53 なんだ?コレは
7月1日
「なんだ?コレは」
執務中に事務艦が目の前に差し出して来た紙切れに書かれている文字をつい読んでしまった
「なんだと仰られても、大本営からの指示書ですが」
この事務艦どうあっても私の神経を逆撫でしたいらしい
指示書だ、なんて事は見ればわかる、私が言っているのはそこに書かれた指示内容だ
「大本営の機能を一部移転するとは、どういう事だ、こっちは他の鎮守府が機能停止しているツケを肩代わりしてる最中なんだぞ」
「大本営に問い合わせますか」
「勿論だ、詳細を細大洩らさず聞き出してくれ」
「わかりました」
事務艦はそう言って執務室を出た、事務艦とはいえ何も思う所がないのかと少しの疑問を感じた
なにしろ以前抗議文を送ったからか、その返信以降こちらからの問い合わせやら確認事項やらの返信が無い
平たく言って無視されてる、開封通知は来ているのだから
大本営への通信は艦娘を介して行う仕様に何故かなっている、本来は初期艦がそれを行う
司令官がそれを行う場合は直通回線の電話を使う、自動録音機能付きという素敵仕様な古めかしいデザインの電話だ
ウチの場合は相応の事情で事務艦が担当しているが、全く大本営はロクな事をしない
今回の問い合わせ、ちゃんと返信が来るんだろうな、今回も無視する様なら……
今の所出撃させた四艦隊はこちらの思惑通りの働きを見せている、その働きを維持するのにもう二個艦隊を補給隊として資材採掘地と鎮守府と三艦隊を貼り付けた三つの海域を定期周回させている、戦闘隊として編成されたものの練度的に不安のある一艦隊は補給隊の護衛として周回航路を警戒させている
尤もどの海域でも自衛隊の哨戒網の範疇で有り艦娘艦隊が目視で発見するより遥かに遠くで目標となる深海棲艦を発見、こちらに正確な位置を知らせてくれている
遠くで目標を発見してくれる目があるから艦娘艦隊が深海棲艦に対し優位な位置取りで戦端を開けるし交戦時間も最短で済ませられる
交戦時間が長くなる殲滅戦ではなく追い払う事を目的にした威嚇戦に徹して継戦時間の最大化を指示している事もその要因だ
鎮守府に乗り込んで来た自衛隊の方々は威嚇戦なんて指示を出した私に不満がある様子だが、面と向かって文句は言って来なかった
深海棲艦と仰々しい呼称が付いているが、頭(旗艦)を失くせば逃げる様な手合いだ
どこかで野生動物の様なモノと評される所以でもある
自衛隊が対応して取り逃しでもしたらマスコミの恰好の餌食にされるだろうし、世論を気にする政治屋の突き上げもあるだろう、結果として殲滅戦になってしまう
そんな事情もあり自衛隊の方々がお高い装備品の消耗を極力避けつつ実績だけは最大化しようと艦娘部隊を活用するのはわからないではない、予算の確保も大変だろうし
艦娘部隊の目的は海上航路の安全確保であり、艦娘達が無理を押してでも接敵した深海棲艦の全てを沈めなければならないという決まりも取り決めも無い、艦娘部隊は国家組織ではないのだから国防とは無縁だ
こちらとしては抗議されたら、即時撤収する気だったのだが、残念な事に仕事に励まなければならなくなった
正直な所六個艦隊を同時運用するのは初めての事だ、出来ればやりたくなかった
只でさえ通常の指定海域よりも広大な海域に艦隊を展開している、これだけでも厄介事なのにそこに補給部隊を周回させなければならない
こんな運用は自衛隊哨戒網から各艦隊の正確な位置情報がリアルタイムで入って来なければ頼まれたってやらない、というか出来ない
なにしろ艦娘にGPSは搭載されていない、盛大に無線連絡を使えば海域での合流はできるだろうが、深海棲艦に艦隊の位置を教える事になり闘争or逃走の選択権を握られてしまう
追い払うにはこちらがその選択権を保持し深海棲艦には逃走の選択しか与えない事だ
その為には自衛隊の哨戒情報は欠かせない
しかしここにも厄介事はある、自衛隊の哨戒情報は確かに当てになる、なるのだが、正解率が十割とはならない、結果として艦娘自身の目と耳と装備でも周囲を警戒する必要がある
つまり、海域に張り付いている三艦隊は見張りを立てなければならず、交代で小休止を取るしかない
補給隊は長距離を移動する上に資材を運ぶ都合で艦隊の警戒任務は出来ない、海域に張り付いている三艦隊は其々に編成された艦娘だけで対処しなければならない
人なら二日と持たないハードワークだ、それをウチの艦娘達はもう八日も継続している
そこに何を考えているのかさっぱりわからない大本営から機能の一部移転の指示が来た
あのクソ官僚共一体全体何を見ているのか、ウチの鎮守府の何処にそんな指示を履行出来るだけの余力があると見ているのか
