一、
あれから十日、万世橋でのノロ化人間の一件で刀使の関与が確信できたが、本部長はその答えを出せずにいた。
報道への情報の規制はうまくいっているが、いつまでもそれは続かない。
練武に記者らしき男が学生を名乗って来訪してきた。
おおよその見当をつけて事件に関わりそうな先を探っている。
警視庁の押し付けはある程度の責任回避と、自分たちからの捜査から目を逸らす目的だろうと、
管理局内部では不信を利用されているという噂が飛び交った。
「流言飛語にもほどがある。第一、メディアには情報をリークしているし、ノロと化けた人間の動機には共通点はない。それを朝から晩まで報道しているのは何処だ」
「まぁそう焦らず。姿を見せない刀使は事態を未然に防ぎ、問題の方向性を私たちに示しています。私たちはそれを追って、公への対処を考えなければなりません」
折神朱音は落ち着いた様相で、画面の映像に注視していた。
「そうですね、もしかしたらこの一件に死んだはずの刀使が関わっているのかも、しれませんから」
「二日前に自衛隊の特殊部隊から慰霊式への参加と、その後の技術交流会への参加表明が来た。
同時に匿名のDVDが本部に届けられた。例の中華街の一件を映した監視カメラの映像」
真庭本部長は映像を例の場所で止めるように指示した。
「可奈美さんや、獅童さんさんたちの証言は」
「二人とも一致して、燕結芽の太刀筋で間違いないそうです」
「そしてもう一人は」
「分かりませんが、水鴎流で間違いないでしょう」
「水鴎流、でも」
「まさか」
二人は意見が一致したことを確認した。
「制服じゃなくていいの」
結芽の着付けを整えながら、徴章と部隊章の位置を調整、名前と階級のパッチを腕に取り付けた。
「うち等にとって、この黒服が制服みたいなもんさ」
「いくら管理局や機動隊に痕跡を残したって、二課の活動に妨げになるんじゃない」
「いいや、むしろ強気でうち等に嚙みついてこなきゃ意味ないんだ」
「なんでだろ…待って、考える」
梅は結芽の髪を整えながら、答えを静かに待った。
「分かった、私だ」
「正解」
「だから、なるべく私に止めを刺させたんだ」
「そういつもできなかったが、可奈美あたりが少しくらい口を開けば信ぴょう性が増す。お前さんが居ると分かれば、禍人のことも、あんたが生き返ったことも、それに彦や私のことも、必死になって調べ出すさ」
「教えてあげないの」
「それをしたら、わざわざ秘密にしてきた意味がない。余計な混乱を起こさないためにね、ほらできた」
鏡から離れると御刀を懸架装置に取り付け、梅の前で一周して見せた。
「馬子にも衣裳」
「なんだってーっ」
小馬鹿にしあう二人を見ながら、彦は自身の御刀を紙縒りで結び閉じた。
何がなんでも御刀を抜かないという彦の堅い心構えがあった。
「さて、彦、黒、姿を見せないようイの一番に来たが、登場は最後の大取だ。心しろよ」
ややうつ伏せ気味の結芽の胸を、梅の拳が叩いた。
「いいから、ただいまって言って来い。誰もお前を嫌がったりしないよ」
「うん」
二、
本部施設の裏手に位置する山のふもとに慰霊塔が立てられており、戦後からの荒魂退治で亡くなった刀使たちを慰霊するための施設である。
こうして年に一度、全国の代表者が出席して式典が行われている。
本部人員の遊撃隊隊員、上級幹部に、政府からの参列者、五箇伝から生徒の代表者、そして急遽参加表明した自衛隊隊員である。
ほぼ一同が出そろっているが、自衛隊員たちは姿を見せない。
「特殊作戦二課か、まさか自衛隊が刀使を擁しているとはな」
獅童真希は遊撃隊隊員として起立しながら、彼女らが来る席を見やった。
