~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第二十話後「帰還」

 折神紫は静かに語り始めた。

 

 

 二年半前、親衛隊が創設されてから三年。

 美濃関学園で小野派一刀流を剣技指導であったころの羽島学長から習い、初優勝目前だった真希を降した第四席の刀使にいた。

 国府宮鶴。

 彼女は卒業後、折神紫の召集を受けて親衛隊に所属。

 本部付きの刀使として、対処困難な現場に赴き、それは全国を飛び回る日々でもあった。

 紫は新しい人材の登用と、育てた人材の派遣のため、鶴を除いた親衛隊員は全国の機動隊に派遣された。

 鶴自身は先輩として、後輩を指導していく立場になると信じて疑わなかった。候補者の此花寿々花、獅童真希の任務に同行し、その任務への指導や、戦闘後のフィーリングをし、早いころから彼女たちに目をかけていた。

 だが、本部が紅葉に赤く染まった頃、紫に呼び出された鶴は言葉を失った。

「ノロを強化剤に使う実験ですか」

「そうだ、かねてから効果の有無は議論されてきたが、ノロをドーピングに使う一例がその効果を実証した。近年、荒魂の大型化は目に余るものがある。我々はより強みを目指さなくてはならない」

 鶴は椅子に座る紫の前で静かに立ちすくんでいた。

「降りても構わないぞ、危険が伴う」

「いえ、やります。やらせてください」

「いいんだな」

「私とて親衛隊の古参、後輩どもに軟な体と笑われては名が折れます。ノロなんて、赤子の手を捻るようなものでしょう」

「ああ、その意気だ」

 二日後、機動隊指揮官である雪那も同行のもと、有群博士による初のノロの注射が行われた。

 始めはごく少量であったが、効果は抜群であった。

 刀使が二十人がかりで倒せなかった荒魂を、一人で破ってしまったのである。

「なるほど、まるで体が軽くなったみたい」

 一次データーの収集が終わると、今度もごく少量を摂取した。

 破壊力に変わりはなく、より写しの持続時間が伸びた、

 そして三回目の摂取が行われ、続いて四回目も行われたが変化はなかった。

 鶴は無問題だろうと五回目を摂取した時、変化の兆候が見えた。

 それは荒魂を一人で対処しているときであった。

(もっともっと斬ろう)

 今まで一太刀で荒魂を沈めてきた鶴が、何度も何度も荒魂を斬りつけ、ノロになってもなお荒魂を斬り続けた。

 それから鶴の情緒は不安定になり、御刀を持つと途端に破壊衝動を露骨にし、稽古の場面では写しを剥がしてもなお、相手を斬ったほどである。

「とどめは刺さなきゃさ」

 その場にいた折神朱音の詰問に、笑顔で鶴は答えた。

 翌日、鶴は部屋から出てこなかった。

 ただ任務とあれば部屋を出て、また荒魂を残骸が残らぬ迄に斬り、部屋に閉じこもった。

 周囲との距離は開き、有群も紫に対して廃棄すべきと具申した。

 だが、紫は現状維持を指示した。

 そんな日々が繰り返される中、鶴は御刀を持たず紫の前に立った。

「どうした、精神を強く保てばノロは抑えれる」

「もう、やめましょうよ」

「お前のことだ、すぐに元通りになる」

「違うんです」

 血気迫るその声に紫は口を閉じた。

「なんか、こう、身体の隅々から聞こえてくるんです。斬れ、斬れって、御刀を握った瞬間、飛んで内臓を見たい、そんな感情になるんです。殺していいんだ、やったって喜ぶんです。こんなの普通じゃない。おかしい。だから、ノロの摂取なんてやるべきではないんです」

