~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第三話「横浜の踊り子」

一、

 

 結芽は頬杖を突きながら、目の前に広がる数字の羅列を、ぶっきらぼうに見下している。

「それでこの公式は、二つの公式に分かれるので、一回で解けなかったら手間はかかるけど二つに分けて計算してもいいですね」

「ねぇ彦」

「はいはい、あと二十分。文句が言いたいならこれを解いてください」

 結芽はやけになって指された問題を計算し、

「できた」

 そう言って目をつむった。

「んー、惜しいですね。ここは引き算ですよ」

「ええ」

「さ、途中から」

 鉛筆を持ち、下で計算直しを示すと、彦は満足そうに首を縦に振った。

「よろしいでしょう。でも今のようなニアミスは厳禁ですよ」

「はーっい」

「じゃ、約束通りに文句を聞きましょうか」

「あのね、なんで自衛隊に来てまで勉強しなくちゃいけないの」

「まぁ、子供も大人も一生勉強するからですよ」

「でも」

「話は最後まで聞きなさい。自衛隊員だって戦車とか、軍艦とか、戦闘機とかを使うために使い方を勉強しなくちゃいけない。そして、私はちゃんと学びましたよっていう、証をもらわなくちゃいけない。あなた、飛び級したけど中等教育終わってないでしょ」

「うっ」

「それに高等教育も」

「ううっ」

「だからこそ、あなたはお勉強しなくちゃいけないんですよ。みんなに堂々と常識溢れる刀使と言うためにね」

「わかったよ」

「まぁ、剣は梅さんから、それ以外は私から学べますから、そんじゃそこらの中学生に負けない学力は保証しますよ」

「でも、彦はそんなに色んなこと知っているのに、なんで第二課に居るの。普通の刀使じゃダメだったの」

「…」

 笑顔でありながら寂し気な顔をする彦の顔を見て、答えを求める気にはならなかった。

「まぁ、私は…ある人から逃げて来たんです。心から忠誠を誓った人から、怖くなって、逃げたんですよ」

「そう、なんだ」

「さぁ、話もここまでにして、今日は早めに終わりましょうか。お昼前には出かけるそうですから」

「例の」

「そうです、例のアレです」

 

 横浜市港区は神奈川県の顔にして、海からの関東の顔でもある。

 そして国内でもある料理の殿堂として名高い場所、横浜中華街がある。

「結芽、ここに来るの初めて」

「ほぅ、親衛隊に居たのに、美味しいものを食べてなかったのか」

「うっさい、任務に忙しくてとても行く暇はなかったもん」

「かかか、だろうよ。なら今日はいいもん食わしてやるよ、な少佐」

「あまり高いところは勘弁してくれよ」

「よっし、同善軒に行こう」

 中華街の表通りの中では古い店の一つ、しかしひどく高いわけでもなく、観光客のみならず地元住民も気兼ねなく訪れる中華料理屋である。

 ここの名物はチャーハンとチャーシューの盛り合わせ。

 数種類のチャーハンは海鮮もの、肉類を扱ったそれでは上品かつ中華街らしい美味の料理である。

「えびがプリップリ、味付けもほど良くてやさしい食べごたえ」

「黒くんも、随分と舌が肥えて来たな」

「だっておいしいものは大好きなんだもん」

「そう言って、すぐに太るぞ」

「むー、なんで梅は意地悪なの」

「はいはい、チャーシューだぞ」

 口に運ばれた一切れを満足そうに食べる結芽を見て、梅はいつまでも笑っていた。

 

二、

 

 深夜を回った倉庫街を一人の男が走っていく、

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 時折聞こえる足音に吸い取られるように、少しずつペースが落ち込む。