「でも、管理局と機動隊で把握されていない刀使は居ないはずですわ、タギツヒメの一件での礼を込めてでしょう」
「でも寿々花さんよ、これは礼をする態度には思えないぜ」
「ネネっ!」
「そうですわね、もしかしたら」
「もしか、するらしい」
獅童は屋根付きの階段から上がってきた黒い服の刀使たちに、目を見張った。
「結芽」
「真希さん」
薫は予見した通りと落ち着いていたが、真希と寿々花の動揺は隠せなかった。
それは結芽を見知る多くの人々も同様の反応を示した。
「落ち着け、式典が始まるぞ」
式典が粛々と続く中、あるものは思考が止まり、あるものは驚きを隠せず、そして、これからの事態を冷静に分析する者に分かれた。
「薫さん」
「私語は厳禁だぜ」
「ええ、でも」
「なら一言だけ言い置く、あそこに居る黒服の三人はとっくに死んだとされる刀使だ」
薫の冷静さに寿々花もゆっくりと平静を取り戻した。
式典は無事に終わり、来賓と幹部が退出すると、獅童の足が自然と結芽に向かった。
「結芽、結芽」
「ほら」
梅に背中を押され、結芽は真希の前へと立った。
言葉の見つからない彼女は、結芽の目の前でただ憮然と立った。
「真希、ただいま」
その一言に真希は結芽を抱き寄せた。
「ああ、お帰り結芽」
泣き続ける真希の頭を撫で、寿々花も結芽を優しく背中から抱き寄せた。
「寿々花、ただいま」
「まったくあなたって人は」
交流会会場まで彼女たちは結芽を離さず、それどころか生き返ってからのあらましを、
こと細かく聞いたが、それは結芽を含めた二課にとって好都合であった。
「まて結芽それじゃあ」
「ノロなしじゃあ生きられない体なんだ。自分は刀使の力を残した禍人で、正気が保たれているうちは生かされるんだって」
「そんな」
「心配しないでよ、結芽はそんなことで生きることを諦めたりしないから、刀使として任務を全うしたい」
「まったく、結芽にはいつまでたっても敵わないな」
「ふふ、だって結芽は親衛隊最強だもん」
「ほぅ僕だってこの一年で結芽よりも強くなったぞ」
「まさか」
「あら結芽さん、私も真希さんもあなた以上に強くなりましたわよ」
「そんなの私だって強くなったんだから、交流会は結芽の一人勝ちだよ」
「そう言うなら勝負だ」
「もっちろん、ところでさ真希、寿々花」
「どうした」
「夜見はどこに居るの、ノロの浸食が重かったから治療に時間がかかっているのかな」
しかし、二人の暗く硬い顔が結芽の望みを砕いた。
「そっか、夜見いないんだ」
抱き寄せた真希の傍らで静かに涙を流した。
三、
「結芽ちゃーん」
「かなねぇーっ」
嬉しそうに抱き着きあった二人はぐるぐる回りながら、武道場の真ん中で転げ落ちた。
「可奈美、結芽、交流会が始まるんだぞ、もう少し静かにできないのか」
「だってさ姫和ちゃん、こうしてまた結芽ちゃんに会えたんだよ」
「半月前に会ったばかりだろう、まったく」
「へぇー、半月前に会っていたんだエターナル」
「その呼び方は、やめろ」
姫和と薫は互いを見やりながら、不敵な笑みを絶やさなった。
「なんか怖い」
「あの」
「あ、紗耶香ちゃんだ、久しぶり」
「うん、ひさしぶり」
以前よりも物腰が柔らかくなった紗耶香を見て、嬉しそうにほっぺたをいじった。
「紗耶香ちゃん、かわいくなった」
「わからない」
「なったよなった、ずっと愛嬌があって結芽は好きだよ」
「おい!私らを蚊帳の外に置くな」
結芽が再会のひと時を楽しむ中、
梅は隠れるように本部の喫煙所で煙草を吸っていた。
「随分と昔にタバコはやめたはずだろう」
「紗南か」
喫煙所の煙を煙たそうにしながら、梅の隣に座った。