肩代わりし始めた初日から出してる問い合わせは完全に無視してやがるし、あまりの無視振りに支援要請は自衛隊経由で出して貰ったがこっちも無視りやがった
これだけ無視した挙句に意図不明の指示を出して来やがった
これはもう、イイよね、ガマンする所じゃないよね、無視されるだろうが、抗議してやる
無視されたら、その事実を以って、上に直訴してやる、本来禁じ手なんだが、そんな事言ってられない、これ以上の継戦は資材的にも無理があるし、何より艦娘達の体力精神も危険な状態になりかねない
上に直訴したらクビになるだろうが、司令官の椅子の為に艦娘を犠牲にする気は無い
あーあ、折角高待遇な職に就けたと思ったのにな、仕方ないね
「司令官、こちらに向かってくる艦娘部隊を捕捉したが、何か聞いていないか」
鎮守府に乗り込んで来た自衛隊の方々が詰めている移動指揮所に顔を出すなり、聞かれた
この移動指揮所には出入り口の限られた範囲にしか立ち入れないが、それでも自衛隊と無関係な私の入室を許容している辺りに自衛隊側の事情が窺える
「艦種の特定は出来ますか」
「戦艦種の艦娘が先導している、周囲に駆逐艦種と思しき艦娘も確認してる、それらが中規模の旅客船らしい船を伴っている」
「先ほど通達がありました、大本営の機能の一部をこの鎮守府に移転させるそうです、正式な通達なので私には拒否権がありません」
「?」
私の話に首をかしげる自衛官、いや、相手は移動指揮所責任者なのだから自衛官というより司令官という方が正しいのだろうが、こちらと被ってしまう為に適切な呼称が定まっていない
「失礼を承知でいうが、こちらの鎮守府はほぼ全ての所属艦娘を動員して作戦行動中ではないのか、更に任務を追加されたと、いうのか」
「その点について事務艦に問い合わせてもらってます、返答があればいいのですが」
こちらからの通信に大本営が応答して来ない事は自衛官達にも知られている、なにしろそれを理由に自衛隊経路で大本営に要請を伝えてもらったから今更隠しようもない
「という事は、今問い合わせている最中か」
「そうです、捕捉した艦娘部隊がこちらに到着する予定時刻はいつになりますか」
「五、六時間と言ったところかな、旅客船の船速に合わせている様で船足が遅い」
「差し支えなければ、そちらからも問い合わせてもらえませんか、正直な所、事務艦の問い合わせに返信があるとは思っていませんし、最悪の状況を想定して下さい」
私の言う最悪の状況の意味を理解した様で自衛官が眉を顰めた
「早まった行動に出てくれるなよ、自衛隊としては司令官の要請を全面的に支援している、その点は考慮してもらいたい」
「それは理解しているつもりです、ですが、大本営のやりように何時迄も我慢し続けると言うのは、無理です」
「……」
この鎮守府の状況については憲兵が駐留している事もあり、自衛隊側には詳細に知られている
これこそ今更どうにもならない事なので隠し事は諦めている
詳細を知っているからこそ、自衛隊の指揮所責任者も横車を押し難いのだろう
その後は指揮所に寄った要件を済ませて各艦隊に航路指示、行動計画を伝えた
執務室に戻った、何故か事務艦が司令官席に座って直通電話を使っていた
執務室の扉を開いたまま固まった私に気が付いた事務艦が受話器の挿話口を押さえて言って来た
「直通電話の無断使用をお許し下さい、通信ではラチが明かなかったので直接対話による情報の聞き出しに切り替えました、必ず司令官の御要望である問い合わせへの返答を取り付けます」
何を言っているんだ、と先ず思った
通話による返答を取り付けるのは司令官の役割で事務艦は通信による返信が無ければそれを報告するまでが仕事だ
司令官に代わって大本営に文句をいう事は事務艦の職務には無い
「司令官のお考えはわかります、初期艦には及びませんが私も相応の時間を司令官に仕えています、ヤケを起こしてはいけません」
そこまでいうと事務艦は電話口に何か言い始めた
なんか、事務艦の口調が何時もとかなり違う、以前の留守番対応とは逆方向で極めて感情的と言っていい口調なんだが、どういう事だろうか
「何度も言わせないで下さい、司令官は明確な回答を求めておられます、事務艦として司令官の御要望を何時も満たせないとなれば事務艦としての職務遂行能力が問われます、貴方方は私に解体申請を出せと言いたいのか!?そんなに事務艦が目障りか?!……違うと言うのなら、話の出来る相応の立場にある人を電話口に連れて来なさい……連れて来いと言っている」
おおう、なんだ!?事務艦が聞いたことのない恐しくドスの効いた声を電話口に吐いてるんだが?!
