昼食後に時間の都合を事務艦に無理矢理作られたので仕方なく憲兵隊の詰所に行く
都合がつけられないから行かない、というのは事務艦的には禁則事項に触れるらしい
詰所に入ると何故か爺様がいた
「おや、司令官、隊長さんに用事かな」
「いえ、呼び出されました」
「それなら私は席を外した方がいいね」
爺様が席を立とうとしたら隊長がとめた
「提督にも聞いて頂きたいのですが」
「私は提督ではないよ」
あー、やっぱりこの爺様あの老提督か、にしてもなんでこんな大物がここに来たんだろ
「そうでした、規定の変更で司令官に統一されましたね」
「……そういう事では無い」
爺様は不満そうにしているが、あの老提督なら今更司令官と呼ぶ奴などいないだろう、司令長官呼びされないだけマシというものだ
「それで、用件はなんでしょうか」
爺様が隣に席を勧めてくれたので遠慮なく座る
「今朝方、大本営から直通回線で連絡があったが、なにを言って来た?」
おいおい、随分直に聞いて来たな、盗聴器仕掛けてますって言ってるのも同じだぞ
「余計な事だというのはわかっていますが、それ、私に言っていいんですか」
えっ、なんで隊長も爺様も不思議そうにしてるんだ
「えっと、すまないが、それはどういう意味で言っているのか」
ここの憲兵さんは仕事熱心なだけでなくこちらの力になりたいと言ってくれてるからぶっちゃけても大丈夫だろう、一人だけが偶々では無く、憲兵隊としてそうであると思うし
「アレって盗聴器でしょ、盗聴対象にそれを聞くのは仕掛けてるのをバラしてますけど」
何故二人とも不思議そうな顔のまま、そうなの、そうなんですか、って丸わかりのアイコンタクトを取るんだ
互いに知ってる?知らない?のアイコンタクトまで終わってから隊長が何かに気が付いた様子だ
「ああ、そう言えば司令官は直通電話を引き出しに入れていたな、あれはそういう事か、成る程、成る程」
なにか関心されてるんだけど、なんでだ
「……それはつまりお前さんらが十分に手助け出来ていない、という事になるな」
お、爺様の口調が少し硬くなったか
「勘弁してください、こちらも出来る限りの事はしますが、組織も指揮系統も別なんですよ、どうしても手が届かない部分というのは……」
なんだ、隊長の口がとまったぞ
「幕僚達にそう伝えておこう」
あ、隊長の顔から血の気が引いたぞ
「というのは冗談だが、確かにその部分は見切り発車した弊害として出始めている、私の見込みが甘かったのも確かだ、すまない」
「あー、顔を上げてください、老提督にそんな事されては私の立つ瀬がない」
隊長の顔色が目まぐるしく変わっておもしろいんだが、人の顔色ってあんなにクルクル変わるのか
「あー、えー、話を戻してもらっても?」
いつまでも面白がってもいられないので帰ってきてもらおう
「あ、そうだね、どこまで話したかな」
おお、立ち直りが早い、やっぱりこういう切り替えは必須技量だよね
「盗聴器の存在を盗聴対象に話してもいいのか、というところですが」
「あれは盗聴器ではないよ、使用回線が自衛隊と共有というだけで只の電話だ」
「つまり、発信元と受信先はわかるがそれだけだ、がしかし今回は発信元が特定しきれなかった、そこで司令官にお越しいただいた訳なんだが」
爺様と隊長はそう言うが、鵜呑みにして良いんだろうか
「発信元が特定出来ない?なぜそんな所から鎮守府に直通でかけられる?それは技術的に可能なのか?」
私より爺様の方が聞きたがりなんだが、どうしようか
「発信元が大本営である事は間違いないです、ただ、内部の交換機を幾重にも通した内線と推定され端末の特定が出来なかった」
「それはおかしい、大本営の交換機は勿論、端末も全て登録されている……まさか」
「お察しの通り、大本営は内部の交換機や端末を無断で変更している可能性が高い、一般回線の中央省庁なら兎も角、自衛隊の秘匿回線に無断でなにを繋いでいるのやら」
それって大問題じゃないのかな、詳しく知らんけど
「そんな訳で、司令官にはご協力頂きたいのだが」
「それは、構いませんが……」
どうしよう、随伴連中が押し寄せてくるらしいからそっちの対処もしなくちゃならんのだが、間に合うだろうか、憲兵は時間の都合を付けてから来るよう伝言したからそれなりに時間はかかるだろうし、困ったな
「なにか問題が?」
言葉を濁したからか、隊長の目が鋭くなった気がした
既にぶっちゃけててるしいいか、と思い直すことにした
「電話の相手は大本営総務課の茂木と名乗りました、内容は視察人員の受け入れ命令です、そちらへの対応をせねばなりません、手短にお願いしたい」
取り敢えず頭を下げてお願いしてみた、姿勢を戻すと、目をまん丸にした隊長と目が合った
「はっ、えっと、すまない、もう一度言ってもらえるか、何か聞き間違えたようだ」
