~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十伍話「酒田」

 夜八時を過ぎ、薫と寿々花を除いたメンバーを寮に帰らせた後に、連絡を入れていた彼女は局長室に顔を出した。

「錬府女学園警邏科高等科三年生、境良美。出頭命令に従い、参上いたしました」

 物静かな、声色の高い女性が目線を前髪で隠しながらあいさつした。

「突然の出頭命令に従ってくれてありがとう。早速なのだけど聞きたいことがあるの、いいかしら」

「はい、何なりと」

「加瀬多美子さんをご存知ですか」

「もちろんです」

「どのような関係でしたか、詳しく教えてください」

 彼女は言葉に怒気を込めながら話を始めた。

「ちょうど去年の春でした。私はノロ回収の警護班に配属されていて、よく知らないうちに職務を外事課に集約する命令が出されて、出勤してもやることがない状態でしたから、課題をやったり、読書をしたりしてました。そんな警備課の執務室によく訪れる外事課の職員がいました。それが加瀬多美子です。

 私は彼女と話すうち、段々と心惹かれて、加瀬さんもその気だったのか、一月後には告白されて恋人となりました。

 それで終わればよかったのですが、彼女は多忙な仕事を手伝ってほしいと机を隣り合わせにして書類作成を手伝いました。好きでしたから、頼みもききますよ。でも、先週に一方的に別れを告げられて、理由を聞こうにも電話には出ず、本部では何度行っても会えず。アパートの部屋に行っても、もう引き払った後でした」

「アパートに行ったのは何日前ですか」

「十二日前です。あの女は私を利用したんだ。そうじゃなきゃ、私を捨てたりなんかしない」

「あなたたちの関係のことは分かりませんが、加瀬多美子は重大な事件の犯罪者である可能性があります。私事ではありますが、別れて正解だったと思います」

「はい」

 境良美を本部の警護員に送らせ、三人は再び書類と写真を睨みこんだ。

「こいつは本当の数字、そして加瀬のサインがあるこの書類が虚偽の書類。しかも数値は昨年回収した回収の数値に合致する。すでに早い段階からノロが横流しされていた証拠だ」

「ええ、この付着したノロに血液が混ざっているなら、これは誰から奪い送られたのかが分かります」

「待ってください朱音様、その匿名の書類がノロによって真贋が証明されるなら、なぜ書類の提供者は姿を現さないのです」

「もしかして加瀬はその提供者に斬られているんじゃないのか」

「薫さん、それが本当な、ら」

 寿々花は怪我で切ったにしては、大きく巻かれた包帯が目にうかんだ。

「もし一刀で腕を斬ったなら」

「あの包帯の巻き方なら、斜めに大きく斬られている」

「此花さん、薫さん」

「朱音様、この書類のノロを検査したうえで、私たちにもう一度、酒田へ出張させてください」

「わかりました、詳しく聞かせてください」

 三人の意見が一致し、朱音は密かに真庭と会議し、山形県警対荒魂指揮分室に連絡、出動に向けての作戦討議が行われた。

 そうして夜は暮れ、二人が帰宅したときには既に日付を超えていた。

 

 翌午前八時。

 遊撃隊本部室は四人と一匹全員が集合し、いつになく物々しい薫の表情が部屋を張り詰めた空気に包ませた。

「おはようみんな、遊撃隊結成以来の二度目の五人全員の出動だ。相手は荒魂になった人間、禍人だ。寿々花さん、みんなに説明を」

 先日の事件のあらましと、そして捜査の経過について話をした。そして全て折神紫の陰で暗躍していた、大村喜之助の策謀であることを結論付けた。

「分かっていると思うが、俺たちは裏切り者を斬るとか、人を斬るためじゃない。荒魂を祓うために御刀を振るうんだ。そして、禍人は並大抵の力じゃない。どんな危険が待っているか分からない。だからこそ、俺に背中を預けろ、そしてお前たちも俺に背中を貸してくれ、そうして俺はいつものようにサボれる。頼むぜ」

