四人と一匹は、管理局職員のアパートに着いた。五階立てで築十年のコンクリート造りである。
紗耶香と呼吹は外で待機し、二人と一匹はエレベーターに乗った。
「熱海の部屋は」
「四階の四〇二号室ですわ」
「よし、四階だな」
「ネネッネネネネ!」
ねねがボタンを押そうとした薫の右手を叩いた。
「来るのか」
「ネッネ!」
四階のボタンを押してエレベーターから出ると上に上がったカゴが、音を立てて潰れる音が響いた。
二人は写シを張ると、御刀を抜きはらった。
「使うまいと思っていたが、虎徹を持ってきて正解だった」
「ええ、来ますわよ」
エレベーターの一階扉を叩き破った赤い光が二人の周りを通り抜けていく、その特徴的なシルエットが青空を背にくっきりと浮かび上がった。
「コウモリ型か!」
夕闇に溶け込む空を瞬く間に黒く、そして赤々としたコウモリの軍団が空を穿つように飛び回っている。
やがて一つの塊となったコウモリはその閃光を二人めがけて走らせた。
だが笑顔の呼吹が一軍を瞬時に斬り散らした! 反転する群を紗耶香の兼定が散々に払う。
「二人は行って」
「荒魂はアタシのだぁーっ!」
「ああ、紗耶香を頼む」
二振りの短刀があっという間にコウモリを掃き飛ばしていく。
薫と寿々花は八幡力で一気に四階へ飛び上がると、いまだ閉ざされた四〇二号室の扉を叩き斬った。
「熱海樹、話を聞かせてもらおうか」
玄関に立つ暗い影は怪しくその大きな瞳を二人に行き渡らせた。
「やはり、一筋縄ではいかないか、さすがは元禍人だ」
「知っていらっしゃるのですね、禍人を」
「お前たちを殺す」
数打ち物のあまりに姿見が真っ直ぐな長脇差が、壁を叩き斬り破片を彼女たちに打ち付けた。薫は突きを受けながら左腕を取り投げ飛ばした。
熱海は廊下からアパートの最上階に飛び上がり、薫から逃れた瞬間、彼の右腕が叩き落され、刀と右手が彼から切り離された。
寿々花は怯んだ熱海を一刀のもとに斬り伏せた。
「さぁ、話してもらいますわ」
「まだ、まだだ」
肉体の荒魂化を始めたことに気が付き、寿々花は仕方なく熱海の喉下を突くと、彼はノロとして衣服を残して溶け出していった。
「どうだ、寿々花さんよ」
「……」
震える寿々花の肩を強くたたいた。
「これ以上被害が増えるよりはマシさ、所轄が来る前に部屋を探ろう。ここの警察も奴らの息がかかってないとは言い切れんだろ」
「それは考えすぎですわ」
「そうかな、わるい」
「ねーねっ!」
紗耶香と呼吹がコウモリ型荒魂の掃討を完了させたころには、パトカーや救急車の赤ランプが周囲を包み、アパートの住民の救出を手伝ったこともあって時刻は十時を回っていた。応援の刀使に現場を引き継ぐと、四人と一匹は本部へと戻ってきた。
「おかえりなさい四人とも、それとねねもね」
迎えた真庭の顔はどこか硬かった。
「ネネッ」
「学長、早急に報告したいことがある」
「待て、今日はもういいから、宿舎に戻りなさい」
「それはないだろうが」
低くしかし押し殺しきれない感情が薫の内からこみ上げている。しかし、それは真庭も同じことだった。
「休息も休みの内だぞ、報告は翌早朝に聞く、私は朝の七時から指令室にいるから」
「ありがとうございます真庭司令。しかし事は早急を要しますわ」
「すまないが、警視総監から直々の指示だ。私にも帰宅命令が出されているほどだ。朱音様が抗議しているが、今回の事件が鎌倉市内で起きたことに丸の内でも動揺が起こっている。私はここで朱音様と対応しなければならない。本当に申し訳ない」
しばしの沈黙ののち、薫は口を開いた。
「仕方ねぇ、おばさんの頼みは聞かなきゃな、行こう」
