[ハ世-FIRST-W5]
結芽は荷物と新しい懸架装置に御刀を佩くと、波音のひたすら響く朝明けの海が一面に広がっていた。
「よぉ、綺麗だろ」
薫は何げなく結芽へと話しかけた。
「うん、みんなで見に行った初日の出を思い出す」
「江の島か?」
「そうだよ」
「ああ、あそこからの眺めは絶品だ」
「でも」
「気にするな。ここにいるお前さんがそうしたわけじゃねぇ、それに現世は俺たちが取り戻す。すぐにまた行けるようになるさ。実は昨日な、鎌倉を荒魂から奪還してきたんだ一年かかったよ」
「でも、道は開けた。あとは為すべきと信じたことを続けるだけだね」
薫は驚いたように結芽の顔を見て、納得したようにもう一度太陽へと目を向けた。
「そういえばねねは?」
「あ……まぁ元気にしてるだろう。探してはいるんだがな」
「きっと見つかる」
奥の扉から出てきた葉菜が結芽へと手を振った。
「見つかるかな?」
「結芽はずっと探してたよ、そして見つけられた。だから、今度も見つけ出して見せる」
「そうか……話せてよかった。見つかるといいな。あ、これ」
薫はイチゴ大福の値付けを結芽に差し出した。
結芽は思い出して栗型に結び留められたイチゴ大福を見せた。
「なるほど、じゃあこいつを届けてやってくれ、ずっと真希が預かっていたとな」
「うん! またね益子のおねぇさん!」
「おう!」
葉菜のもとへ向かう結芽の背中を見送りながら、扉の影に立つ寿々花に気付いた。
「なぁ寿々花さん、あいつ見てると、なんか帰れそうな気がするな」
しかし声もなく、寿々花は艦内へと戻っていった。
「おまたせ葉菜おねぇさん! あれその制服」
「ええ、結芽さんの格好に合わせて親衛隊の服を拝借しました」
そこへと昨日と変わらぬ美濃関の服に、深紅のSアーマーを着た美炎が進み出てきた。
「時間通り来ましたね。結芽さん、彼女も同行します」
あの姫和の時と同じ不信の眼差しがあるものの、どこか疲れた雰囲気も漂っていた。
「美炎おねぇさん」
「まだあんたわ信用したわけじゃない。裏切ったら殺す」
甲板に駐機するオスプレイへと先に乗り込んだ彼女の背中を見ながら、結芽と葉菜は互いに顔を見合わせた。
「今回の大戦力なので彼女抜きでは行けないのです」
「もう一人の結芽がいるところって」
「大江山、かつて酒呑童子が根拠を構えた巨大なノロ集結地。今は禍神となった燕結芽の牙城です」
数時間の飛行ののち、オスプレイは福井県小浜市の北部に到着した。
「ここからは大江山との最前線が近いので船で舞鶴港に向かう必要があります。舞鶴から内陸の道を通り、最前線司令部のある天橋立。そして目的地の大江山に行きます。日本海側は層の侵食が比較的軽微なのでレベルB域なら一日程度の滞在は問題ありません」
接収した民間船に乗り込み、三人は早々に小浜を出た。それもそのはず、隠世の侵食から逃げてきた避難民が町中に溢れ、治安は落ち、現地警察は標的にされがちな刀使に早々の退去を勧告する。それも、オスプレイが到着してすぐのことだった。
「気持ちは分かるのですが、刀使も慢性的に人手不足、もう少しいたわってほしいところです」
「現世層の復元プログラムが日本を完全復元するまでに最低三十年。それに隠世からのノロの侵入で大型荒魂とその下っ端の軍団と戦うことをいれて」
「五十年以上かかる。本当に世界は」
「そうだよ、隠世に侵食されて、元に復元しても人間には禍神への覚醒リスクが伴う。その象徴が燕結芽、あんただ!」
「美炎さん!」
「事実を言ったまでだよ、じゃあなんだ! 鈴本は生涯刀使でいられると思っているの!?」
窓から外を見ると、海岸にはボロボロの衣服を纏う子供たちが釣り糸を垂らすが、その先には餌がない。
