[ハ世-FIRST-W3B]
「結芽は変な夢でも見てたのかな」
ベッドに突っ伏しながら、ポケットを探ると一本の飴が出てきた。
「でも、昨日、真希おねぇさんにもらってそのまま持ち帰って、ううんやっぱりおかしくなってない」
また夜見の姿が蘇り、その後ろから四枚の羽根が降り立ってくるイメージが重なった。
「あの時、夜見おねぇさんは何て言ったんだろう」
部屋のインテリアが大きく揺れ出し、建物らしきものが大きく揺れているのに気付いた。
「地震!?」
葉菜がその手に箱を持ち、携帯で連絡を続けながら、結芽の檻の中へ箱を置いた。
「どうしたの」
「ま、荒魂が来たんです。すぐ倒せますから心配せず」
そう言った彼女の予断を許さないといった表情が嘘をつかなかった。
「大人しくしててください!」
駆け出した葉菜は曲がり角で姿が見えなくなった。
ここは建物ではなく船、それも国防海軍の艦艇である。
「まさか軽空母をピンポイントで攻撃してくるなんて」
艦橋で激しく通信が交わされる中、軍服を纏った朱音は葉菜へと視線を向けた。
「まさか、鎌倉は囮」
「そうかもしれません……柊家文書の解読も終わっていないのに、大胆です」
「幼い心ゆえに、大人の心の余裕を突けるのでは」
「今は退避を優先。薫さんたち解層班は任せましょう。それにしても無邪気に過ぎます」
相模湾を飛んでいた同じ個体のSK-FFが、青空に黒い大穴を開けている。いや、光さえ通さぬ群衆である。
軽空母『かが』を中心とする護衛艦艇群は迎撃を開始、群は急速に数を減らしていくがCICのスペクトラムレーダーのオペレーターが声を荒げて報告した。
〔群の中に巨大な物体あり! これは……
「群団のコアをわざわざ海上で? まさか、乗り込む気」
身長150mはあろう鹿型大荒魂の複製体。この荒魂が群の脳であり、中心である。また群の中で最強を誇る荒魂である。
群より投下された巨体の足が、艦隊最前衛の『まや』に降り立ち船が喫水線をさらに越えて、甲板まで海面下に沈む。そこから二本脚で飛び上がり、右後方の『あきづき』に着地、上部構造物がことごとく破壊され、火を噴いた。
その様子を見つつ、艦隊司令は朱音と意見を同じくして艦隊を散開させつつ、SK-FFの迎撃を優先。ただし、主砲は大鹿へと向けた。
だが表皮に炸裂する砲弾をもろともしない。
「T弾頭127㎜徹甲弾……効果なし」
「ついに珠鋼を克服した。あれを倒すには百人の刀使が必要……」
「対艦ミサイルは近すぎて使えません、このまま艦の安全を優先します」
爆音と海中を伝う音が艦を通して結芽にも伝わっていた。
「ここ船なんだ、なら海上でも襲ってくる荒魂……危険すぎる」
しかし、ここは檻の中壁に備えられたライフセーバーに手が伸びなかった。
「でも、今の結芽じゃ」
ベットに横になった彼女は目の前で暴れ出した箱に飛び起きた。
鳥らしき鳴き声に結芽は箱をそっと開くと、飛び出した影が天井近くで四枚の羽根を広げた。
「うわぁ!」
だが驚く彼女を気にせず、落ち着いた雰囲気の鳥は彼女の腕に降り立った。
「ヤゥタ! ヤタ!」
その翼を畳んだ姿は小さなカラスそのもの、しかし三本の足が見た目としては奇妙だった。
「あなたは」
「ヤタ!」
「ヤタ……ヤタガラス!」
「ヤゥタ!」
「へぇー! 本当にいたんだヤタガラス!」
だが彼女は格子を見て、肩を落とした。
「でも、もしかしたら一緒に沈んじゃうかもね」
「ヤ?」
「出られれば、結芽がなんとかするのだけど」
ヤタは飛び上がると、格子の前に降り立ち、そのくちばしで扉をつつき始めた。
「無駄だよ、誰も来な……い」
突いた場所から格子の金属が溶解し始め、それは赤く広がり、扉の部分だけがそっくり溶け落ちた。
「ヤーっ」
扉を出たヤタは続いて、ソハヤノツルギを収めた箱も破壊して見せた。
御刀を手にした結芽は自身の肩に乗ってきたヤタをまじまじと見つめた。
「あなたはいったい」
「ヤターっ! ヤ!」
「戦えってこと?」
「ヤ!」
結芽は御刀を腰に差し、ヤタへと頷いた。
