その日の夜『特五』の拠点食堂では夕食前に隊員を集めてのミーティングが行われていた。
神尾は彼女たちに鎌倉本部東の慰霊塔で行われる『刀使殉職者慰霊式典』および『技術交流会』への参加を発表した。
「これで晴れて俺たちは白日の下に晒されるわけだ」
「でもそうしないと青子屋の裏にいるやつを探し出せない」
「そうだ黒、いま管理局には奴らの側にいた加瀬多美子と家弓花梨がいる。間違いなく正体を暴いているだろう『ヲノツチ』の存在をな、これで一蓮托生にする。それには、彦。お前が衝動を抑えられるかにかかっている」
「来るのですね、紫様も」
結芽は先の暴れた彦を思い出した。
「覚悟してるんだよね」
「もちろん……ですよ黒、これを待ち望んでいましたから」
「わかった」
神尾は彼女たちの表情を見て、小さく頷いた。
「二日後の六月三十日、夜明け前に出発する、以上だ。ふぅ、夕食にしようか」
強面のアメリカ人料理長は笑顔で三人の前に料理を出していった。
麦ご飯に、お味噌汁、漬物が少々、それにメインは茄子の煮びたし、お好みで使える四種の薬味がそえられ、憎たらし気に隅には小鉢がひっそりと置かれている。
「カイル、俺の分は」
「ないよ」
「え」
「冗談だよ、出すからその前に言うこといいな」
そう言って、厨房に戻っていった。
神尾は席に着いた三人に向かった。
「ご苦労だった。これからも任務に勤しんでくれ」
「大尉」
彦はそうではないと訝しんだ。
「ん、まだ言うことがあったかな」
「いえ、そうではなくて、どうぞ大尉も席に」
「ん」
振り返ると料理長が柔らかい面持ちで神尾を見ていた。
「なるほど、では失礼するよ」
四人テーブルの彦の隣に座ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そうして料理長はようやく彼に食事を提供した。
「こいつ」
「ふん、すきっ腹で残したら、大尉が食ってくれるそうだ」
「必要ないね」
「結芽もそう思う」
と、やや疲れ気味に梅と結芽が言った。
「では、頂こうか」
「いただきまぁーす」
待っていたように結芽は元気よく挨拶した。
暫くして顔の堅い少佐の部下二人が食堂の隅に座ると、食堂長は同様の料理と、つまみにビールを置いていった。
11、
「制服じゃなくていいの」
結芽の着付けを整えながら、徽章と部隊章の位置、名前と階級のパッチを肩に取り付けた。
「うち等にとって、この黒服が制服みたいなもんさ」
「いくら管理局や機動隊に痕跡を残したって、特五の活動に妨げになるんじゃない」
「いいや、むしろ強気でうち等に嚙みついてこなきゃ意味ないんだ」
「なんで、待って、考える」
梅は結芽の髪を整えながら、答えを静かに待った。
「分かった、私だ」
「正解」
「だから、なるべく結芽に援護へ出させたんだ」
「そういつもできなかったが、可奈美あたりが少しくらい口を開けば信ぴょう性が増す。お前さんが居ると分かれば、禍人のことも、あんたが生き返ったことも、それに彦や私のことも、必死になって調べ出すさ」
「教えてあげないの」
「それをしたら、わざわざ秘密にしてきた意味がない。余計な混乱を起こさないためにね、ほらできた」
鏡から離れると御刀を懸架装置に取り付け、梅の前で一周して見せた。
「馬子にも衣裳」
「なんだってーっ」
小馬鹿にしあう二人を見ながら、彦は自身の御刀を紙縒りで結び閉じた。
何がなんでも御刀を抜かないという彦の堅い心構えがあった。
「さて、彦、黒、姿を見せないようイの一番に来たが、登場は最後の大取だ。心しろよ」
