~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第二十六話「雷切」

 

 荒魂の軍団を確認した姫和と紗耶香のAとB班は真庭からの合流の指令を受け、スバルラインの前で顔を合わせた。

 だが道路沿いに待ち伏せしていた矢吹型は班めがけて矢を射かけてきた。

「これじゃ向こうに渡れない」

「私が飛び込んで足を封じれば」

「ダメ! 不用意に出たら摩滅するだけ」

「ならどうしろと!」

 と紗耶香と姫和が言いあいしている間に隊員の一人が指をさした。

「人が飛び込んできた!」

 あっという間に矢吹型が倒され急いで向かった姫和たちの前に皮膚の間に琥珀色の輝き、頭から角を生やした梅こと恵実が立っていた。

「恵実さん……なぜここに」

 恵実は正面を向き、道路の坂を上ってくる人影に切っ先を向けた。

 その単衣に一振りの長脇差に合口、そして全身を包む赤い影が怪しく光っている。

「あんたらは、あんたらの目的を果たせ」

「しかし」

「私の分まで結芽を頼みます」

 飛び出していった恵実から目をそらし、進もう! 姫和はそう叫んだ。

 

 F班を阻んでいた荒魂に飛び込んだ結芽の動きは実に警戒であり、迅移を発動しながらの機動は班員たちの目にとめることができない。

「こいつがラスト!」

 最後の一体を切り伏せ、班員へ手を振った結芽は森の奥から来る気配に警戒した。

「どうしたのですか結芽さん」

 寿々花が追いついてきたとき、その奥に樹木の色ではない建物のシルエットが見えていた。

「もうここまで来ちまったのか!」

 その声に寿々花は周囲を見回したが姿は見えない。

「さすがの博士自慢の荒魂軍団でも恵実の娘ひとりを止めることは無理か」

 建物のシルエットに交じって日枝金一は姿を現した。

 結芽は強烈なまでの憎悪が沸き出した。

「あいつが、お母さんを、パパとママを」

「結芽さん!」

 寿々花の叱責に結芽は一度深呼吸をした。

「あいつは青子屋の幹部、日枝金一。あいつは私が相手する」

「いいのですね」

「もちろんだよ、さっさと倒してきちゃうから先に進んで」

「必ず追いついてきてください」

 別の方向から社に向かった寿々花を背に、結芽はゆっくりと金一の前へと進み出た。

 写しを張った結芽は直刀を肩に抱えたままの金一に切っ先を向けた。

「なるほど」

 目を赤く光らせる金一の刃が結芽に走った。

 しかし、結芽は受けつつ、金一の押す力を利用して彼の隙を誘った。

 だが振り下ろされた結芽の一閃は受け止められ、当たり前のように彼女を振り払った。

 そして迅移を越える縮地の一撃が結芽の突きと払いをいなす、間隙を与えない結芽の剣を何食わぬ顔で流していく。

「懐かしいなぁ、恵実との稽古をを思い出すよ」

「ふざけるな!」

「あいつは俺の妹弟子で、おれは兄弟子」

「ならなんでお母さんを! パパとママを!」

「ノロはとても魅惑的でね」

 結芽の金剛身と八幡力を組み合わせた一撃が根を切り裂き、そのまま逆袈裟を斬りにかかると、流されつつ上段からの重い一撃に相殺されて鍔迫り合いになった。

「縮地! 素敵な能力をノロはくれたんだ。そうだろ!」

「紛い物だ!」

「なら、なぜ俺は生きてる! なぁ燕結芽!」

 結芽との間合いを強引に離した金一は、直刀の肌に彫られた金剛迹の刻印を見せつけた。

「男が刀使になるたった一つの方法、それはノロを身に宿し、御刀の力を支配し守護する。密教から伝わる悪魔祓いの方法さ。大昔に封印されたが、うちの篠子の姐さんがヲノツチと一緒に見つけ出してね」

