札口の奥へ消えて行ってしまう。

 

「・・・・・」

 

「碇君?」

 

レイは改札口の方を見ているシンジの様子がきになり、彼の制服の袖に触れる。

 

「寝相って……」

 

ケンスケが妄想を膨らませて顔を赤くする。

 

「なんやアイツ」

 

トウジは怪訝な表情をする。

 

 

 

NERV司令室に到着した加持は、ゲンドウと冬月に接触していた。

 

「いやはや、大変な仕事でしたよ。懸案の第3使徒とエヴァ5号機は、予定どおり処理しました。原因はあくまで事故。ベタニアベースでのマルドゥック計画はこれで頓挫します。すべてあなたのシナリオ通りです。で、いつものゼーレの最新資料は、先ほど……」

 

「拝見させてもらった。マーク6建造の確証は役に立ったよ」

 

冬月は一面に張られた窓から見える景色を見ながら言った。

 

「結構です。これがお約束の代物です。予備として保管されていたロストナンバー。神と魂を紡ぐ道標ですね」

 

加持は持参した大きなケースを開けて、ゲンドウに中身を開示する。

 

「ああ、人類補完の扉を開くネブカドネザルの鍵だ」

 

ゲンドウは、頭のない人型の神経組織とカプセルのようなものが入った中身を見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「ではこれで。しばらくは好きにさせてもらいますよ」

 

加持はふらりと身を翻すと、司令室から出て行く。

 

「加持リョウジ首席監察官、信用に足る男かね?」

 

冬月は外を眺めたままゲンドウに問いかける。

 

 

 

 

 

 

リツコの仕事用の机には2匹の黒猫の置物が置かれている。気の利いたものはそれぐらいで、あとは吸殻で一杯の灰皿と、コーヒーの入ったマグカップくらいだった。

 

「ちょっと痩せたかな?リっちゃん」

 

加持は作業中のリツコを後ろから抱きしめると、耳元で優しく囁いた。

 

「残念、1570gプラスよ」

 

リツコは一瞬驚いてから、直ぐに誰だか察知して肩の力を抜く。

 

「肉眼で確認したいな」

 

加持はリツコの頬に手を当てて、自分の顔の方に向ける。

 

「いいけど……この部屋、記録されているわよ」

 

リツコは少し声を低くして答える。

 

「ノン・プロブレム。既にダミー映像が走ってる」

 

「相変わらず用意周到ね」

 

「負け戦が嫌いなだけさ」

 

いつまでも身を引かない加持に対して、リツコはガラス窓の方に視線を送って見せる。

 

「でも、負けよ。怖ーいお姉さんが見ているわ」

 

それを聞いた加持が窓の外を見ると、ミサトが廊下側からガラスに張り付いて鼻息を荒くしている姿が見えた。

 

「リョウちゃん、お久しぶり」

 

リツコは体を離した加持に、何でもなかったような声を掛ける。

 

「や、しばらく」

 

加持はいつものことのように、しれっとした態度でやり過ごす。

 

「何でアンタがココにいるのよぉ!ユーロ担当でしょっ!」

 

ドアが開くと、ミサトがツカツカと音を立てて部屋に入ってきた。

 

「特命でね……しばらく本部付さ。また三人でつるめるな、学生の時みたいに」

 

加持はリラックスした雰囲気で、リツコの机の横に腰を下ろす。

 

「昔に帰る気なんてないわよ!私はリツコに用事があっただけなの!アスカの件、人事部に話し通しておいたから。じゃっ」

 

ミサトはピリピリした空気で、早口で用件を伝えると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「ミサト、あからさまな嫉妬ね。リョウちゃん、勝算はあるわよ」

 

リツコは、ミサトの態度を見て加持に話を振る。

 

「さて、どうだろうなぁ」

 

加持は両手を広げておどける。

 

 

「碇君、帰っちゃうの?」

 

「うん、ミサトにご飯を作ってあげなきゃいけないからね。部屋も清潔にしないと」

 

レイがシンジの手を掴み玄関に向かうの引き留めているのをシンジは少し驚き、彼女の方に向き直りその頭を撫でる。

 

「大丈夫、明日も会える。僕はまた来るよ」(ナデナデ)

