~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第三十話「水底」

 

 姫和とは勝手が違う、ヲノツチは可奈美の剣さばきにたじろぎ、自らの炎で攻撃しても一瞬でかき消される。その彼女独特な複雑窮まる剣技は今まで見たこともなく、例え見えたとして防戦で手一杯になる。

「そうか、剣か!」

 可奈美の体は彼女の声そのもの、返せば、相手の感情の乱れを剣越しに感じることができる。思いを汲み取られ、思いを伝えられる。ヲノツチはそれを理解させられていることにも気が付いた。『剣聖』だ、まちがいなく彼女は覚醒している。人の身を越えて、前へ進んでくる。

「だが、それを信じたらいけないんだーっ!」

 ヲノツチの体は炎の渦に包まれ、その身は巨大な八首を持つ龍へと変身した。

「でも伝わったよ。煩わしさを感じても、お母さんを愛しているって」

 ヲノツチの集めた瘴気が走り抜け、可奈美の腕を取って大きく振り回した。

「可奈美!」

 美炎は瘴気を払い、龍の頭突きを正面から受けて壁面に叩きつけられる。

 姫和は雷を纏わせ、剣を持ち替えながら瘴気の嵐を弾き、胴へ一閃を叩きこんだ。

「ここからは私たちも手伝う! いいな!」

「もちろん! まだ伝え足りないことがあるし!」

「うん! ここは私が切り開く!」

 美炎は壁を蹴り飛ばし、ヲノツチの正面に出て剣を振り上げた。

「ホムラノチ! 二式! 神居ぃ!」

 重なった炎の刃が瘴気を押しのけて、巨体を突き上げる。そこへ姫和が飛び込んで一ツの太刀を五剣とともに発動、だが悲鳴をあげさせるだけでヲノツチを現世から動かすことはできない。

「それでいい! 可奈美!」

 明らかに力のバランスが崩れたヲノツチは、炎と瘴気の力が安定しない。

 可奈美は千鳥の刃を反して正面の真ん中の頭を叩いた。

「めっ!」

「ふざけているのか!」

 瘴気が地を這い茨となって、三人を縛って地面に叩きつけた。

「私にかまうなああああああああああああああ」

「嫌だ! 私はもっと! もっとヲノツチさんに!」

 大きな塊となった瘴気が三人に打ち放たれたが、白い閃光がそれを受け止めた。

 代わった巫女装束だが見覚えのある優しい顔が三人に向けられた。

「紗耶香ちゃん!」

「間に合ったね」

 紗耶香は瘴気を受け止める妙法村正の切っ先に集中し、彼女の名を呼んだ。

「タギツヒメ」

 彼女の背中から現れたタギツヒメは両手で包むと、瘴気をあっという間に小さくしてしまい、握りつぶしてしまった。

「馬鹿な!」

「ヲノツチよ、我は紛い物の神だった。だがそのおかげでよく我というものを知った。時には鏡に映る己を愛することも大事だ、振り払うことも互いにとって大事な時がある。長い時の中でそうして我々は生きてきたのだ。なぁそうであろう? 刀使ノ巫女よ……」

 腕からタギツヒメの体はバラバラに砕け散り、白い霧となってあたりに飛び散った。

 その霧の中から可奈美と姫和が飛び込み、胴を斬り、そのまま尾を返して背中からもう一撃を叩きこんだ。巨体を構成していた岩石が砕け散り、ヲノツチはその中を降りたって四人の姿を見た。

「我の全力さえ効かぬのか」

 ヲノツチの肩から力が落ち、可奈美へと優し気な表情を浮かべた。

「なんという子だ」

「誰かの思いが重荷にあることもある。苦しくなって、逃げ出したくなる。でも、相手もそれを背負っているんだってこと忘れてほしくないんだ。間違いを重ねても、例え互いを嫌いになっても、命は命を分かってあげられる。私はそれを信じたい」

「それは、負の道だぞ。我はそうして数千年を費やした、その積み重ねを年端もゆかぬお前に斬られた。すべからく世界は残酷ぞ? それでもか」

「うん、それでも、歩み通して見せる」

「分かった。私の負けだ」

 

 ─────────────────────────

 

 

 静かに息を吐く、生きている。

 