「はぁはぁ、ひぃ、はぁ」

行き止まりのフェンスにたどり着き、男は声を発することもできず崩れ落ちた。

「心配するな、すぐに終わる」

「ふ、ふざけるなよ」

 男は立ち上がると、腰のベルトから45口径のM1911拳銃を取り出した。

「こうしてここに逃げたのはお前を一人にするためだ。殺し屋・李狼将よ」

 体をフェンスに預け、両手でしっかりと構えられた拳銃が暗闇に潜む男へ指向した。

「心配はいらん」

「ふふ、お前さんもここまでだ」

 引き金を引いた瞬間、銃は宙を撃ち、腕ごと後ろへと放り投げられた。

 悲鳴が走り、銃がフェンスの向こう側へと消えた。

「日本には良い武術がある。お前はそれを知っておくべきだったな」

「まだ、だぜ」

 今度は背中に隠されていた合口が空を斬った。

「くく、その通りだと思うぜ」

 その切っ先の輝きを見て、狼将は怪しく微笑んだ。

「では、気兼ねなく殺せるな」

 背中に負っていただろう薙刀が、鞘を振り払って僅かな光を受けて輝いた。

 その時、フェンスは裂かれ、男の頭上を刃が走った。

「そこっ」

 近間に入ったが、即座に石突が男の体を叩き、首を柄で殴り飛ばした。

「ああああああ」

 すかさず刃が首を跳ね飛ばすと、草むらを叩く音と共に水の流れる音が、いつまでも続いた。

「たわいもない、処理しろ」

 隠れていた男たちが肉体を回収し、痕跡を消していった。

 レンガ街のはるか奥で一連の光景を見ていた結芽は、ただひたすらに気配を消した。

「黒、目標を確認、とんでもない凄腕」

「梅、こちらも確認。彦、お前気づかれているぞ」

「こちら彦、目標の視線指向を確認。これより迂回ポイントに向かいます」

 静かに、そして気配を消しながら動き始めた結芽は、装置に懸架した御刀を水平にし、奇襲に警戒した。

 そして彦は、サプレッサーを取り付けたXM177E2を構えながら、指定されたルートを静かに歩いていた。

 ついに足音が後ろから近付いてきた時、奴が近づいていることに気が付いた。

「この匂い、刀使か」

 背筋に悪寒が走った瞬間、振り返って銃弾を撃ち込んだ。

 だがライフルは脆くも機関部から一刀両断されて、地面にバラバラと崩れ落ちる音がした。

「違ったか」

 赤く禍々しい光を帯びた男は、その後悔にも似た憎悪を彦に向けた。

「死ね」

 振り下ろされた一撃にとっさに御刀を抜き、後ろに弾かれながらも一撃を凌いだ。

「くくく、ははは、あっははははははは」

 彦の御刀を手にする表情は万弁の笑みであった。

「いいね、いいね、私に御刀抜かせるなんて、いいよ、あんた」

 お互いに笑いながら、双方の得物を構えた。

 その刃渡り一尺八寸四分の派手な彫りがなされた御刀は、荒々しい兼房乱れが走っている。

「やはり刀使」

 彦は振り下ろされる左右の二連撃をあっさり避け、それどころか柄をいなしながら腕を斬り、突き殺さんと激しく狼将の懐に入ってきた。

「そうだ、これだ」

 赤い光が狼将の体を裂くように走り、上段からの強烈な一撃に彦の張った写しが引き剥がされた。

 そして突きに入ろうとしたその時、結芽の左逆袈裟切りが狼将の真横に入った。

「うぐっ、くかかか」

「行くよ」

「じゃますんなよ、ったく」

 御刀を収めた彦は結芽と共に暗闇に消え去った。

 

三、

 

 横浜のビジネスホテルの貸し会議室に集合した四人は、ラフな服装であれどその顔に不安を滲ませていた。

「調査した通り、禍人で間違いない。しかもある程度自我をコントロールしている」

「いいえ少佐、あれは自我とノロが一体になっていると思われます。私と同じように、ある共通の目的をもって荒魂となっていると思われます」

「ふぅむ、彦。奴の目的は何だと思う」

「刀使だと思います。それも自分を探し出すであろう、実力のある刀使を待っているのだと思います」

「探し出して」

「戦いたいのだと、思います」

「彦」

「はい」

「笑っているぞ」

 彦はすぐさま口を塞ぎ込み、顔を伏せた。

「彦がそういうのなら間違いはないだろう」

「でも、少佐。彦は御刀を抜くと強いのに、なんで銃ばっかりなんですか」

「黒、こいつはな、御刀を握ると体内のノロが起こす殺人衝動を抑えられなくなるんだ。だから、最悪の場合にのみ御刀を抜かせるようにしている。お前も気をつけるんだ」

「私も」

「梅も然り、彦も、当然お前も、体内にノロを宿した人間はどうなるか、お前が一番よく知っているはずだ」

「む、諒解しました」

 そうして梅がゆっくり口を開いた。

「でもこれであの殺し屋を祓う理由ができた」

「ああ、某中華マフィアの殺し屋『李 狼将』、奴はいつからかノロを摂取し、急激に実力をつけていった。今まで殺した裏世界の人間はざっと二百人あまり、所轄の報告書には噂話とメモ程度にしか書かれていなかったが、全てが事実であり、こいつは俺たちが祓わなければならない荒魂と言うわけだ」