「すまない」
そうしてあまりに慌ただしい一日が終わりを告げた。
〔こちら梅、奴さんが物を渡した〕
〔長、こちらでもモニタリング。画像解析結果は赤だ〕
〔こちら彦、目標移動開始。指示通り仲介人をやります〕
〔こちら黒、前方から的が来たよ〕
〔長、状況開始だ〕
スーツを着たサラリーマン風の仲介人と呼ばれた右足が吹き飛び、琥珀色となって地面に散らばった。だが片足で立ち上がり、周囲を見まわした。
「まさか! 禍狩り!」
低く飛び込んできた黒い影が大きく片足、両腕を斬りさばき、靴底を口に突っ込んだ。
「おっと間違っても自害なんかするんじゃねぇぞ、トカゲの尾っぽ!」
角を過ぎたあたりで物を受け取った男は強い風を感じ、周囲を見回した。すると体は琥珀色の液体となり舗装路上に飛び散った。
〔黒、任務完了〕
〔彦、合流地点に向かいます〕
〔梅、目標の確保に成功。回収を求む〕
やってきたワゴン車に乗り込んだ覆面の少女は、口当てを脱ぎ空気を大きく吸った。
「やっぱりこれ息苦しいよ」
「まぁまぁ黒、我々は死んだ刀使なんですから、見えてはいけないんですよ」
「でもさぁ彦はビルから狙撃じゃないの? 結芽は人目を盗んで証拠を残す仕事って、これ隠密の意味ある」
「おい黒、捕虜がいるんだぞ」
梅は低く奇妙な笑い声をあげた。
「大尉殿、ばっちり耳栓つけて自殺対策の猿ぐつわもつけてますからご心配には及びませんよ。それに聞くこと聞いたらさっさと死んでもらうんだから、それが遅いか早いかの問題でしょ?」
「冗談じゃない、が、その通りだ。残党を処理しない限り、先には進まない」
「先ね、さきさき」
黒はコードネーム、燕結芽は黒い制服を身に纏い、窓から夜闇をじっと見つめた。
「さっき連絡があった。刀剣類管理局も禍人と青子屋の存在に感づき出した」
「随分と時間がかかりましたね」
「だがこうしてあぶり出しを続けてきた甲斐があった。黒には古巣のおびき出しをしてもらった。近いうちにお前の友達の口から俺たちの存在が見えてくる」
「そうすればみんな思い出すんだよね。ノロと人の関係を」
「そうだ、だが明日香村から発掘された刀をなぜ盗んだのか? それが問題だ」
車を走らせて三時間後、名古屋市内の自衛隊の広報事務所と書かれた大きな施設の敷地に入り、車はガレージのなかへ収納された。
そこに黒い制服に白衣を着流す少女が車を出迎えた。
「お帰りなさいみなさん、さぁみなさんまずは濃度検査機のチェックを受けてください」
「だるい、もう寝たいよエミリー」
「我慢してください黒、それに私はコードネーム麿ですよ」
「はぁい、はい」
三人が施設に入っていくと、最後に大尉を出迎えた。彼にタブレットに表示した情報を差し出すと、満足げに頷いた。
「さすがだね、わずか半日でスペクトラムファインダーで禍人を探せるようになるとは」
「いえいえ先行研究を続けてきた方々のおかげです。皆さんのサンプルのおかげで数字の入力のみでしたからね」
「以前なら不信の証にするが、今はいつ渡せるかが問題だな」
「人は情動の生き物、いまさら何を変えられまして? それでサンプルは」
大尉はトランクルームを開けると四肢の口から、ノロのこぼれ出る男が体をばたつかせていた。
「尋問は?」
「不要、バラシてノロの構造データーの分析をしてくれ」
「畏まりました」
男の目隠しを外したエミリーは笑顔であった。
「大尉殿が欲しいのはノロの特性がもたらす数値差、そこからくる実測データ。日本、そして世界中に散らばったノロを探し出すカギになる。さぁデータの採取を始めましょうか。ご心配なく、殺しませんから」
5.