ややうつ伏せ気味の結芽の胸を、梅の拳が叩いた。
「いいから、ただいまって言って来い。誰もお前を嫌がったりしないよ」
「うん」
本部施設の東に位置する山のふもとに慰霊塔が立てられており、戦後からの荒魂退治で殉職した刀使たちを慰霊するための施設である。こうして年に一度六月末、全国の代表者が出席して式典が行われている。
本部人員の遊撃隊隊員、上級幹部に、政府協力機関からの参列者、五箇伝から生徒の代表者、そして急遽参加表明した自衛隊隊員である。ほぼ一同が出そろっているが、自衛隊員たちは姿を見せない。
「防衛省第五特殊作戦班か、まさか自衛隊が刀使を擁しているとはな」
獅童真希は遊撃隊隊員として起立しながら、彼女らが来る席を見やった。
「でも管理局と機動隊で把握されていない刀使は居ないはずですわ、タギツヒメの一件での礼を込めてでしょう」
「でも寿々花さんよ、これは礼をする態度には思えないぜ」
「そうですわね、もしかしたら」
「もしか、するらしい」
獅童は屋根付きの階段から上がってきた黒い服の刀使たちに、目を見張った。
「結芽」
「真希さん」
薫は予想した通りと落ち着いていたが、真希と寿々花の動揺は隠せなかった。
それは結芽を見知る多くの人々も同様の反応を示した。
「落ち着け、式典が始まるぞ」
式典が粛々と続く中、あるものは思考が止まり、あるものは驚きを隠せず、そして、これからの事態を冷静に分析する者に分かれた。
「薫さん」
「私語は厳禁だぜ」
「ええ、でも」
「なら一言だけ言い置く、あそこに居る黒服の三人はとっくに死んだとされる刀使だ」
薫の冷静さに寿々花もゆっくりと平静を取り戻した。
式典は無事に終わり、来賓と幹部が退出すると、獅童の足が自然と結芽に向かった。
「結芽、結芽」
「ほら」
梅に背中を押され、結芽は真希の前へと立った。
言葉の見つからない彼女は、結芽の目の前でただ憮然と立った。
「真希おねぇさん、ただいま」
その一言に真希は結芽を抱き寄せた。
「ああ、お帰り結芽」
泣き続ける真希の頭を撫で、寿々花も結芽を優しく背中から抱き寄せた。
「寿々花おねぇさん、ごめんね」
「まったくあなたって人は、ううん、お帰りなさい結芽さん」
交流会会場まで彼女たちは結芽を離さず、それどころか生き返ってからのあらましをこと細かく聞いた。
「まて結芽それじゃあ」
「ノロなしじゃあ生きられない体なんだ。結芽は刀使の力を残した禍人で、正気が保たれているうちは生かされるんだって」
「そんな」
「心配しないで、結芽はそんなことで生きることを諦めたりしないから、刀使としてお役目を全うしたい」
「まったく、結芽にはいつまでたっても敵わないな」
「ふふ、だって結芽は親衛隊最強だもん」
「ほぅ僕だってこの一年で結芽よりも強くなったぞ」
「まさかぁ」
「あら結芽さん、私も真希さんもあなた以上に強くなりましたわよ」
「そんなの私だって強くなったんだから、交流会は結芽の一人勝ちだよ」
「そう言うなら勝負だ」
「もっちろん、ところでさ真希おねぇさん、寿々花おねぇさん」
「どうした」
「夜見はどこに居るの、ノロの浸食が重かったから治療に時間がかかっているのかな」
しかし、二人の暗く硬い顔が結芽の望みを砕いた。
「そっか、夜見おねぇさんいないんだ」
抱き寄せた真希の傍らに顔を埋めた。
「結芽」
真希の声に顔を上げるとイチゴ大福の付け根を結芽に手渡した。
「ずっと預かっていたから返すよ」
「ありがとう真希おねぇさん」