「でも、出方が分からなきゃ祓えないよ、剣を合わせちゃったし、私ら刀使が目的なら待ち伏せしているかも」

「心配するな黒、そのために俺がいる」

 少佐は自信ありげに胸を張った。

 

 

 夜は明け、少佐から待機を言いつけられた三人の内、彦は部屋に閉じこもったままだった。

 仕方なく朝食を済ませて海洋公園へと梅と結芽は足を延ばした。

「いいか」

「タバコ…まだ吸っている人がいるんだ」

「まぁな」

「好きにして」

「ありがとさん」

 喫煙用の廃殻入れを持ってきているあたりが、結芽には梅らしく感じた。

「気になるかい、彦のこと」

「まぁね」

 火を付け、一口すると彼女の唇を撫でるように煙が風に流されていった。

「結芽はね、ずっと紫様のお陰で生きてこれた。でも、それはノロを体に取り込んで、命を繋いだに過ぎなかった。私の周りには力を欲してノロを取り込んだ人、忠誠を示すために取り込んだ人、それをやるしか刀使でいられない人、それぞれに利用価値が違って、思うようにコントロールしきれなかった」

「所詮はノロを飲んだだけの紛い物か」

「そう、私もそうだった。たった僅かな時間にすがる。親衛隊最強の剣士」

「それは誰も否定しなかったろう」

「別にこだわってもいなかったよ。私は一番強い剣士でいたかった。それを証明するために全部利用したの」

「でも、結果は」

「散々だった。かなねぇとの決着を付けられなかった。ノロや荒魂に振り回されていたのは、私自身だった」

「でもこうして生き返った。その振り回してきた奴らを使って、あんたはどうしたい」

「そんなの決まっているよ」

 ベンチを立った結芽は街の方へと体を向けた。

「私のしたいように生きる、今までに会った人たちと、これから出会う人たちと共に」

「ふふ、それは大層な望みだね」

「私もそう思う」

 

 

 朝食の時間が終わっていたことに気付いた彦は、手持ち無沙汰にロビーに来ていた。

「彦」

 かかった声に笑顔で振り向いた。

「黒ですね」

「あたり、ところで朝ごはんは食べた」

「あははは、寝過ごしてしまったようです」

「じゃあこれから朝ごはん食べがてら、稽古に行かない」

「え、稽古」

「そう稽古、御刀を使って」

「それは」

「私が抑え込むんじゃあ不足なの」

「いえ、それなら私自身で抑えます」

「そうでなくっちゃ」

 

 歩いてすぐの場所にフィットネスジムがあり、そこには刀使向けの小さな武道場が設けられている。

 朝食を済ませた彦は、結芽のウォーミングアップを眺めながら、少しずつ体を慣らしていった。

「ところでさ、彦の御刀は何て言うの」

「兼房作無銘ですよ」

偽装のバイオリンケースからでた御刀を素早く目の前に置いた。

「ソハヤノツルギよりも短いですから、長脇差とは言い難いですね」

「変わった拵えだね」

「これはですね突兵拵えと言って、西洋風の軍服が普及した幕末。長州や薩摩といった官軍となる上級の指揮官や馬上の人、それに銃を主に扱う兵士に普及したスタイルで、長さ主に脇差程度のもので、銃砲を扱う邪魔にならないよう、腰下に佩くスタイルで身に着けたのです。

