13
明智鉄道は岩村駅の年季のあるホームを出て、長く続く城下町のゆるやか坂道をひたすらに歩く。
いくら手分けしているとは智恵は騒速剣を三振、美炎は十束剣と黒漆剣、それに自身の清光。日は暮れだして山々が赤く輝いている。
「さすがにみんなに手伝ってもらうべきだった」
「で、でももう宿を取っているって言ってたから、すぐに休めるわ」
「そう言って~、乗り換えで散々に疲れたのはちぃねぇでしょ」
「美炎ちゃんも人の事言えないわよ」
「あーこの緩やかな勾配が地味にくる」
「わかる」
高札場のある鍵道で足を休めると、夕陽によって濃いコントラストに包まれる東濃の山々とまっすぐ伸びる城下町が二人の疲れを消し飛ばした。
「きれい、岐阜にこんなにいい場所があるなんて知らなかったわ」
「一度おじいちゃんと来たけれど、こんなに夕陽が綺麗だったんだ」
「ふーたーりーとーもーお疲れー! 3日ぶりだねー」
美炎は飛び込んできた由衣に振り回されながら、ミルヤと清香の姿を見た。
「ごめんなさい十束剣の移送に神社省からストップがかかって、あと綾小路で黒漆剣の受け取りにも時間がかかっちゃったわ」
「致し方ないことです。それより並べた写真送っていただいてありがとうございます。できたらこの目で見たかったものです」
「そうかなと思って送ったの、喜んでもらえてよかったわ」
「後生大事にします」
「そんなに……」
二人の到着まで時間があったため、おやつにと松浦亭のカステラを買っていた。
坂をさらに上った場所にある『右田屋』という旅館の、二階に7人の泊まる部屋が用意されている。
仲居さんに頼んでカステラを切り分けてもらい、机を挟んでお茶も用意した。
「なんかこうみると大所帯だよな調査隊って」
「ええ、呼吹ちゃんがみんなでいるのを意識してる」
「いつもしてるわチチエ! ったくこういうの苦手なんだから」
「へーそうなんだ。ほらカステラ、あーん」
あからさまな美炎の行動にこらえて差し出したカステラを食した。
「ん、素朴で、おいしい」
「かわいい」
由衣のその一言に完全に呼吹はだれてしまった。
「ぐ……か……かわ」
軽く咳ばらいをしてからミルヤは話し始めた。
「さて、二人も合流して明日から本格的に調査を開始します」
「ようやく本命ですね」
清香のその緊張感のにじんだ言葉に自然と智恵は背筋を張った。
「実戦になった時の戦術は昨日メールで送った通りに行きます。しかし現状はもしもでしかないので、覚悟はしておいてください」
全員が呼吸を合わせたように了解と言い、ミルヤは満足そうに頷いた。
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山の夜風が吹く窓際、美炎は月明かりの下で可奈美へとメールを交わす。
いろいろと悩み、まだ可能性がある限り御刀の返還は少し伸ばし、その上で先のことを考える。だからもう迷わないと来た。
「よかった、変に悩む可奈美は可奈美らしくないもん」
(不思議ですね。そうやって遠くの人の思いをやりとりできるというのは)
「うん、時々伝わらないけど、ちゃんとわかるときもあるよ」
(口から出た言葉でさえ通じないことがあるのです。私はよい時代だと思います)
「ホムラノチは鬼八を倒したあとどうするの」
(姉を探します。私と同じように生まれた姉で、彼女はあることを目的に別れ別れになって、でももしかしたら生きてるかもしれない。だから会って話がしたいのです。兄弟は他にもいましたが、みんな大地になって存在も意思もなくなってしまいました)
「手伝うよ。おねぇさんを探すの」
(いいんですか、長い旅になるかもしれませんよ)
「大丈夫だよ。どんなに時間がかかっても思いは繋がっていくから」
と、城山の方角から大きな音が鳴り、全員が一斉に飛び起きた。窓に乗り上げて街を見ると噴煙があがり、町屋に次々と人が出てくる。
「みなさん、着替えたら御刀を持って裏口に集合!」
