37 起きていますか
6月27日
「叢雲さん、起きていますか?」
扉の向こうで大和が呼んでる、私はあの後自室に引き取ってそのままどうしようか考えたが、いい考えが都合よく出て来てはくれず、途方に暮れていた
「起きてる」
返事だけはどうにかした、したけれど後が続かない
「入りますよ」
そういうと扉が開いて大和が入ってきた
「眠れなかったのですか?」
私の顔を見るなりいってきた、という事は今の私はかなり酷い事になってる
「叢雲さん、申し訳ないですが、大和には昨夜の会話の何処にその様になる要因があったのかわかりません、吹雪さんもいなずまさんも当たり前の事しか口にしていません、大和に話してもらえませんか、何を気に病んでいるのか」
初対面の時と同じ様に本当に心配そうに聞いて来る、ここで話せれば私は楽になるだろう
でも、それを聞いた大和はどう出る?
今の私の状況は特異な事例であって本来なら考慮どころかそれがある事すら知らなくていい事だ、何処までいっても自分の都合であって他人に丸投げしていい事では無い
大和には私が先任の叢雲と交わした約束事など履行する義務も義理もない、私もそれを他人に委ねるつもりは無い
大和が話してくれた研修日程では、研修後半に艦隊を組んでの演習もあるといっていた
今はどこまでそれに沿った研修が行われるか不明な状況ではあるが、この研修中ずっと入渠せずに済ませるという事は出来ないだろう
ここで入渠を取り止めても問題の解決にならない
では、どうする、これまでに聞いた話からすれば初期艦としての技量は研修で習得すれば良い、けど、先任の叢雲は存在を継いで欲しいと言っていた
それは移譲された妖精さん抜きで達成できるのか?
それに移譲された妖精さんの居なくなった私を司令官はどう見る?
どちらも私が勝手に抱えた問題だ、これに教導艦とはいえ無関係の大和を巻き込んで良いのか、この途轍もなくお人好しの大戦艦なら、頼れば最大限の協力をしてくれるだろう
だけど、それは何か違う気がしてならない
「朝食は食べられそうですか?」
答えない私を気遣って別の話題を振ってくれた、なんだか情けなくなる、やってる事は大差ないじゃ無いか、結局大和に甘えてる、甘えれば甘やかしてくれる事を分かってやってる
「頂くわ、それと今日の予定って変更できるかしら」
このまま引き籠ってもいられない、今、大和に甘やかされたら多分流されるだけでは済まなくなる、それだけは避けなければ
「予定、ですか、どうされるのですか?」
具体的にこうしようと思っていたわけでは無い、ちょっと一人で気分転換したかっただけなのだが、聞かれたからには何か具体策を言わないと、何しろ研修予定を蹴っ飛ばすのだから
「工廠に行く、漣は工廠でなんかやってるんでしょ」
あの先任の漣なら、私の話にも深刻にはならないだろう、笑い飛ばせる方法でもあるのなら聞いてみたいし
大和は暫く考えていたが
「取り敢えず、朝食にしましょう、お話はその後で」
何か思う所がある様だ
朝食後、大和とは別行動になった、大和は大和で何かやる事があるらしい
らしい、というのは私が深く聞かなかったからで大和の所為ではない
それにしても研修予定をこうもアッサリ変更して来るとは、頼んだ側ではあるが少し不安になる、私の研修ってどういう扱いなんだろ
兎に角今は工廠に居る筈の先任の漣を探そう
「おや、珍しい、工廠に何かご用ですかな?」
人の顔を見るなりいつも通りの声がかかった
「工廠じゃなくて、漣に用があるんだけど、忙しそうね」
「漣に用ですと!?今は間が悪い、後日ってワケにはいかない?」
「無理そうなのは見てわかるけど、どうにかならない、出来るだけ手短かに済ませるから」
そういうと先任の漣は大袈裟に考え込む仕草を取った、無理かなこれは
「御姉様、漣只今参上です!」
おっと、桃色兎が突然現れた、何処から出て来た、近づいて来るのが全然分からなかったんだけど
「あ、ざみちゃん良い所に来てくれた、ちょっとここ頼む、こっちはこれから叢雲ちゃんとデートして来るから」
はい?漣は今なんて言った?