これは後に刀使の御刀懸架装置のモデルに」

「うん、わかったよ、彦が刀好きだってことは」

 彦は熱弁を振るっていたことに気が付いて、顔を赤くさせた。

「私は準備できたよ」

「私もすぐに」

 道着ではなく、黒い戦闘服にベルトに固定した状態で結芽の前に立った。

 結芽が写しを張った瞬間、目の玉を剥いた彦が懐から突きを放った。

 避けたのもつかの間、丁寧にかつ正確な突きが繰り返され、間合いを離す瞬間ができない。

 そして膝上からの写しが切られ、結芽のバランスが崩れた。

 その余りに露骨な彦の笑顔を見て、結芽は不敵に笑った。

 右上段から走ったとどめの一振りが鍔によって流され、すぐさま構えられた右腕の逆切りが鞘に受け止められた。

 腰を捻った結芽の脇から、突きが彦に走った。

 そして避けられたのを確認し、彦の写しの首を引き落した。

 尻から崩れ落ちた彦が満足げに御刀から手を放すのを見て、結芽も御刀を収めた。

「はぁ、はぁ」

「ふふふ、なんだ、強いじゃないか黒」

「当たり前でしょ」

 その時、写しの張っていない結芽に突きが走った。

(来た)

 やや左に避けつつ柄頭で御刀をはたき落とし、彦を床に叩きつけて柄で彦の後頭部を殴った。

「がっ」

「手癖が悪い」

 結芽は脇差を取り上げて、やや離れた場所に置いていた冷茶を一口飲んだ。

 仰向けになった彦と目が合い、そして笑いあった。

「ひどいって話じゃないよ、もう何でもしそうだよ」

「ふふふ、でもね、そうやって私を押さえつけれたのは、梅さんとあなたくらいよ」

「そうかもね、死ぬかと思っちゃった」

「冗談抜きで」

「本当に、冗談抜きで」

 

四、

 

 翌日、夜八時半。

 高級四川料理店『青』、二階の隅のテーブルで整った服装で席に座る二課の面々がいる。

「ここらのお偉いさんの話では、奴は三十年前に出稼ぎで日本に来た口で、不況になってからは帰る金がないので、都内のマフィアの鉄砲玉になった。それからは、運が良かったのか首を上げ続け、終いには実戦の技術さえも身に着けた」

「そんな奴が刀使やノロにどうして」

「一度だけ失敗したんだ。刀使に邪魔されてな」

「逆恨みか」

「いや、惚れたんだ」

「は」

 結芽はエビを口に運びながら思わず言葉が出た。

 神尾は遠い位置に、家族と席に着いた老人の姿を確認した。

「何でも十年前、荒魂に目標を殺され、その恨みに荒魂を追い詰めるも逆転、殺されかけたその時、そこに一人のやたら強い刀使が現れて荒魂を片しちまったそうだ。狼将は隙を見て逃げたが、獲物を殺されなかったことを幹部に睨まれてリンチされた。

