6月16日
視察当日になってしまった
最低限の準備は第一艦隊の方で整えてくれた
助かったが、代償として予定の遅延が発生
了承したこととは言え気が重い、何しろ第一艦隊旗艦の言い分はこうだ
「多少の遅延など司令官への注意や減俸で済む、だが鎮守府運営に重大な問題ありとなれば監察官の配置、更には鎮守府解散の上艦娘の再配置まであり得る」
どれが良いのか選んでみるか、と言わんばかりのドヤ顔で言われてしまった
手詰まり過ぎて身動き出来ない司令官でもどうにかして支えようとしてくれるのは有り難い
有り難いのだが、もう少しね、なんというか思い遣りとか気を遣った言い回しとか無かったのかと
いや全部自業自得で私の所為なのはわかってる、わかっていてもメンタルに響くダメージというのはある訳で、って泣き言いっても始まらないか
括りたく無い腹を括り視察御一行様がいる部屋に入った
「お待たせして申し訳ありません、本日は御足労頂きありがとうございます」
艦娘部隊は軍隊とは違うので敬礼とかその辺りは其々の国情に合わせて運用される事になっている
この国の場合は民間登用の都合上民間同様となっている
「もう良いのか、なにかあるのならそちらを優先してくれて構わないが」
視察には自衛隊の偉いさんが来るのかと思っていたが、目の前の視察官からはそういう雰囲気を感じない
パッと見では縁側で膝に猫を乗せて日向ぼっこしてるのが絵になりそうな爺様だ、随伴も室内にはいないし、まさか一人で来たのか
「お気遣い感謝します、お言葉に甘えさせて頂けるのなら、こちらの都合は視察終了後でも間に合う様お願いしたい」
その瞬間目を丸くしたのを見て下手打ったかと嫌な汗が出て来た
しかし直後には膝を叩いて笑いだした、大丈夫かこの爺様
「失礼した、司令官の要望は承った、では本題に入ろうか」
笑い終えると手招きしつつ座る様に促された、断る必要も無いし大人しく座る
「と、いきたい所なのだが、そうもいかない」
おっと、こっちが座った途端目付きが変わったぞ、まあ視察官やるくらいだから只の爺様ではないんだろうが、何者なんだろうか
「この鎮守府に到着してからも色々な報告を受けたよ、率直に言ってこんなに報告の多い鎮守府はここ以外にない、それはこの鎮守府の特異性にあると考えていたが、それだけではないようだ」
「……」
なんだ、説教でも始める気か、なら当面目を開けて寝るか、この所寝不足が祟ってるし
「司令官、事務艦が謹慎中と聞いたが、視察がある事が分かっていて、なおもその謹慎を解かなかった理由を聞かせてもらいたい」
ハッ、と本気で硬直した
視察官の言葉にそれを思いつかなかった自分に呆気に取られた
そもそも自己申告の謹慎なんだから司令官権限で翌日から仕事させれば良かったんだ
こんな事すら考えられなくなっていたとは、寝不足に祟られ過ぎだろ、コレはイケません
「ふーむ、その様子だと思う所があっての処置では無かったのかな」
「はい、謹慎は事務艦の自己申告を了承したものであり、私の本意ではありません」
「では何故未だに事務艦は謹慎しているのかね」
「推測になりますが、事務艦の方で整理が着けられずにいるものと」
「整理、とは」
「謹慎を申告するにはそれなりの事情があり、了承するにも相応の理由があります、最善はその整理を手助けする事なのでしょうが、私の手は執務で塞がっております、次善として整理する時間を設けました」
「その時間の最中に視察が重なってしまった、そういう事か、ならば致し方ない、視察の時期が悪かったのだな、この視察は急遽予定されたものだし、人員の手配まで手が回っていなかった、大本営が事を急ぎ過ぎて予定の擦り合わせも出来ていなかったのだろう、その辺りは大本営に文句を言っておこう」
えっ、大本営に文句を言う、この爺様そういう立場の人なの、あー、いかん寝不足で頭が回らんがどうになしないといけない
顔に出たのか視察官が続けて言った
「心配することはない、私が視察に来た理由はただ一つ、私は司令官の味方をしに来たのだよ」
何を言ってるんだこの爺さん、素で思ったし危うく声にする所だった
「これでも妖精さんは見えるし艦娘達と話した時間もそれなりに長い、司令官の手伝いくらいはできると思うが、どうかな」
どうかなとか聞かれても、どうしろと
その時に気がついた、爺様の頭と肩に妖精さんが座っている事に
こちらの視線に気が付いたのか、爺様が肩に目をやる
「おお、久しいな」
爺様が妖精さんに声をかけた瞬間、大量の妖精さんが爺様に向かって飛んで来た
その光景を唖然と見る、この爺様もしかして……
「ちょっと、どういう事なの!」
礼儀とか分別とかそんなものは全く関係なく乱暴に扉が開かれ、叢雲が乱入して来た
「いくら未所属とはいえそれは見逃せない、直ぐに退出しもらいたい」
目の前には視察官がいるんだ、勘弁してくれ
「妖精さんを返して、それが先よ」
「……貴方が大本営行きを保留したという初期艦かな」
爺様には気を悪くした様子は見られない、減点対象にならなかった様だ
「だったら、って帰ってらっしゃい」
それに従う妖精さん達、それでも視察官に群がっている妖精さんはまだ沢山いるが
叢雲に戻って行く妖精さんを見て疑問が浮かんだ、初期艦とはいえ駆逐艦だ、駆逐艦の保有する妖精さんの数としては多過ぎる
目分量ではあるが少なくとも二人分は保有してる、どういう事だ
艦娘の妖精さん保有数は艦種別に定数があると聞いたが、この駆逐艦は何故多いんだ
「艦名で呼んでも良いかな」
意外な事に爺様が初期艦に呼びかけた、視察の対象は鎮守府だ、初期艦とはいえ未所属の艦娘には不干渉のはずなんだが
「……お好きに」
んん、初期艦の声から棘が抜けてる、この爺様のおかげなのか
「叢雲さん、事情は妖精さんから大体察したが、それをこちらの司令官に話しましたか」
まて、なんの話だ、知らない事情に巻き込まれてるのか
「まだ、話してない」
「どうしてか聞いても?」
初期艦は軽く頷いてから話し出した
「私がこの鎮守府に来てから司令官はずっと忙しくて話す時間がなかった、だから妖精さんから伝えてもらおうとしたけど上手くいかなかった、妖精さんの話では事務艦がその、邪魔をしたと、滞在申請をして時間は作ったもののそこからどうして良いかわからなかった、そこに突然司令官との面談があってそこで話そうとしたんだけど切り出せなくて、それでも思い切ってここに着任したいって伝えたら、司令官を困らせてしまって、もうどうして良いかわからない」
そう淡々と話す初期艦には戦艦に対して見せた尊大さも、聞き分け悪く理屈をこねる強かさも無かった、ホントに同一人物かと思えるくらいに
「なるほど、事情はわかった、妖精さんが助けてくれと訴えて来た理由もね」
なんて言ったこの爺様、妖精さんが助けてくれって、訴えて来たって、そんな事あるのか
「私から話す事も出来るが、この話は当事者で話をした方が良いと思う、叢雲さんの考えはどうかな」
黙って頷く初期艦を満足そうに見つめる爺様、ここはどこで今なにをしてるんだったか
「さて、司令官、そんなわけで視察期間の延長を申請する」
なにを言いだすんだこの爺さん、いやマジで