~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十七話「逡巡」

 病室に入ってきた柳瀬舞衣に可奈美は万弁の笑みで出迎えた。

「病院の先生に許可もらってクッキーもってきたよ!」

「わぁい舞衣ちゃんのクッキーだ!」

 ベット付けにされているとはいえ、特に体調不良は感じられず。有り余った元気の行先を動画サイトの剣術演武の研究に費やしていた。

「可奈美ちゃんらしいな」

「ねぇ舞衣ちゃん」

「なぁに?」

 見てほしいということでベットの側に置かれた千鳥を手にし、鞘を抜きはらった。深呼吸し、全身に力を込めたが体には何も変化が起こらない。

「写シがでないの……千鳥からの声も聞こえない」

「そんな、早すぎる」

 可奈美はそうじゃないと首を振った。

「実は全国大会が終わってから、写シが途中で剥がれ落ちることがあって、妙子先生には衰えが始まっているって言われた。刀使それぞれには刀使でいられる時間があって、それが遅いか早いかは人それぞれだって。覚悟はしてたんだ」

 刃を鞘に納め。そっと目を閉じた。

「でも羽島先生はこのまま剣術研究で管理局に残っていいらしいから、高等部にはそのまま進むつもりだよ」

「そっか、みんな可奈美ちゃんの分まで頑張らなくちゃいけないね」

「でも、あともう少しみんなと前に居たかったな、まだ大変な時期なのに」

 舞衣は黙って可奈美を抱き寄せた。

「くやしいね」

「……うん」

 翌日には退院となり、任務の合間を縫い、舞衣が彼女を迎えに来た。写シが張れない以上、任務から外れ美濃関に戻り学業に邁進する。そうして進むべき場所を決めてきた先輩を何人も見てきただけに、彼女は多少は心持を軽くして帰途に着けた。同級生の舞衣もいる、美炎だっている。遠いところには結芽だっているのだと、ひどくあっさりとあきらめがついてしまった。

 名古屋駅から岐阜、岐阜駅から美濃太田乗り換えで長良川線に乗り、美濃関学院前に着いた。

「寮には戻らないの?」

「うん、少し休みをもらったから、実家に」

「わかった、じゃあいつでも電話して、何かあったらすぐに駆け付けるから」

 不安げな面持ちの舞衣に可奈美は無理に笑って見せた。

「大丈夫、メールするよ」

 バスを見送る舞衣に手を振りながら、姿が見えなくなると手元の千鳥に目が行った。

「あなたとはいろんなことがあったよね。お母さんの御刀で、姫和ちゃんと逃げて、タギツヒメと戦って、でも決勝戦で姫和ちゃんの突き留を受けちゃって、ありがとう千鳥」

 見慣れた関の山々の景色と澄んだ青空、バスに揺られながら今まで気にも留めなかった景色がまざまざと流れていく。梅ヶ枝のバス停で降り、津保川沿い衛藤家に着いた。見慣れた庭は母との稽古の記憶、不器用な母が父に支えられて作った弁当を持たせてくれた玄関、階段は決まって兄が家事の苦手な私に小言する場所、扉を開けてからそんな事ばかりを思い出した。

「おかえり可奈美」

 兄の父似だが、目元が母に近い雰囲気、手に持った掃除機が彼らしかった。

「どうした」

「え、あ、ただいま!」

「おう、さっさと上がって母さんに挨拶してきな」

「うん」

「あとチョコケーキがそろそろ焼けるぞ」

「やった! あんにーのチョコケーキ!」

「あ、手洗いうがいも忘れんなよ!」

「はーい!」

 任務の合間に帰省していたが、兄はあまり帰ってこないと小言を言う。寮生活を始めてから男で二人の生活、ただし母と次女にまるで生活力がなかったため、家はいつも奇麗で、可奈美の部屋も埃一つないほどに綺麗されていた。

「おかあさんただいま」

 仏壇の遺影にそう語り掛け、御刀を刀台に置いた。

「もう刀使を引退になりそう。とりあえず美濃関に残ることにしたけど、どうしようかな」

 リビングでケーキを切り分けていた衛藤安竜の手が止まった。

 ソファーに腰かける妹を一瞥し、ケーキを皿へと移した。

「そうか、お疲れ様」

 彼女の前にケーキと紅茶を置き、向かい側に自身も座った。

「いただきます」

「じゃあ学業に集中するようになるのか」

「うん、あと剣術の研究は続けたいから、そっちの方面に進むかも」

「母さんみたいだ。父さんの話だと大学でも剣術のことしか頭になくて、いつも世話してたらそのまま結婚してしまったって聞いたよ。構わないけど、俺は世話してやれんぞ」

「もぅ! 私だって料理や家事出来るよ!」

「できることが問題じゃなくて、習慣の問題だよ。柳瀬さんや安桜さんに世話してもらっているのは父さんも知っているぞ」

「な、うう、ぐうの音もでないよぅ」

 