「いいや、お前は十分な結果を出した。再来月には新しい親衛隊の編成式がある」

 立ち上がった紫は静かに肩を叩いた。

「先輩として、胸を張れ」

 そして鶴は翌日、忽然と姿を消した。

 御刀も、衣類も、私物も、全て部屋に残して姿を消した。

 紫は何事もなかったように、鶴は任務中に行方不明になったと発表した。

 彼女の要望で一人、任務に向かうことが多く、その現場には誰にも立ち入らせなかった。

 回収班は鶴が消えてからノロを回収していたので、誰もそのことに疑問を持たなかった。

 この時期は紫へのタギツヒメによる精神浸食も強まり、紫はただ鶴を見逃すことしかできなかった。

 だが鶴は用済みであり、本命である二代目親衛隊の結成、ノロの摂取が行われた。それから数カ月、春の大会での暗殺未遂に端を発した大事件へと発展していった。

 全てを話終え、ざわめく会場内に鶴の笑い声が低くしかし大きく響いた。

「まったく、御刀もって逃げ出せば、もっと楽しいことになったのに、弱い弱い私は逃げるばかり、これじゃあ楽しめない」

「お前はいったい、何を楽しんでいる」

「それはもちろん、ギッタギタに切り刻むこと」

 鶴の一撃が、紫の抜き払いによって弾き飛ばされた。互いに写しを張った瞬間、激しい打ち合いが始まった。

 その光景を見ながら、結芽は両手を強く握りしめた。

「紫様を信じよう」

 真希の一言に、ゆっくりと頷いた。

 鶴は紫の二刀の動きをものともせず、それどころか僅かな隙間から腕や胴を斬り、何度も紫の写しを引き剥がす。

「やっぱり」

 紫の左脇を切り捨てると、左手で前方に押し飛ばした。

「タギツヒメと戦った後遺症が癒えてないみたいですね。ふふ、ふふふ」

 と、また鶴は自身を殴り、一歩下がった。

「私は、ここを離れてから、飲まず、食わず、湧き上がるすべての衝動を押し殺して、痩せて、汚れて、言葉を失った。でも」

 突然叫び出した鶴は誰かに叫んだ。

「お前はッ、力を欲したから、私を使った! これは望んだ形、お前の持つ戦うための感情だ、鋼の精神なんてのよりよっぽど破壊的だ。なのに、身体がいうことを聞かない! お前はいつまでたっても私に委ねない! いいから、身体を全部よこせ!」

「そうだ鶴、抗え、ひたすら抗え、すぐにお前をそいつから救い出す」

「救い出す、紫様、私は私ですよ」

「違うな」

「は」

 紫は確かな足取りで鶴へと近づいていく、彼女はあからさまに一歩、また一歩と逃げた。

「今の私は抜け殻だ、お前の忠誠を誓った存在はもういない。お前はもう必要ない」

「黙れ」

「一人の刀使を支配しえず、あまつやタギツヒメがいなくなって私に逆上した、哀れだな」

「黙れ」

「お前は国府宮鶴にはなれない」

「黙れ!」

「帰ってこい! 鶴!」

 突っ込んだ鶴の体から写しが剥れ落ちはじめた、紫はすかさず二刀の刃を返して、彼女の体を何度もたたいた。

 鶴は床に崩れ落ちた。

「人になりたかったのだろうが、ノロはノロでしかあれない。タギツヒメはそうして全てを諦めていた」

「そんな、私は」

 寂し気な顔が激昂に変わり、御刀の刃を自身に向けたが刺せなかった。

「くそ、くそ、なんで私なんか」

 刀を払い落した紫は彼女の両手を握った。

「大丈夫」

 鶴の落ち着いた声が響く、静寂の中を多くの人は静かに見守っている。

「時間はかかったけど、私はこれでよかった。あなたが誰かへの憧れを守り続けてくれたお陰で、私はこうして表に出てこれた。あのままあなたを封じていたら、それで終わってた」

 歯ぎしりが暫くして、奥からひねり出すように声が出た。

「臆病者ッ」

 激しい咳き込みを起こした鶴は、口からノロを吐き出して倒れ込んだ。

「鶴、鶴―っ!」

 紫の彼女を呼ぶ声が、遠く遠く響いた。

 

 

 あの日から一夜を越した。

 静かに、落ち着いた寝息を立てる鶴を横に、紫は少佐の話を聞いていた。

「俺が彼女を見つけたのは、禍人の調査を始めたころだ。伊豆の山中に奇妙な人影を見たと報告があり、諜報員が報告した『ヲノツチ』ではないかと踏んで捜索に向かった。そして俺が彼女を見つけたとき、衣服は汚くいたるところが引き千切れ、木陰に座りながら長く伸びた髪を垂らして、始めは死んでいるのだと思った。だが」

 神尾は鶴の頬に手をふれた。

「髪を除けて覗き込んだ彼女の眼は、澄んだ、美しい目をしていた。まだ、何もあきらめてはいない。だが、心は強く保たれていても、身体が言うことを聞かないのでは、意味がないだろうと、できたばかりの特五の拠点が彼女の療養専門棟と化してしまった。まぁ気づけば彼女はノロを完全に抑え込んで、禍人を探す任務にも出るようになっていた。まったく、大した奴だよ」

「神尾大尉」

「なんです」

「鶴を救ってくれて、ありがとう」

 頭を下げた紫に神尾は首を横に振った、

「俺は何もできなかった、最後はあなた方に任せてしまった」

「いいや、あなたがいなければ、鶴は自分を立ち返れなかっただろう」

「なぜ」

「自分を見てくれる存在が欲しかったゆえだ」

「そう、なのか」

「ではあなたはなぜ、彼女の側に居続けた」

「男は、そういう寂しい生き物でね」

 やや目を見開いた鶴を見て、神尾は病室を出ていった。

 そして同時に駆けてくる音とともに結芽たちが病室に入ってきた。

 最後に入った羽島学長が、舞衣に押されて鶴の傍らに座った。

「先生」

「お鶴さん、よく頑張ったわね」

「はい」

 手を強く握り返すと、胸を熱くするものが、頬を伝って流れ出した。

 

 

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