第参拾壱話「結芽、始まりの土地へ」
[ハ世-FIRST-W1]
三人は野山を駆ける、ここは京都と滋賀の県境近くにある里。里は長く人がおらず、しかし冬のこの時期に顔を出す動物もなく、静けさを讃える深い、深い枯れ木の声が谷に木霊する。
「ここだ! 楠木神社、目的の物はここに!」
美炎は振り向き、坂道の奥から草木の声でないものに耳を澄ませた。
「美炎ちゃん!」
「先に行って! 目標物を回収したら水道橋まで」
振り返った彼女の眼帯にチラチラと赤く燃え立つものが見えた。
「諒解した、先に行くぞ」
姫和と可奈美の遠ざかる背中も遠くに、晒しに巻かれた左腕の下からボロボロになった拵えが顔を覗かせた。
彼女の制服下に着たスーツのデバイスが反応し、首元から立体映像が映し出された。
「こっちに真っ直ぐ上がってくるのが二体、敵はSK-1Sタイプ」
清光を抜きはらい、駆け出した彼女は闇夜から飛んでくる二本の矢弾をはじき返した。だが矢は糸を吐いて清光に絡みついた。
「ノロ侵食型!」
眼帯の内部機構が開き、シャッター機構が僅かばかり開いた。
「趣味、悪っ! 神居!」
刀身に火が纏い、それが糸ごと矢を焼き払った。
正面には鹿型大型荒魂の頭部に足、角の代わりに矢を発射する機構が備わっている。
美炎は迷わず二体を斬り捨てた。
「二人はっ」
ディスプレイに作戦成功を示す『GD』の記号が出て、彼女は周囲を警戒しつつ固着薬をノロへと放り投げた。
「少ない」
スペクトラム計が巨大な赤の波長を検知し、警笛を弾かせた。
「荒魂! どこに!」
荒れ果てた田畑から鹿型の角を連結させた、蛇型の荒魂が姿を現した。
画面には『SK-H+O』の名が表示されていた。
「どうりでここまですんなりと来れたわけだ。イドF90まで解放」
美炎の髪がほんのりと紫炎を輝かせ、その足は八幡力で高く直上へと跳ね上がらせた。
「神居! 三式!」
三度の斬撃が一体となり、一塊の散弾が地面を叩いた。だが、渦巻く骨の体が天に昇り、骨の合間から矢を隙間なく撃ち放った。
彼女は炎を全身に纏うが、それを貫通して彼女の写シに突き刺さっていく。
「神居で溶解しない!」
清光を振り回すが、骨の渦は彼女の頭上で閉じようとしている。
「こうなったら、ここで時間を稼ぐしかない! F50までの解放を!」
〔許可できん! 意地でもそこから抜け出せ! 〕
「可奈美たちの持った天都風土未記を届ける方が大事!」
〔死ぬ気か! 〕
「遅いか早いかじゃない!」
美炎を覆う炎は眼帯の機構が開放に向かうごとに、より大きくなっていく。
「死なば、もろとも……」
最後を悟った彼女の視界に、四枚の羽根を持つ黒い鳥が人影を連れて降りてくるのが見えた。一輪の後光が輝く。
「燕……結芽?」
人影は刀を抜くなり、写シも張らず骨の胴を切り裂き、背骨部分を伝って迅移で鬼型の頭を突き砕いた。
H+Oは崩壊し、眼帯の機構は自動的にシャッターを閉じた。
「燕結芽が荒僕を殺した?」
美炎は、力なく地面に倒れた彼女に向かって清光の切っ先を振り上げた。
「お前さえ……お前さえいなければ!」
だが、結芽の体に降り立ったあの鳥が美炎をまっすぐ見据えた。
「……? どけっ!」
「なりません」
「は?」
「この本来の燕結芽も、禍神の燕結芽も殺してはならない」
「なぜ? こいつには、悲しみと恨みの全てを受けてもらわなきゃいけないんだ!」
「神居の娘よ、あなたは本当に人を殺してはならない。たとえそれが偽りの存在であっても」
美炎は刀を降ろし、その鳥を睨みつけた。
「私はあなたたちが天都の書に辿り着く日を待っていた。そうすれば私は……」
鳥は後光を失い、その身は両手に収まるほどの小さな体となった。
「また、敵が増えるのか」
〔美炎! 応答しろ! ヘリがお前を探している! 〕
「諒解、マーカーはイエロー」
ポケットから取り出したペンライトは煌煌と緑に近い黄色の光を放った。
【ウ世-SECOND-W-AW1】
目の覚めた彼女はその見覚えのある光景に困惑した。
それもそうである、あの富士での決戦の狭間で垣間見た光景であったからだ。