 父の紫龍が帰ってきてから改めて刀使の能力が無くなり、御刀を後日返還する旨を伝えた。紫龍はわかったと一言いい、それ以上刀使をやめることについて問うことはなかった。

 その夜、姫和とメールのやり取りをしながら窓を開けて夜風に当たった。

 彼女の文面からは愚直なほどの思いは伝わってこなかったが、家族に話したことを送るとしばしば返事が遅くなった。

 眠れない。窓際で顔を伏せながら、指で剣の動きを描き、返しの剣を考える。

 もう来ないだろう返事を待つように、目を瞑った。

「そんなところで、風邪ひくわよ」

 その見知った声に振り返った。

「タギツヒメ……いや、おかぁさん」

「やっ」

 と、タギツヒメは首を振った。

「勝手に出てくるではない美奈都! 気持ち悪いわ」

 美奈都とは違う、タギツヒメの尖った声が響いた。

「え、どうして現世に?」

「どうもこうもない、いま隠世と現世は層が重なっている状態にある。本来は多重の層で行き来はできないが、どういう訳か直接行き来できるようになっておる。だが別に珍しいことではない本来なら一年ほどで完全に元に戻る」

「でも違うんだね」

「誰かが治りかけの層をこじ開けおった。そのことを人間に伝えに来た」

 と、急に顔が笑顔になった。

「そういう訳で私と篝もタギツヒメに乗ってきたわけ!」

 タギツヒメは急に頭を掻いて、大きくため息をついた。

「力を分けるから、分離しよう」

 彼女の体が三つに分かれ、柊篝と藤原美奈都が姿を現した。

 呆然とする可奈美のほっぺを軽くつねった。

「ほら、夢じゃあないよ」

 タギツヒメは肩の力を抜いて、可奈美のベットに腰かけた。

「はぁ世話がかかるのう、少しは篝の気持ちがわかった気がするわ」

「おつかれさま、タギツヒメ」

 美奈都は可奈美に連れられ、安竜の部屋に忍び込んだ。

 眠る彼の顔を見て、その頭をそっと撫でた。

「んん……母さん?」

 寝ぼけた息子の顔がなんとなく自分の面影が見えた。

「いつも可奈美をありがとうね」

「ん……母さんと同じで心配事ばっ……か……起こす……少しは……自重……して」

 寝落ちた安竜から可奈美へと振り向いた。

「わたし、結婚しても生活力なかったの」

「そうだけど、それがどうしたの」

「ということはこのまんまか! 紫龍に世話されっぱなしだった……のか」

 階段を降りながら、頭を抱える母を見て小さく笑った。

「ん、やっと笑った」

「だって、刀使だったころから何も変わってない、私の大好きなお母さんなんだもん」

「ふふ、言ったねぇ、さすがは私の娘」

「へへ」

 父の紫龍の顔を見て、美奈都は不思議そうに彼の顔を見回した。

「あんたが私と結ばれたおかげで可奈美って立派な子が生まれたよ、ありがとうね紫龍」

 ベランダの窓際に二人腰かけ、チョコケーキを母へと持ってきた。

「ん、おいしーっ! やるじゃない安竜!」

「私も料理ダメで、いつもお父さんとあんにーの二人に作ってもらってるの」

「ダメだぞ、たぶん私は料理は下手だったろうけど、紫龍に泣きついて頑張ってただろうから」

「そうだよ、弁当ができるまでに始業しそうな勢いだった」

「うぐっ、末恐ろしい子。容赦ないわ~」

 可奈美の口から写シが張れなくなったことを聞くと、忘れ物を届けに来たんだと美奈都の千鳥を差し出した。

 仏間から千鳥を持ってくると、白く輝く千鳥が一つに重なった。可奈美は下駄をはいて、御刀を抜きはらったが写シは現れない。

 震える可奈美の体をそっと包み込んだ。

「大丈夫」

「いや、写シは張れんだろう」

 だがタギツヒメはそれだけではないと言葉を続けた。

「だが張れないことを悔やむのが正解ではない。衛藤可奈美、そして十条姫和は違う。もはや我を越えつつある。写シの有無は関係ない。あとはお前がその先の答えを出すことだ」

