~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第四話「後悔」

 翌日、早朝に目覚めていた結芽は庭先に立ち、刀を腰に差した。まだ夜闇の消え切っていない薄明の空。

 ゆっくり息を吐き、静かに抜刀。

 その時、日の出の上りと同時に、声にならぬ声が響いた。

(あなたは、今の居場所、今の剣で何を守るの、自分を救おうとして救えなかった、貴女が)

 足の歩数を気にしながら、居るはずのない相手に答えた。

「それは分からない、だから今の場所でやり残した一つ一つを確かめたい」

(その一つ、一つ、知りたいな)

「答える必要あるの」

(貴女ならきっと答えられるはず)

 昨日の動作が思い出した瞬間、息が荒く乱れた。

「自分のこれから、別れた仲間や先生たちのこと、紫様のこと、体内のノロのこと、二課のこと、刀使のこと、そしてパパとママのこと」

(時間はあるのかしら)

「時間は取り戻す、たとえ偽りの体でも心があれば、きっと」

 と、目の前に御刀を手にした可奈美が立っていた。

「結芽ちゃん、もう教えてくれないかな?」

 伏し目がちではあるが小さく頷いた。

「おいで」

 御刀を抜きはらった彼女は結芽と真っすぐ対峙していた。それに答えるように上段で構えた。

「結芽はね、ノロを使って延命していたの」

「うん、聞いたよ」

「あの日、命絶えた結芽は寿々花おねぇさんの手でノロとなってこの世から消えた。でも」

 軽い型合わせのはずが、複雑な剣さばきが互いに繰り返される。可奈美は一切の油断もできないが、しかしお互いひどく落ち着いている。

「ノロは結芽の、私の体を復元した。意思や記憶もこうしてある」

 鍔迫り合いになり、結芽の悲し気な御刀の震えに手が止まった。

「そして結芽はある組織に回収されて、今は刀使もどきのことをやっているの」

「嫌なの? じゃあまた」

「ダメなの、みんなの前に出ていけない。結芽は死んだの」

 間合いを離し、結芽は写シを張ったが、可奈美は写シを張らない。

「ねぇおねぇさんと決着、つけたいな」

「いいよ!」

「じゃあ写シを張ってよ」

「ダメなんだ、このままやろう」

 ならばと、同じ土俵に立つため、互いに木刀に持ちかえた。息を吐き可奈美を睨んだ。

「じゃあ……行くよ!」

 はじかれる一撃、いなされる突きに返し、踊るように動く足は考えるよりも先に、隙を見つける一寸先に飛んでいこうとする。

 可奈美はずっとずっと強くなっている。紫さまなぞ目でもないほどに強い。

 だからこそ、追いつきたいと、越えていきたいと体が動く。

 全く同時に三段突きが入り、切っ先が両者の突きをはじいた。

(そこっ)

 だが、その時足が止まり、一振りが一歩届かず避けられ、そのまま左腕の前にピタリと刃が止まった。

「やっぱり強いね、思った通り」

 しかし可奈美は納得のいかないといった表情であった。

「ごめんね、結芽ちゃん」

 その一言に結芽は大きく顔を横に振った。

「どうしたの? かなねぇ……まるで」

「そうだよ、もう時間が無いんだ」

 可奈美の澄ました笑顔を結芽はまっすぐ見れなかった。

「馬鹿」

 頭を殴られた結芽は頭を抱えた。

 梅はぶっきらぼうに結芽のうしろに立っていた。

「なぜ使わなかった、お前は可奈美に一番失礼なことをしたと、分かっているのかい」

「なんで」

「躊躇ったろう、最後の突きが走った瞬間、お前は可奈美のがら空きの胴を斬れた。だが、お前は踏み出るタイミングで考えた、自身が負けることを」

「ううっ」

「呆れた」

 梅はそれから何も言わずに立ち去った。

 

 3、

 