「刀使は代を入れ替えることで人間とノロの関係を保ってきた。それは古代の人間が自分たちの力を封じるそのためのものだった。なのに、人もノロもどうしようもないほど自分勝手で、気付いたら簡単に世界は破壊できてしまった!」
「どうしようもならない私の過去、それがこの世界」
子供に交じって、骨と皮ばかりの大人が混じっていることに気が付いた。
「ヤタ?」
「ううん、なんでもないよ」
「これが現実なんて、ひどすぎるよちぃねぇ……」
頭を抱える美炎を無視するように端末を操作しているが、葉菜の手はあきらかに震えていた。
だが端末がアラートを吐いた瞬間、窓から海上を見た。
視界には海面を跳ねるエイのような物体に、頭部には鬼頭がついていた。
「新型のOK-SD! 海中をゆくタイプ」
荒魂は船を無視して小浜の港へ一直線に向かっている。
「あいつ! 倒さないと避難民を襲う!」
葉菜はためらったが、結芽は彼女の名を呼んだ。
「はい?」
「まずは荒魂を討伐、でしょ」
「しかし、時間も資材も足りません」
「私が倒してくる! 船は適当に回しておいて」
LSの装置を稼働させると、両腰の装備から琥珀色の二つの球体が飛び出し、美炎は海面すれすれに飛び上がった。
「すごーいっ! 空を飛んでる!」
「結芽さん! 御刀持って甲板へ!」
「うん!」
船は美炎を追いかけながら、水中を跳ねる荒魂が間合いに入ろうとする姿が見えた。
その時、跳ねた体は宙を一回転し、美炎の左腕をくわえて水中に飛び込んだ。
「美炎おねぇさん!」
「弱らせるためにもう一度出てくる!」
「無茶する?」
「おおいに無茶です」
「やるよ!」
「ヤタ!」
水中でもがく美炎は徐々に砕ける左籠手を気にしながら、振り落とされそうになる清光を必死で握った。
業を煮やした荒魂は海面に急上昇し、高く高く飛び上がった。
だが、鬼頭を一突きにする影が飛び込んできた。
「もういっちょー!」
柄を叩くと、頭は真っ二つに割れ、荒魂の頭部からノロが弾け出た。
「飛んで!」
「うるさい!」
美炎はLSの主機を全力回転させ、荒魂から結芽が離れた瞬間を狙ってその巨体を空へと放り投げた。
〔腹の下の口見えますよね? あの上の先端を斬って! 〕
体勢を直そうとするまだ生きている荒魂へ、清光の一閃が叩きつけられた。
肉体からノロが吹き出し、海面へと没していった。
「葉菜おねーさーん! 前にーっ!」
結芽の目の前に海が近づいてくる、と一寸前で体が宙に抱き留められた。
「え?」
「戻る」
美炎は彼女を抱えて船へと戻ってきた。
[ハ世-FIRST-W6]
「燃料不足で美浜で降りろ……て、それはないでしょう?」
「仕方ないでしょ? 私も行き倒れは勘弁。とりあえず燃料を調達するのに二日かかる、待ちます?」
結芽と美炎の顔は葉菜に任せると書いてあり、彼女はため息をついた。
「舞鶴まで歩きましょう。一日あれば山を越えられます」
さすがに三人とも刀使としては体力派とあって、背中に大荷物を背負っても何食わぬ顔で坂を上がっていく。
夜になるころには山の中も視界が無くなり、三人は自然公園と書かれた場所で一泊を取ることにした。
インスタントのコーンスープと乾パンをかじり、空を覆う広大な宇宙を木々の隙間から見上げた。
「空はどうなっても変わらないんだ」
「私たちがこうしているのが、なんだか小さなことのようですね」
「人の明かりが少なくなれば、そりゃ見えるでしょ」
そう悪態をついた美炎は黙ってテントの中に入っていった。
その夜、ヤタが鳴き、結芽はうつらうつらに起き上がって外に出た。
「なにぃ、まだ朝じゃないよ」
「ヤーっ!」
「ん?」
ヤタの横に並んだ影にライトを照らすと、結芽の眠気は消し飛んだ!