「今さら、ここに何をしに来たんだ。恵実」
「何って、そりゃあ少しばかり若返ったから自衛隊で刀使やっているだけだよ。そして伝えに来た」
「禍人か」
「ああ、ウチの少佐殿が踏んだ通りなら、青子屋の人為的な行為で禍人は増殖している。いずれにせよ機動隊の力を借りなくちゃいけなかった」
「貸すとは限らんぞ」
「なら、こっちから貸し出すさ」
真庭は梅の目を見て、彼女が本気であることを悟った。
「話は全てあの男から聞かせてもらう、それでいいな」
「それともう一つ、折神紫に国府宮を近づけさせるな」
彦こと、国府宮鶴は館内を歩きながら、もの珍し気に廊下を見渡した。
「ふぅん、私がいたころと何も変わっていないですね」
周囲には彦のコードネームで自己紹介したが、彼女に気が付いた女性がいた。
「居た、お鶴さん、あまりうろちょろしては迷子になりますよ」
「江麻先生」
「さぁ行きましょう」
「先生、紫様はどこですか」
鶴は小柄を抜くと、紙縒りを切り取り、御刀を抜きはらった。
「鶴、御刀を抜いても今のあなたには答えられませんよ。紫様に会いたいなら、まずは御刀を納めなさい」
「ねぇ教えてください。紫様はどこ」
「鶴、聞きなさい」
そう発した間もなく、羽島学長の右腕が斬られた。
「先生、私、紫様に会ってお話しするんですよ、あなたはどうやったら殺せますかって」
鶴はゆっくり振りかぶりながら頭に狙いを定めた。
「教えてくれないと、次は先生の頭がぱっくり開きますよ」
気配を察した鶴は右に二歩下がると、目の前を居合の一閃が流れた。
すかさず放たれる二振り目に、鶴はゆっくりと間合いを取った。
「羽島学長、大丈夫ですか」
「ええ、ありがとう舞衣さん」
「あはははは、ははは、はは、折神紫の正体も知らないでのうのうと私を送り出したやつが、どうにも生徒に慕われているよ」
笑いながら泣く鶴は写しを張り、隠剣の構えで舞衣に対峙した。
「あなたも刀使なら、斬るべき相手を間違えないでください」
「そう、私は選んだのよ、斬るべき相手は貴女ではない。私が斬らなくちゃいけないのは、折神紫とその取り巻きだ」
短い分、深く飛び込んでくる鶴の剣に下がるしかない。
だが下がれば下がる分近づかれる。
必殺の一太刀も、隙を見つけなければ意味はない。
だが、迅移で移動する場所を読み切って、不意の一太刀を受ける。
ことあるごとに写しを剥がされ、また張れば反撃もする間もなく切り落とされる。
もはや舞衣の間合いに鶴を捉えることはできない。
「マイマイーっ」
懐に飛び込む金色の腕が、鶴の体を廊下奥の壁に叩きつけた。
「エレンちゃん」
「お待たせしました、監視カメラを見てばっちり飛んできましたネ」
「私は学長を連れて引きます、エレンさんも」
「諒解デース」
しかし、舞衣と学長がその場を離れたのもつかの間、エレンは写しを引き剥がされて蹴り飛ばされた。
彼女の腹を踏みつけた鶴は涙を拭うこともせず、切っ先を喉元に近づけた。
「邪魔するあなたが悪いのよ、恨まないでね」
「それは、こっちの台詞ネ」
御刀を八幡力で殴り飛ばしたエレンは、鶴の額を頭突きし、足を掴んで壁に放り投げた。
「はぁ、はぁ、どうネ」
「プロレスしに来たわけじゃない」
「それは私も同感デース、っ」
額から血を流しながら、エレンは八双の構えになった。
「どうしたの、写しは張らないの」
エレンは黙して答えない。
「ふぅん、金剛身は僅かな時間だけ強度を上げる能力、しかしそれ故に持続性に乏しい。短時間で写しを張る体力もなくなったんだ」
「でも、私が来る時間は稼げたよ」
連撃をいなしながら、鶴は間合いを引いた。
「こんにちはおねぇさん」
