~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十八話「予兆」

 12、

 

 新しい四本の高柱を持った社が森の中にあり、その階段の途中から自身へ頭を下げる藤次を見下した。

「顔を上げい田中藤次、貴様らしくもない」

「はい、ヲノツチ様」

 額の傷は痛々しく、しかし彼はどこか嬉しそうにしていた。

「あたらしいおもちゃを見つけたという顔だな」

「ええ、極上の刀使を見つけましたもので」

「そうか、どうもこの時代の巫女は次の段階へ歩み出しているようだからな。楽しめよう」

「私をお呼びしたのは如何に」

 彼の前に降りたヲノツチは八千剣の鞘尻で大地を叩くと、そこから草薙剣が現れた。

「ワシの分身で、一度はこのヤマトの国を滅ぼしかけた鬼八頭という精がおる。だが奴は刀使によって封印され、つい二百年前に封印を解いたが肉体の損傷が激しく、また封印されてしまった。そいつを取り込み、己が力とせんか?」

「しかし、意思は拮抗するものですよ」

「心配しておらん、お前は奴を気に入る。奴はお前を受け入れるだろう。草薙剣は餞別だ。それを己が体内に埋め込めば」

「より世界は享楽に満ち溢れる。かしこまりました、ヲノツチ様には感謝に堪えません」

 剣を受け取った彼を背に、ヲノツチは再び階段を上がり始めた。

「田中藤次、お前はなぜわが願いの成就に協力する」

 藤次はカンカン帽を被り、その赤く瞳を輝かせ微笑んだ。

「以前、親子にノロを打ち込んだことがありましてね。その親子が復讐のために私や篠子を追っている。これからヲノツチ様が作る世界で復讐の狂気を味わいたいのです。死よりも残酷で、生きることが無意味な狂楽。それが私の望むものです。もう甘い味には飽きました」

 ヲノツチは大きく笑い、彼も大笑いした。

「お前も空っぽか、いやのっぺらぼうだな!」

「お褒めの言葉にございます」

 

 慰霊祭の当日、調査隊はほぼ一日をかけて伊賀でさらにさまよう妖怪の記録を発見。

 その足取りはやや北に昇り、木曾三川の海津町は治水神社へと来ていた。

 川を一望できる場所から美炎は指をさした。

「西は揖斐川、東に長良川、その堤を越えて木曽川だよ!」

「久しぶりに来たけれど圧倒的ね」

「これって確か平成になっても洪水があったって有名ですよね。日本史の教科書に出てきました」

「江戸時代に薩摩藩が治水工事したことで有名ですね」

「あー、読んだよ薩摩義士伝」

「ははは、呼吹さんよくそんなハードな漫画を読めますね……」

「葉菜は読んだのか?」

「ひえもんとりでダメでした」

 由衣は資料と睨めっこしながら、その中から記述を見つけ出した。

「あったよ! ここに薩摩義士が妖怪を追い払った話」

 五人が寄ってたかって資料を除き、由衣は喜びの笑みを浮かべた。

 ただ一人外れていたミルヤは、葉菜の読み上げに注意深く耳を傾けた。

「工事が終盤に差し掛かったころ、高須輪中の土手で朝稽古をしていた四人の薩摩藩士のまえに赤く輝く妖怪が現れ、驚くまもなくとりあえずと四人で斬りかかり散々にしたが死なずに川に逃げた、代官には奇妙な六つ足だったと答えたそう」

「薩摩で示現流、大荒魂も生きた心地はしなかっただろうなぁ……」

「しかし、どこへ向かったのでしょうね」

「ここには代官には木曽川を越えて上流の方へ行ったって書いてあります」

 タブレットを取り出したミルヤはGPSで高須輪中の場所を確認し、そこから上流に線を引いた。

「木曽川上流へ愛知から岐阜の各務原、そして犬山から登り、美濃太田駅」

「じゃあ次は」

「関市に行きます。美濃関のお膝元へ!」

 愛知県側に入り名鉄尾西線から名鉄一宮、JR線に乗り換えて岐阜駅、そこから美濃太田乗り換えで長良川線の美濃関学園前へと着いた。

「だぁー! 一週間ぶりだ!」

「ここずっと調査や、本部への事情説明とかでなかなか戻ってこられなかったものね」

「ちょうどいいでしょう。関市で一日休息を取りましょう。あと安桜美炎さん」

「はい」

「美濃関に資料調査ができる方はいますか? 特に地域史専門の」

「なら一人心当たりがあります!」

 美濃関周辺は古くからの鍛冶、そこから発展した刃物メーカーが連なりまた学生街としての側面も持っている。関市は南の各務原と並んで県の産業起点として機能している。それもあり関駅からの大通りはいつも人で賑わっており、鉄道も岐阜駅への直通運転がなされている。美濃関からそう遠くない公園に市民図書館が併設されており、美炎はそこである人を探した。