「最後のはいらないね、薫隊長」

「悪かったな真希さんよぉ」

「ははは、さぁ行こう!」

 薫は笑顔で頷いた。

「ごめんなさい! 朝礼は!」

 可奈美と姫和が控室へと入ってきた。

「いいや、今ちょうどやっているところだ。急ですまねぇな」

「心配いらない。お前にこうやって頼ってもらえるのはうれしいことだ」

「恥ずかしいこというなよ、エターナル」

「いまこのばできさまをきろうか?」

「ふふ、うれしいぜ」

 面々が続々と駅に向かう中、大鳥居の下で紗南が薫を呼び止めた。

 何も言わない紗南に薫は笑顔のまま胸を張った。

「行ってきます先生」

 背中を向けた薫の代わりに、ねねがいつまでも紗南へと手を振っていた。

 

 

 酒田市内に着いたのは昼を過ぎたあたり、市内には避難警報が発令されていた。

 遊撃隊の黒い制服に身を包む六人は全国の刀使を代表し、尚且つ最強クラスの部隊である。酒田に派遣されてきた新潟警察本部属の刀使たちが彼女たちに頭を下げた。

「またどうしたんだ、急にすぎないか」

 指導真希の問いに地元の巡査は空を指さした。

 そこには赤い瞳を輝かせる無数のコウモリたちが天を覆っていた。

「このコウモリ、一週間前の」

「ああ、熱海樹のアパートを訪れた時と同じ奴だ」

「実は加瀬家宅に続く道が真っ黒なもんに覆われて、家の方の避難が終わってないのです」

「救出に行きます。加瀬宅までの近道を」

「それが、避難が終わったと同時にコウモリが道をふさいじまうんです。さっきも酒田署の機動隊員がこじ開けようとして二人も怪我したんです」

「では、途中まででいいので通れる場所を案内してくれますか」

 途中まで案内してもらった場所は、右手に二つの寺が並び、二人が止まったホテルのある通りであった。

「どういうわけか、日枝神社までの一本道が通れるのです」

「案内ご苦労、あとは俺たちだけで大丈夫だ」

 薫は御刀を抜かず、まっすぐ歩きだすと、他の五人は刀を抜いて薫の背に続いていった。

「お気をつけて」

 黒い壁は次第に厚くなっていき、少しずつ四人を圧迫し始めた。

「罠だと思うか?」

 姫和のその問いにだからどうと? と言い返した。薫の覚悟を感じた。

「邪魔だね」

「うん、斬り開かなくちゃ」

「ネネッ!」

 目の前に壁を作ったコウモリたちが、紗耶香と真希の一閃によって切り払われた。

「こいつらの相手は僕と紗耶香でする。隊長と寿々花は先へ!」

「姫和ちゃんと私は市街の中央から向かうよ!」

 駆け出した薫と寿々花をコウモリの大群が追おうとしたが、紗耶香の一撃離脱の斬りつけが何度も叩きつけられ、散ったコウモリを真希の太刀が容赦なく追い散らされた。そして、再び集まろうものなら巨大化したねねが容赦なく踏みつぶした。

 石畳の坂を上がりきると、神社の参拝する坂に二人の人影を見た。

「よくここまで来たもんだ。俺も逃げるに逃げれなくなった」

 上の場所で座る男はそう言いながら、片手には反りの深い打刀があった。

「あなたが、正真正銘の大村勘太ですわね」

「いかにも、おかしいなぁ親父がそこのオチビさんの中で記憶を入れ替えたはずなんだがな」

「周りの人間がお前さんの顔を知っていれば、俺でなくてもいずれ分かったさ」

「だろうよ、でもそうして時間稼ぎにはハマってくれたじゃないか」

「大村勘太、加瀬多美子、あなたたちの目的は」

「刀剣類管理局に政情不安を起こしたかったのさ、とにかく混乱が起きれば俺たちが出張る場所も増える。そうすればもう一度、刀剣類管理局を裏社会の手で回すことができる。タギツヒメが支配していたころは間違いなく、そうなっていただろう」