「ええー、そんな事いわれましてもですね、ここを漣一人でどうにかというのは余りに御無体だと思う訳なんですが」
桃色兎が抗議してる、当たり前か、予定外の突発事案を持ち込んでしまった本人としては如何するのが良いだろうか
「時間も時間だし、もう直ぐ五月雨達も来るでしょ、それまで耐えて頂戴!」
「うー、叢雲ちゃん、なんで突然御姉様をデートになんて誘ってるんですか!」
おお、矛先がこっちに向いた、って当たり前か原因なんだし
「いや、デートじゃなくて少し話をしたいって事なんだけど」
「それって大和じゃダメなん?教導艦でしょ?」
余程一人でどうにかするのが嫌な様子、何をやっているのかまでは知らないから程度の判断は付かないが、余程なのだろう
「話をするにも相手を選ばないと時間の無駄になるわ、漣はこの話を指摘してるし適任だと思うのだけれど、お願いできないかな」
桃色兎が困った様な顔を見せた、常にお気楽という訳でも無いのか
「むー、御姉様が指摘した話ですか、お喋りですからね、御姉様は、仕方ありません」
ヤレヤレとばかりに渋々了承してくれた、しかし今度は先任の漣が腑に落ちないって顔してる
「漣が指摘した話?」
如何やら何の、というかどの話か特定出来ないらしい
「じゃあ漣借りて行くわよ」
「ごゆっくりー」
桃色兎は引き継いだ作業を始めていた
工廠内にある休憩所と思われる場所、取り敢えず飲み物片手に安っぽい椅子に座る
「そう言えば叢雲ちゃんはきいてる?」
いきなり振られても何の話か分からないのだが
「あれま、聞いてない、やまちゃんも割と薄情というか、気が利かないというか、まあ、研修中に手の届かない所の話をしてもしょうがないってのは分かるけど」
「えっと、それはなんの話?」
「佐伯司令官の話」
えっ、司令官になにかあったの?
「そんなに怖い顔しないで欲しいんだけど」
「アッ、ごめん」
自分でも無闇に殺気だったのがわかった、なんの話かも分からないのに話をしてるだけの先任の漣に矛先を向けても無意味だ
「今さ、鎮守府の方はほぼその機能を止めちゃてるんだ、大本営が出した初期艦の撤収命令で回らなくなってる、唯一機能を維持してるのが佐伯司令官の所だけ、如何やったのか知らないけど自衛隊を鎮守府に引き込んで共同戦線に持ち込んだってさ、大本営にも支援要請が来てるんだけど、大本営は今じーちゃんが大鉈振るってる最中でマトモに機能してないんだよ」
なにそれ、じーちゃんが大鉈?自衛隊との共同戦線って如何いう事
確かに自衛隊の協力があれば強力な電探を使ってより効率的な艦娘の運用が出来るだろう、しかしそれは自衛隊の活動予算と引き換えになる
いくら司令官と雖も自衛隊予算はどうにも出来ない、通常なら予算不足を理由に蹴られる筈だ
或いは大本営が何らかの手段を持っている?けどそれでは漣の言い分と食い違う
「大本営が機能してないって、じゃあ支援要請を無視してるの!?」
分からない所は放って置くとして、いくら自衛隊の協力があったとしても鎮守府一つで周辺海域を維持し続けるなんて数の上で不可能、いくら妖精さんが人から物理法則を無視するにも程があるといわれていても単純な数の問題は如何にもならない
「無視したくてしてるんじゃない、支援したくても出来ないんだ、肝心の鎮守府からの要請が無くてね」
「如何いう事?」
支援要請が来てると言ったじゃないか
「今来てるのは防衛省からの要請でね、政府機関からの要請に応じるにはその国の対応力を超えた事態が発生していなければならない、予防的な要請には応じられないんだ、艦娘部隊は国際機関って位置付けだからね、面倒な事に」
「という事は、上手く回ってるの、その共同戦線は」
絶対数が足らないのに如何やっているのか見当も付けられないんだけど
「そこまで詳しい事は分からない、分かっているのは現時点で国の、この場合自衛隊ね、その対応力を超える事態は発生していないって事だけ、だから大本営としては防衛省の要請に応じられない、そんな訳でこの話はほとんど話題になってないんですよ、困った事に」