結芽はエレンにそう声を掛けながら、平晴眼で鶴に対した。
「もう来ちゃった」
「彦、自我を抑えると言っていたのは噓だったんですね」
「あんたに何が分かるの」
結芽は鶴の太刀をことごとく流しながら話を続けた。
「紫様がね、交流会の参加者を相手に、立ち合いをしてくれるそうよ」
柄の持ち手がぶつかりながら、鶴は口を開いた。
「それは、本当」
「少佐からの言伝」
「少佐、少佐が」
間合いを引いた鶴は写しを解除し、当たり前のように納刀を済ましてしまった。
「少佐が、そう言ったなら、そこで折神紫を倒そう。案内してくれるわよね、黒」
「勿論」
背中を翻すと、エレンに御刀を納めず付いてきてほしいと言い置き、
結芽は鶴を引き連れて武道場に向かい始めた。
四、
三十分ほど前、少佐は梅と黒、それに強者の刀使たちに、幹部である朱音局長や真庭本部長、そして、はるか前に到着していた折神紫がその部屋に集まった。
「禍人の情報を交換する条件に、初代親衛隊第一席であった国府宮鶴と紫様との立ち合いを望むと」
「そうだ」
真庭は腕を組みながら、不満げに息を吐いた。
「刀剣類管理局と機動隊は構わない、しかし紫様の意思次第です」
折神紫は静かに頷いた。
「私の咎だ、私が出ずに誰が出る」
「紫様」
「どうした結芽」
「彦、いや鶴は自分のことも、紫様とのことも、一切話してくれなかった。でも、酷く紫様に執着を持っていたのは剣を合したときに理解した。もう感情がノロを支配してしまっている。結芽には関係ないように思えないの、だから教えて、鶴と何があったのかを」
「わかった」
折神紫は静かに語り始めた。
二年半前、親衛隊が創設されてから三年。
美濃関学園で小野派一刀流を剣技指導であったころの羽島学長から習い、
五年間、御前試合で負け知らずと謳われた刀使が第四席にいた。
国府宮鶴。
彼女は卒業後、折神紫の召集を受けて親衛隊に所属。
本部付きの刀使として、対処困難な現場に赴き、それは全国を飛び回る日々でもあった。
紫は新しい人材の登用と、育てた人材の派遣のため、鶴を除いた親衛隊員は全国の機動隊に派遣された。
鶴自身は先輩として、後輩を指導していく立場になると信じて疑わなかった。
だが、本部周辺が紅葉に赤く染まった日、
紫に呼び出された鶴は言葉を失った。
「ノロを強化剤に使う実験ですか」
「そうだ、かねてから効果の有無は議論されてきたが、アメリカ軍の実験で、ノロをドーピングに使う一例がその効果を実証した。近年、荒魂の大型化は目を見張るものがある。我々はより強みを目指さなくてはならない」
鶴は椅子に座る紫の前で静かに立ちすくんでいた。
「降りても構わないぞ、危険が伴う」
「いえ、やります。やらせてください」
「いいんだな」
「私とて親衛隊の古参、後輩どもに軟な体と笑われては名が折れます。ノロなんて、赤子の手を捻るようなものでしょう」
「ああ、その意気だ」
二日後、機動隊指揮官である雪那も同行のもと、初のノロの注射が行われた。
始めはごく少量であったが、効果は抜群であった。
刀使が二十人がかりで倒せなかった荒魂を、一人で破ってしまったのである。
「なるほど、まるで体が軽くなったみたい」
一次データーの収集が終わると、今度もごく少量を摂取した。
破壊力に変わりはなく、より写しの持続時間が伸びた、
そして三回目の摂取が行われ、続いて四回目も行われたが変化はなかった。
鶴は無問題だろうと五回目を摂取した時、変化の兆候が見えた。
それは荒魂を一人で対処しているときであった。
(もっともっと斬ろう)
今まで一太刀で荒魂を沈めてきた鶴が、何度も何度も荒魂を斬りつけ、ノロになってもなお荒魂を斬り続けた。