五分ほどで裏口に集合し、智恵の腰には長大な漆黒剣と三振りのソハヤノツルキ、美炎の肩には十束剣が掛けられている。
岩村城跡の大手道に差し掛かったところで川伝いに、長大な荒魂が街へと入っていくのが見えた。さらに山が霞がかり、あの噴煙も白ぼけて見えなくなった。誰もが最悪の事態を予感した。
「騎兵隊とうちゃーくだーっ!」
そこに息を切らせながら、ライダースーツにジャンパーを着る稲河暁現れた。
彼女は川を這う荒魂を目にし、バイクに装着していた御刀を手にした。
「稲河さん、どうしてここに」
「嘉納先輩からの依頼だ! 以前も岐阜の山奥で荒魂を発見したときに、美濃関からの派遣に時間がかかったことがあったからな! 親父のninjaでかっ飛ばしてきたのさ!」
不敵な笑みをうかべながら、腰に御刀を帯びた。
「心強いです。鈴本葉菜! 稲河暁は住民の避難を駐在に任せ荒魂討伐を優先! 残りは鬼八を討つ!」
長い石階段を駆け上がり、霧をかき分けながら石垣の要石が外れた箇所に気が付いた。
「間違いないここだよ」
「え、でも写真ではもっと上だって」
「ホムラノチが言っているの、この中に大きな空間があって、その中央に」
穴から風が吹き出し、その威圧的な雰囲気を全員は感じていた。
「まちがいねぇ、とんでもねぇ大物がいやがる」
「行きましょう」
御刀を抜き、穴に飛び込んだミルヤは広大な空間の底に降り立った。
壁は昼間のように明るく輝き、その中央に六足の巨体に人間の上半身が付いた荒魂がいる。
体の切れ目からは赤い輝きが走り、手には鋼色に輝く草薙剣の姿があった。六人はその姿に呆然としながら、顔を見た瞬間に智恵は思い出した。半月前に調査隊から二本の御刀を強奪した男だった。
「どうもこんばんは刀使のみなさん、こんなに来ていただいて実に光栄です。私は田中藤次あらため鬼八と申します」
呼吹は人と荒魂の合体した姿に歯ぎしりをたてた。
「おま、ふざけんな! なんで人と荒魂が一緒になってるんだ!」
その言葉に田中は小さな笑い声を立てた。
「いいえ神人一体こそが正解。ヲノツチ様から生まれた鬼八頭も神の力を持つ、今は心を一つにし、私たちは完全なる存在に生まれ変わった」
ミルヤの表情は冷静であったが、叫んだ言葉に怒気がこもった。
「ふざけるな! 陣形展開!」
最前衛は呼吹、バックアップに美炎と由衣、智恵を最後方に彼女を守る形でミルヤと清香が立った。
虫の居所の悪い呼吹はすぐさま六足の右前二足を斬ったが、足を巧み組み合わせて呼吹を懐から蹴り出し、背中へ飛び込んだ美炎の振り落としを草薙剣が受けた。由衣は背中真後ろに飛び込み急所のある一点を二回斬り込んだ。
「べらぼう!」
由衣の眼前には傷口がなく、正面を向き剣を振り上げる鬼八の姿しかなかった。
「め?」
その一撃を鐔で受け止めた由衣は壁に叩きつけられ、写シが消し飛んだ。螢丸の大鐔が割れ落ちた。
呼吹は間髪入れず傷口を狙うが、飛び上がった巨体は一回転して彼女を頭上から地へと叩きつけた。だが二振の短刀を盾にその攻撃に踏ん張った。
「一式ぃ! 神居っ!」
美炎の炎の一閃が鬼八の体に浴びせかけられた。
だが、背中は透明な霞の触手に守られ、それは枝のように複数の腕となり美炎の体を殴り飛ばした。
だが、清香がその隙に背中へ取りつき、傷口をさらに押し広げた。
「今です!」
清香の声に応えて投げられたソハヤノツルキが傷口に突き刺さり、清香は飛び上がって美炎を抱えるように距離を離した。
由衣と呼吹が鬼八をはさむように展開し、息を整えた美炎は清光を構えなおした。
巨体の傷はあっと言う間にふさがったが、ソハヤノツルキが刺さった三分の一ほどの口だけは開いていた。
「効果はある」
ミルヤの確信の言葉に悠然と刺さるソハヤノツルキへ手を伸ばした。
「おもしろいですね。では抜きましょうか?」
「ダメ!」
大きく飛び上がった美炎は髪を紫炎に輝かせ、天井近くで鬼八の背中を見据えると清光に炎が纏った。
「三式っ! 神居ぃぃぃっぃぃっ!」
美炎の攻撃が始まった瞬間、ミルヤは指示を飛ばした。