言い終わるとコップを口元に持っていく
ええと、そんな話をされても私はどうすれば良いのか、研修中の身で飛び出してもあっちこっちに無用で無益な迷惑がかかるだけだし、かといって聞いてしまった事を聞かなかった事にする事も出来ない
如何するのが最善なのか、大本営に居るのだから支援だけでもどうにか出来ないだろうか
「なんか、思いっ切り食いついたね、そんなんで大丈夫?」
大丈夫じゃない、司令官には支援が必要なのに、私に出来る事がなにも思い浮かばない
「いい、叢雲ちゃんは今研修中、そこを忘れてはダメ」
そんな事言われても、気になるものは気になる
「で、叢雲ちゃんのお話ってなに?」
先任の漣の話の後では私の話とかどうでもいいように感じる、司令官の話をもっと聞きたい
「漣が指摘したとか言ってたけど、どの話?」
あ、漣の眼が違ってる、そうだ、私は先任の叢雲との約束事の相談に来たんだ、その時間を作るのに桃色兎に無理を聞いてもらってる、いけない、折角作った時間を無駄にしてはいけない
「漣は先任の叢雲で私を改修するって話しをした時、反対したよね」
「賛成出来ないとは言ったけど、それが?」
眼が戻った、危ない危ない、こっちの我儘に付き合わせてるのに私は何をやっているんだ
「私は先任の叢雲から存在を継いで欲しいと頼まれてる、改修しないで存在を継ぐ事は可能なの?」
ん、漣が考え込んでしまった、質問の仕方が悪かったのかな
「ちょっと聞きたい事が掴みきれないかな、言葉通りの事なら改修しようとしまいと何方にしろ不可能としか言えない、けど、そういう事を聞きたいのでは無いでしょう、漣にも分かるように言って欲しいな」
「えっと、どう言えばいいのか、今私には私自身の妖精さんと先任の叢雲から移譲された妖精さんがいる、この移譲された妖精さんが居なくなっても、存在を継げる?」
「?それじゃさっきの質問と同じだよ、艦娘の存在に妖精さんは不可欠だけど艦娘として存在している以上その存在は着いている妖精さんに左右されない、叢雲ちゃん、敢えて聞くけど、あの叢雲が頼んだ存在を継いで欲しいってどういう事だと思ってる?」
どういう事って、先任の叢雲の立ち位置を占める、ということではないのか
アレ、なにか勘違いしてるのか?
「いや、言ってよ、漣にテレパシーなんて便利な能力はないんだから、まあ、妖精さんに頼めば艦娘限定で近い事は出来るけどさ」
「私の理解が正しければ、先任の叢雲の立ち位置を占める、そういう事だと思う」
「あー、うん、まあ、言葉としてはそうなる、ただ、叢雲ちゃん、意味が分かってなさそうだけど」
あれ、その苦笑いは何、違うの?
「でもまあなんとかなるでしょ、叢雲なんだし、教導にはやまちゃんが就いてるし」
なんだ、その自分に言い聞かせる言い方は、そんなに不安なのか
「で、叢雲ちゃんの話ってそれなの?」
「え、あ、うん」
なんかすごく疑いの目を向けられてるんだけど
「この際だから全部話しちゃえば?これでもアレとの付き合いは長いんだよ」
言外に叢雲の事ならお見通し!と強力に主張しされてしまった、そういえば最初の初期艦って何時から人の世で暮らして居るんだろう、視察官の年齢から推定してもそれ程昔の事では無い様だけど
「司令官の事で何かあるんでしょ、サッサと白状する!」
「司令官は改修もせず妖精さんもいなくなった私を、どう見ると思う」
勢いに押されて言ってしまった、が聞いていた筈の漣はポカンとした顔をした
「え、まって、それはどういう意味?どういう意味で言ってる?」
なんでそんなに興味深々で聞いてくる、私はそんなに面白い事を言ったのか
「どうって、だって、司令官に話した時と想定が変わってきてるし、やっと承諾してもらったのに無かった事にしまいそうで、これで司令官の所に戻ってもなんて思われるのかな、と思って」
一瞬の間真顔だった漣、けど直後に大笑いされたんだけど、なんでだ、何がそんなに面白いんだ、こっちは面白くないぞ!!