大鹿は集ってきたSK-FFの力を借りてついに『かが』の飛行甲板に取りついた、
その巨体の長く伸びた角から呪詛を含んだ瘴気を集中させる。だれもが死を覚悟し、甲板を逃げ回る中に肩にヤタを連れた結芽が進み出てきた。
「あ、どうやって檻から!」
角から何のためらいなく放たれた瘴気の塊は、写シを張った結芽の一閃で海上へと消し飛んだ。
「うそ、あの一撃を」
結芽は固い面持ちから呆れたように大鹿を見上げた。
「なんか、言うほど強くない。たぶん赤羽刀の力を得てないから力は並み程度なんだ」
ならばと、飛び上がった結芽は迅移と八幡力を細かに組み合わせて、首筋にあるノロの中枢を断ち切った。
巨体はゆらりと左右に振れてから海のなかへと落ちた。
水しぶきが上がり、虹がかかる甲板の上で結芽は御刀を鞘に納めた。
そして、彼女の周りを銃を持った兵士が取り囲んだ。
「燕結芽さん、あなたは本当に何者なのですか?」
「結芽は結芽だよ、刀使ノ巫女の結芽でもあるけど」
御刀を構えた葉菜は切っ先を結芽の首元まで近づけた。
「ヤターっ!」
「大丈夫だよ」
「その鳥、なんです」
「質問ばっかり、たぶんヤタガラスだと思う。ね」
「たぶんって……」
御刀を鞘ごと腰から抜くと、葉菜へと差し出した。
「結芽の御役目は果たした。戻してもらえるなら、戻る」
「それは不要です」
進み出てきた朱音は葉菜に刀を収めるように言い、結芽は反射的に頭をさげた。
「あ、朱音様」
「私に頭を下げてくださるのですね」
「当然です。折神家当主、刀剣類管理局局長であらせられますから」
「なるほど、久しぶりにその肩書で呼んでもらえました。あなたがどういう存在であれ、私たちはあなたに二度も助けられました。お礼を言います」
「そ、そんな、やめてください。結芽は刀使の本分を果たしたまでです」
「だからこそです。今の世は刀使が本来の役目を十分に果たせない世界なのですから」
そこに立つ朱音の言葉に疑問はあったものの、いつもの穏やかな人柄に胸をなでおろした。
[ハ世-FIRST-W3A]
「いっけえええええええええ、神居! 零式!」
美炎が海中から振り上げた一閃は、海水を急激に沸騰させ、巨大な砲台型荒魂をそっくりそのままひっくり返した。
砲台の瘴気を集めるむき出しの中枢に清光を突き立て、ノロが四方へ吹き出して機能は完全に停止した。
その水蒸気の大柱を横目に、処置チームは残り四本で時間いっぱいまで誤差修正を終えた。
「滞在限界時間一分を切ってます。即時に発動します!」
四本の柱がその巨大な刀身を解放、そこから発せられる写シの衝撃波が瞬く間に隠世の層を現世から引きはがした。
「はぁ、はぁ、ふふ、やりましたネ」
「ええ、ご苦労様でした古波蔵さん。離層完了! 私たちの鎌倉を取り戻したぞ!」
鎌倉上空にはあの黒灰の空が消え、美しい青空が蘇った。
「成功ですわね」
「ああ、やっと一勝だ。即座に物資回収班を飛ばして御刀とノロを確保しろ! その他物資は指示通りに回収すべし!」
「薫隊長! 仮本部の『かが』が強襲を受けたようです!」
「何!」
「ですが……えっと」
「いいから、落ち着いて報告なさい」
「はいっ! 敵大鹿型を燕結芽が一人で撃退したそうです! 朱音様から映像が送られてきてます!」
「スクリーンに映せ!」
画面の監視映像には結芽が瘴気を斬り、飛び掛かって中枢を正確に斬る姿が映っていた。
「なるほど、大鹿のノロ中枢はここにあって、ここを断つには御刀の刃でしか通らないわけか」
「ゆ、結芽さんがこんなに正確な戦い方はしません」
「やっぱり、あそこにいる結芽とは別の結芽じゃないか」
「そ、それが現実にあり得ると」
「なら、人の魂を母体とした荒魂が逆に人に飲み込まれて禍神と化し、その禍神の放った荒魂群と隠世の干渉で世界の半分が異層に沈んだこの世界、あり得ないことを受け入れないよりも先にすべきことがある」
「その現象を解読し、次への糧とすべしと」
「絶対に理由があるはずだ」
【ウ世-SECOND-W-AW2】
「結芽さんは、いえ、裏の結芽さんは元気にしているでしょうか」
