第十話「強襲」
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翌の昼を越した時間帯。
東京都新宿は最も賑わう時間となり、往来の中を二人が合間に入った。
新宿駅甲州街道口、バスターミナルへのエスカレーターを横に向野と花梨は高くそびえるドコモタワーを見上げた。
「博士、どうぞお願いします」
携帯をポケットに入れた瞬間、タワー上部が弾け飛び噴煙の中から壁を突き破る巨大な物体が姿を現した。頭の六角形の突起を左右へ振ると、壁面がばらばらと崩れ落ちた。写真を撮る人込みの中で花梨の冷めた目が周囲を見渡し、やがて冷静さを失い始める群衆が出口へと駆けていく、早期警戒警報の中で向野は小さく笑い続けている。
「あれが有群博士の新作、打突面獣か、なんてデカさだ」
「茶番だな」
「茶番? ふふふあっはははは! 間違いない大茶番だ! さぁ我々も茶番をはじめよう」
花梨はその巨大な包みから剣を取り出し、腕を切り裂いて血をまき散らせた。
「行け」
血は実体化、あらゆる形の荒魂となって駅構内を猛然と暴れ出した。向野は赤い写シを纏い、合口で床を砕きぬいた。
「六枝吸魂」
甲州街道口前の道路に幾本もの巨大な枝が飛び出し、走ってくる車を次々と破壊していく。人々は混乱にただただ狂い動き、新宿はにわかに混乱の様相を見せ始めた。
「早く来なさい、紗耶香」
新宿の都庁にある東東京市対策室から緊急警戒警報と刀使への出撃が発令され、特祭隊本部指令室に一気に緊張が走った。
真庭は薫との回線を優先で繋いだ。
「薫! 寿々花! 大宮から直接でいい新宿で先頭に立ってくれ」
〔了解、それと遊撃隊の全隊員出動を許可してほしい〕
「理由は」
〔報告の荒魂が従来型じゃない。通常部隊の刀使からけが人は出るのは避けたい〕
「わかった! これより特祭隊司令真庭紗南の特別災厄対策第四令を発動し、遊撃隊を新宿へ投入する!」
すべての刀使に遊撃隊の出動が伝えられ、タギツヒメ事件以来の大事件になっていることが想像できた。あれからまだ半年もたたずに災厄は起きた。だが本部からの遊撃隊精鋭陣の名前に彼女たちは不思議と勇気つけられた。
「この全力出撃は虎の子だ。なにせ遊撃隊予備の可奈美と姫和を呼びつけるんだ。下手したら、西日本と中京のパワーバランスが崩れる」
「でもそうしなければならない事態と判断したのでしょ? 薫隊長」
「ああ、突然すぎる。スペクトラムファインダーのデータに偽りがなければ」
「新宿駅周辺は」
「そうだ完全に機能停止している」
「ねねっ……!」
新宿に到着したとき、巨大な荒魂が線路を駅へと向かう光景に出くわした。寿々花の取り出したタブレット端末を見ながら被害中心地域の荒魂発生状況を報告、即座に真庭と警察隊、遊撃隊の先発隊に荒魂掃討地域の区割を指示した。
〔隊長の益子薫だ。今回が俺たちの初めての全隊出撃だ。時間は五時間! 五時間以内に掃討を完了し新宿を即時復旧作業へとバトンを渡す! 時間は厳守! 俺の背中は任せたぞ! 〕
先発隊の中にいた紗耶香は到着し、区割りを再度確認し、アルタ前から甲州街道口の巨大荒魂掃討へ向かう旨を隊員に告げて駆け出した。
「次から次へと……寿々花さん、真希さんと合流して靖国通りの区割りから掃討を」
「隊長はどう?」
「あそこのバカでかいのを祓う、紗耶香と合流次第、最も荒魂の多いここを担当するから、任せたよ」
「では!」
薫は線路上に降り立つと、祢々切丸の鞘を砕き破り、正面から向かってくる打突面獣に向かって左蜻蛉の構えで向き合った。
「なぁねね」
「ね?」
「あれブタじゃないか」
「ねーっ!」
「だよなあいつの名前は豚型にしよう」
一気に打突面獣の懐に入るなり、町中に響き渡る猿叫、瞬時の一撃が巨体を縦真っ二つに叩き斬った。
「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
気合が木霊し、持ち場で戦う刀使たちは自然と笑顔になった。紗耶香もその一人だった。だが燃え盛る車の前に大ぶりの剣をもった女が姿を現した。紗耶香は自然と鯉口を切った。
「家弓花梨……まさか」
「不本意だけど、あなたが自分の身を弁えないのだったら」
「ここで、倒す!」
遊撃隊投入から二時間、陽は暮れはじめてドコモタワーの崩れた間から有群が眼下の新宿駅を見下げていた。東口に展開させた荒魂がことごとく掃討されたが、かれは端末で靖国通りを指示した。
靖国通りは文字通りの最悪であった。逃げ遅れた民間人を守りながら、続々と集まってくる奇妙な形状の荒魂に対して動けないでいた。その長く伸びた鼻から次々と矢が放たれ、写シで受けながら矢を履く作業に終始していた。
〔寿々花! 回り込みは〕
〔気づかれましたわ、こちらも前へ進めません! 〕
「なんて荒魂だ!」
写シの剝がれた刀使が退避すると、すぐさま回復した隊員が盾に入る。
「柳瀬麻衣! 頼みがある」
応援に入ってきた舞衣へと真希は叫んだ。
「はい!」
「今すぐ甲州街道口へ! 隊長と紗耶香と通信ができない! 応援へ!」
「でも!」
「たのむ!」
舞衣は頷き、真希は一列に並ぶ矢吹型荒魂の前列に飛び込んだ。
「なめるなぁー!」
集中する矢を気にも留めず、前列を斬りさばいていく、
「真希さん……! 高架を這って突入するわよ!」
「寿々花様! ビルの壁面に!」
隊の頭上に四体の壁面ガラスに張り付く、矢吹型の姿があった。
真希へと集中する矢を見ても、隊は前進を阻まれて助けにいけない。車を盾にしている隊員は歯ぎしりした。
「ねぇ、状況は?」
「状況? 見ての通り、救助に手一杯で」
「やっぱり、結芽がいないとダメダメだね」
「はぁ? あなた何を言って……!」
その黒いバラクラバを取った少女の目を見張るような桜色の髪に目を見張った。
迅移で飛び込んだ閃光はあっという間に中央を突破し、左翼の矢吹型をあっという間に切伏せた。
「真希おねぇさん、今のうちに矢を抜いちゃいなよ」
「結芽」
〔こちら黒、ごめんなさい〕
〔こちら長、バッカ野郎! まだフードは取っちゃいかんだろうが! 〕
〔はいはーい〕
真希は必死に矢を抜き取り、写シが剥がれると一気に息を吐いた。
「本当に結芽なんだな」
「どうだろう? 早く立って! まだいっぱい来るよ!」
「ああ!」
立ち上がった真希は写しを張り、結芽とともにガード周辺の荒魂を切り伏せていく。
ビルの屋上からアサルトライフルの弾丸が三体の矢吹型を壁から引きはがし、飛び降りて脇差を抜きはらいざまに一体を切り伏せ、寿々花たちの前に降り立った。その黒いバラクラバから覗く細い目に寿々花は見覚えがあった。
「寿々花ちゃん、無理強いできなかったら戻るのも選択肢なんですよ?」
「その声、国府宮さん……!」
「ほら、まだ来るよ気を抜かないで!」
「は、はい!」