「どういうこと?」

「考えな、可奈美は無くなったんじゃない。一度終わったんだ。ここからでも希望は残ってるよ」

 美奈都は木刀を手にし構えた。

「迷ったら?」

「当たれ!」

 木刀を手にした可奈美は美奈都へとぶつかっていった。彼女の剣は乱れを知らない、だが美奈都は少しづつ後ろへと押されていく、可奈美の実力を肌で感じ、面一本を取られた。

「強くなったね」

 

 翌朝、朝食をとりながら安竜は変な夢を見たと言った。

「母さんが出てきたんだよ、可奈美の事ありがとうって言ってたけど母さんがもうちょっとしっかりしてたらなぁ」

「実は俺もなんだ、丈夫な子ができたけど、もう少し生活力があったらなぁ」

「そういえば朝ごはん作っている時にお母さんがお父さんに泣きついて、なんて言ったか覚えてる?」

「卵焼きが爆発した」

 三人は思わず大笑いしてしまった。

 

 

 

 御破裂山の東、古墳から一キロ上り下りしたところでミルヤは丹念に周りを見回した。

 彼女とあたりを見回す由衣と葉菜は共に来た地元の学者とやや小高い場所から、形状が抉れた木々を指示した。

「このあたりだね。江戸時代の地元の記録に御破裂山から大きな破裂の音が鳴って、村人が来た時には北東に向かってほら、あの歪んだ木、一直線に木々が折られていたそうだ」

 丘を降りて歪んだ木々の一本一本を見た。

「人のやれることではない、妖怪の仕業ではと折神家の刀使に来てもらったが、結局わからずじまいだったそうで」

「江戸時代の荒魂かもしれないけど、それが鬼八とどう関係あるの?」

「さっき聞いた話から考えますが、鬼八という妖怪、いや仮に荒魂だとしたら、あり得るかもしれないと」

「これはどこまで続いてますか」

「稜線を越えた竜門岳の途中まで、後は記録にはないですね」

 タブレットの地図に赤い線を描き、学者の修正を受けておおよその方角が定まった。

「直線を引いて、伊賀、長島、木曽三川ですね」

「次は伊賀で聞き込みですね。ありがとうございます泉先生」

「ええ、お構いなく。それにしても、鬼八法師はなぜこの大和に来たんでしょうね」

「最初は間違いなく、飛鳥京を狙ったでしょう。でも彼の目覚めたと考える江戸時代に鬼八らしき妖怪が現れた記録はない。この周辺の大和の痕跡、京都にさえ被害があった記録もない」

「少しばかり考えたんです。彼は何か目的があったのではないでしょうか? 飛鳥京に向かうにはあまりに長い道程を越えてなおの理由が」

「わかりませんが、なるほど興味をそそります」

 同じころ、反対側の西部にある酒船石遺跡には智恵、呼吹、美炎、清香が来ていた。

「大きいですね」

 自分の体を遥かに超える造形物に清香は目を見張った。

「さて、私たち以外いないわよね?」

「うん、大丈夫だよ」

「本当にいいんだな?」

「お願い呼吹ちゃん、清香ちゃん」

 二人は写シを張ると、八幡力を発動して酒船石を横に立てた。

「えぇ!」

「これは……ノロ」

 石の裏にびっしりっとこびりついた琥珀色の輝きに目を見張った。

「スペクトラムファインダーがようやく反応したぞ」

「この石が外部も内部もノロを完全に遮断する力があるんだ……美炎ちゃん」

「うん! ホムラノチさん!」

 ノロのこびりついた壁面に髪を赤く輝かせる美炎が手をかざした。三人の視界に美炎に重なるホムラノチの姿が見えた。

「間違いありません。これは鬼八の体の一部です。この石は表の文様にノロを流すことで、封印した荒魂の体を石に張り付けにする呪物。長い時間の中で忘れられてしまったようですが、効果はたとえ遠くに投げ飛ばされても有効であったようです」

 美炎の声だが明らかに異なる語調で語り掛けた。

「鬼八は霞そのもの、でも本体は霞を生み出す炎の肉体。それを細分のノロに溶かして私から逃れた。眠りについていた私の落ち度です」

 奈良県警刀剣類管理局支部のノロ回収班が合流し、その護衛には岩倉早苗の姿もあった。

「そうなんだ、あそこには荒魂が封印されてたのかもしれないんだ。すごいなみんな」

「え」

「いつも明らかになってない事件を紐解いていく! 刀使の間じゃ有名だよ!」

「ゆ、有名なんだ! 照れるね!」

「照れるも何も、いつもがむしゃらにやってたら、いつの間にか渦中に飛び込んでた。ねぇミルヤさん」

「はい、でもそれがこの隊の強さになっています。岩倉早苗さん、かならず鬼八を探し出して見せます」

「はい! 武運を祈ってます!」

 

 

 

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