「ここは死と隠世の狭間」
「そうです」
傍らに座る皐月夜見に、自身の身を見た。特五の戦闘服にソハヤノツルキウツスナリ。
「制服は返したはず」
「私が記憶を頼りに復元しました。ソハヤノツルキは向こうから拝借してきてもらいました」
「復元? 拝借? 何言ってるの夜見おねぇさん」
彼女の悲しみに沈んだ顔に、結芽はこらえきれず手を取った。
「ねぇ、結芽は、やっぱり駄目だったの?」
「違う……違うのです! 結芽さんはたとえ私の知っているあなたでなくても、優しくて、思いやりのある私の結芽です。でも、それは世界にあってはならないことなのです」
そこで世界は真っ黒に包まれた。
[ハ世-FIRST-W2]
ようやく見開いた世界はあまりにも限定的であった。
ベットに拘束された体、檻の向こうでケースに封じられるソハヤノツルキの姿が見えた。
檻の向こう側にいた女性が、結芽を見るなり赤い受話器を手にした。
「目覚めました。荒魂の傾向はみられず、神化の角も見られません」
自由に身動きの取れない結芽は諦めて天井の照明を見た。
「夜見おねぇさん、何が言いたかったんだろう?」
檻の鍵が開くと、見覚えのあるサイドテールの少女が結芽の前に立った。
「たしか、調査隊の」
「え? 私が調査隊にいたことはありませんよ。仮称『燕結芽』さん」
「仮称?」
「えーと」
端末を持った彼女は結芽に『検体Y・TUBAKURO-NOT?』という呼称がついていることを告げた。
「記憶はしっかりしているようですね。ところで、あなたは誰ですか」
「何言ってるの? 結芽だよ、燕結芽」
「ふむ、ちゃんと自身を燕結芽と判断している」
「ねぇ」
「ちょっと待ってください」
タブレットでの細かな入力をし、情報を送信した。
「私は鈴本葉菜です。旧調査隊の誰かと勘違いしたのでしょ?」
葉菜は彼女の腕に腕輪を装着し、端末で封印を有効にすると慣れない手つきで拘束を解いた。
「変わった制服ですね、記章は旧自衛隊のみたいですが」
「何言ってるの? 特五の制服だよ」
「とくご?」
「ほら、禍人処理をしてた防衛省第五特殊作戦班の服だよ」
「禍人? 新しい荒魂ですか、それに旧自衛隊にそんな組織ありましたかね」
葉菜の何気ない返しに、結芽は首を傾げた。
「記憶に混乱がある? 燕結芽さん、お誕生日は」
「3月3日」
「今年でいくつ?」
「13だよ!」
「おかしい」
「おかしくないよ!」
「あなたは12歳で死んだんですよ。なぜ歳を重ねている自覚があるのですか?」
それは正しい、でも違う。何かが違う。
と、廊下の奥から姫和と可奈美が歩いてきた。
「かなねぇ、ひよねぇ!」
「こ、こんにちは燕さん」
「ん? なんか固いよ! いつものように結芽でいいんだよ」
「やめろ!」
いつもと違う、険悪な空気が姫和から発せられる。可奈美はそれを止めることもしなかった。
「どうしたの? 昨日も鎌倉の本部であったばかりだよね」
「お前は何を言ってるんだ! 1年前、自分で鎌倉を破壊しただろうが!」
「え、何を言ってるの」
「十条さん!」
葉菜は結芽の側を立ち、二人の前に立って小声でいくつかのことを言い、その場を去らせた。
結芽はスカートを握りしめ、目を泳がせた。
葉菜は大きなため息をついた。
「あの人もあれさえなければ」
「ねぇ鈴本のおねぇさん、結芽は知らないところで、何をしてたの」
葉菜はわざとらしく端末の画面をスクロールさせてから、スリープモードのボタンを押した。
「一つだけ事実を言うとすれば、今年は2021年1月、あなたは15才のはずです」
「え? 今日は、ええと、2020年2月10日でしょ?」
「そうですか」
葉菜はぶっきらぼうに返事すると、檻の扉を出でて閉めた。
結芽は叫ぶように問いかけた。
「ねぇ! どうして結芽はここに入れられているの!」
葉菜は困ったといった表情で、結芽から目を離した。
「さぁ、あなたは本当に燕結芽なのですか?」
[ハ世-FIRST-W3A]
「おかしいなその報告」