 

「‥‥うん、また碇君に会いたい。一緒に話したい。また、ね。碇君・・・・」

 

不安が消えたのか、掴んでいた手を離すレイ。使徒との戦いからしばらく、シンジとレイの交流の機会は、ほぼ毎日と言っても良い。会えなかった時もあったが、次の日には二人はいつも一緒だった。

 

「うん。またね、レイ。今日は『豆腐のから揚げ』だからご飯と味噌汁に合うよ」

 

そう言って、レイのキッチンの小鍋に出来立ての味噌汁があったり、ハイテクの炊飯器があったりと、先日の洞木ヒカリとの買い物で自炊の道具を一通り揃えたのだった。ハイテク炊飯器、それはお米を入れるだけで洗ったり、炊き込む事も可能になった。と言うほどのハイテク。それを手にする為にシンジは『戦場』へと飛び込んだ事があるがそれはまた別の話。

 

 

夕方。帰宅途中のシンジは道路を歩きながら、今日であった少女のことを思い出していた。

 

「式波・アスカ。2号機すごかったなー、そう言えばバルバトスの左手・・・・大丈夫かなぁ」

 

ミサトの家に着いたシンジは、いつも通りのつもりで玄関のドアを開けた。

 

「ただいまー・・・・ミサト?いないのー、ん?」

 

シンジは自分の部屋が見知らぬダンボールで埋まっている光景を見て考える。

 

(これは‥‥僕に対する何かの『挑戦状』?ミサト・・・・・)

 

「あら、帰って来たのね。七光り」

 

キッチンの方から姿を現したアスカは、瓶に入ったドリンクをゴクゴクと飲み干す。

 

「・・・・式波?来てたんだ。どうしているの?」

 

普通に聞いてくるシンジに向かって、アスカは聞こえるように大きなため息をはく。

 

「あんたバカぁ?あんた、お払い箱って事よ。ま、どっちが優秀かを考えれば当然の結論ね」

 

アスカはシンジの立っている方に近づいて、部屋の入り口に肘をついて寄りかかる。

 

「ふーん」

 

「しかし、どーして日本の部屋ってこう狭いのかしら。荷物の半分も入り切らなかったわ。おまけに、どうしてこう日本人て危機感足りないのかしら。よくこんな鍵のない部屋で暮らせるわね。信じらんない」

 

アスカは部屋の扉を何度も動かしながら、自分の不満を遠まわしにシンジにぶつけるようにして言う。

 

「日本人の心情は察しと思いやりだからよ」

 

いつの間にか帰宅していたミサトが、二人の背後から声を掛ける。

 

「うわあぁぁぁ」

 

「あ、ミサト。お帰り」

 

驚くアスカとノーリアクションのシンジ。アスカはそのまま壁の方へ身を引く。

 

「ただいま、シンジ君。ごめんね、突然で」

 

「うん。式波も此処に住むの?」

 

「はぁ!?んなわけないでしょ、さっさと『ゴミ』と一緒に出て行きなさいよ」

 

シンジの台詞にアスカが近づいてジロリと睨み、嫌悪気味に言う。

 

「えぇ、そうよ。シンジ君。悪いけど、ご飯の事お願いね」

 

ミサトはシンジの質問にあっさりと告げる。

 

「えぇえっ!」

 

アスカはシンジの肩越しに身を乗り出して、あからさまに嫌な顔をする。

 

「アスカとシンちゃんに足りないのは、適切なコミュニケーション。同じパイロット同士、同じ釜の飯を食って仲良くしないとね」

 

ミサトは二人を前に立たせて、これからやろうとしていることを説明する。その話を聞いて、シンジはアスカに視線を向けて表情を見る。

 

「ふんっ」

 

アスカはシンジから顔を背ける。

 

「式波って、朝はお米とパン、どっちが好きなの?」

 

「は?何言ってんの、アンタ」

 

「朝食。式波って外国から来たから、朝はいつも何食べるの?」

 

シンジはアスカが怪訝な表情で見ているのを気にせず話す。アスカはシンジの曇りない眼に少したじろぐ。

 

「そ、そうね・・・・パンよ。日本では和食の様だけど、アタシは絶対、パン」

 