「ねね!」
「え、うそ!」
葉菜と美炎を叩き起こした結芽は自身のテントに引き入れた
「ねねーっ!」
そこには身は土汚れているが、特徴的な両目が三人をまじまじと見ていた。
「ね、ねね! 生きてたんだね!」
「ねーっ!」
嬉しそうに美炎に飛び込んだ小さな獣に彼女は涙を流した。
「よかった、元気で、本当によかった」
「ね……」
ねねに余った乾パンをあげると、美炎はねねが行方不明になった理由を教えてくれた。
「大江山への攻撃は二回、つい三か月前に薫司令の東方方面軍と大江山との戦いを継続する北方方面軍で攻勢にでた。でもその時に相手をしばらく行動不能にまで追い込んだけど、消耗しすぎて散り散りに天橋立まで撤退したの、その時に薫を守るためにねねは殿に出て……よかった、生きててくれて」
ねねを離さない美炎を嫌がることもせず、静かに彼女の傍についていた。
「とりあえず、寝ましょう。話はあらためて朝にでも」
【ウ世-SECOND-W-AW1】
「ここで得たものは本当は結芽が得てはいけなかったもの……ねぇよくわからないよ」
夜見は穏やかであった。だが、それ以上に語るすべがないこともはっきりしていた。
「私がお話ししましょう」
霧の空から降りてきた後光を輝かせるヤタガラスに結芽は呆然とした。
「わたしはみなさんがヤタガラスと呼ぶ概念。人は時に神と定義しますね」
結芽はその存在があのヲノツチに似通いつつも、それを超える覇気を感じた。
「あなたはこの世界の燕結芽ではないが、同時にこの世界の燕結芽になりえる存在です」
「それは、どっちなの?」
「あなた方が世界と呼ぶ循環の中ではどちらもそうであるからです。しかし、あなたはここに来るときには燕結芽ではなく新しい命にならねばならなかった。人格と記憶はあなたの前にいた空間でのみしか機能しえないのです。それがそのままここにあるのは異常なのですよ」
「何を言ってるの?」
「いずれ分かります。この世界に人として復活を果たし、成長したあなたなら、それを理解しえます。だからこそ、戻った先で命を貫き、ふたたび我々の世界に一つの魂として命を安定させてください。それがあなたの刀使としての御役目になりえましょう」
世界は途切れ途切れになり、目が覚めた。
[ハ世-FIRST-W7]
ねねを加えて三人と二匹は山を下り舞鶴港に入った。
だが西舞鶴の方向には、黒灰の空が空間を穿つようにそびえていた。
「あれが、隠世の緩衝地帯なんだね」
「そうです。あれが世界中、日本中にあります」
しかし東舞鶴は生きており、軍港もそのまま機能。小浜と違って、避難民でも職にありつける街ではあるためか活気があった。
「そういえば世界が大変なのに、ねねとヤタはこのままでいいのかな」
「心配ないです。ノロには我々に味方している意思たちも多いので、美炎さんの装置も味方のノロが制御を手伝っているんです」
「本来はそういう関係なんだ、当然よ」
「ねぇー!」
「燕……」
結芽は反射的に拳銃を構えると、額にピタリと銃口がついた。
その9㎜拳銃を構える白く幼い表情は、よく見る彼女の顔と異なりくたびれていた。
しばし構えあい、結芽は大人しく拳銃をおろした。
「本当に、私の知ってる結芽と違うんだ」
「そうだよ、結芽にもよくわからないけどね、紗耶香ちゃん」
「ねねーっ!」
「ねね! 生きてたの」
「ねーっ!」
銃をホルスターに戻した紗耶香はやわらかな笑顔で三人に向き合った。
「朱音総司令から迎えの任に来ました。親衛隊北部派遣隊隊長の糸見紗耶香です」
「随分なお出迎えですね」
「ええ、仕事なものですから」
レンガ街を抜け、駐屯地敷地に入ると久しぶりの普通の昼食が待っていた。
「今日はロシアの方から物資が届いたからタコライスと果物の盛り合わせ」
「さっすが日本海側! 緩衝地帯だらけの太平洋とは違うなぁ」
「ただ地域によっては密輸や海賊も出るから、早く小浜港と酒田港の復旧を願っているんだけど」
「大江山からの水中荒魂のせいでうまくいかない」
「出くわしたの?」
「うん、小浜に向かっていたのを一体」
「なんとか天橋立の戦力を海に回せればいいんだけど」
昼食を終えて、しばらくしてから船に乗り込んだ。
西舞鶴から山側の一帯が隠世化し、海を隔てる赤いブイが年月を感じさせた。
赤錆びた警戒艇は舞鶴湾を出て、宮津湾に近づくと結芽は強烈な悪寒を感じた。
「なに、あれ」