それから鶴の情緒は不安定になり、御刀を持つと途端に破壊衝動を露骨にし、
稽古の場面では写しを剥がしてもなお、相手を斬ったのである。
「とどめは刺さなきゃさ」
その場にいた朱音の詰問に、笑顔で鶴は答えた。
翌日、鶴は部屋から出てこなかった。
ただ任務とあれば部屋を出て、また荒魂を残骸が残らぬ迄に斬り、
部屋に閉じこもった。
周囲との距離は開き、研究者の調査も紫に対して危険信号を出した。
だが、紫は現状維持を指示した。
そんな日々が繰り返される中、鶴は御刀を持たず紫の前に立った。
「どうした、精神を強く保てばノロは抑えれる」
「もう、やめましょうよ」
「お前のことだ、すぐに元通りになる」
「違うんです」
血気迫るその声に紫は口を閉じた。
「なんか、こう、身体の隅々から聞こえてくるんです。斬れ、斬れって、御刀を握った瞬間、飛んで内臓を裂けだしそうな感情になるんです。
殺していいんだ、やったって喜ぶんです。こんなの普通じゃない。おかしい。だから、ノロの摂取なんてやるべきではないんです」
「いいや、お前は十分な結果を出した。再来月には新しい親衛隊の編成式がある」
立ち上がった紫は静かに肩を叩いた。
「先輩として、胸を張れ」
そして鶴は翌日、忽然と姿を消した。
御刀も、衣類も、私物も、全て部屋に残して姿を消した。
紫は何事もなかったように、鶴は任務中に死亡したと発表した。
彼女の要望で一人、任務に向かうことが多く、その現場には誰にも立ち入らせなかった。
回収班は鶴が消えてからノロを回収していたので、
誰もそのことに疑問を持たなかった。
葬儀も行われ、慰霊碑には彼女の名がある。
この時期は紫への大荒魂による精神浸食も強まり、紫はただ鶴を見逃すことしかできなかった。
だがタギツヒメにとって、精神を保持できなかった鶴は用済みであり、
そして二代目親衛隊の結成前後、ノロのアンプル摂取が新たな刀使たちに行われた。
それから数カ月後、春の大会での暗殺未遂に端を発した大事件へと発展していった。
五、
道場に着いた鶴は、一同が会する中で中央に坐する紫に目を向けた。
「紫様、お久しぶりです、私めを覚えていますか」
「勿論だ、鶴」
「ふふふ、懐かしい響きですね。昔を思い出しますよ。ところで、荒魂の一件が解決し、呪縛から解かれたこと大変におめでとうございます。
表から離れていた私ですが、ぜひ祝いを述べさせていただきます」
少しずつ近づく鶴は、立ち止まり自身の首を掴み絞めた。
「紫様、逃げて」
かすれ出た声は首を絞めていた手と共に、力なく垂れた。
そして、万弁の笑みを浮かべながら御刀を抜きはらった。
「嬉しいですよ、こうして被害者になった紫様が、のうのうと私の目の前で生きているなんて、ふふふ」
大笑いする鶴はある程度笑いを堪えながら、紫を真っすぐ見た。
「まったく、御刀もって逃げ出せば、もっと楽しいことになったのに、弱い弱い私は逃げるばかり、これじゃあ楽しめない」
「お前はいったい、何を楽しんでいる」
「それはもちろん、ギッタギタに切り刻むこと」
鶴の一撃が、紫の抜き払いによって弾き飛ばされた。
互いに写しを張った瞬間、激しい打ち合いが始まった。
その光景を見ながら、結芽は両手を強く握りしめた。
「紫様を信じよう」
可奈美の一言に、ゆっくりと頷いた。
鶴は紫の二刀の動きをものともせず、それどころか僅かな隙間から腕や胴を斬り、
何度も紫の写シを引き剥がす。
「やっぱり」
紫の左脇を切り捨てると、左手で前方に押し飛ばした。
「タギツヒメと戦った後遺症が癒えてないみたいですね。ふふ、ふふふ」
と、また鶴は自身を殴り、一歩下がった。