「ふっ、浅はかなことこの上ないですわ。そんなのじゃあ朱音様の体制を乗っ取ることも、禍人であり続けることもできませんわ」

「いいさ、進退窮まって策に出たが、結果は本当のご主人さまに見捨てられる。尻尾がないからかみつくしかないのさ」

「飼い犬が主人に食って掛かるのか、他人を盾に」

 薫の一言に勘太は立ち上がって階段を数段上った。

「来いよオチビ、上で勝負だ」

「ふん、望むところだ」

 彼に入れ替わるように、顔の半分が荒魂化した多美子が階段を下り、長脇差の切っ先を薫に向けた。

「もう終わりなのよ、死んでちょうだい」

 斬り込む寸前に寿々花は多美子の間合いに踏み込み、太刀を受け止めてそのまま別所へと押し出した。

「寿々花さん、頼むわ」

「はい、隊長命令とあらば」

「おう」

 立ち上がる多美子は寿々花をぐっと睨み込んだ。

「どうしましたの、貴女も元刀使なら写シを張ればよろしいですわ」

 しかし、歯ぎしりをするばかりで多美子は何もなかった。

「大方、力の衰えを認められず、ノロを取り込んだ結果、神通力を引き出す力も、御刀からの力も得られなくなった」

「あんたに何がわかるのよ!」

 突っ込んだ多美子の剣は単純にして粗暴、がむしゃらに剣を振るばかりで寿々花は鎬で受け止めるような真似をせずとも、いとも簡単に避けた。やや籠手返しを緩め、わざと鍔迫り合いに入った。

「何も分かりませんわ」

「あんたのような少し腕の立つ刀使が、紫様の近くにずっといて、私は地方を転々として、いつか鎌倉の本部で戦うことを夢見た」

 強引に振りかぶった多美子の剣は空を斬り、前のめりに倒れ込んだ。寿々花は無理に動かず、ただ脇に避けて間合いを離しただけだった。

「そして、そしてやっと、やっと本部に配属になった。なのに、衰えが始まってしまった」

 起き上がった多美子は自身の左腕を斬りつけると、その傷口から無数のコウモリたちが飛び上がった。

「だから力が必要なのよ」

「それは本当に紫様やみんなが欲した、あなたの力ですの」

「黙れ!」

 コウモリは写シを張った寿々花を傷つけることはできない。だが、彼女の視界と行動を制限することはできる。

 だが、寿々花は落ち着いていた。

 コウモリの切れ目が一閃となった瞬間、多美子の視界に寿々花はいなかった。そして、一閃が抜けたわずか頭上を飛ぶ寿々花の姿を認めた時、多美子の右腕は体から切り離された。

 視界が明けると、両腕の不自由となって多美子は膝を地に突いた。

「そんな」

「加瀬多美子さん、あなたの信念、そして夢は叶えられましたわ。でも、いつかは後の代に譲らねばなりません。刀使は決して御刀で力を得続けることが、全てではありませんわ」

 顔を上げた多美子は寿々花のまっすぐな瞳に、何も返すことができなかった。

「負けよ、私は負けたわ」

 泣き出した彼女は、声が長く続いていくごとに、赤黒い空から灰色を取り戻していった。

 寿々花は九字兼定を鞘に戻した。

 

 階段を登り切った先で勘太が笑みを絶やすことなく待っている。

「御刀、抜いたらどうだい」

「必要ない」

 大村勘太は抜き身の刃の厚い剛刀を肩に負い、そして蜻蛉の構えに移った。

「俺もな、薩藩の示現流でな」

「俺は薬丸自顕流だ」

「そうかい、残念だ」

 薫が鞘を水平にしようとした瞬間、雄たけびをあげて俊足の一歩が薫の間合いに入った。

(勝った)

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

 勘太の上半身が既に真っ二つに斬りたたかれ、それが下からの一撃であることを理解する前に大村勘太はノロとなって周囲に飛び散った。その一撃は境内の石畳をそっくりそのまま引きはがし、祢々切丸の七尺一寸の刃は地面を数メートル掘り起こしたが、刃こぼれ一つ起こさず、地肌は天頂を包む淀んだ空を写し込んでいた。

「お前と一緒にするな、馬鹿野郎」

 そして形状をわずかに保っていた鞘はばらばらと地面に砕け落ちていった。

 