「チーズは食べられる?」

 

「え、えぇ。って、ここの食事アンタが作るの?」

 

「うん。ミサトは家事の殆どが出来ない。掃除も洗濯、全部。僕がやっている」

 

「マジっ!?・・・・・ミサト、あんた・・・」

 

シンジの話しを聞いて、信じられない目でミサトを見る。肝心のミサトは顔を背き冷や汗を流す。

 

「ところで、ミサト。式波の台詞で思い出したけど最近、部屋の掃除してる?・・・・まさか」

 

シンジの声が低くなったのを感じてアスカとミサトがビクッと身体が強張る。ミサトはヤバイと直感した。

 

「・・・・・ミサト。部屋、見させてもらうよ」

 

「あっ待って、シンジ君っ!違うの」

 

ミサトの話しを聞かず、シンジはスタスタと進みミサトの部屋とかテーブル周りを見る。そこにはゴミ、ゴミ、ゴミ。があった。シンジは静かなため息をした。ミサトとアスカはその様子を見てこの部屋の温度が冷えた気がした。そして、ミサトの方へ顔を向ける。ミサトは「ひっ」と思わず声を上げて、両手を上げた。

 

「ミサト。僕、言ったよね?常に掃除は心掛ける様にとか、一瓶丸飲みとか、身体に悪い事だと。口を酸っぱくして言ったよね・・・・・」

 

「は・・・・・ハイ」

 

そして、シンジは荷物を降ろし、少し身体を動かす。その意味を理解したミサトは目を見開き、そして。

 

 

全速力で逃げた。

 

 

 

「ミサトっ!?」

 

シンジはシャツを瞬時に脱ぎ捨て、タンクトップ姿で追跡を続行。その光景をアスカは呆然と見ていた。少しすると、ミサトの悲鳴が聞こえてきた。何が起きてるのかと思いアスカも外に出てみると。

 

「やめてぇっ!!シンジ君っ!!悪かった、私が悪かったっ!!だから、だからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

シンジかミサトを筋肉〇スターを炸裂してマンションの4階から地面に着地して極めた姿だった。アスカは驚いた。とにかく驚いた。驚愕のあまり自分の目の前で何が起きてるか理解出来なかった。ただ、わかった事は碇シンジはガッチリした筋肉をしていたと言う事とシンジがミサトに伝説の技を繰り出した光景であった。周りの人達もその光景を見た。そして誰もがシンジの繰り出した技を見てこう叫んだ。

 

『筋〇バスターぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!!』

 

喝采、大喝采がシンジの周りにいた通行人達から浴びせられていた。

 

「あら、葛城さん。また彼に極められた。何度目かしら?」

 

「これで4度目よ。やっぱアレね。片方がダメだと、もう片方がしっかりしてるのよ。バランス取れてんの世の中」

 

「ウチの旦那もアレぐらいなって欲しいわ」

 

同じマンションの住民なのだろうか、この事が起きたのが今日だけじゃないらしい。ミサトが粗相をしたらこうなる事が起きていると事が日常的になっている事がよくわかったと、アスカは思った。

 

「えぇー‥‥?」

 

さらにミサトに卍固めを極めるシンジ。苦しむミサト。隣にセコンドの様な人もそこにいた。

 

「ギブ?ギブ?」

 

「あいたたたたたたたっ!!勘弁してくださいっ!!」

 

時々、この様にシンジが伝説技から始まるこの異様な空間と空気に人々は飲まれ、この刹那を楽しんでいた。

 

そんなシンジとミサトの一幕である。

 

 

 

その日の夜。第3新東京市は静かだった。レイは自室で一人きり、電気も点けないまま月明かりに照らされてた。ベッドに横になり、手が届く所にある小さいタンスの上に置かれているカップ状のキャンドルは火が付いていて、ほんのりとした灯がレイの心を落ち着かせる。そしてシンジが貸してくれたウォークマン。

 

『♪もしも世界に一つだけー叶うなら♪』

 

耳に付けたイヤホンから流れて来る、音楽を適量な音質で聞いていた。彼女は、“NERV ONLY”と書かれた薬の袋からカプセルを取り出して眺める。

 