「山城! 七之里! 飛び込め!」
二人が鬼八の腹に飛び込み、美炎の放った三連の炎が重なって流星のごとく強烈な散弾となって降り注いだ。
その衝撃に耐えんと足を張った瞬間をすかさず由衣の大太刀が大きく斬り込んだ。
鬼八の顔が僅かばかり強張った。
「味な真似を!」
足蹴にされ吹き飛んだ由衣にかまわず、呼吹は山城の裁いた傷口に飛び込んで斬り続ける。
「瀬戸内!」
投げ込まれた刀を弾かんと動く鬼八へ、美炎は頭上への叩き下ろしで動きを抑え、呼吹はソハヤノツルキをキャッチし傷口の奥深くに刺し込んだ。
鬼八の霞が呼吹を傷口に抑え込もうとし、智恵は飛び込んで黒漆剣で霞を斬りさばき、ミルヤは知恵と呼吹を引きずり出すと足蹴を体に受けて壁に叩きつけられた。
「下がって!」
清香は叫びながら冷静な剣運びで霞の追撃を退け、美炎は間合いを離しつつ鬼八の死角に入り込んだ。
動かない由衣を横目に二か所の傷口を開けられても悠然とする鬼八に悪寒を感じた。
清香は苛立ちを込めて言い放った。
「化け物……」
だが鬼八は楽しげに清香を見下ろした。
「それは誉め言葉ですよ」
ミルヤは無理に立ち上がり、剣を構えた。
「総攻めだ。かかるぞ!」
鬼八はミルヤたちを無視して、ゆっくりと後ろに振り向いた。
「そうでしょう」
鬼八は死角から這ってきた美炎を蹴り飛ばし、俊敏な体さばきで一気に袈裟斬りを浴びせた。
写シは斬られ、出るはずのない血が弾け、清光は真っ二つに折り切れた。
「え?」
壁に叩きつけられ、彼女はぐったりとうなだれた。
智恵はたまらず叫んだ。
「美炎ちゃんっっ!」
四人は呆然となった。あの美炎が、清光が、写シごと斬られた。
鬼八はその光景に高笑いした。
「これが草薙剣! 文字通りに写シさえ斬りはらってしまう! なんとすばらしい!」
「ざけんじゃねぇぞ」
呼吹は何度も懐に飛び込み、ミルヤと清香が援護するが、由衣と美炎の攻撃力を欠いた部隊は攻め手がなく、霞による打突が何度も智恵を襲う。滲んだ汗に、呼吸は乱れ、呼吹はついに足蹴を食らって智恵のもとに転がった。
「お返しです」
「呼吹ちゃん!」
防戦になり始めたことにミルヤの思考は攻めに転じられなくなっていた。
形勢は既に目に見えるものとなっていた。
美炎は家族の記憶の中にあった。母のこと、父の事、祖父の事、刀使の仲間たちの事。流れる記憶の中で自分がなぜこうしているかを思い出そうとする。記憶の波間に揺られ、先が見えない。
なんだったろうか?
私は何をしたかったのだろうか?
それらが全て磨り潰れていく。その感触は決して悪いものではない。だが、空しい。
まるでそれが迎えであるような、心が波間に溶け込み、体は土の奥深くに消える。
「まだだめよ、美炎」
手を強く引く存在が見えない。さらにもう二つの手が美炎の手を強く握りしめた。
そのあたたかさを感じた瞬間、大切な人々が彼女の名を呼ぶ。
「そうだ、思いは繋がっている!」
「思いは私を繋ぎ、あなたは私に出会った!」
「帰ろう! みんなの所へ! 」
美炎の背負っていた十束剣が宙に浮き、彼女の胸から眩いばかりの輝きを放つ炎が立ち現れた。
彼女は身を起こし、折れた清光を天高く持ち上げると、刀と十束剣が豪火に包まれる。
鬼八はなに食わぬ顔で美炎を見下ろした。
「何が起きても怖くありませんよ!」
美炎に向かって無数の霞が襲い掛かるが、振り落とした炎が触手たちを一瞬にしてかき消した。
立ち上がった彼女の清光は切っ先が修復され、以前ではあり得ない完全な刀になっている。
炎の渦の中で、紫炎に輝く髪と光彩を放つ清光の刃が揺らめいた。
状況の転換にミルヤは仲間に向かって叫んだ。
「瀬戸内はこの場で! 六角は山城を叩き起こせ!」
「は、はい!」
美炎は息を吐き、瞬時に鬼八の正面に飛び込んだ。振り下ろしたその一撃が草薙剣に受け止められた。が、その一撃は鬼八の巨体を押し込み、後足がついに折れた。美炎は間髪入れず縦一文字に炎の嵐を叩きこんだ!