「私は、ここを離れてから、飲まず、食わず、湧き上がるすべての衝動を押し殺して、痩せて、汚れて、言葉を失った。でも」
突然叫び出した鶴は誰かに語りだした。
「お前は、力を欲したから、私を使った。これは望んだ形、お前の持つ戦うための感情だ、鋼の精神なんてのよりよっぽど破壊的だ。なのに、身体がいうことを聞かないのに、お前はいつまでたっても私に委ねない。いいから、身体を全部よこせ」
「そうだ鶴、抗え、ひたすら抗え、すぐにお前をそいつから救い出す」
「救い出す、紫様、私は私ですよ」
「違うな」
「は」
「今の私は抜け殻だ、お前の忠誠を誓った存在はもういない。お前はもう必要ない」
「黙れ」
「一人の刀使を支配しえず、あまつやタギツヒメがいなくなって私に逆上した、哀れだな」
「黙れ」
「お前は国府宮鶴にはなれない」
「黙れ」
「お前はただのノロだ」
突っ込んだ鶴の体から写しが剥れ落ちはじめた、
紫はすかさず二刀の刃を返して、彼女の体を何度もたたいた。
「人になりたかったのだろうが、ノロはノロでしかあれない。タギツヒメはそうして全てを諦めた」
「そんな、私は」
寂し気な顔が激昂に変わり、御刀の刃を自身に向けたが刺せなかった。
「くそ、くそ、なんで私なんか」
刀を払い落した紫は静かに彼女へ寄り添った。
「大丈夫」
鶴の落ち着いた声が響く、静寂の中を多くの人は静かに見守っている。
「時間はかかったけど、私はこれでよかった。あなたが誰かへの憧れを守り続けてくれたお陰で、私はこうして表に出てこれた。あのまま、あなたを封じていたら、それで終わってた」
歯ぎしりが暫くして、奥からひねり出すように声が出た。
「臆病者」
激しい咳き込みを起こした鶴は、口からノロをすべて吐き出して倒れ込んだ。
「鶴、鶴―っ」
紫の彼女を呼ぶ声が、遠く遠く響いた。
六、
あの日から一夜を越した。
静かに、落ち着いた寝息を立てる鶴を横に、紫は少佐の話を聞いていた。
「俺が彼女を見つけたのは、禍人の調査を始めたころだ。
富士樹海に奇妙な人影を見たと報告があり、当時要注意とされていた、貴女の元から逃げ出した刀使であると判明、救出に向かった。そして俺が彼女を見つけたとき、衣服は汚くいたるところが引き千切れ、木陰に座りながら長く伸びた髪を垂らして、始めは死んでいるのかと思った。だが」
神尾は鶴の顔を見つめた。
「髪を除けて覗き込んだ彼女の眼は、澄んだ、美しい目をしていた。まだ何もあきらめてはいない。
だが、心は強く保たれていても、身体が言うことを聞かないのでは意味がないだろうと、できたばかりの二課が彼女の療養専門部隊と化してしまった。
まぁ誰も文句を言わず、気づけば彼女はノロを完全に抑え込んで、禍人を探す任務にも出るようになっていた。まったく、大した奴だよ」
「神尾少佐」
「なんだい」
「鶴を救ってくれて、ありがとう」
神尾は首を横に振った、
「俺は何もできなかった、最後はあなた方に任せてしまった」
「いいや、あなたがいなければ、鶴は自分を立ち返れなかっただろう」
「なぜ」
「自分を見てくれる存在が欲しかったゆえだ。頼るに頼れず、一人になるしか手立てがなかったのだから」
「そう、なのかな」
「ではあなたはなぜ、彼女の側に居続けた」
「男は、そういう寂しい生き物でね」
やや目を見開いた鶴を見て、神尾は病室を出ていった。
そして同時に駆けてくる音とともに、結芽たちが病室に入ってきた。
最後に入った羽島学長が、舞衣に押されて鶴の傍らに座った。
「先生」
「お鶴さん、よく頑張ったわね」
「はい」
手を強く握り返すと、胸を熱くするものが、頬を伝って流れ出した。