(碇君・・・・私、生きて良いのね?私は・・・・私が本当に人でなくても)

 

 

リツコの研究室。

 

「・・・・・」

 

リツコはある資料を見ていた。その内容は初号機の左義手の設計資料であった。前の戦いで初号機の左手が無くなり、今では付け根までは再生出来たが、左手の再生が遅い。破壊された左側の部位を調べてみた結果、素体の細胞が壊死している事が判明。修復に困難の結果が出てしまった。そんなおり、左手を義手にしようと提案して来たのは篠山開発部長であった。彼は部下を引き連れ、NERVへと来て。司令と『よく話した』らしい。義手の案をそれぞれ、知恵を出し合い。アタッチメントを追加した頑丈で強い左義手が出来るよ。と篠山開発部長は盛り上がった。初号機専用の左腕部210mm滑空砲。ガントレット。切札に仕込みパイルバンカーを込んだ義手へとなった。その案は見事に通り、初号機への結合工程へと進んでいる段階である。篠山のスタッフ達の協力もあって、思ったよりも早く完成の目処が立った。そして、今考えているのは前の戦いで篠山開発部長と別れ際、話した事である。

 

「赤城君。今日は素晴らしいモノを見せてもらった。やはり初号機のATフィールドは質が違う。流石はユイ君の子だ」

 

「っ!?貴方、何を知っているの?」

 

篠山開発部長の発言に驚き、リツコは思わず問い詰める。すると、付き人がリツコを壁際まで誘導し、追い詰める。そして人差し指を立て、静かにとジェスチャーする。リツコは思わず黙ってしまう。そして、付き人はリツコの耳元で声を潜めて言う。

 

「ここにある、監視システムは全て無力化しています。しかし、長くは持ちません。だから我々は貴方に知ってる事を少し話します」

 

「っ!?」

 

「我々は知っている。『全て』知っています。碇ゲンドウの『目指すもの』を、我々は知っています。初号機の事も、『蟲』の事も知っています・・・・」

 

リツコはその台詞に目を見開き、驚愕する。付き人はそのまま話す。

 

「本当は、使徒の事も、EVAの事も、知っているんだ。初号機の自己進化の真実を知りたくないかな?シンジ君の背中の蟲も知りたくないかな?知っている。教えます。ここにコールすれば、我々とコンタクトが取れる」

 

付き人は素早く、リツコの白衣のポケットにメモシートを入れた。

 

「それから、これだけは教えます。ゲンドウの計画は『もう、崩壊』しています。あの男は近い内、破滅します」

 

「っ!?それ、どっ・・・・」

 

リツコが言う前に静かにとジェスチャーする付き人の無言の圧力にたじろぐ。

 

「見たくありませんか?」

 

「・・・・・」

 

「その、光景を、見れますよ。貴方の母を蔑ろにした男が破滅するのも、積み上げて来た計画が台無しになるのも見れますよ?我々と一緒に・・・・『天国』へ行きませんか?」

 

これが、リツコと篠山開発部長達との別れ際の会話だった。そして今、リツコは手元のメモ用紙をジッと眺める。

 

 

 

シンジがアスカに振る舞う今日の晩御飯。『オムライス』。ミサトに振る舞う晩御飯。『小豆と野菜のスープ』を調理し、二人へと料理を与えた。

 

「し、シンジ君。私だけ、野菜スープ?」

 

「ミサトはライスも付けてるから、大丈夫」

 

「で、でもシンジ君・・・・」

 

「大丈夫。そして、これはミサトの為のビールじゃない飲み物。これを代わりに飲んでね?食後に」

 

「・・・・ハイ。いただきます」

 

ミサトは自分とアスカに出されたボリュームの違いに『少しの勇気』を出して言葉を発したが、シンジの圧力に簡単に屈した。そして『小豆と野菜のスープ』を食す。すると、僅かに鶏肉の旨みを感じた。

 

(あら?よく見たら奥に鶏肉がある。ご飯が進む!ごめんねーシンジ君。次は絶対、掃除こまめにするからっ!)