憲兵が聞き間違える訳ない、尋問なんかでは定番の同じ事を繰り返し言わせて一文字でも違えばそこを何故変えたのかと追求してくるアレだ、ぶっちゃけたのは早まったかも知れない
「電話の相手は大本営総務課の茂木と名乗りました、内容は視察人員の受け入れ命令です、そちらへの対応をせねばなりません、手短にお願いしたい」
これでまだ追求して来るようなら協力などしてやらん
「聞き方が悪かった様だ、何か不信な点があったのならお詫びする」
なんで頭を下げてんだこの憲兵は
「いい眼をするじゃないか、その眼を持つ司令官に会ったのは初めてだ、なるほど、これが提督か」
なにを関心してるんだ、この爺様は
「誤解のない様に重ねて言うが、憲兵隊として看過出来ないのは大本営が自衛隊回線を無断で使用している事だ、立派に協定違反だからな、憲兵なんて名目でここに居座っているからにはささやかな義務は果たしたいと考えている、この考えにご協力頂きたい」
えらい真剣だな、それに公僕がささやかな義務を果たしたいと言ってるんだから協力しない訳にもいかない
「わかりました、私は何をすれば良いでしょうか」
「有り難い」
ん、立ち上がったけど、何する気だ
「憲兵隊本部に来援要請、ここまでの情報を全ての憲兵隊に通報、大本営の協定違反だ、派手に行くぞ」
えぇー、そこまでするの、ドン引きなんですけど
「ハッハッハッ、まあ、自衛隊の方も色々溜まっているからな、ガス抜きだよ、ついでに大本営の大掃除だな」
なにとんでもない事をサラッと言いだすんだこの爺様は、大掃除がついでって、何それコワイ
「さてと、これを言うとやっぱり盗聴器だって言われそうなんだが、あの直通電話には自動録音機能があってだな、受話器を上げてから戻すまでの音声が記録されている筈だ、それを回収したい、今、司令官執務室には誰かいるのか」
言いたい事はない訳じゃないが、ここは大人の対応で行くことにする
「事務艦がおります」
「むー、それは困ったな」
なんで困るんだ、艦娘には内緒にしたいとか、そのあたりか
「司令官の事務艦は憲兵に良い印象を持っていない、司令官が不在中に憲兵が司令官の机に近づくだけでも良い顔はしないだろう、事をスマートに運びたいのだが」
対策を出せってか、まあいいけど
「私が同行しましょう、それなら事務艦も大人しくしてるでしょうし」
「いや、司令官には調書の作成に手を貸してもらいたい、なにか、ここから打てる手はないか」
ふーん、個別隔離と情報遮断、良く言えば現状保存、悪く言えば協力という名目の身体的拘束、犯罪捜査の基本ではあるが、当事者になると気分のいいものではないな
「内線をお借りできますか」
制裁与奪の権限を憲兵に握られた様なものだが、あの老提督が一部始終を見てるんだし悪い様にはしないだろう、と思い込む事にする
「どうぞ」
向きを変えて差し出された電話の内線をかける
「司令官執務室です、只今司令官は不在につき、ご用件は「その不在中の司令官なんだが、いいかな」……」
驚いた、普段の声と違う録音かと思える声色だった、しかも機械合成の変な発音のやつ、こんな声で対応してたら、そりゃねぇ
「司令官!どうされましたか、ご命令下されば憲兵隊へお迎えに上がります!!」
なんでそんなにハイテンションになるんだよ
「落ち着きなさい、なにかあったのか」
「司令官が不在です!!」
それはわかってるから、落ち着いてくれよ
「こちらの要件が長引きそうなんだ、執務は切りの良い所で明日に回して良い、それと直通電話の点検があるそうだ」
「?点検、ですか」
「なんでも定期点検らしい」
「これまでにそんな話が出た事はありませんが」
「あー、そこは引き出しにしまって使わなかった私の所為だ」
「通信関連なら点検に来るのは航空自衛隊の方ですよね」
「?なんで」
「なんでって、通信を担当しているのは航空自衛隊の方々ではありませんか」
「ああ、そういう事、でもそれ艤装の方だよね、海上通信は確かに事務艦の言う通りだ、今回の点検は直通電話で陸上の有線通信だ、担当は陸上自衛隊、つまり憲兵さんだ」
「ああ、なるほど、了解しました、それでその点検中は席を外した方が良いでしょうか」
「その必要はないはずだ、点検は直通電話器本体だからひっくり返すにしても私の机だけだ」
「わかりました」
「定刻には切り上げて良いから」
返事を待たずに内線を切った、なんだか私の知らない艦娘の側面を見た気がした
「……こりゃ頼んで正解だったな、あんな遣り取り出来るわけない」
隊長がなんか言ってるが、置いておこう
「これで回収出来るでしょう、で、調書というのは」
「ハッ、こちらへお願いします」
呼ばれたので大人しく別室に行く事にする
「司令官にここまで協力させたんだ、相応の成果がなければ割に合わんな」
「おや、あの司令官を気に入りましたか」
「それは……どうだろうな」