「……こちらに向かっている船団?そこに全権委任された秘書艦が同行している、機能移転の全権は秘書艦が持っているから大本営に問い合わせをされても答えられない?なんですかそれは、秘書艦という事は艦娘ですよね、司令官をその秘書艦の指揮下に入れろと?それが大本営の決定ですか!?」
なんだか、ややこしい話になってる様子、机も事務艦に占拠されてて執務も出来そうにないし、ちょっと一服して来よう
「なにを黄昏てるんだ?」
休憩所でボケ〜と一服してたら声をかけられた
そちらを見れば隊長が呆れた顔をしていた
「執務机を事務艦に占拠されてしまった、暫く掛かりそうだから取り敢えず一服してる」
「……割と余裕があるんだな」
呆れ顔のまま言う隊長の云わんとする所はわかる、わかるがあの状態の事務艦から机を取り戻すだけの気力は過労気味の現状では湧いて来ない
「こちらに向かっている艦娘部隊と連絡が付いた、なんでもこの鎮守府への移籍部隊と言っているそうなんだが、そうなのか?」
「……機能移転の通達はあった、それに伴う人員の移動やらはあるだろう、移籍という話は来ていないが」
「なんだか随分他人事だな、お前さんの鎮守府の話だろ」
「所詮雇われ司令官だ、上の都合次第でどうにでもされるだろうし、こっちには抵抗手段は無い、契約打ち切りと言われたらそれまでだ、司令官職の契約上そういう事になってる」
「?契約打ち切り、誰が打ち切るんだ?司令官はなんの契約の話をしている?」
疑問形が連なる質問をされてしまった、隊長には私の言い分が余程不自然だったらしい
「艦娘部隊との司令官職の契約の話だ、そもそも現状を越権行為として糾弾されたらこちらには抵抗手段が乏しい、なにしろ指定海域の外の海域にまで所属艦娘を配置しているんだ、本腰入れた裁判にでもなったら私は有罪で懲役だろうな、優秀な弁護士に知己は無いし、国際裁判なんて日本の弁護士でも良いのかすら知らんし、費用と期間がどのくらい掛かるのか見当もつかない、只の一般市民に耐えられる負担では無いだろう事ぐらいしか思いつかん」
「待て待て、何の話をしてる!?」
隊長が慌てた様子で言って来た、何のって艦娘部隊との契約の話だが
私の様子を見て何を思ったのか隊長が続ける
「司令官は何か思い違いをしている、艦娘部隊との契約はそういう事態から司令官を保護する為の契約になってる筈だ、司令官の法的な身分保障は勿論、艦娘の運用や鎮守府運営に伴う特権的な免責事項が契約の骨子になってる、と聞いているんだが?!」
「そんなもん対外的な宣伝文句だ、実際の契約書を見た事ない相手にしか通らない美辞麗句ってヤツだな」
「……もし、司令官の言っている事が本当なら、重大事案だぞ、その契約書、見せてもらえないか」
「悪いが、契約書自体も守秘義務の範疇でね、私に違約金を払う資金はないよ」
「……そうか、そんな契約になってるのか」
そう言いつつ立ち去る隊長
なんだろ、隊長が怖い顔してたんだが
さて、こっちは執務室に戻ってお仕事しましょうか
執務室に戻った時には事務艦はいなかった
その内戻るだろうと気にせず執務を片付ける
なにんしても資材が足りない、採掘地込みで周回させているとはいえ採掘する側から消費されて行き収支はマイナスのままだ
そこを備蓄資材で補ってはいるが、もう時期それも出来なくなる
本来こういった規定外の行動には上部組織である大本営の承認がいる
その問い合わせを再三しているのだが、既読通知が来るだけで肝心の返信が来ない
大本営の承認があれば資材供給を始め様々な支援を受けられる筈なのだが、それらの問い合わせにも返信が来ない
クソ官僚共の嫌がらせかと思って自衛隊経由で要請を伝えてもらったが結果は変わらなかった
つまり、こちらを意図的に無視している、と結論付ける以外に無い状況だ
そこに来ていきなり大本営の機能の一部を移転させるときた
最早大本営が何を考えているかなど、どうでも良い
司令官職に就いた者として艦娘達の保護を優先させるつもりだ
ただ、これをすれば私はクビになるだろう
司令官職に就いた者は艦娘の運用と鎮守府の運営を滞らせてはならない、それが出来ないと判断されれば契約を解除、即ちクビになる
一般的な言葉に直すのなら、職務怠慢とか契約不履行というヤツになるのかな
そうなった時、どんな手を使えば艦娘達を保護出来るのか、それが思い付かない
ソコさえ解決すれば直ぐにでも行動に移すのだが、クビになったらそのまま艦娘達は勿論大本営とも艦娘部隊とも交渉の機会はなくなる
只の部外者でしかなくなる私に大本営或いは艦娘部隊に艦娘達の保護を継続させる材料は、あるのだろうか
なにか見つけなければ、そうしなくてはただ艦娘達を放り出すだけになってしまう
出来の悪い司令官の指揮下に居たというだけのあの子達から不利益に成り続ける存在などという評価は受けたくない
そうならない手段は、どこにあるのか、未だ視えない