そのうち奴は自分の得物を横取りし、自分を救った刀使を恨んだ」

「やっぱり恨んでいるじゃない」

「そして男は再び殺しに戻った時、こういったそうだ。あんたらや荒魂は終わらしてくれないが、次は刀使が終わらしてくれる。と」

「つまりは、私らに死への希望を見出す刀使の狂信者と、ほおっておかないかい」

「梅、俺も同じ意見だがそうはいかん。まるでそうなるように、奴の体内にはノロが居て、完全に結合しているのだからな」

「ふん、私らに餌を用意していたと」

「そういうことになる」

「ねぁ少佐、それならあいつは自力で荒魂を倒して、ノロを吸収していたの」

「黒、それはな」

 神尾の目に階段扉を開ける季節外れのウールコートに、ハットを被る男が目に留まった。

「来たぞ、平静を装え」

 同時に無線のスイッチを入れた。

「こちら長、来たぞ」

 狼将は老人の方に向かいながら、決して笑顔を絶やすことはなかった。

 彼の前に立ち塞がったSPが二言ほど立ち去るように言った。

「かしこまりました」

 そうしてSPの喉が割れ、まき散らしながら崩れた。

 血糊のかかった目の前の女性が叫んだ。

「人殺し」

 騒然とするフロアを混乱に拍車をかけるように、SPの持っていたサブマシンガンが狼将に向けて火を噴いた。

 銃声と人々の叫び声、逃げ惑う音と時折跳弾する音、暫くしてフロアは荒れ果てていた。

 泣き叫んでいた女の子を机の下に引き込むと、

 結芽は静かにするように少女に言って、裏の階段から彼女を逃がした。

 気付けばSP達も姿を消していた。

「手筈通り、老人は逃げた」

「ま、マフィアの巨魁だけどね」

「彦、やれ」

 彦はバラクラバを被り、

 トイレから出るなり56式自動歩槍を構えた。

「XM177の仇だ」

 腰だめで乱射される銃弾はインテリアを破壊しながら、狼将に放たれ続けた。

「おさ」

「二マガジン目を許可する。回れ」

 素早く再装填を終えると、

 今度は指切りによる疑似三点バーストで、移動しながら狼将に当てていく。

 しかし、三発ずつ受けていくごとに、笑顔から更に堀の深い笑顔へと変わっていく。

 彦はその不気味さに悪寒が走った。

「いつぞやは良かった、今夜はどうやって殺してくれる」

(気付いているよ、本当に)

 最後の一発が撃ち放たれた瞬間、覆面をつけていない梅と結芽が御刀を構えて狼将の間合いに突っ込んだ。

「来たか」

 コートが回るように脱がれ、それが結芽のほうに飛んだ瞬間、梅の怒号が飛んだ。

 直感が体を引かせた瞬間、その大ぶりの斬りつけがコートを裂いた。

 彼が手にするそれは、薙刀から短くした長巻であった。

「刀使が三人も、嬉しいね」

「へぇ、女の子と踊るのは楽しいかい」

「ええ、さぁどうぞ、リードして差し上げましょう」

「ご遠慮願うわ」

 梅の重く、しかし正確な太刀筋が長巻の一撃一撃と拮抗する。

 上段から、逆袈裟から、突きからの払い、互いに容赦のない打ち合いが続くが、

「うっ」

 思わぬ位置から石突が、梅の腰を叩いた。

 それを狙っていた結芽は、向かってきた切っ先を避けざる負えなかった。

 大ぶりに横に流れた一振りが結芽の写しを斬り剥がした。

「うそ」

 逃げるように間合いを離した二人は、あからさまに隙を見せる狼将に斬り込めない。

 梅は汗を滲ませながら狼将に目を向けた。

「あんなに激しい踊りじゃ、女の子に嫌われるわよ」

「君たちの激しさに比べたら、私のそれはロバの小躍りだろうな」

「っは、その通りだわ。訂正するわ、あんたはさっさと女の子を嫌いな」

「残念だが、俺は女神に愛されている」

「愛想突かされているの間違いでは」

 踏み込んできた大ぶりの一撃を避けながら、長柄を抑え込みながら狼将の顔を見やった。

「こんなもんかい」

「ほぅ足りんか、男を裂かれていそうな女には足りんか」

「てめぇ」

 梅は足で柄を押さえつけ、柄頭で何度も頭を殴りつけるが、彼は笑っていた。

 すくい上げられた体は天地逆転し、両足の写しを斬り落とされた。

「梅―っ」

 迅移を纏った突きは、その三度の突きと払いの一撃を一度に叩きつけ、狼将を壁へ押し付け、すぐさま間合いを離した。

 梅は写しを張り直し、結芽と目くばせして同時に突っ込んだ。

 彼は結芽に目標を移しながら、しつこく付きまとう梅の一撃を柄と刃で流していく、

結芽は一撃の重さが長柄に対して不十分であることを承知で、隙間なく払いと突きを繰り返す。

梅と結芽は徐々に間合いを詰めていく、焦った狼将は一番間合いの近い結芽を一振りで弾き飛ばし、梅の突きを受け止めた。

そして梅の御刀を強く握った。

「離してくれない、止めを打てないのだけど」

「それはできない」

 だが、狼将の刀を掴んでいた左腕が吹き飛び、梅はノロになる肉片を払って、間合いを保った。

 部屋の隅からゲパード対物ライフルを構える彦が、銃口を彼に向けていた。

「黒」

 二回の瞬きに、間を置いた一回の瞬きに結芽はうなずいた。

「邪魔をするな」

 一射目を斬り飛ばし、その勢いのまま脇から突っ込んできた梅を殴り飛ばす。

 そして二射目が狼将の左股関節を撃ち抜いた。

 だが、その剛力が彦に向けて長巻を投げ飛ばした。

 三射目が撃たれた瞬間、弾は長巻の刃を打ち砕き、

 狼将の体は急所の三点を正面から突かれていた。

「かかか、よき心地」

 溶け落ちた体が、机に滴り落ち、やがて机の上を零れ落ちていった。

 狼将の消えた机の上を、血振りし、納刀する結芽の姿がそこにあった。

「終わりたきゃ、自分で終わらせなよ。ほんと、迷惑」

 結芽は静かに言った。

 