 

そう思いながら食事のスプーンが進んだミサトであった。

 

(なによ、アイツああ見えて料理とか出来るなんて。まぁ、口に合わなかったらトコトン文句言わせてもらうわ)

 

そう思いながらアスカはスプーンを持ち、卵の表面に切り口を入れようとすると、沈む様にあっさり切れた。

 

(なに?この柔らかさ、プロが作る様な感じみたい。それにこの焼いた卵の香り、色鮮やかと言い、文句の付けようがない・・・・トマトケチャップの掛け方も、悪くないじゃない。ちゃんと美味しそうじゃない。でも、見た目だけ、味はどうかしら?)

 

シンジの方をチラ見して様子を見てみると、何か作っている。恐らく自分の分だろう。改めて切り分けて掬う。そして中から熱気と共に現れる。トマトケッチャプと米で作れたとは思えない程のオレンジ色と艶が出ていて思わず唾液が出そうになる。何かに呑まれそうだった気をしっかり持ち、改めてスプーンに掬ったオムライスを口に運ぶ。

 

(旨いっ!な、なによこれ!?これを、あんな七光りが作るわけっ!?絶対、なんか・・・・なんか)

 

そう考えながらも、この感動にアスカはぐうの字も出ない程スプーンを進める。スプーンの上で揺れる焼いた卵、その淡く繊細な味を上にかけられたケチャップが引き締める。黄色と赤色でこんなにも美味しく感じる事をアスカは今までなかった。

 

(炒められた野菜が香ばしくも甘味を帯びていて、噛み締めると塩気を含んだ肉汁を出す鶏肉。チキンライスがそれらを全て受け止めて旨みを吸って逃がさない!旨みと香りが豊富なマッシュルーム。何よこれ!ホントに美味しいっ!)

 

一緒に出してくれた小さめの野菜スープが更にオムライスと合い、食欲を引き立たせる。

 

(スープもいける!何よ・・・・ホントに旨いわね)

 

 

「ごちそう様っ!!シンジ君、ホントに美味しかったわっ!いつもありがとうっ!」

 

「ミサトはいつもお酒を飲んでるから、今晩は野菜スープにした。鶏肉は慈悲だよ」

 

「スンマセンシタ。でもすっきりした味わいで身体中に染み渡るわー♪」

 

「それじゃあ、お皿下げるね」

 

「はい、はーい。あ、アスカはどう?美味しかった?」

 

ミサトの食器を片付けに入るのを他所にミサトはアスカにシンジのオムライスの感想を聞く。アスカは皿を仏頂面で見て、少し言い淀むが・・・・。

 

「わ、悪くないわ・・・・まぁまぁね!」

 

そんな事を言いながらも、アスカは見事にオムライスを綺麗に完食していた。一緒に出したスープも完食してくれたのを見てミサトは微笑む。

 

「そう、良いでしょ?シンジ君の料理。絶品なんだからっ!お陰で、毎日の御つまみが美味しいのよっ!」

 

「ふーん。そう」

 

横目でシンジがお皿を洗うの背中を見る。ふと彼のタンクトップの背広から出ている何かの手術跡を見た。

 

(よく見たらコイツ、すごい筋肉してるじゃない。だけど・・・・何かしら、あの傷?妙な傷痕ね。それになんか・・・・少し突起の様なモノがあるわね。何なのコイツ)

 

アスカの視線をシンジは特に気にする事無く、皿と食器を殆ど洗い終えた。

 

「ペンペン~。ご飯だよ」

 

シンジが皿に盛った手作りペットフードを用意し、この部屋にいる住民を呼ぶ。

 

「クェェェェーッ!!」

 

すると向こうから、一匹のペンギンが駆け寄って来て。シンジの足元に付き、『平伏』のポーズを取る。ペンペンは知っている。この部屋で一番『上』の存在をそして今日もペンペンは服従するのであった。

 

「な、何よこの生き物っ!?」

 

「温泉ペンギンって言う鳥だよ。名前はペンペン。ミサトのペットだけど最近僕に懐く」

 

「そうなの、何で?」

 

心当たりがありそうにミサトはシンジに出された『なんちゃってビール』をグビグビと飲む。素早く飲み終わり、ミサトは「お風呂、先にいただくわっ!」と言って逃げた。それを見てアスカは察した。

 