「可奈美!」

 矢吹型荒魂の群れに直上から飛び込んだ可奈美は一気に切り伏せ、さらに迅移で飛び込んできた姫和の一撃が荒魂の群を切り飛ばした。

「ここはこれで全てかな」

「ああ、みんなに合流しよう」

 と商店街の入り口に置かれた獅子面の後ろから拍手が鳴る。

「いやいや素晴らしい、さすがは神に近づいた刀使」

 カンカン帽の男は笑顔で二人の前に姿を現した。

「あの避難しないと」

「まて可奈美、あいつの腰に」

 剣帯に佩いた革に巻かれた鞘に目がいき、可奈美は一歩引いた。

「いやぁあいつが処理に成功したときの保険で来たのですが、君たちとでは相手にならない。ただこのまま帰るのも面白くないので、相手してください」

 藤次は赤い目を輝かせ、彼の体を赤い影が覆った。

「どうです? 男でもノロを使えば神力を引き出せる」

「密迹身か」

「おお!ご存知ですか」

「あの日の夜、女が落としていった巻物、あれは柊の一族が封印した禁忌を後世に伝えるための、その禁忌こそノロを全身の入れ墨でコントロールし無理やり神力を引き出す力、密迹身」

「篠子さんはハズレを引いたか、でもまぁ戦う理由ができましたね」

 姿見のあまりに真っ直ぐな勤王刀が抜かれ、その突きが可奈美に走った。刃の返しを見切りながら互いの斬りつけをいなし、避ける。藤次の脇を抜け、互いの切り落としが落ち、火花が散って刃は空を斬った。隙を見て姫和に飛び込んだ刃も神眼にもとまらぬ速さの返しで藤次の額に小さな切り傷が生まれた。彼は急ぎ間合いを離しながら、刀取の手から逃げ切った。

「この人、強い!」

「ああ、まるで動きを全て読まれている感覚だ」

 額の縦傷に触れ、残念そうにしながら笑顔は絶やさない。

「一度傷つくと消えないんですよ。あなた方の写シとは違って少しばかり都合が悪い」

 銀色に輝く腕が小烏丸ごと弾き飛ばし、一の太刀による刃が走った途端、藤次が霞の太刀になっているのに気付いた。

「でたらめ!」

 がら空きの胴に斬り込むが可奈美の太刀は余りにも浅かった。

「見えるんですよ!」

「なら!」

 姫和は右手を引き絞り、突きが彼の首元を貫いた。だが、それは彼のシャツの襟であった。

 藤次は飛びのいて襟の状態を見た。

 可奈美は彼の目が明らかに姫和の動きを追えていないのに気が付いた。先ほども可奈美の迅移の動きを、動いてからしか対応しなかった。

「あなたは見ていない!」

「どういうことだ可奈美」

「私と同じ、技の動きがわかるんだ! 姫和ちゃんの突きを避けられなかったのが証拠だよ」

「あはははは、わかってしまいましたか。そうです私は技がわかるんです。ただそれだけ、あとは実力のみ」

 飛び込んできた藤次の二度のカウンターを払い、腕に一閃が入った。

 分かってしまえばと可奈美は迅移で予備動作を加速、隙を与えず細かに技を組み合わせていく。その動きは結芽の迅移一体の動きそのものだった。だが自身の体から写シが消し飛ぶのに気付いた。

「え」

「どうっ」

 重い蹴りが脇腹に入り、可奈美は路面を転がった。今までにない激痛に彼女は腹を抑えて起き上がれない。

「可奈美!」

「あらあら、衰えですか。残念」

 可奈美に駆け寄った姫和は、意識の飛んだ彼女の肩を何度も揺さぶった。口から血が溢れ出す。

「写シの張れないあなたに興味はありません」

「きっさまーっ!」

「ごきげんようさようなら」

 立ち上がった姫和の前にコウモリが舞い降り、視界がなくなってしまう。それを何度も何度も払いながら、やがてコウモリも藤次も姿を消してしまった。

 可奈美を抱き上げ、迅移で駅の方へと飛び上がった。

「畜生! 可奈美! 今助けるから! 死ぬんじゃないぞ!」

 日は照り、日本海にも夏が来ようとしている。

 確かに決着はついた。

 だが、薫はこれだけではないことに嫌気がさしていた。事態は明確になりながら、新しい問題ばかりが積み重なる。だが酒田の街を涼やかな風が雲とともに流れ去っていった。

 空は美しい青色を取り戻していた。

 

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