「大太刀ですか」

 鎌府内にも対荒魂任務時用の対策室があり、前学長である高津雪那が離れてからは、学長代理が指揮所兼学長室として利用していた。

「朱色の長い柄を使っているってなりゃあ、鎌府にも使い手がいるだろう」

「でもね呼吹さん、いくら大太刀使い言っても、現存して尚且つ御刀として扱われている物は多くないんや、私が知っとるだけでも十本指に入ればいいくらい、それに使い手とは全員面識があるんやで?」

 北海道出身の若い学長代理は、下手な関西弁もどきを喋りながら三人と一匹に向かい合っていた。 

 とノックとともに本部警護の刀使が書類を持って入ってきた。

「湖衣姫学長代理、頼まれた資料持ってきました!」

「ありがとな藤巻さん、特祭隊の任務表はこれやからよしなに」

「はい、あれ、こんなに休みあっていいんですか?」

「雪那さんが鎌府でこだわっとった結果や、他校や本部付きにも警護任務回させたから気にせんとええんやからね」

「かしこまりました。藤巻失礼します!」

「ご苦労さんなー」

 軽い足取りで退出していった彼女を見送りながら、資料の表紙を叩いた。

「北條学長、私の知るところでは」

「わかっとるよ播さん、この錬府に大太刀の御刀はない。書類上では錬府預かりの大太刀も全部他校の大太刀使いに預けとる。フツノミタマノツルギの写しも錬府の護り刀として社に納めてあるからな。刀使の持てる大太刀は錬府にはないんや」

 短く整えられた黒髪を揺らしながら、気丈な面立ちの北條学長代理は資料を数ページめくり、ある項目を指した。

「もしかしたら、刀剣類管理局預かりの御刀リストにのっとるかもしれん」

 三人は大太刀の項を丹念に見渡した。

「でもあの御刀、刃が二つ両刃のように向き合っていて、刀というより剣みたいでしたね」

「ねねっ!」

「あの状況でよく見てたな」

「でも、見た目以上に重いはず」

 紗耶香はメモ用紙に手書きで刀の姿を描いて見せた。

「これは刀やのうて……なんやろう……ファンタジー系ゲームの剣?」

「こんな御刀は他に見たことがありません」

「あの」

 紗耶香の気がかりと言わんばかりの表情に湖衣姫は何かと尋ねた。

「私を五番目の妹って言った。呼吹は知っているみたい」

 わざとらしくそっぽを向いて見せたが、隠しきれないとわかってか頭を掻いた。

「高津のおばさんの研究所で五番目の候補者の意味だ。私は三番目で、花梨は二番目だった」

「ん、何の研究の順番や」

「無念無想だ、それ以上はアタシだって知らねーよ」

「ふむふむ」

 湖衣姫は脇の机の棚を引っ張り出し、奥に入っている一冊の書類を出した。

「無念無想はノロによる干渉で高い耐久力と写シの潜在能力を全て引き出す能力。管理局に届けられていた報告書にはそう書いてあった。でも、どのようにして能力を引き出すかはわからなかった」

「あのうさん臭い博士はどうしたんだ?」

「もしかして、この人かな?」

 書類の関係者名簿に白髪交じりの堅物な男の写真があった。

「この人、知ってる」

「紗耶香さんもか!」

「学長代理、この方は何をしていた方なんですか」

 湖衣姫はめぐみへ書類に挟まっていたメモを手渡した。

「有群誠一、S装備理論の実証、ノロの干渉による人体の強化、御刀を依り代にしたノロの実体化現象」

「禁忌の研究をしていた博士や、今は行方知れず」

「では研究所関連の資料から花梨さんの資料を探しましょう」

「そうやな、あと無念無想についても調べてほしいんよ」

「なら高津学長に」

「ん! それじゃあ三人には任務の合間に調査をお願いしますわ。永田町での一件もあって私もやることがいっぱいやから、堪忍な」

「わかりました。糸見紗耶香、家弓花梨を追います」

 

 

 

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