「そんな禁術で御刀を従わせた力を! 結芽は否定する!」

 金一は額から赤く穿たれた角を出し、その瞳を赤く輝かせた。

「んなら俺に勝ってからそうしろよ」

 だが憎悪そのものの恵実とは違う澄んだ瞳に、笑みが立ち消えた。

 金一が飛び込んだ瞬間を見る前に返しの剣を走らせ、木を足場に三次元のなかで剣が駆ける。

 あのノロの力を使った以前の感覚に近い、しかし結芽の剣はより素早さを帯びている。

(そっか)

 金一が刃を受け止めにかかった瞬間、僅かながら八幡力を使い直刀を弾き、金一の左手を突き裂いた。

 彼の表情に一瞬の焦りが浮かんだ。

(結芽の剣はまだ先に進む)

 彼女の瞳は彼の縮地を完全に見切り、その額に一閃が打ち込まれ、彼は勢いを失した。

「嘘だろ」

 金一の突きを一歩引いていなし、代わりに三段突きで押しながら彼の剣を払いのけ、のけた瞬間に左腕の骨を断った。

 結芽の後方を飛ぶ自身の左拳を見て、逃げるように間合いを離そうとするが、彼の背首に切っ先が突き抜け、結芽は彼の真後ろに立った。

 晴眼ではなく、やや左に寄った平晴眼の構えで金一と再び相対した。

 息こそ荒げないが、金一は自我をノロに浸食させたため、激しい感情による体の赴く先をコントロールできなくなっていた。

「くそ、力だけ寄越せ」

「どんな代償を払って得たところで、本物の力じゃないない限り力に飲まれてしまう。お前はもう結芽に負けたんだよ」

「負けた? それはお前の方だろうが!」

 金一が踏み出す一寸前、上からの突きが彼の体勢を崩し、三段の突きが彼の急所を正確に突いた。

 力なく直刀を落とし、結芽は最後の突きを引き抜いた。だが金一は彼女の胸元を掴み最後の力で小さな隠世への門を開いた。

「お前も連れていく、全ての命の行きつく場所! 死の根源へ!」

 金一の狂った瞳が結芽を見た時、その荒魂の腕が彼女を隠世の門に引きずり込んだ。

「嫌だ、私は、結芽は!」

 遠ざかる景色に母の顔が重なり、そして世界は闇に包まれた。

 

 

 16、

 

