線路上では打突面獣の胴を盾にしながら、縦横無尽に走る枝から薫は必死で逃げていた。
「ねね!」
「ダメだ! あいつを探しているタイミングで狙い打ちにされる!」
「ねねっねねっ!」
左手首のない向野は笑いながら薫の軌道を追っていく、彼女はバラバラになった荒魂の体の上に昇った。
「ちくしょう! ねね、あれをやるぞ」
「かっはははは! どうした! たかがガキ一人にちょこまかと、動くなってんだろーっ!」
祢々切丸が弾き飛ばされたが、薫はがむしゃらになって向野の懐に飛び込み彼の顔を蹴り込んだ。そして彼女めがけて祢々切丸がとびその勢いを得て縦一文字の一閃が砂煙を巻き起こした。
「薫!?」
紗耶香は凪ぐように繰り返される連撃を丁寧にさばきながら、強烈な斬撃を受けて間合いを離した。もう一時間以上も斬りあいを繰り返してなお、互いに呼吸が乱れることも、剣が鈍ることもない。だが周りの状況が見えないことに、紗耶香は明らかに焦っていた。
「あなたはまだ本気を出していない。いや目覚めていないのね」
花梨が袂から投げたものを紗耶香は手に取った。
「ノロ……!」
「さぁそれを打ち込んで、あなたの力どれだけ危険かを確認なさい」
「ダメっ!」
迅移とともに抜き打ちが花梨を叩き、その芯の強い太刀が花梨の半端な受け身を弾いた。やむを得ず離れた花梨の視界に美濃関の制服を着た舞衣が切っ先を向けて立っていた。
「まい」
「大丈夫だよ紗耶香ちゃん、私が守って見せるから」
舞衣は花梨を鋭く睨んだ。
「あなた、紗耶香ちゃんのおねぇさんなのに刃を向けるんですね」
「紗耶香の力は今の世にあってはならないもの、それを理解できるものが、そのものに出来ることは自ずと決まっているのよ」
「違う、他にも可能性があるのに、あなたは逃げることに甘えている。刀使の家族は守り切って見せる」
「守る? 私を生み出し、あまつや捨てておいて! 今更家族か!」
「ならなぜ紗耶香ちゃんを守ろうとしたんですか!」
「守っていないだろうが」
「わからずや!」
飛び込んできた大剣をいなしながら、刃を反すが、花梨は鵐で腹を殴り勢いを殺したところで、孫六ごと地面に叩きつけた。しかし姿勢を低くし、居合の要領で花梨の腹を斬り、踏み込みの勢いに乗って両こぶしで打突し花梨の体は後ろへ投げ出された。左足をふんじばって舞衣の追撃を受け、隠剣の構えから孫六を薙いで大ぶりの連撃が繰り返され、その一閃が写シを剥がすが怯まずに鍔迫り合いに押し入ってから写シを張った。
「舞衣、いま」
「おっと」
地面からツタが伸び、紗耶香の体をがっちりと捉まえた。向野は両腕からノロを垂れ流しながら紗耶香の前に現れた。
「君は動いてはダメだ、まだケガをしてはいけねぇ」
追いついてきた結芽がその光景を見て、向野に飛び込もうとした瞬間、頭上から矢がふり彼女の動きを止めてしまった。
「しつこい」
〔長だ! なんとしても無念無想を完成させるな〕
〔わかってる! 〕
花梨の体はにわかに光彩を放ち始めた。
「無念無想!」
その見覚えのある輝きに気づいた瞬間、舞衣の体は後ろへはじき出され宙に舞う彼女の胴を斬り、隙も与えず留めの袈裟懸けを浴びせかけた。地面を転ぶ舞衣にもはや写シを張る力はなかった。
「刀使が、刀使が!」
向野は枝を張り、舞衣の首を縛りもち上げた。
「やめて、お願い」
息も絶え絶えとしている舞衣を見て向野は微笑んだ。
「てめぇら刀使が俺に勝とうなんてするからだ! 死ね」
紗耶香はもう何も考えなかった。無念無想で枝を払い、ノロのアンプルを腕に打ち込んだ。
「向野! もうやめろ!」
花梨が激高したその時、枝に包まれていた紗耶香の体が白く輝き、その頭に二本の角、そして白い装束、琥珀色の瞳が向野を見据えた。
その体に重なる無念無想の光彩は強靭な七色に輝く。
枝は裁かれ、向野はノロとなって吹き飛び、切り落としを受けた花梨の手から剣が飛び、結芽を囲んでいた荒魂を切り払った。
一瞬の出来事に花梨は死を悟り、目をつぶった。
「ダメっ!」
飛び込んできたソハヤノツルキの鵐は紗耶香の動きを止め、結芽は写シを裂かれて転げ落ちた。
正気を取り戻した紗耶香から無念無想の輝きが剥がれ落ち、膝を突いて空を見上げた。空に空いていた黒い大穴が赤夕に閉じるのを見て、兼定の刃を自身に向けた。
「だから、ダメだよ」
歩み寄った結芽に刀を引きはがされ、その肩を何度も揺すぶられた。