寿々花に手渡された端末には『彼女は我々の知る彼女ではない可能性大』と締められた報告文があった。
「安桜を救い、殺されそうになったところを四つ翼の大カラスに救われ、こうして保護されている。ちゃんちゃらおかしいですわ」
薫は旧式のPCが居並ぶテント内で、黄色く劣化した画面に映るドローンの映像を見つめ続けた。
「黒い制服、俺たちどころか国防軍さえ知らない部隊のもの。そこに燕結芽はいた、か」
「どうします? 隊長の裁可があれば封印環ですぐに」
「そうだな、お前にあいつは殺させんよ」
寿々花は冷めた目を彼女に向けた。
「まだ、そうやって情で動くつもり?」
「寿々花さんや、あんたはそこまで落とすのは嫌だね」
「薫さん!」
「真希との約束だ。作戦、はじめるぞ」
薫はヘッドセットを付け、回線を繋げた。
〔鎌倉上空よりの偵察は続行! 今より現世空間層の復元を開始する! 〕
〔了解、回転翼特戦班およびオペ実行部隊突入する。〕
寿々花もヘッドセットをつけると、ブラウン管ディスプレイに流される情報を読み流していく。
「薫司令、隠層に鹿頭型式、
「来たか、もう気持ち悪いとも思わん。壮観の一言だ」
「撤退すべきと具申します。たった一個小隊では貴重な解層部隊を失います」
「いいや、美炎にS3改で出させろ。試作の層境飛走装置もつけてな」
〔もうやってるよーっ〕
美炎はトラックの荷台から降りると、洗練された
「S3改の初陣で
「ほのちゃん! LSは急上昇の時に層の物理干渉でフレームアウトしやすいから勘で補正して!」
「え? プログラム組む話どこ行ったの?」
「四の五の言わずに行って! 任せたよ!」
「はぁい、六角親衛隊隊長」
演算とスペクトラム計のデーターをリアルタイムで同調、琥珀色の回転装置が両腰の装置から飛び出し、彼女の思考回路がLSと一体化。美炎の体は小田原から茅ケ崎海岸を飛び立ち、まっすぐ境界の中和地帯を突破して、異層のなかへと飛び込んだ。
三機のBK117の傍に着きながら、スペクトラムレーダーの端に写り込む群影にSK-1FFの表示が示された。
〔安桜はSKの邀撃に向かいます〕
〔了解、オペは必ず成功させる〕
「よし」
美炎は背中のウェポンラックから
発射装置から四方八方へ白い閃光が尾を引いて走り、上空を羽で飛んでいた鹿頭の荒魂たちがことごとく消し飛んでいく。七割が消し飛んだところで、彼女は今までの刀装具らしくない工業製品的な拵えの清光を抜きはらい、終結しつつある群体へ飛び込み一体を斬り裁いた。
ヘリは御社への参拝道の真ん中に降り立ち、事前に鎌倉各所に打ち込んでいた八本の
「安桜が派手にやってくれてる、今のうちに」
短髪の古波蔵エレンは頷き、研究チームと共に端末を用いてのTH柱との同調を開始した。
「主任、状態レベルD。隠世の侵食が激しすぎます。が、理論上は復元はできます」
「結構! プログラム起動は210秒後、一秒前まで誤差修正作業を続けてください」
「はい!」
上空を見上げた木寅ミルヤは不穏な空気を感じて、端末のスぺクトラム計の反応に中止した。
わずかだが、小さくしかし大きくなる波長をレーダーは読み取っていた。
〔本部、こちら木寅。海上に巨大な反応がある。艦砲射撃を求む〕
〔了解、これより護衛艦艇による砲撃を開始する〕
平面体を合わせたような護衛艦『にっしん』は127mmオートメラーラを指示海域に射撃開始。その時、海上を横断する瘴気の閃光が一本のTH柱を飲み込み、森ごと消し飛んだ。
艦砲の着弾地点には大きな破裂が生じ、焼夷の噴煙が大きく立ち上った。その中に鹿型の骨で作られたカタパルトレールのような巨大な構造物が姿を現した。
〔こちら安桜、海上に偽装型荒魂を発見、SK-RK1と断定、海中には動力供給特化のSK-4Aが二体〕
「はじめから逃がすつもりもねぇらしい。美炎、頼めるか」
〔了解、MMKコンテナ廃棄、F85までの解放を〕
〔許可する〕
エレンは冷静にプログラムの改定作業に終始し、ミルヤは海岸側から来る荒魂たちに目を向けた。
「通常型鬼頭型の群体だ、特戦班! 迎撃準備!」