「あ、いたいた! 福田さん!」

「美炎ちゃん、めずらしいね図書館にいるなんて、今日はタケミカヅチでも攻めてくるのかしら」

「いや今日は福田さんに協力してほしくて来たの」

「ん~?」

 と、頃合いが良いだろうとミルヤが顔を出した。

「どうも、綾小路高等三年、調査隊の隊長をしています木寅ミルヤと申します」

「こんにちは木寅さん、それで私にどのような」

「実は大荒魂の足跡を調査してまして」

 一通りの説明を聞くと、福田はごくごく当たり前のように書籍の山をミルヤと美炎の前に積み上げた。

「東濃と中濃の各地域の風習や伝承の風土記、地域史や関係者の書籍です。私も手伝いますので鬼八のルートを確定しましょう。あ、ここ六時までなので明日も作業することになるかと思います」

「……ミルヤさん」

「一日休息は明日に回します。鈴本葉菜さん、全員呼集してください」

「あ、はい」

 当然のように集合した全員は三人を除いたメンバーが地名や地理を理解しきれていないが、ともかくも荒魂の復活時期である江戸時代にポイントを絞り、各地域の伝承を調べつくした。途中で呼吹が脱走し、智恵によってあっさりと捕縛された顛末を加えつつ時計の針とページは先へ進んでいく。

 閉館間際の五時半、清香が東濃地域の二つの資料から記述を探し出した。

 そこは関市から北南60㎞先にある恵那市の岩村の伝承であった。

「こ、こんな奥まで行ってるの?」

「んで、清香。大荒魂の足跡はそこで止まってるんだな」

「はい、まずこの岩村城城下に傷だらけの荒魂が発見、関の刀使を擁していた加納藩から刀使を派遣してもらって、祓い分割しようとしたが死なずに回復するため、代官は山の修験者に封印の祠を作ってもらい術符で肉体を封じ」

「祠に封印した」

「でも確実に生きているってことじゃん」

 由衣はどさくさに紛れて清香にほほ寄せながら、史料に載る祠の写真をよく見た。

「でもこの祠に封印されたのが鬼八と限らないわ」

「いや、不死であることと散々に痛めつけられ意識がなかったこと。これだけあれば鬼八は満身創痍で岐阜に辿り着いたと考えられます」

 葉菜は一通りをメモし終えると、どのようにして戦うのかと一同に問いかけた。

 鬼八は不死、そして霞そのもの、このまま封印し続けるのが得策ではないかとミルヤは答えた。

「それは違います」

 美炎の髪が赤く輝き、その声色はホムラノチのものだった。

「封印していても、いずれはその能力を回復させ完全に復活します。鬼八はきっかけを欲しているはずです」

「ホムラノチさん、きっかけって何でしょう」

「鬼八の能力を欲する誰かが、わざと封印を解くことです。密迹身を用いた者たちが神代の力を欲すれば」

「我々と同じように形跡を辿る。しかし、鬼八にどう戦えばよいのですか? 不死というまだ見ぬ能力に手立てがない」

「一つ方法があります。美炎さん」

 美炎は立ち上がると、机中央に白紙を置き六足の胴体の中央を切り開き、回復を阻止しながらこの中心を突くことを示した。

「ホムラノチさんは人間の禍人と同じ喉下にあるノロの集結点がここにあって、ここさえ切り払えば肉体は崩壊して、ノロに還るって言ってる」

 だが同時に鬼八の尋常ではない回復を視野に入れなければならない。そのために御刀の能力で傷口を広げ続ける必要がある。

「なら私にいい考えがあるわ」

 智恵は一堂に笑みを浮かべた。

 

 その日の夜、智恵は長船学長代理の嘉納大海に電話した。

 〔なるほどな、それで十束剣とソハヤノツルキ二振、副御刀の黒漆剣が使いたいわけか〕

 〔はい! ソハヤノツルキ三振りは対荒魂特性の強い御刀です。私はその三振りと黒漆剣から扱い手として認められています。これを生かすのには今を置いてないと思います〕

 〔よしわかった! 明日すぐにでも取りに来い! 真庭学長からは全力で支援しろって命令されとる、心配はいらんで〕

 〔ありがとうございます〕

 電話を切るとミルヤたちに頷いた。

「明日は一日休みとしましたが、瀬戸内智恵さんには働いてもらってばかりですね」

「いいのよミルヤさん、私はもう生徒じゃないし、管理局の職員。おねぇさんとして頑張り時だから!」

「ちぃねぇ! わたしも一緒に行くよ」

「でも」

「いいから、鬼八を退治するまで一人での行動はなし! ね」

「私からもお願いします」

「わかったわ、お願いね美炎ちゃん」

 

 

 岐阜県恵那市の山中にある岩村、古い城下町であり、今もレトロな街並みが残っていることで有名である。

 その古風な旅館を一人の男がのらりと入ってきた。

 男は夏に似合う白いジャケットに麦藁帽を被り、やや荒れ気味の肌が奇妙に動いた。

「予約してた田中です」

「はい、お待ちしてました。お夕飯は部屋にお持ちしましょうか」

 藤次は人当たりの良さそうな顔でお願いするとおかみに言った。

「あと夕刊を」

 部屋で夕涼みしながら一面を読むと、囁くように笑った。

「やはり、恵実さんがいらっしゃる。それに、くくく」

 彼の側には細長い皮ケースがあった。

 

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