「目を覚ましてください、燕さん」

 そこはひたすらに霧が青く包み込む森。

 結芽は周りを見渡し、その声の主を見つけ出した。

「夜見」

 あの頃と変わらぬ姿だが、以前のような冷たさが感じられない。

 結芽は立ち上がって夜見の頬に手を触れた。

「夜見おねぇさんだよね」

「そうですよ」

「ここは」

「隠世から死との間にある、魂の安らぎ場です」

 目の前の湖から聞こえてくる声に思わず身構えた。湖面に浮かぶ金一は、既に体の至る場所がひび割れ、その肉体からノロが流れ出していた。

「大丈夫です。あの方は既に結芽さんの突きで命脈を断たれています。それに、たとえ回復できたとしても、この隠世と死の狭間では禍人でさえは生きていくことはできません」

「なら結芽も」

 体の至る場所を触れても異常はなかった。

「あなたなら、もう禍人ではありません。ノロの中に残った僅かばかりの珠鋼で命を繋ぎました」

「ソハヤノツルギの片割れ」

「私の本当の名は厳島宮けい、あなたの体を離れて、ようやく思い出しました」

 その美しい顔立ちに、誰かの面影を感じたが、それが誰であるかは分からない。

「待って、私にノロはないって」

「はい、体内のノロ、つまりは私自身を貴女の命として捧げました。人とノロの一つのあり方であるあなたのために」

「そんなことも、あるんだな」

 金一は霞む空を見上げながら、口を開いた。

「ノロは珠鋼と違い、現世のあらゆるものを飲み込む。特に人の無念や叶わぬ思い、そして」

「後悔か、なるほどな。俺は自分自身に飲まれていたのか」

「金一、お母さんの兄弟子だったなら、なぜ?」

「妬んだのさ、誰も救えなかった自分も、幸せそうにしている恵実も、俺は戦う術を知っていても自分の大切な一人を荒魂から救えなかったんだ。それから、力を求めてノロを飲み、世話になった青子屋を守ったが、青子屋は俺と同じ奴を生み出していただけだった。だから、潰したんだ。その後だった、恵実が子供生んだって知ったのは」

 霧の向こうから、ぽつぽつと雨が降り出した。

「こいつは、荒魂になった人間の事も知らないで、荒魂に殺される人が増えることを知らないで、幸せそうにお前さんを抱いていた。だから俺と同じようにしてしまえと、そうすれば俺は楽になると、でも、それがどうした」

「なんでこうなっちゃたんだろうね、ほんとに」

「ヲノツチは復讐を果たすと言ったが、俺はそんなこと微塵も信じちゃいなかった。意地でお前さんをここに連れてきたが、俺はもう死ぬしかない」

「なら、お母さんの復讐は終わった。あんたの世迷言もつゆに消えた。結芽は刀使としての誇りを守り抜いた」

「立派だ」

 金一は目を閉じると、バラバラに土くれとなって

 水底へと沈んでいった。

 夜見は涙を流す結芽に、なぜ泣くのかと尋ねた。

「金一も、多くの荒魂になった人は、果たすことのできなかった、多くの思いを抱えて斬られ、死ぬ。結芽も荒魂にならないために斬られた。だから刀使は禍人を救うことはできない。私は誰にも死んでほしくなかった。なのに、この手で殺してきた。幾人も、でも、そんな私は願ってしまう。お母さん、死んでほしくない……」

 泣き崩れる結芽を黙って受け止めた夜見は、静かに語り掛けた。

「いつか、そういう日が来てしまうのです。どんなに幸福でも、不幸でも、いつかは死が訪れてしまう。そのいつかは誰にも分からない。でも、それぞれの最後なんて考えたくないでしょ? 私も最後まで、これからも恩師のために生きることを胸に誓っていた。だから結芽さん、あなたも最後まで、あなたの想いを失わないで、この命ある限り抱き続けてくれれば、死んだ多くの人は報われます」

 そして夜見はやさしく微笑んだ。

「大丈夫、あなたならきっと」

「うん」

 結芽は強く彼女を抱きしめた。

「夜見おねぇさん、また会えてよかった。ねぇ」

「はい」

「一緒に帰ろう。真希や寿々花、高津のおばちゃんも元気にしている。紫様なんかタギツヒメを封印しちゃったくらい元気だよ、だから、ね」

 夜見は穏やかな顔で、首を横に振った。

「私はここでまだノロになった人たちを迎え、守らなくてはいけません。いつか現世に帰る多くの魂たちのためとともに歩めるように」

「そんな」

「私は紛い物の刀使でした。だからこそ、私は今の役目を全うしたいのです」

 俯く結芽をそっと抱きしめながら、彼女の頭を撫でた。

「分かった。でも、絶対に帰ってきて、みんなのもとに帰ってきて、約束して」

「はい、約束します」

「ん、指切り」

 約束の指切りをし、結芽は涙を拭った。

「今、みなさんが現世を守るために戦っています。ほら、空を見上げて」

 空に空いた隠世への門から、奥で赤く花を開かせる富士山の姿が見えた。

「あそこには開きつつある裂け目を閉じられる方が二人いますが、ノロはそれと関係なく大地を侵食しています。それを一つにすくい上げて、ここまで打ち上げてください。あとは私がどうにかします。それを皆さんに伝えてください」