顔をぬぐって笑顔を見せた。
「結芽ちゃーん」
「かなねぇーっ」
嬉しそうに抱き着きあった二人はぐるぐる回りながら、武道場の真ん中で転げ落ちた。
「可奈美、結芽、交流会が始まるんだぞ、もう少し静かにできないのか」
「だってさ姫和ちゃん、こうしてまた結芽ちゃんに会えたんだよ」
「半月前に会ったばかりだろう、まったく」
と彼女の背中に忍び寄るように薫が顔を覗かせた。
「へぇー、半月前に会っていたんだエターナル」
「その呼び方は、やめろ」
姫和と薫は互いを見やりながら、不敵な笑みを絶やさなった。
「なんか怖い」
「あ、結芽」
「紗耶香ちゃんだ、久しぶり」
「うん、ひさしぶり」
以前よりも物腰が柔らかくなった紗耶香を見て、嬉しそうにほっぺたをいじった。
「紗耶香ちゃん、かわいくなった?」
「わからない」
「なったよなった、ずっと愛嬌があって結芽は好きだよ」
「おい! 私らを蚊帳の外に置くな」
結芽が再会のひと時を楽しむ中、梅は隠れるように本部の喫煙所で煙草を吸っていた。
「お前は結婚前も煙草を吸わなかったろう」
「紗南先輩か」
喫煙所の煙を煙たそうにしながら、梅の隣に座った。
「今さら、ここに何をしに来たんだ。恵実」
「何って、そりゃあ少しばかり若返ったから自衛隊で刀使やっているだけだよ。そして伝えに来た」
「禍人か」
「ああ、ウチの少佐殿が踏んだ通りなら、青子屋の人為的な行為で禍人は増殖している。いずれにせよ特祭隊の力を借りなくちゃいけなかった」
「貸すとは限らんぞ」
「なら、こっちから貸し出すさ。時間が無いんだよ……時間が!」
真庭は梅の目を見て、彼女が本気であることを悟った。
「話は全てあの神尾っていう男から聞かせてもらう、それでいいな」
「それともう一つ、折神紫に国府宮鶴を近づけさせるな」
彦こと、国府宮鶴は館内を歩きながら、もの珍し気に廊下を見渡した。
「私がいたころと何も変わっていないですね」
周囲には彦のコードネームで自己紹介したが、彼女に気が付いた女性がいた。
「居た、お鶴さん、あまりうろちょろしては迷子になりますよ」
「江麻先生」
「さぁ行きましょう」
「先生、紫様はどこですか」
鶴は小柄を抜くと、紙縒りを切り取り、御刀を抜きはらった。
「鶴、御刀を抜いても今のあなたには答えられません。紫様に会いたいなら、まずは御刀を納めなさい」
「ねぇ教えてください。紫様はどこ」
明らかに動きが変化し、幽鬼のごとく体をよろつかせた。
「鶴、聞きなさい!」
そう発した間もなく、羽島学長の右腕が斬られた。
「先生、私、紫様に会ってお話しするんですよ、あなたはどうやったら殺せますかって」
鶴はゆっくり振りかぶりながら頭に狙いを定めた。
「教えてくれないと、次は先生の頭がぱっくり開きますよ」
気配を察した鶴は右に二歩下がると、目の前を居合の一閃が流れた。
すかさず放たれる二振り目に、鶴はゆっくりと間合いを取った。
「羽島先生! 大丈夫ですか」
「ええ、ありがとう舞衣さん」
「あはははは、ははは、はは、折神紫の正体も知らないでのうのうと私を送り出したやつが、どうにも生徒に慕われているよ」
笑いながら泣く鶴は写しを張り、隠剣の構えで舞衣に対峙した。
「あなたも刀使なら、斬るべき相手を間違えないでください」
「そう、私は選んだのよ、斬るべき相手は貴女ではない。私が斬らなくちゃいけないのは、折神紫とその取り巻きだ」
短い分、深く飛び込んでくる鶴の剣に下がるしかない。だが下がれば下がる分詰められる。