朝刊の一面を読みながら、目の下に隈を浮かべる真庭は小さく欠伸をしてみせた。
「鎌倉市内に荒魂、管理局の警察力は十分なのか、か。好きに書いてくれるわね。まだ肝心のことを知らないでいてくれるから、かわいく思えるのだけどねぇ」
「なら俺のことも孫のように可愛がってほしいな」
「お前は娘のように思っているぞ、薫」
「それはうれしいね、泣きたいぜ」
薫は真庭に淹れたてのコーヒーを勧めた。
「おはよう二人とも、ありがたくいただくよ」
「おはようございます。真庭司令。では早急にも」
「ああ、話を聞こう」
昨夜、熱海を斬った後の短時間に、二人は彼のメモを発見。そこには外事課のある職員が書類の処分統括を指揮していたことが明らかとなった。
「異動になったノロの運搬部職員の刀使が、書類の保存と統括していたのが外事課の加瀬多美子であることを教えてくれた。昨日の午前中に彼女の姿を確認している」
「ところで外事課から提出要請のある資料は来ていますか」
「いいや、期限は来週の月曜まで、今日まで一枚たりとも提出されたものはない」
「やはりもう一度、訪ねるしかあるまい」
「ん、お前たち、本当に帰宅したのか」
真庭の問いに二人は顔を見合わせた。ねねは薫の肩で眠ったままであった。
「帰宅したさ、寮でノロ回収の関係者名簿をひっくり返して、電話片手に外事課が残る前に最後に解散になった組織を探し当てたのさ、何せ解散順の書類はまだ外事課が作成中だからな」
「まったく」
「それでも収穫はありましたわ。もう一度問いただす価値があると思います」
「分かったわ、思うようにやりなさい。でも一つだけ、今回のように誰かを巻き込むな。応援が必要なら私を通しなさい。いいわね」
「はい」
「はいよ」
朝礼のチャイムが鳴ると、遊撃隊控え室では紗耶香を入れた四人と一匹全員が、隊長である薫を中心に朝の点呼と今日のシフト確認を行い、朱音の警視庁への出張に紗耶香が警護に入り、本部警護の隊長代理に真希が入ることとなった。薫と寿々花は変わらず専任捜査で通常シフトを抜けることとなった。
だが、朝早く外事課を訪れた二人は出鼻を挫かれることとなった。
「加瀬多美子さんなら、昨日付で退職しましたよ」
大村勘太のそっけない一言に二人は固まってしまった。
「彼女には書類の処分統括を指揮してもらいましたが、三日前の時点で最終提出の書類をまとめ終わりましたからね。彼女の退職届を期日通り処理しました。父の敷いた悪習ですが、我々で終わりですから大丈夫でしょう」
「そうですの」
「いやはや、昨日は彼女の退職祝いをしていたのに、熱海君はとんだ不幸にあってしまった。此花さん、もしかして熱海君は父の息がかかった人間に殺害されたのではありませんか」
「いいえ、アパートに侵入していた荒魂が彼を襲ったのです。それに大村喜之助、あなたのお父上は死んでおられます」
「そうですね。まったくその通りです。ところで、彼女にはどのような話で参られたのですか」
「書類作成中に大村喜之助の干渉がなかったか伺いたく思いましたので、できれば加瀬多美子さんが現在どちらにいらっしゃるかお伺いしたいのです」
「たしか、既にアパートの自室を引き払って、山形の実家に戻ったはずです」
「なるほど、すぐには会えませんわね。そちらから連絡をつけてもらえんすか」
「はい、たしかお渡しした名簿にも連絡先が書いてありますので、それからすぐに繋がると思います」
「ありがとうございます」
「それにしても、この刀剣類管理局はどちらへ向かうでしょうね。私は何となく先行きに不安を感じずにはいられないです」
「それぞれの場所で全力を尽くすしかないさ、そこででしかできないこともあるんだからな」
「私に何が出来ましょうか」
「そういう律義さでしょうな、大村さん」
「ふふ、私もまだ仕事があるようですな」
部屋を退出し、二人は黙って廊下を歩んでいき、再び階段を降りながら、寿々花は思わず苦笑した。
「真実ではなく、事実に対しての律義さは、確かにこれからの私たちには必要ですわね」
「俺にはそういう繊細さはないからよ」
「確かに、先ほどの言葉は愚直に過ぎましたわ。でも、悪い気分ではないですわ」
「今度こそは尻尾をつかんでみせるぞ」
「ええ」
二人はすぐさま真庭と朱音に報告、朱音は即座に二人に山形へ向かうように命令、真庭が書類と切符を用意し、二人は寮の自室に戻って二泊分の身支度を整え、昼前に鎌倉駅に集合した。
「お待たせしましたわ」
「おう、泊まるホテルも既におばさんが手配済みだ。加瀬多美子への連絡はどうだ」
「本人と直接お話した限りでは、いつでも彼女に会えるみたいですわ」
「そうか、なら行こうか」
JR湘南新宿ラインに乗り、戸塚で東京駅方面に乗り換えをし、東京駅で降りると上越新幹線に乗り換え、新潟へと向かった。
「次は新潟駅で白新線の秋田生き特急に乗り換えますわ」
「さて、じゃあ弁当を頂くとしますか」
乗り換えを済ませたのち、目的地である山形県酒田駅に着いたのは夕方五時半近くであった。
「先にホテルのチェックインを済ましてからでないと」
「間違いなく話が長くなるからな」
と、寿々花の携帯に電話がかかってきた。
しばらく話し込んでから、電話を切るとため息をついた。
「どうしたんだい」
「加瀬多美子からの電話ですわ、先の用事で帰りが遅れているために、明日にしてくれないかとのことですわ」
「ここは押し込むべきではないのかい」
「そうはいっても、加瀬家はこの土地の名家、おいそれと押し入りなんてすれば、関係ない人間が首を突っ込みかねませんわ。私たちはあくまで加瀬多美子の事件への関与を問いただすために来たのですわ」
「むぅ、仕方ねぇ! 明日だ明日!」
「ネネッ」