(ミサト・・・・あんた、どうしようもないわね)

 

そう思い、アスカはジト目で風呂場へ消えたミサトを見る。そしてシンジへと視線を移すとペンペンの食べ終えた皿を洗っていた。

 

「ペンペン、新しい仲間が出来たからよろしくね」

 

「クワッ」

 

シンジの台詞にペンペンは羽をバタつかせ了解と言う様に鳴く。そしてアスカへ視線を向けた後、駆け寄り挨拶のジェスチャーを取る。

 

「ふーん。よく躾けてるのね」

 

そう言って、何となく頭を撫でてみたアスカ。意外と触り心地が良いと思いながら触る。

 

「もともと、物分かり良い方ペンギンなんだ。良く出迎えてくれたりするし、器用に自宅警備をしたり、カラスを追っ払足りしてくれる」

 

「そこまでっ!?」

 

アスカのツッコミを他所にペンペンはアスカの元を離れ寝床に帰還して行くのをシンジは見ながら答える。

 

「そう言えば、アンタのご飯はどうしたの?」

 

「僕のは後で良い。作っている間から、二人が食べ終わるまで余裕がある」

 

「・・・・そう。アンタ、いつもミサトとあのペンペンって言うペットにご飯作ってんの?」

 

「そうだけど」

 

そう言ってシンジはマイカップに入れたインスタントコーヒーを飲む。一口飲んだ後、アスカと向き合う位置の席に座る。

 

「さっきも、言ったけどミサトは家事も掃除も駄目だっから僕がやってる」

 

「・・・・ウソでしょ?アンタが、七光りが家事を全般やってるなんて・・・・下着も洗ってるの?」

 

「下着?あー。最初の辺りはそこら辺にほったらかしにしてたから、叱ってやった事もあったなー」

 

シンジは過去を振り返る様に視線を上の空に向けながら思い出す。そう言って珈琲をもう一口飲む。

 

「アンタ、もしアタシのに手を出したら許さないからねっ!!」

 

机をバンッ!と叩き、シンジに強気な視線を向けて話す。

 

「どうして?」

 

「変な事されちゃあ、たまらないからよっ!」

 

「変な事って?」

 

「それはーアレ。アタシの下着を見てけがって言わせんじゃないわよっ!!」

 

 

そう言って指を突き出しながら、シンジに怒鳴るアスカを見たシンジは普通に「しないよ」と言う。

 

「ふんっ!どうだか」

 

「それって・・・・」

 

シンジは珈琲を一飲みした後、次の台詞を話す。

 

「自分の洗濯物は自分で洗ってくれると言う事だよね?」

 

シンジはジッとアスカを見る。矛盾をも感じない眼がアスカを見る。その視線にアスカは少し怯みそうな気持を隠し、平然と言う。

 

「あ、当たり前よ。あと、風呂覗こうとしたら許さないから覚えておきなさいっ!!」

 

「うん、覗かないよ。でも替えのタオルを届ける位は良いよね?タオルがないと身体も拭けないしさ」

 

「そ、そうね。あと、ちゃんとノックと声を掻ける事もしっかりしなさいよっ!?」

 

「うん。わかった」

 

そう言ってシンジは自分で淹れた珈琲を飲んで一息付く。

 

(なによ、こいつ。何か調子が狂うわね・・・・でもこの七光りが何であろうとアタシが来たからには、思い通りなんてさせないんだからっ!)

 

そうして、葛城庭の夜を更けていった。

 

「ミサト。酒瓶を抱かえながら寝るのはカッコ悪いって何時も言ってるでしょ」

 

「おねがいっ!その一瓶はお気に入りなのっ!!」

 

「何してんのよっ!うるさいわねっ!!ミサトアンタそんな寝方してるのっ!?信じらんないっ!!」

 

「見ないでっ!!こんな私を見ないでぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

更けて行った。シンジに日本酒を取り上げられ、それを取り戻そうと抗うしてドタバタしている音が気になって来たアスカにその醜態を晒しながら葛城庭は『賑やかに』更けて行った。

 

 

 




エイハブ・コア。阿頼耶識。背中の突起。人の鎧。巨人の器。旧支配者。科学と蟲。人の魂。狂気。

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