17
ヲノツチは火口に立ちながら、頭上を覆う天を覆わんばかりの赤い空を見上げた。
「いつの世も悲しみは願いととに流れていく、命ある所には必ず寄り添うものだ。だが、命はそれを乗り越えてしまう。乗り越えようとする。その結果がたとえどんなに残酷であっても、その意思はあり続ける。なら、たんと味合わせてやらねばな」
「いいや、今ここで乗り越えてみせる!」
「ほう、それがたかが刀使にできようて」
火口に歩みを進める姫和は数珠丸と丙子椒林剣を手にした。
「私だけならばそうだろう、だが一人ではない!」
雷に乗せて入った斬りつけをヲノツチはあっさりと受け止め、隙も無くたたき込まれる剣を二本の宝剣を取り換えながら受け流す。返し刃が姫和の体を斬らず、逆にヲノツチの胴を斬らんと二刀が走った。だが、それさえも宝剣は受け止めていた。
「なるほど、御刀もといノロたちの力を借りて疑似的に神化したか」
互いの連撃が重なり、自然と間合いが離れた。
「これが私たちの今だ!」
「ぬるいな」
姫和は骨喰藤四郎と鬼丸国綱を手に突出、二振りの御刀の激しい食いつきがついに分景が火口外に弾き飛ばされた。狙いを澄ました骨喰の刃が胴に走るが、ヲノツチの軽快な足取りは姫和の背中へと取りついた。
「やるではないか!」
「まだ!」
鬼丸国綱で受けたが、その見た目に反した重々しい一撃に飛ばされ、今度はヲノツチが間髪入れず斬撃を叩きこんだ。受け身のまま、押され押されていき、その隙に忍び寄って彼女の頬を八千剣が掠めた。
「避けおった、はは!」
「はあっ!」
八千剣の峰に沿わせて持ち替えた獅子王の刃がヲノツチの左袈裟を添え斬った。傷も気にせず飛びのいたヲノツチの体に斜めに走った傷口がはっきりと見えた。だが彼女の顔色は変わらない。雷を飲み込むように炎を帯びた剣が姫和を地面に叩きつけた。
足を踏んじばり、小烏丸を手に雷よりも早く姫和はヲノツチの胴を斬った。
だが、八千剣の刃も姫和の胴を添え斬っていた。
「もう始まっているものを、どうやって止めるのだ」
「それはまだ私がいるから」
振り向いた先に紫炎に髪を輝かせる美炎が、その背に炎で象られた人型を侍らせていた。
その人型ははっきりと顔となってヲノツチを見つめた。
「ホムラノチか」
火口に降り立った美炎は姫和と目配せした。
「お姉さま、どうかもうやめてください! 復讐など母様が望みになれません」
「子を殺した父を許せと?」
「イザナギ様は十分に罰を受けました。その末にこの大地の苗床になることを選ばれたのです! それに、ホノカグツチ様は父たる存在に逆らうを良しとしないでしょう。それは道理でもあるのです」
「なら、なぜ私の胸にこの憎悪は溢れるのだ? それは母が望んだことであったからではないか?」
「お姉さまは母様に縋り続ける、そのことをその母様がお望みになりますか」
「お前に何が分かるか! この感情に支配され続ける私のことを分かってか!」
「お姉さま」
「お前は優しさだ。誰かを包むことを知り、包まれることも知っている! だが私は包まれたら内から切り裂き、包んだら切り刻む! 自分の願いのためにあらゆること打ち捨てることを私は定められてしまったのだ! 一度こうしてしまったことを」
ヲノツチはその巨大すぎる炎の渦を剣に纏わせ、美炎めがけて構えた。
「誰が変られるんだ!」
だが、放たれた炎はある一点で消し飛び、その点は大きく炎を払いのけた。
「変えられる! 自分が生きている限り!」
美炎はその姿に喜び、姫和はやや残念そうに微笑んだ。
「可奈美!」
「お待たせ美炎ちゃん、姫和ちゃん!」
「まったく、本当に来てしまったのか」
「だって、ジッとしていられないんだもん」
ヲノツチは渾身の一撃がかき消された。その事実に驚いているが、それよりもあの時の少女がここに立っていることに驚いた。
「久しいな、よもやお前が来るとは」
「名古屋であった以来かな! できたての今川焼、おいしかったよね!」
「不思議な奴だ。心が淀んでいたときにお前は現れた。時々思い出す、あれはおいしかった」
「でしょ」