「いやー、叢雲って時々面白い、面白さが突き抜けてるね、誰にも真似出来ない面白さだわ、あー笑わせてもらった……」
漸く私のジト目に気がついたらしい、何だか知らないけど笑い過ぎでしょ、そりゃ笑い飛ばす方法があるなら聞いてみたいとは思ったけど、私が笑い飛ばされるとは思ってなかったわよ
「コホン、いい、叢雲ちゃん、相手は司令官、まして佐伯司令官は提督だよ、妖精さんと直接話せるんだ、その司令官が叢雲ちゃんを大本営の研修に送り出して、要望書まで持たせてる、どう思われるかなんて質問の前に、貴方はあの司令官の何処を見ているのかを聞きたいんだけど」
いわれてハッとした、そうだ、司令官なら研修中に入渠するなんて予測というより当たり前の事として知っている事に今思い当たった、妖精さんと直接話せるのだから私が司令官に話した事だって妖精さんと話しているだろう、まして吹雪の言ってた妖精さんが整理される事を司令官が知らないとする方が不自然だ、私ってもしかしてかなりアホな事をしていたのでは無いだろうか
恐る恐る漣を見てみる
「な、なによ、言いたい事があるならハッキリいいなさいよ」
何もなければ文句の一ダースぐらいは言ってやりたい顔がそこにはあった、非情な事に今の私にはその顔に一つだって文句が言えない、自身のアホさ加減の所為で
「ふふーん、どうやらお話の成果はあったようだね、よかった良かった」
「お話の成果?」
私的にはその通りだが、先任の漣が言う成果とはなんだろう
「私の所に来た時は今にも死にそうな顔してたからね、どんな深刻な話をするのかと先手を取って見たら、くっ、ププッ」
「笑いたければ笑えばいいでしょ!なに堪えてんのよ!!」
思わず言ってしまった
「いやいや、叢雲ちゃんの言い分はある意味現状を正確に認識出来てる事の裏返しだから、笑っちゃいけないんだけどさ、でも、面白いものは面白い」
「何の事?」
今更、状況認識なんて改めて言われる様な何かがあったかな
「艤装の話、五月雨達から聞いたでしょ」
あ、あのお流れになったアレか
「その話なら聞いてないわよ、なんか時期が早いとかでいずれ機会を見てって事になったわ」
「ブッ、ナニソレ聞いてない」
汚いな、なに吹き出してんのよ、コッチに飛ばさないでよね
「え、あれ、あの話聞いてないなら、笑い事じゃなかったね、ごめん」
なに謝ってるんだ、私が勝手に勘違いしただけの話なのに
「叢雲ちゃんにとっては技量が極度に変化するかもしれない話だもんね、深刻になって当然だ、でも、心配は要らない、我らが叢雲はその点をシッカリ熟孝して色々仕掛けてるから安心していい、ブッキーが調整した時にもその辺りのウラは取れたし、全体像も大体分かってきた、確定する為にも叢雲ちゃんが入渠する時には漣達で診させてもらうから、大丈夫だよ」
「えっと、それはどういう事?」
なにを言っているのかさっぱりわからないんだけど、仕掛けって何の事?
「そこの話がさっきの艤装の話だよ、この前の時に話したんだと思ってたのに、話してないんだもんなぁ、なにしに行ったんだかあの三人は」
「あの時はムラムラも来たから皆んなで大和の手料理を美味しく頂いたわ」
「なんですと!!話もしないでやまちゃんの料理を美味しく頂いただけとな?!」
な、なに突然コッチに迫って来ないでよ、吃驚するじゃないか
大和の手料理を美味しく頂く事になにか問題があるの?
あ、艤装の話をしてないって事か、漣の気迫に押されて変な方に考えが行ってしまった
登場艦娘(人物)
研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ
先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の五月雨、さみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の吹雪
五月雨達、先任の五月雨と三組の五月雨、このペアに他の初期艦が同行する場合も同様に呼ばれる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、大破後の入渠で眠りから覚めなくなり、鎮守府にて保護されている
佐伯司令官、増設された鎮守府の司令官、先任の叢雲を保護している、一期の鎮守府の司令官