必殺の一太刀も、隙を見つけなければ意味はない。だが、迅移で移動する場所を読み切って、不意の一太刀を受ける。
ことあるごとに写シを剥がされ、また張れば反撃もする間もなく切り落とされる。
もはや舞衣の間合いの中に鶴を捉えることはできない。
「マイマイーっ」
懐に飛び込む金色の腕が、鶴の体を廊下奥の壁に叩きつけた。
「エレンちゃん」
「お待たせしました、監視カメラを見てばっちり飛んできましたネ」
「私は学長を連れて引きます、エレンさんも」
「諒解デース」
しかし、舞衣と学長がその場を離れたのもつかの間、エレンは写しを引き剥がされて蹴り飛ばされた。
彼女の腹を踏みつけた鶴は涙を拭うこともせず、切っ先を喉元に近づけた。
「邪魔するあなたが悪いのよ、恨まないでね」
「それは、こっちの台詞ネ」
御刀を金剛身の力で殴り飛ばしたエレンは、鶴の額を頭突きし、足を掴んで壁に放り投げた。
「はぁ、はぁ、どうネ」
「プロレスしに来たわけじゃない」
「それは私も同感デース、っ」
額から血を流しながら、エレンは八双の構えになった。
「どうしたの、写シは張らないの」
エレンは黙して答えない。
「ふぅん、金剛心は僅かな時間だけ肉体を強化する能力、しかしそれ故に持続性に乏しい。短時間で写シを張る体力も使ってしまった」
「でも、結芽が来る時間は稼げたよ!」
連撃をいなしながら、鶴は間合いを引いた。
「こんにちはおねぇさん」
結芽はエレンにそう声を掛けながら、平晴眼で鶴に対した。
「もう来やがった」
「鶴おねぇさん、抑えると言っていたのは噓だったんだ」
「あんたにさ、何が分かるの、裏切られ捨てられたものの心が!」
結芽は鶴の太刀をことごとく流しながら話を続けた。
「紫様がね、交流会の参加者を相手に、立ち合いをしてくれるそうよ」
柄の持ち手がぶつかりながら、鶴は口を開いた。
「それは、本当」
「大尉からの言伝」
「大尉、大尉が」
間合いを引いた鶴は写しを解除し、当たり前のように納刀を済ましてしまった。彼女は笑みを浮かべている。
「大尉が、そう言ったならそこで折神紫を倒そう。案内してくれるわよね、黒」
「勿論」
背中を翻すと、エレンに御刀を納めるず付いてきてほしいと言い置き、結芽は鶴を引き連れて武道場に向かい始めた。
話を一通り聞いた長髪の女性は、神尾の神妙な顔を見た。
「禍人の情報を交換する条件に、初代親衛隊第一席であった国府宮鶴と紫様との立ち合いを望むと」
「そうだ」
真庭は腕を組みながら、不満げに息を吐いた。
「刀剣類管理局は構わない、しかし紫様の意思次第です」
折神紫は静かに頷いた。
「私の咎だ、私が出ずに誰が出る」
道場に入った紫は、一同が会する中で中央に坐する鶴に目を向けた。
「紫様、お久しぶりです、私めを覚えていますか」
「勿論だ、お鶴」
「ふふふ、懐かしい響きですね。昔を思い出しますよ。ところで、荒魂の一件が解決し、呪縛から解かれたこと大変におめでとうございます。表から離れていた私ですが、ぜひ祝いを述べさせていただきます」
少しずつ近づく鶴は、立ち止まり自身の首を掴み絞めた。
「紫様、逃げて」
かすれ出た声は首を絞めていた手と共に、力なく垂れた。
そして、万弁の笑みを浮かべながら無名の御刀を抜きはらった。
「嬉しいですよ、こうして被害者になった紫様が、のうのうと私の目の前で生きているなんて、ふふふ」
大笑いする鶴はある程度笑いを堪えながら、紫を真っすぐ見た。
「鶴、ここにいるみんなにお前と私の真実を伝えたい。少し時間をくれないか」
「ええ、大歓迎ですよ」