「だが、それとこれとは話が違う。私は復讐を果たすのだ、命がどうなろうがその命の力の有り様でしかない、何もしてやれない。お前が私と戦うことに意味はない」
「でもヲノツチさんは強いんだよね! 戦ってみたいとおもった気持ちは本当だよ! 」
無邪気な可奈美の言葉に、一瞬だけ憎悪が消えたのに気が付いた。
「癪に障るヤツ! もうしゃべるな!」
「うん、じゃあ私から行くよ!」
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三人の突入をモニタリングしていた播めぐみはエミリーを呼び出して状況を見せた。
「富士山の噴火口直下に枝のようにノロが張られていて、それが荒魂化して山そのものを掘削しているようなんです」
「ふふ、これほど大規模な荒魂は初めてですね、規模で言えば江の島を覆ったタギツヒメ大型体のそれを遥かに上回ります。超超大型荒魂ですね」
「どうします」
「無理でしょ、もう人智でどうにかできるレベルを超えています。もうこれを止められるのは」
めぐみの指した画面にはスペクトラムファインダー計が表示され、色別表記が真っ赤になっていた。
「どういうことです? ノロ濃度値がこの山頂の四人だけでタギツヒメの値の約十一倍の数値」
「このスペクトラムファインダー計は従来のノロの合体指向性を利用したものと異なる、ノロ内のごく微量な珠鋼を検知する方式に変えられました。金属探知は人類科学の賜物ですしね。なのでソフトの識別を変えれば御刀も感知できる。なので、これを、こうしてと」
彼女がコードを書き換えるとスペクトラムファインダー計に全身の白い人影がくっきりと表れた。
「この珠鋼の化身ならあるいは……この状況を変えられるやもしれませんねぇ」
本部は騒がしくオペレーターたちが連絡を交わす。
荒魂軍団は中央を囮に両翼から総攻撃を開始し、最後方の市街地前にいた刀使たちが応戦を開始していた。
「で、どうする?」
薫は渋い顔で真庭と自衛隊の指揮官の顔を見た。
「悪いが、調査に行かせた部隊はE班を除いて包囲の最後方の攻撃に当たらせている。正直、頭さえ抑え切れば一網打尽にできるんだ」
「だけどな薫、後方部隊は市街の避難活動と出入り道路での戦闘で手一杯。一班でも多く回せないか」
「無理だ、俺の本部班だけだ」
そこへ空自作業服に大尉の襟章を付けた神尾が鶴、フリードマン博士と共に入ってきた。
「その本部班だけで充分だ」
「考えがあるんだな」
丸い頭が机中央の地図を覗き込んだ。
「まずさっき許可の下りた中央即応部隊の16式起動戦闘車を両翼に一小隊ずつ前衛を包むように配置、これに君たち本部班を二つに分け、後方の綾小路一個小隊を両翼の刀使攻勢部隊に編制し、攻撃に転じる」
「それだけじゃあもたないぞ」
「だから短時間での効率を上げるために、虎の子を二匹持ってきた」
「ほしいな」
「たかいよ」
作戦は即決で始動。部隊転換を行いながら、後方部隊は本部の許可を得て機動隊の築いたバリケード線まで後退。
あの防刃羽織にやや具足風に直されたストームアーマーを着て、薫は左翼防衛線衝突地に部隊員とともに展開した。同時刻の右翼でもS装備を纏う鶴隊長の部隊が配置を完了させていた。
〔ただいまより対災厄出動令二〇一を発令! 全機動戦闘車にTりゅう弾頭105mmの使用を許可する! 〕
機動戦闘車のライフル砲が夜闇を劈く砲火を放ち、その弾は一瞬の飛翔ののちに無数の弾丸となって荒魂に襲い掛かった。たちまち前衛の二百体ほどが吹き飛び、ノロとなった。
「T弾、対荒魂を想定し開発がすすめられた珠鋼を使用する砲弾です、しかし、珠鋼の数が少ないので、今回の任務でカンバンになりますよ」
「だけど、この威力なら行ける」
真庭はタイミングを見計らい、刀使たちを前進させていた。
「砲撃中止! 益子隊! 国府宮隊! かかれ!」
猿叫をあげる薫と祢々たちが突撃し、動きの鈍った荒魂たちを一気に押し攻める。
S装備の恩恵もあり、薫の打ち回りはより長く、より強力に攻撃を展開する。彼女の脇を祢々が次々に追い払っていく。