五、

 

「お帰り、お嬢さん達」

 帰ってきた三人に、食堂長はやさしめのミルクティーと小さなシフォンケーキを出した。

「なんか、カイルさんにお帰りなさいって言われると、ね」

 結芽が言葉を梅に差し向けると、お茶を飲みながら肩の力を落とした。

「そうね、帰ってきたわね」

「ええ、帰ってきましたね」

「ふふふ、そいつはよかった。君たちにそう言ってもらえるのが男冥利に尽きるものさ」

「いつまで言ってもらえるかしらね」

 意地悪なその言葉に食堂長は小さく笑った。

「男っていうのは、それを永遠の幻想として命尽き果てるまで味わい続けるのさ、甘い思い出にね」

「じゃあ女は何をもらえるのかしら」

「さぁ、知らないな」

 二人の会話を不思議そうに眺めながら、結芽は茶を少し冷ましてから、一口飲んだ。

 

 

 

 

「せっかく中華街に来て、現場調査に立ち会いなんざ運が悪い」

「薫、任務だから」

 やや白髪がかった少女が背の低い彼女に諭した。

「そうだな、さっさと任務なんざ終えて物見遊山に行こうぜ」

「ほぅ、それは、それは、大層なご計画で隊長殿」

「こここ、これは本部長、このようなところまで」

「説教は後でゆっくり、な」

「は、はい」

 荒れたフロア、その中央に衣服に染み出すノロに真庭紗南は目を細めた。

 またしても見つかったノロが溶けだした人間。

 刀剣類管理局は各方面に調査するが、所属にない刀使の確かな証言、証拠は得られない。

 だが、余りに露骨に残された痕跡は、追って来いと言わんばかりのものだった。

「なぁ、これは私らにもっと深くに来いと言っているのじゃないか」

「深く、私たちは半年前に、この世の深淵を見たばかりだろう」

「もしかしたら、ノロと人の関係はこれが全てではないのかも、知れない」

「薫、これを見て」

 彼女が指した場所に三点の刺し跡がある。

 それは、先日の誘拐犯消失事件で見つかった衣服の傷と一致していた。

「本部長がここに来たっていうことは」

「警視庁から正式に捜査委任状が来た、必要とあればいくらでも協力するそうだ」

「どうも、臭うな」

 これは事態の始まりの始まりに過ぎない。

 それを彼女たちは知る由もなかった。

 

六、

 

「少佐」

 執務室に座る二人は、落ち着いた面持ちで対している。

「もう少し待て」

「その言葉、あと何回聞けばよろしいのですか」

「何度でもだ、今焦ったところで、お前さんの目的は達せっれないだろう」

「達成するとかそういう問題ではないのです。私にとって、生きていることが恨むに足る理由なのです」

「折神紫がか」

 彦の目を覗き込みながら、神尾は一枚の書類を出した。

「もう一度、折神紫にチャンスをやれんか」

「今なんと」

 首元の一寸前に置かれた切っ先が、少しずつ喉笛に近付く。

「奴は今度の刀使慰霊式典で全ての地位を降り、逃げた刀使の罪を釈免するそうだ」

「それが」

「お前さんは折神紫への忠誠を失っていない。少しばかり糸を引かれただけだ」

「何を引いたんですか、少佐」

「そこだよ鶴、お前さんは考え違いをしている」

「なんです、教えてください」

 その鶴の問いに、神尾は答えなかった。

「教えてください、少佐」

 頑なに口を閉ざし、目を見つめ続けた。

「お願いです。教えてください。私は」

御刀を投げ捨て、襟を掴んで神尾の胸に額を押し付けた。

「私は、どうすれば私を縛る糸を断ち切れるのですか」

 泣き崩れる彼女をそのまましながら、神尾は天井を見上げた。

「だから心配するな、俺が舞台を用意してやる。だから、今は我慢しろ」

ボタンが引き千切れる音がしたが、神尾は天井を見上げ続けた。

「な」

 

 

 

 

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