「分かったよ、夜見おねぇさん!」

 笑顔の夜見は結芽をそっと空へと持ち上げ、そのまま体は隠世の門に向かっていった。

「約束! ぜったいだよっ!」

 門に吸い込まれた途端に夜見とけいの姿は消え、体が急激に下方向へと落ちていく。

 結芽は必死に目を開けて、富士の火口に立つ人影を見た。

「かなねぇ、ひよねぇ!」

 だが体が液体状の空間に投げ込まれ、息が続かず前へと進めない。

「だめ、苦しい!」

「ほら」

 結芽の左腕を握り、その影は液体空間から次の層へと投げ出した。

「お母さん?」

 

 

 可奈美は空を見上げ、開きつつある隠世の門に目を凝らした。

「結芽ちゃん!?」

「何!」

 空を見てすぐに落ちてくる人の姿が見えた。

「かなねぇー!」

「受け止めるよ!」

 彗星のごとく落ちてきた彼女を四人は全力で受け止め、足元にはクレーターができた。

 可奈美は笑いながら、姫和は結芽の頭を軽くたたいた。

「なんて奴だお前は、とにかくお帰り結芽」

「はーい! ただいまひよりねぇ、かなねぇ!」

 起き上がった結芽はすぐに夜見の言った対処方法を五人に伝えた。

「裂け目を閉じられる二人って」

 その紗耶香の問いに、ホムラノチは頷いた。

「お姉さま、もういいでしょう」

「ええ、この子たちに今少しばかりの感謝を」

 ヲノツチの体に移ったホムラノチは彼女と一体となり、さらに輝きを増した。

「今から我が裂け目を閉じ、入れ込んだノロをありったけここに持ち上げる。あとはそなたらの力で門の向こうに届けよ」

「帰ってくるよね、ヲノツチさん!」

「それは無理だろう。だが私はこの大地となり、お前を見守っている。我が愛しの衛藤可奈美よ」

 八千剣と一体となったヲノツチは、突き刺した剣を伝って噴火口の奥へと飛び込んだ。

 可奈美、姫和、美炎、紗耶香は円陣を組み、剣の刺さる中心へと切っ先を向けた。

「結芽!お前の後ろ向こうに剣が落ちてる!必要になる!」

「拾ってくるよ!」

「十条さん! 来るよ!」

 円陣の中心に火口から沸き円球状にノロが集まっていく。四人は集中してノロを抑えこむ。やがて球体は円陣の数倍はあろう巨大なノロの球体となった。

(あとは任せるぞ)

 可奈美はヲノツチの最後の言葉を聞き、叫んだ。

「みんなぁ! 打ち上げるよ!」

 渾身の力を込めて切っ先を高く天に突きあげ、ノロ球は隠世の門に突っ込んだ。だが、三分の二が入ったところで現世に戻り始めてしまう。

「ぐぅう、なんて重さなの!」

「支えきれない」

「踏ん張れ、紗耶香! 美炎! 可奈美!」

 思い出した可奈美は悲鳴のように叫んだ。

「結芽ちゃーん!」

 結芽は分景剣を手に飛び上がり、球体を突き押した。彼女は迅移を全開で発動してさらに押し込むが、ノロの重さにより体が潰されそうになる。

 だが腰を踏ん張り、瞬時にソハヤノツルキウツスナリを抜きはらった。

「もう一丁!」

 切っ先が分景の鵐を正確に突き、ノロ球はついに門の向こう側に押し込まれ、飛んでいった。

 山の裂け目から赤い光が消え、それを埋めるように土砂が沸き起こって蓋をし、隠世の門は何重もの光彩を放ちながら一点の輝きとなって消えた。

 その向こう側には雲一つない、澄んだ美しい青空が広がっていた。

 陽は登り、光が富士山をいつものように照らし出した。

 

 そう、いつもの朝がやって来た。

 

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