「さ、さすが薫隊長だ……強すぎ」
「きえええええええええええええええええい」
地図では圧倒的なスピードで軍団をならし、再び厚い攻撃に阻まれれば16式機動戦闘車が前衛を押しつぶす。
薫は作戦の成功を確信しながら、赤々と輝く富士山を見た。
「頼んだぜ」
紗耶香は崖を一人、迅移で駆け上がってきたが、体力がもたない。たとえ完成された無念無想を持っていたところで自分は人間なのだと、つい考えてしまった。あの三人についていって、足手まといになるだけじゃないか? そういった考えも浮かんできた。
「おまえはここで何をしているのだ? もう可奈美たちは火口だぞ?」
彼女の隣にタギツヒメが立っていた。紗耶香はその場で膝を突いてしまった。
「もう追いつけない……今の私じゃあ」
「なら、私の体を使うがよい」
差し伸べられた手に紗耶香は反射的に首を横に振った。
「おぬしの『無念無想』は紫の体に居た時からよく知っておる。ノロならここにたんまりとある」
「でも『無念無想』はノロを」
「消化する。言われずと知っておる」
顔を上げた紗耶香は、膝を折って同じ目線になるタギツヒメにたじろいだ。
「我は望んでそうするのだ。この世には禍根を残しすぎた、長く居ることは望まない。それに、我のたった一つの願いを聞き届けてほしいと思ったのだ」
「願い?」
「我々ノロ、そして荒魂は常に負を外へ吐き出さんと一体となり暴れる。だがそのことをノロの愛嬌と思って、これからも付き合い続けてくれんか?」
タギツヒメの手が優しく紗耶香の手を取った。
「我もそうだが、ノロというのは寂しがりでの、ついノロはノロ同士とくっつきあいたくなる。そして、人にも興味を持ってしまう。それが人間たちにとっては卑しいことだろう。だからと言って嫌いになってほしいと思ったことはない。この思いが人を傷つけるなら、言葉のあるうちに誰かに伝えてほしくなった。本当の気持ちというやつをな、聞き届けてくれるか糸見紗耶香よ」
紗耶香はその言葉に黙って頷いた。
「う、何と言ったかな、いつも美奈都に言われてた……そう、ありがとう」
タギツヒメの体が白く消し飛び、その輝きたちが紗耶香の胸に入り込んだ。
「きっと、きっと私がその願いを叶え続ける。この身がある限りかならず!」
紗耶香の頭上には白い二本の角、そして白と黒の巫女装束に身を包み、その瞳は琥珀色に輝いていた。
ノロの輝きが天を穿つ中、刀使たちはひたすら有群の生み出した荒魂軍団に応戦し続けていた。
有群はその光景を見下ろし、天へ昇っていく紗耶香の姿を見つけ、嬉しそうに大笑いした。
「そうだ! これだ! 私の願いは既に叶ったんだ!」
「ドクターアリムラーっ!」
登山道を上がってくるリチャードフリードマンに親しみの笑顔を向けた。
「君は自分のしたことを理解しているのか!」
「無論だ、人は困難の渦中にしか己が生存の道標を見つけることはできないのだ、フリードマン博士」
「だが、これでは次に来るのは崩壊だ」
「何を言う、これは試練にもならない戯れだ。崩壊を食い止める鍵は十四年前に既に完成し、後はそれを促してやるだけであったからな」
有群の願いは自分と同じもの、だがそれを叶えるためにあらゆるプロセスを強引に進めた。それをフリードマンは許すことができなかった。
「フリードマン博士、君は慎重だ。堅実に論理と倫理を構築してからでしか前に進まない。これからはそれでいい」
有群の足元に裂け目が伸び、大地が崩れていく。
「ドクターアリムラ! 戻れ! まだ君は世界に」
「駄目だね。私の義務は終った。これからは心に従い、贖罪の旅へ出かけるのだ」
彼を止めに行こうとしたが、フリードマンについていた鶴は彼を必死に引き留めた。
「アリムラーっ! アリムラー!」
「すまなかったね」
裂け目に飛び込んだ彼の姿は見えなくなった。
するとフリードマン博士の端末が起動し、大量のデータが送り込まれてきた。
「ああ、あああ」
崩れ落ちたフリードマンを支えながら、鶴は目の前で起こる現実離れした光景にただ呆然とした。
「まだ終わっていない」