彼女の後ろから光り輝く四枚の羽根の巨鳥が舞い降りてきた。
「燕結芽はこの世界に紛れ込み、我々の想像を超えた成長を遂げた。向こうの私もいる。アマノウズメは彼女に託すべきと決めている」
「私の愛した人よ、私の袂に帰れ、私の愛した人よ、彼の袂に帰れ。結芽さんどうかご無事で」
[ハ世-FIRST-W4]
「朱音総司令」
葉菜の落ち着いた表情に、彼女はしごく落ち着いた様子で艦橋の椅子に座っていた。
「まだ気がかりですか」
「ええ、抜けきるのは不可能かと、でもきっかけは得られたと思います」
「話してくれましたか」
「はい、燕結芽が辿ってきた全てをこの耳に、その上で朱音様にお願いがあります」
ほぼ半日ぶりの食事にありついた結芽は、カレーを食しつつその一口を傍らのヤタへ分け与えた。
「おいしいカレーだね」
「海軍カレーです。分かりやすく言うなら毎週金曜日の海自カレーでしょうか」
「へぇーレシピ教えてもらいたいなぁ」
「燕さん」
改まった雰囲気を感じたが、結芽は黙って首を振った。
「結芽でいいよ、私も葉菜おねぇさんって呼ぶから」
「では結芽さん、どこか行きたくないですか」
彼女はスプーンと器を置いた。
「もう一人の私に会いたい」
やはりそうなのかと、と葉菜はそれを覚悟してか静かに頷いた。
「でも、どうして」
「結芽はいろんな人に好きになってもらった。愛してもらった。たとえこの身がどうなっても、それが小さな私の矜持と信じてやまなかった。なのに、もう一人の私は自分自身が愛したものを壊しまわっている。なんでそんなことをするのか問い詰めたいの」
「問い詰めて」
「殺さないよ。結芽はどうして二人いるのかその意味が知りたいの」
「変わってますね」
「変わったんだよ。さっきもそう言ったでしょ?」
幼さの中に芯の通った、まっすぐな瞳が葉菜に向けられた。
「分かりました! ただ旅には私も同行しますから、それだけはお忘れなく、後これを」
結芽へと拳銃とホルスターが差し出された。
「あ、グロック19だ、懐かしい」
「え?」
結芽は慣れた手つきで銃を分解し、各種部品の状態を見た。
「扱ったことあるんですね」
「うん、特五に居た時簡単には、クリーニングキットはある?」
強襲揚陸艦『ましゅう』に戻ってきていた美炎はすぐに司令官室へと通された。
「ふざけているの」
「ふざける必要もありません。適任と判断したまでです」
スクリーンの前に立つ葉菜を睨み、彼女は諦めて端末を操作し次へと進めた。
「タギツヒメの大災厄がトリガーとなり起きた、世界落層事件。その始まりの禍神、第二のタギツヒメを生んだ魂こそが」
「燕結芽だ」
「でも、なぜこの世に二つも燕結芽の魂が存在するのか、あなたは考えていますか」
「決まっている! あいつは今度は邪魔をする刀使から根絶やしにしようとしているんだ」
「あなたは私怨で動くと」
「決まっている! みんな……みんな……隠世に飲み込まれて大切な人を失ってしまった」
「これはあなた自身の話です! あなたは刀使の役目を全うするのですか! 復讐のために人を殺すのですか! 智恵さんがそう望まれるのですか」
「気安くちぃねぇの名前を出すな!」
向かい合った二人はしばらく黙り、朱音は大きなため息をついた。
「なら、今回の任務に同行できますね」
一度朱音へと目を向けたが、すぐに目をそらした。
「あいつはなぜ自分に会うって言ったんだ」
「はぁ、あの子ははっきりとなぜ愛するものを傷つけるのか、それを問うと、それが燕結芽という刀使の御役目だと言いました」
朱音は席を立ち、美炎の手に蓋の付いた小さな装置を手渡した。
「その時はあなたの手で燕結芽を殺しなさい。あなたにあの子の命の裁量権を与えます」
「封印環の神化殺し」
「朱音様!」
葉菜のその目に、朱音はただ首を振った。
「命を背負えないものが、人の生き死にを語るなどあったはならない。常識ある刀使の一人であると、安桜美炎さんを信じます」
頭を掻いた葉菜は深呼吸し、改めて美炎へと向き合った。
「出発は明朝5時、黒板前に時間厳守です」
美炎は装置を手に、ただ立ち尽くしていた。