「神居! 零式!」
「がぁぁあぁぁぁぁ」
顔を焼きつぶされた鬼八は悶えた。それを狙って呼吹が背中の傷に取りつき一気に斬り広げ、智恵に向かって叫んだ。
「ねぇさん! 今だ!」
飛んできたソハヤノツルギが傷口に突き刺さり、呼吹はさらにそれを押し入れた。
「やめろぉ!」
霞が呼吹を殴りつけ吹き飛ばすが、美炎が彼女を受け止めた。
「大丈夫ふっきー?」
「おう、ほのちゃんもな」
由衣のもとに駆け込んだ清香は叫び呼びかけた。
「起きて! 由衣さん! 起きて!」
「うぅきついよ……」
「今は立って! なんでも一つ言うこと聞くから」
「なんでも一つ……?」
二人に狙いを済ました霞を蛍丸が一蹴した。
「じゃあ帰ったらデートだぁ!」
ミルヤはすぐに山城に檄を飛ばした。
「山城! 腹だ!」
由依はがら空きの腹部に飛び込み、先に刺したソハヤノツルキに沿うように渾身の力で縦一文字に斬りさばいた。
「まだまだぁーあ!」
傷口に突き立てた切っ先は背中から顔を覗かせた!
「これ以上は! 小娘ぇー!」
鬼八は的確に指示を飛ばすミルヤを目標につけた。
ミルヤに迫る霞の触手は、またもや清香が飛び込んで斬り払い、さらに押し込むように全てを斬りはらった。
呼吹は死角から背中に飛びき、ニヤリと笑った。
「ここが霞の出入り口だな」
背中の四つの口を斬られると、猛威を振るっていた霞はただの霧となって消し飛んだ。
「今だ!」
背中の傷口に切っ先を突き、そのまま清光は鬼八のノロの中枢をあらわにした。
「どぅおりゃあああああああ」
「いっけえええええええええ」
見切りをつけた蛍丸と清光の刃が上下から中枢機関を断ち斬った。
鬼八の巨体は崩壊をはじめ、その中を三人の刀使が切り払う。
「なるほど、これが刀使、私は所詮、私でしかなかった、か」
崩壊し、破裂したノロは壁面に飛び散り、草薙剣と三振りのソハヤノツルキが地に突き刺さった。
息も絶え絶えに、彼女たちはようやく写シを解いた。
「勝ったよ……みんな、勝ったよ」
美炎は息を乱し、呼吹に寄りかかってそのまま意識を失った。
通りでようやく百足型の荒魂を切り伏せた稲河と葉菜は息を切らせながら尻餅をついた。
「やったぞ! 毒がしつこいっての」
「おかげで時間がかかってしまいましたね」
「おう! みんなの援護に行こう、立てるか」
「はい、大丈夫です」
二人が大手道を登り、段々の石垣が並ぶ本丸虎口の階段を降りる六人の姿が見えた。
由衣が大きく手を振り、二人は彼女たちのもとに駆け寄った。
「お前ら倒したのか大荒魂を」
「はい、一時はどうなるかと思いましたが」
呼吹の背中で寝息を立てる美炎を見てため息をついた。
「また美炎ちゃんが勝利を切り開いたわね」
「え、服破れて、血もついます!」
「塞がっているんです。恐らくホムラノチさんがほのちゃんを治したのかも」
「さて、鈴本葉菜さん、私の端末が破損したので至急回収班を呼んでください」
「俺がやる! みんなは旅館で休め! 葉菜はもう少し付き合ってくれや!」
「任せてください!」
夜明け近く、稜線の向こう側は白みはじめ、彼女たちは旅館に戻ると一斉に寝落ちた。
稲河は旅館の女将に静かにしてやってくれと一言言い置いて、葉菜とともに現場に戻っていった。