大江山から高くそびえたった塔は赤く光を放ち、その先端から隠世の層が干渉している。ノロの輝きに見えるが、明らかに光の波長が異なっている。
ヤタはそれに向かって大きく鳴いた。
「わかるの」
「うん、あれは普通のノロじゃない! まったく別物!」
「最近の研究で、奴らが使う普通のノロとは違う。ノロを従わせる赤黒いノロの存在がはっきりしたの」
「そうです、そうなんです、だから刀使は禍神に敗れた。赤黒いノロは中枢を絶たなければ倒せない。以前のような荒魂との戦い方が通用しない。悪意に満ちた荒魂」
「それを、もう一人の結芽がやったんだね」
三人はその問いに何も答えなかった。
宮津に入った一同は、市街に設けられた北方方面軍司令部の指揮所に入った。
「な、なぜこいつがここにいるんだ!」
「可奈美さん……話してなかったんですか」
「あははは、さっき聞いたばかりで」
配置図を前に葉菜は朱音が、結芽を鍵に禍神第二次酒呑童子を討つ計画を出した。
「結芽さんには騙してすいません」
「最初からわかってたよ、話続けて」
「はい、我々は少数精鋭。一人で軽く百は対応できる刀使六人と余力としてねねさんにもついてもらいます」
「そいつも来るということか」
納得のいかない表情の姫和の前に、美炎は装置を突きつけた。
「もしもの時は私が殺す、それで文句はないでしょ」
「美炎ちゃん!」
「可奈美!」
眼帯の中から黄色い輝きが何度かきらめいた。
「もう疲れたよ、疲れたけど、私は可能性がある限り前に進みたい! いつまでもちぃねぇの遺品を抱えたままじゃいけないんだよ!」
美炎は胸からペンダントを取り出した。中には黒ずんだ炭らしきものが少しばかり入っていた。
「たったこれだけしか持ち帰れなかった。だから、私の決意は変わらない! 十条姫和! お前は押せるか! わけもなく引き金を引けるか!」
結芽の目にあんなにも頼りにしていた二人の背中が小さく見えた。
俯いた二人を無視し、美炎は装置をポケットにしまい込んだ。
「臆病者、それで、燕結芽の監視役であるあんたと、そいつが禍神の懐へ送る算段だな」
「はい、結芽さんにはある意味決着をつけてもらうことになります」
「うん、行くよ。みんなのために」
出撃するメンバーは安桜美炎、糸見紗耶香、衛藤可奈美、十条姫和、鈴本葉菜、そして燕結芽である。
[ハ世-FIRST-W8]
その日の夜、結芽は一人で桟橋近くの岸壁で寝転がり、天を覆いつくす星の海を見上げた。
「あそこには私がいる。夜見おねぇさんの知っている、本当の私がいる。そして、結芽は本当の結芽の生きた世界に帰ってきた。理屈ではわかったけど、納得できない」
伸ばした手にヤタがとまった。
「ヤタ?」
「あー、結芽は星を見てるんだよヤタ」
「燕さん」
可奈美は結芽の隣に座り、星空に輝く水面を遠く、遠く見ていた。
「元気ないね、可奈美おねぇさん」
「うん……ねぇ結芽ちゃんは、ええともう一人の結芽ちゃんがなぜ禍神になったと思う?」
結芽はヤタの背中をやさしく撫で、頭を撫でると気持ちよさそうな顔になった。
「寂しかったんだと思う。一度死んで、誰かが覚えててくれればと思ったけど、本当に誰かとの絆を感じられなくなったら、私を思ってくれている気持ちにも気づかなくなる。人って、言ったり、互いの顔を見ないと本当のことはわからないと思う」
「そうだね、自分の気持ちだってわからないもんね」
「パパとママの本当はどうしてたとか、どこに行ったとか、本音はいつも遠くにあるのに、すぐそばにある」
「なんか不思議、燕さん大人みたい」
「燕さんって、やっぱり嫌だなぁ、結芽でいいよ」
「じ、じゃあ、結芽ちゃん。私、これからどうしようかな」
「わかんない! けど」
結芽はまっすぐに可奈美の顔を見た。
「どんなに不思議なことがあっても、よくなるように動いている。ねぇ稽古しない?」
「え?」
立ち上がった結芽は側のソハヤノツルキウツスナリを手にした。
「大好きだよね剣術! 結芽もすきだよ!」
笑顔の結芽を見て、可奈美のほほに一筋の水滴が走った。
「うん、やろう!」
裾で顔を拭い、可奈美は千鳥を抜いて写シを張った。
「行くよ!」
そうして二人は夜中、ずっと剣を合わせた。たとえ世界がどうなっても、やはり可奈美の剣は衰えず。何度も結芽は押され、拮抗し、一本を取られた。そうしていると自然と可奈美から笑顔が出た。