「紗耶香ちゃんは生きてるんだよ。もっとそれを大事にしてよ」
「でも、私はいま」
「馬鹿野郎なにやってんだ」
駅から姿を現した薫は語気を強めて紗耶香に言い放った。
「舞衣がケガしてるんだ。早く助けてやらねぇか!」
「でも」
「うるせぇ、四の五の言わずに動け」
「ねっね! ねねね!」
結芽へと頷いた紗耶香は舞衣のそばに駆け寄り、首に巻かれた枝を取り払った。息はある。
「おい、燕結芽」
「結芽だと思う?」
「夢でもいい、ありがとう」
微笑んだ結芽は力なく膝を突く花梨へと目を向けた。
「隊長さん?」
「益子薫だ」
「じゃあ益子のおねぇさん、家弓花梨を預ける。時が来たら全てに決着を」
「全て?」
「すぐにわかるよ」
結芽は迅移で駆け出すと、ビルを飛び越えていき北へと遠く遠く飛び去って行った。
時刻は既に夕刻を回り、緊急で到着した可奈美と姫和は現場の指揮に入った。薫は禍人との戦闘で消耗、紗耶香は病院へ送られる舞衣に同伴。真希は靖国通りの掃討を完了させると倒れてしまった。まともに現場統率をできるのが寿々花だけだった。
歌舞伎町のゴジラロードには現場指揮所のテントが立ち並び、そこへ遊撃隊制服を着た可奈美が顔を出した。
「ご苦労様です。今から駅の復旧作業が始まります、それまでは作業の警備に移ります」
「ふぅーっやっとですね。みんな奥の休憩所で待ってて」
可奈美は真希班のメンバーを休ませると、寿々花に手招きされてパイプ椅子に座った。
「二人ともお疲れ様デース! 区役所の方からミルクコーヒーをもらってきました!」
「ありがとうエレンちゃん」
「いただきますわ」
忙しく人が飛び交う中、寿々花はうとうととしながらもタブレットに来る連絡のメールを処理していた。
「寿々花さん、休んだ方がいいですよ」
彼女は無理に笑顔を取り繕って見せたが、無理は顔に出ていた。
「そうデース! 私がいますから暫くは任せてください」
「でも、薫さんも真希さんも、紗耶香さんもいないのに」
「それには及びませんヨ! 薫は病院で『働かせろって』うるさいそうなので、こういう時こそ体を休ませてください!」
「薫さんが? ふふふおかしなの、そうですね、わかりました……」
寿々花はエレンへ端末を手渡すとそのまま寝入ってしまった。それに気が付き、苗場和歌子は緊急用具の中から毛布を取り出し、彼女にやさしく掛けた。
「みんなずっと大変だったのに、すごいな」
「薫は禍人を大勢の前で、サーヤは自分の過去に追われ、寿々花と真希は初めて現れた形状の荒魂に悪戦苦闘し、みんな事件を解決しようと頑張っていたのに、あんまりデス」
「色んなことがあって、何もかもめちゃくちゃで、ただ足掻くしかない」
「そうです……そうデース! 燕結芽が現れたんデース!」
「しっ、エレンちゃん!」
「す、すみません」
二人は顔を近づけ、小さく話し始めた。
「やっぱり?」
「? カナミンまさか」
「別のところであったんだ。ノロによって体が復元されて、今はどこかの組織にいるって」
「組織とは?」
「わからない。でも同じ境遇の人が寄り集まっているみたい」
エレンはいぶかし気に目を細めながら、タブレット端末内の監視映像のスクリーンショットを引き出した。
「燕結芽といっしょに国府宮鶴という人も出たそうです」
「国府宮先輩が」
「ご存知ですか?」
「うん、美濃関で一番強かった人で小野派一刀流の脇差使い。一年半前に任務中に行方不明になったって」
わざとフードを取った結芽、話をかけてきた鶴。
「何かを伝えようとしている? そしてサーヤの覚醒を止めようとした。なぜ?」
可奈美は何かを思い出したように天井を見上げた。エレンも不思議と天井を見た。
「急行するヘリの中から小さいけど隠世の門が開くのが見えた」
「サーヤの強大な力が自然と扉をこじ開けた……燕結芽はその阻止に、禍人たちは開けるのが目的だった。最初から狙いはサーヤ」
「でも何のために開けたんだろ」
可奈美の携帯のブザーが鳴り、真希班との合流を思い出した。
「ごめんエレンちゃん行くね」
「大丈夫ですヨ」
座ったまま可奈美を見送ると静かに寝息を立てる寿々花を見て、深呼吸した。
禍人や荒魂が襲い掛かってきた理由は紗耶香の覚醒、だが覚醒させて隠世の門を開ける理由がわからない。それを阻止するために同じ禍人と思しき刀使が干渉してきた。ここ一か月続く人間のノロになって発見される怪事件と何か関係があるのか?
エレンは顔を強張らせたまま、一口飲んだ。