「燕結芽! マーカー消失! ありえません!」

「結芽ちゃんが」

 立ち上がった可奈美は富士山から中央の方からの轟音に気付いた。

 樹海を深くまで突破しつつある群は前へ、前へと進み出てくる。

 中央で応戦する薫ら7人の刀使とレンジャー小銃分隊5名は、その次から次へと来る荒魂に飛び込んでいく。

「佐藤分隊! 各員の特5.56の残弾は!」

「60!」

「60と15!」

「スタマグ60!Pマグ30!」

「弾帯に24! 拳銃弾24!」

「俺は30……おい中村! スタマグ1個よこせ! あの子たちは最前線だぞ!」

 薫は体力を振り絞り、打ち廻りで打突面獣を根こそぎ切り倒していくが、6人の援護が回り切らず、矢傷を負って木に隠れる。

 珠鋼の力を吸収させた弾丸が彼女を援護するが、既に六波の波状攻撃を退け、体力も弾薬も底を尽き始めていた。

「ちくしょう……もうひとっ! 踏ん張り!」

「まて薫隊長! 息が荒いぞ!」

「だめだぜ、なんとしても本部を守らなきゃ、あいつらが市街地へ一直線に行っちまうのは! 避けなきゃいけねぇんだ!」

「分かった! もう一度射角を確保してくれ」

「頼りにしてます……!」

 写シを張り、一気に飛び込んで前方をかき分け進む三体の打突面獣を斬り飛ばした。

「きぇええええええええええええええええいああああああああ!」

「今だ!」

 二脚を立てての全力射撃が浴びせられ、駆け降りる矢吹型は次々と部位が弾け倒れていく。その光景に奮起されて木を盾にしながら刀使たちも次々と矢吹型、百足型を切り倒す。

 だが正面から来た一体の打突面獣に殴り飛ばされ、薫は本部目の前の芝生に投げ出された。

 既に本部は眼前、紗南は起き上がろうとする薫へ進み出る巨大な鹿型の荒魂を見上げた。

「まだ……だ……こいつが……たぶん……親玉」

 写シを張るが、目の前が霞む。

 角には紫に輝く瘴気が集められていく、それをまともに食らえば写シを貫通し薫は死ぬ。

「薫ーっ逃げるんだ―ぁ!」

 叫んだ真庭の目に薫の前に進み出る可奈美の姿が見えた。

「馬鹿ーっ! 今のお前じゃ無理だーぁ! 衛藤ーっ!」

 薫は見覚えのある背中にかすれかすれに怒気を張った。

「どけ……おまえは……おれが……」

「ありがとう薫ちゃん、みんなのおかげでやっとわかった」

「ねねーっ!」

「うん、ねねちゃんはここで薫ちゃんを守って」

「可奈美ぃ! 写シがないのにどうするんだぁー!」

「いらないよ、そうだよね千鳥! いや雷切丸!」

 放たれた瘴気は可奈美の振り落とした一閃で完全に消し飛んだ。

 写シを張っていない、だが可奈美の刀使としての力はある。飛び込んだ可奈美は一撃を受けながら、返し刃で鹿型の胸にある赤羽刀を断ち切った。

「どういう……ことだ」

「写シが消えた時、写シがなくても怪我がほとんどなくて、むしろ治りが早くなってたの。酒田の時に折れてたはずの鋤骨がそっくりそのまま治ってたのもこれが理由だった。私の体が御刀そのものになっている、今はそう思える」

「じ、じゃあ千鳥は」

「千鳥は不要になった写シの力で、今みたいにエネルギーそのものをかき消せるようになったって言ってるから信じたんだよ」

「雷切の能力が完全になった……? 写シのいらない体だから……? はぁー、なるほどわからん」

 可奈美は迅移さえも発動し、後ろに控えていた二体の打突面獣を切り払った。

 その光景に本部人員は呆然と眺めていた。

「衛藤にあんな力が」

「あの子はもう刀使を越えてる。剣の精霊、人が進める次の進化形態」

「美奈都先輩!」

「や! 紗南! タギツヒメとあの子たちを助けに来た。けど、たぶんいらないかな」

「精霊になるって、はぁまた分からないことが増えた」

「まぁまぁ、あの子がそれを背負うと決めたんだから、その覚悟に報いなくちゃ、じゃ元気でね!」

 美奈都の体は霧となり、可奈美の体に纏うと巫女の装束へと姿を変えた。

「あれは美奈都先輩の祭祀礼装・禊じゃないか!」

 装束は矢をことごとく跳ね返し、矢と共に来る瘴気や毒をその身で弾きながら群団の先頭を斬りはらった。

 勢いづいた部隊は一気に攻め込み、残りの荒魂たちを倒した。

 合間をぬって薫のもとに戻ってきた可奈美は、彼女を守る巨大化した祢々を見上げた。

「やったよねねちゃん! ねねちゃんの言う通りだったよ」

「ネネェー!」

「あは、あははははは、切り札か、下手したら人類の切り札だな、こりゃ」

 可奈美の手に掴まり起き上がった薫は、安心したように息を吐いた。

「行け、後ろは任せろ」

 互いに拳を合わせ、祢々とも拳を合わせると飛び上がって梢づたいに富士山へと向かっていった。

 可奈美はその身の巫女装束に手を置いた。

(わたしからの贈りものだよ可奈美)

「ありがとうお母さん、今行くよ姫和ちゃん、結芽ちゃん!」

 

 

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